今回確実にリンゴかじらないと無理な量だと思うので、カルデアのマスターの皆さん頑張ってください
今回から2回戦、ダン=ブラックモア戦が開幕です
休息と幕開け
決められた海路。
波が立たない海原。
けれど有り余る力は、不変の物語に変化をもたらす。
力に溺れ、滅びるのも。
力を捨て、可能性を潰すのも。
力を従え、繁栄を叶えるのも。
結末は力あるものに委ねられる。
ただしどの結末になるかは、力あるものに寄り添う力無きもの次第。
★
思い出すのは友人の死。
その断末魔は、目を閉じれば鮮明に思い出し、無音の場所では頭の中で何度も反響する。
「…………っ!?」
そして今日も、悪夢によって目が覚めた。
「主どの、いかがなさいました?」
隣ではライダーがいつものように起きていて、小首をかしげて尋ねてくる。
その表情が一瞬曇る。
「……泣いているのですか?」
言われて初めて自分の頬を伝う涙に気付いた。
「ごめん、覚悟はしていたつもりだったけど、どうもまだ折り合いがつかないみたいだ」
「それは弱さですが、主どのの良さでもあります。
私の心を肯定してくれた主どの自身が、自分の心を殺されてしまっては元も子もありません。
主どのは主どののやり方で折り合いをつければいいのです」
「……ありがとう」
決戦から三日ほど経った。
すぐに二回戦が始まるものと思っていたが、購買委員の舞によると勝ち抜いたマスターにはそれぞれ休息の時間が与えられるらしい。
サーヴァントとマスターの物理的、精神的なダメージを癒すことも兼ねているらしく、人によって時間はバラバラで、次の日には二回戦を始められそうなマスターもいるのだとか。
そのため、二回戦以降は決戦のタイミングに多少の誤差があるとのことだ。
「つまり、俺の精神的なダメージはこれだけの日数必要ってことか……」
「ですが、時間があったおかげで情報の整理ができました。
アリーナには入れませんでしたが刀の鍛錬はできましたし、何事も前向きにですよ、主どの」
「そう、だね。何事も考えようだ」
明るいライダーの言葉にこちらの気分も明るくなる。
ライダーの言う通り、宝具を使わず勝ち抜くための考えをまとめるには十分な時間がもらえた。
一回戦を通して浮き彫りになったのは、やはりマスターの力不足だ。
最終的に宝具に圧倒されてシンジもまともなサポートができなかったから良かったものの、二回戦からはそんなことはないだろう。
そして、今後は相手の宝具にこちらの宝具をぶつけることもできない。
「……………」
左手に宿る令呪も残り一画。
一回戦のような荒技も、もうできないと考えていいだろう。
「遠坂にバレたら何て言われるだろうな……」
一回戦でお世話になったツインテールの少女の姿を思い浮かべると、頭がいたい。
令呪をすべて失うのと一画残るのならば、もちろん後者なのだが、これは当事者の意見だ。
相手からすれば、令呪が三画残っているアジア圏ゲームチャンプの代わりに、令呪を一画しか残していない半人前ウィザードと戦うのだから願ったり叶ったりだろう。
加えて、ライダーのステータスは俺の実力に大きく左右されている。
ライダーのステータスは彼女の真名を知ったのと彼女自身が隠匿する意思を放棄したことですべて開放されているが、先の決戦で軒並み上昇したとはいえ彼女の本領には程遠い。
結局、俺自身が強くなるところに収束してくる。
「とりあえずコードキャストの少なさをどうにかしないと……
購買に礼装も売られてるから見てみよう」
この休息期間中毎日と言っていいほど足を運んでいる購買に向かうと、購買委員の舞が出迎えてくれる。
「お、いらっしゃい。今日はどんな物をお探しかな?」
「礼装の品揃えを見てみたいかな」
「わかった、今入荷してるのはこんなところだよ」
言いながらディスプレイに礼装の見本とコードキャストを簡単にまとめたものを表示させる。
「……状態異常回復のコードキャストか」
「おっ、それに気づくとはお目が高いね。
コードキャストには自身のサーヴァント強化はもちろん、相手サーヴァントを状態異常にして妨害することも可能だからね。
もちろんサーヴァントのスキルで状態異常を起こさせることもできるよ。
だから、逆に状態異常を治す手段も用意しておいて損はないんじゃないかな」
「これで礼装も三つ……
これだけあればある程度対処できるかな」
「へえ、君は礼装を三つ装備できるんだ。
さすがにアジアゲームチャンプに勝つなら実力もあるんだね」
「え、礼装って装備する数に上限とかあるのか?」
「……ちょっと待って。
もしかして、知らないの?」
急に舞は待ったをかける。
彼女には申し訳ないが、言ってる意味が分からず首を傾げることしかできない。
「これは予想外だな……
いや、でも私から言うのは……」
舞は一度身を乗り出し、食堂に人がいないことを確認してから改めて説明を始める。
「まったく、君は無知で無警戒すぎるね。
