Fate/Aristotle   作:駄蛇

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人形の女帝は明らかになるまでメルトリリスのことだと信じてます
FGOの1.5章は各作家がやりたい放題やったと聞いてワクワクしてます

二回戦の初日、早くも天軒の危機です


不可視の殺意

 校舎に戻り、アリーナに入るために廊下を歩いていく。

 階段あたりまで来た瞬間、通電するかのような悪寒が身体を地面に縛り付けた。

『主どの。下手に動くのは危険です』

 ライダーに言われずとも理解せざるを得ない。

 まるで自分が狩人に狙われる獲物にでもなったかのような感覚。

 そして、俺はつい先日この視線を向けられている……!

『……おそらく、あの老兵のサーヴァントです。

 悔しいですが、相手の姿が見えないこの状況は好ましくありません。

 合図をしたらアリーナへ駆け込みます』

 ライダーの提案に小さく頷く。

 霊体化している彼女に目で合図し、呼吸を整える。

 1、2、3――――――。

『今です!』

 タイミングよく全力で走り出す。

 廊下を歩いていたNPCの間を縫うように進むと、相手の射線上から上手く逃れられたのか攻撃はやってこない。

 あとは曲がり角を抜ければアリーナに――

「主どの!!」

 実体化したライダーが刀を振るい、何かを弾いた。

 それがなんなのかわからなかったが、今はそれどころではない。

 アリーナの扉を開いて転移する。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒がいなくなったことで、人の姿がなくなった体育倉庫前。

「予想通りだな」

 誰もいないはずの空間から声が聞こえてきた。

「わかりやすいマスターで助かったぜ」

 その声の主の呟きを最後に、今度こそ人の気配はなくなった。

 

 

 アリーナに転がり込むように入ったあとしばらくは周囲を警戒してたが、追っ手が来る様子はない。

 アーチャーだけではアリーナに入れないのか、もしくは一日一回のアリーナ探索を終わらせていたのかもしれない。

「最後、主どのがアリーナに入る瞬間に矢を射てきました。

 それも驚くほど正確に……

 おそらく、今回の相手は――」

 ライダーが分析している隣で、自分の視界が歪む。景色が横になったことで、ようやく自分が倒れているのだと気づいた。

 目だけを動かすと、自分の脚に矢のようなものが突き刺さっている。

「まさか、あのアーチャー同時に2本の矢を……っ!

 しかもこれは……毒矢!?

 主どの、私の声が聞こえますか!?」

 出血よりも毒矢が刺さったままの方が問題のため、ライダーは迷わず毒矢を引き抜いた。

 それでも十分な毒が回っているらしく、次第にライダーの声も遠のいていく。

 吐き気も酷くて呼吸もままならない。

 くわえて、矢が脚に刺さっていたという物理的な痛みで自力で立つことも叶わない。

「校舎ならマスターのバイタルは最低値を維持してくれるので、少なくとも毒による衰弱死は免れられます。

 リターンクリスタルは……使える状態ではありませんね。

 私が出口までお連れしますので、それまでどうか持ちこたえてください!」

 ライダーに肩を貸してもらってゆっくりと進み出す。

 このアリーナの帰還ポイントがどこにあるのかわからないが、この状況ではそれに頼るしかない。

 しかし、相手の作戦は毒矢だけではなかった。

 奥からエネミーがこちらち向かって迫ってくる。

「こんな時に……!

 こうなることも想定していたわけですか!」

 ギリッと歯を噛み締めたライダーはゆっくりと俺を下ろしてから抜刀し、エネミーを一掃していく。

 エネミー自体はライダーの相手ではないが、なにより数が多い。

 加えて俺の身体の方が限界に近づいてきた。

 ふと、今朝の舞との会話が走馬灯のように流れた。

『――だから、逆に状態異常を治す手段も用意しておいて損はないと思うよ』

 状態異常……

 この毒も状態異常のカテゴリなんだろうか?

 そもそも、礼装のコードキャストはマスターに使うことはできるのか?

 疑問は生まれるが、今はダメ元でも試してみなければここで死ぬことになる。

 それだけは絶対に避けなくてはいけない。

 この情報を生かすためにも、何より今頑張ってくれているライダーのためにも……!

 癒しの香木を装備していたか、記憶が曖昧だが装備を確認している余裕はない。

「コードキャスト、実行……」

 息も絶え絶えに、魔力を流してコードキャストを起動する。

 いつもより魔力を持って行かれたように感じるのは、このコードキャストがそれだけ魔力を使うのか、もしくは毒のせいだろう。

 右手に浮かんだコードキャストはライダーではなく起動した本人に向けて効果を発揮する。

 まるで全身を電流が流れるような感覚のあと、息をするのも一苦労だった吐き気は嘘のように収まった。

 成功したのかどうか、衰弱しきった身体では判断できないし自分のバイタルを確認している場合ではない。

 見ればライダーの方も数に押されていて疲弊してきている。

 瀕死の身体に鞭を打って自分の持ち物からリターンクリスタルを取り出し、ライダーに向かって叫ぶ。

「ライダー、帰還する!」

「主どの、お身体は……」

「詳しい話はあとだ!」

 リターンクリスタルの効果を起動して、身体を引っ張られるような感覚に身を委ねる。

 次に目を開いたときには体育倉庫前に座り込んでいた。

「戻って、これた……」

 一旦脅威が去ったことで緊張の糸が切れたらしく、その場に倒れこむ。

『主どの、お気を確かに!』

 意識が遠のいていく。

 マズイ……いくら校舎で戦闘が禁止されているとはいえ、無防備に倒れているマスターなんて格好の的だ。

 頭では理解しているのだが、身体は言うことを聞いてくれない。

 そこに、誰かの足音が近づいてくるが、俺にはどうすることもできなかった。

 

 

 ――そして、私は観測する。

 

 天軒が倒れる光景を遠くから眺める人影が一人。

 オレンジ色の髪の毛は前髪を伸ばして片目を隠している。

 緑を基調とした装備に身を包んだ男は、森に入ってしまえばその姿を捕捉するのは至難の技だろう。

 彼こそ天軒の対戦相手であるダン=ブラックモアのサーヴァント。

 しかし、近くにマスターであるダンの姿はない。

 彼の独特なタレ目が、天軒を捉えて細くなる。

「やろう、たどり着きやがった……!」

 2本の矢で急所を狙い、もしそれで倒せなくとも擦れば毒で弱らせ、すぐには無理でもアリーナのエネミーで時間を稼いで力尽きるのを待つ。

 綿密に組まれた策から、天軒は見事生還してみせた。

 しかも、どうやら解毒まで済ませている。

 購買部の市販のアイテム程度でどうこうなる毒ではないはずなのに、だ。

 そんな光景を目の当たりにして、さすがに動揺が隠せない。

「だが、今のやつらなら……」

「何をしているアーチャー」

「っ、ダンナ!?」

 天軒の命を狩るために動こうとした瞬間、老人の声が彼を静止される。

 振り向けば、そこに立って今のは自身のマスター、ダン=ブラックモアその人だ。

 その眼光は、サーヴァントである彼でさえ寒気がするほど鋭い。

「魔力が消費されたと思って来てみれば、やはり独断専行で相手を捉えていたか」

「……どうしてこの場所が?」

 肩をすくめて視線をそらし、アーチャーの男はダンに尋ねる。

「引退はしたが、私も狙撃手の端くれだ。

 アリーナから出てくる相手を狙うなら、ここが絶好の場所だとすぐわかる」

 一回戦でアーチャーが自分の戦い方を見せたとはいえ、魔力の消費だけでそこまで見抜かれるとは思ってもみなかっただろう。

 アーチャーは両手を軽く上げて降参のポーズを意を示す。

「あーはいはい、わかりましたよ。

 ここらで止めとけばいいんでしょう?」

「……………………」

 ダンはしばし沈黙したあと、小さく息を吐く。

 ふと、天軒が倒れていた場所に視線を向ける。

 そこには、倒れているはずの天軒の姿はすでにない。

 気配を悟られずに少年が姿を消したことに、ダンは再び視線が鋭くなるが、アーチャーはそれに気付くことはなかった。

 

 

『――これはイチイの毒ですね。

 処置がもう少し遅かったら危険でしたよ』

 声が聞こえる。

『主どのの容体はどうなんでしょうか?』

『毒の方は取り除かれています。

 倒れたのは、解毒前に体力をだいぶ削られていたのと、一気に魔力を消費したからだと思いますよ。

 心配しなくとも、安静にしていれば時期がくれば目が覚めるはずです』

 ぼんやりとした意識の中で、誰かが話している声が聞こえてきた。

 重い瞼を開けると、まず視界に入ったのは保健室の天井だった。

 視線を巡らすと、健康管理AIである桜が忙しく作業している。

「主どの、目が覚めたのですね!

 私が誰だかわかりますか?」

 ライダーがこちらを覗き込むようにして顔を近づけてくる。

 鼻がつきそうな距離で彼女と見つめ合う形になり、鼓動が跳ね上がる。

「ライダーさん、天軒さんが困ってますよ」

「あ、これは失礼いたしました。

 しかし、主どのが無事で本当に良かったです」

「ライダーがここまで運んでくれたのか?」

「いえ、私では……あれ、どうやって主どのはここに来たのでしょう?」

 ライダーが首をかしげるが、意識を失っていた俺に聞かれても困る。

 頼みの綱の桜に視線を送ってみるが、残念ながら彼女も首を横に振った。

「すいません、私もその前後の記憶データがはっきりしなくて……

 ライダーさんの切羽詰まった声に呼ばれるところからは覚えているんですが」

「そうか、お礼しないといけないと思っていたんだけどな……」

 ライダーたちの様子からして、NPCや遠坂たちではないとは思うのだが、二人して覚えていないとはどういうことだろうか。

 こちらに危害を加えるつもりはないのだろうが、少し不安だ。

「でもダメですよ、一つしかない大事な体なんですから。

 次は気をつけてくださいね?」

 めっ、と子供を注意するような仕草に苦笑いで返す。

「桜が治療を?」

「いえ、私は何もしていませんよ。

 天軒さん自身が自分で解毒したようですけど、覚えていますか?」

 桜に尋ねられて、ぼんやりとだがアリーナでの出来事を思い出す。

 解毒らしきものをしたのは、コードキャストを使ったぐらいだ。

「コードキャストってマスターにも使えるのか?」

「もちろん、使えるものもありますよ」

 なるほど、つまり自分にコードキャストを使って解毒をしたということか。

「それにしても凄いですね

 ()()()()()サーヴァントの状態異常を治癒する礼装しかないですから。

 強力なイチイの毒でも解毒できるコードキャストをあらかじめ持っていたんですよね?」

 ………………え?

 どういうことだ?

 俺は記憶を失っていて、自分が以前まで使っていたコードキャストがあるのかすらわからない。

 だからこそ、この解毒は購買部で購入した礼装で治ったのかと思っていたのだ。

 なのに、その礼装ではマスターの状態異常は治癒できない?

 何かの間違いだと思いたかったが、装備している礼装を確認してみると、癒しの香木は装備されていなかった。

 ならば俺はどうやって解毒をしたのだろうか?

 そんなことを考えていると、保健室の扉が開かれて予想外の来客を告げた。

 白髪と白ひげを蓄えて、それでいて年齢の衰えを感じさせない老人。

 ダン卿の――敵マスターの来訪に身構えようとするが、身体に力が入らない。

 ライダーが現界して立ちはだかるように前に出るが、彼の取った行動はこちらの予想を大きく裏切った。

「イチイの矢の元になった宝具を破却した。

 すでに解毒は済ませてあると聞いているが、この行動を謝罪とさせて欲しい」

 目の前の老人はあろうことか頭を下げてそう告げたのだ。

「そして失望したぞ、アーチャー。

 許可なく校内で仕掛けたばかりか、毒矢まで用いるとはな。

 この戦場は公正なルールが敷かれている。

 それを破るとは、人としての誇りを貶めることだ。

 これは国と国の戦いではない。人と人の戦いだ。

 畜生に落ちる必要は、もうないのだ」

 静かな独白。

 だが、確固たる信念に基づいた覆らぬ何かを感じる、老兵の双眸。

 目の前の状況についていけていない。

 さらにダンは予想外の行動に出る。

「アーチャーよ。

 汝がマスター、ダン・ブラックモアが令呪をもって命ずる。

 学園サイドでの、敵マスターへの祈りの弓(イー・バウ)による攻撃を永久に禁ずる」

「はぁ!? ダンナ、正気かよ……!

 負けられない戦いじゃなかったのか!?」

 マスターの行動にアーチャーは声を荒げる。

 当然の反応だが、老兵の態度は崩れない。

「無論だ。

 わしは自身に掛けて負けられぬし、当然のように勝つ。その覚悟だ。

 だが、アーチャーよ。貴君にまでそれを強制するつもりはない。わしの戦いと、お前の戦いは別のものだ。

 何をしても勝て、とは言わん。

 わしにとって負けられぬ戦いでも、貴君にとってはそうではないのだからな」

「…………」

 令呪の重要性は未熟な俺でも十分に理解している。

 信じがたいことに、目の前の老兵は、それを躊躇いもなく使ったのだ。

 自分のサーヴァントに、『正々堂々と戦え』と。

 ブラフかとも思ってしまうほど迷いのない行動に言葉が出ない。

「こちらの与り知らぬ事とは言え、サーヴァントが無礼な真似をした。

 君とは決戦場で、正面から雌雄を決するつもりだ。

 どうか、先ほどの事は許してほしい」

 それだけ言うと、ダン卿は踵を返し立ち去っていった。

 残された三人はしばらく何も言えなかった。

「……驚きました。

 こちらが有利になるような令呪の行使に加えて、宝具の名前まで漏らすとは。

 相手マスターへの攻撃のペナルティでサーヴァントのステータスも下がっているはず……

 それだけのハンデを負ってでも勝つという信念、お見事です」

 皮肉でもなんでもなく、ライダーは素直に相手に敬意を示す。

 自分の相手がどれほどの実力者なのか、それをこれでもかと見せつけられた。

 とはいえ、こちらも黙って消えるわけにはいかない。

 明日は朝一番に第一層のトリガーを取りに行かなくては。




天軒が何を使って毒を解除したのか、その正体がこの物語に大きく関わっています

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