さっきの発言、自分は素人ですって言ってるもんなんだから」
「いやまあ、事実だけど……」
「だからって、最初から無知だとバレるようなことしちゃダメだって。
もう、なんでNPCの私がこんなこと言ってるのかね……」
頭を抱える舞を見るとちょっとだけ申し訳なる。
「まあいいや。礼装のコードキャストは魔力を消費するだけで簡単に使えるけど、それは魔術回路に接続してるからできることなの。
むき出しの回路に別の回路を巻き付ける感じかな。
当然複数個つければその分だけ魔力も必要になるし、魔術回路の量も関係してくる。
つまり……」
「人によって装備できる礼装の数も限られてくる?」
「そういうこと。
魔力はともかく、魔術回路は増えるものでもないし、君が装備できる礼装は……」
「おそらく二つが限界だと思います」
舞が見定めをしている最中にライダーが結論を出す。
「まあ、私は健康管理AIじゃないし、私よりサーヴァントの方がマスターである君の内部については詳しいと思うから、それで合ってると思うよ。
というより、自分で把握しないといけない部分だよ、これは!」
ごもっとも。
素直に頷くと舞は満足そうに笑った。
「それで、まず癒しの香木は購入でいい?」
「うん、お願い」
「毎度!」
端末から指定の金額を支払い、礼装をデータとして受け取る。
「他に欲しいものは?」
「今は大丈夫、かな。
ありがとう、舞がいてくれて助かったよ」
礼装の装備限界値があることを知れたのは舞のおかげだ。
だから素直にお礼を言うと舞は変なものを見るような目でこちらの顔を凝視している。
ただお礼を言っただけの筈だが……
しばらくして、舞は心底呆れたようにため息をついた。
「やっぱり君は君か」
「待って、なんかものすごい侮辱をされてる気がするんだけど」
「いや、安心しただけだよ。
この殺伐とした殺し合いの戦争で、まだ他人にお礼を言える余裕があるなんてね。
殺し合いに慣れてる人ならオンオフの切り替えは簡単なんだろうけど、君みたいにそういうの慣れてない人は、前回の決戦で精神的に参ってそんな余裕なかったり、疑心暗鬼になったりしてるんだ」
その時、端末に通知が入る。
『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』
……どうやらつかの間の休息は終わったようだ。
それを察した舞はいつもの明るい表情を見せる。
「次も頑張ってね。
運営委員だから贔屓はできないけど、陰ながら応援させてもらうよ」
そんな舞の言葉を受けて購買部を後にする。
二階の掲示板には相変わらずNPCが集まり賑わっている。
その隣にある一枚の紙に目を通す。
二回戦の対戦相手は……
「ダン=ブラックモア?」
「ほう、君が相手か」
穏やかな声が聞こえる。
振り返れば、そこには先日教会前にいた老人が立っていた。
直感が告げる。
そうだ、この人が……
「あなたが、ダン=ブラックモア?」
「いかにも。
君がここにいるということは、あの少年を下したということか」
「…………」
彼の言うとおり、俺がここに立っているのはシンジを殺したからだ。
他人の口からそのことを指摘されると、余計に胸を締め付けられる。
「揺れているな」
ふと、ダンがそんな言葉を口にした。
「芯がある若者だと思っていたが、生々しい『死』を見たのは堪えたか。
そのような状態で戦場に赴くとは……不幸なことだ」
その言葉はこちらに投げかけているというよりは独り言に近い。
同情されるのはいい気分ではないが、彼の言葉からはシンジのような油断は感じられない。
油断というよりは後悔。
もしかすると、彼の記憶の中にある誰かと照らし合わせたのだろうか。
その答えは目の前の老人にしかわからない。
そこに、端末へ通知が入る。
確認すると、内容は一回戦と同様に暗号鍵の生成を知らせるものだった。
同じく端末を確認していたダンは思い出したように顔を上げる。
「ああそうだ。今なら言峰が教会にいるのを見た。
まだ会っていないなら、行ってみるといい」
「あ、はい。ありがとうございます」
それだけ言うと、ダンはこちらに背を向けて去っていく。
そう言えば、マスター殺しについて聞けていなかった。アリーナに行く前に訪ねてみよう。
その途中、ライダーが霊体化の状態で忠告する。
『今回の相手は相当な手練れだと見受けられます。
一回戦とは何もかもが違います。判断を誤れば、モラトリアム中に命を落とすことになるでしょう』
ライダーの忠告が心に突き刺さる。
迷いながらも覚悟は決めたつもりだ。ただ、マスターの力量差が歴然としている。
彼から感じる熟練の強者の気配。それに気圧された自分は、彼に勝てるのだろうか?
いや、勝つしかない。
負ければ、今度は自分が死ぬ。
教会の扉を開くと、その奥に言峰神父が佇んでいた。
「おや、ここに人が来るとは珍しい。
敗者の末路を見て懺悔でもしに来たのかな?」
……相変わらずこちらの傷を容赦なくえぐってくる。
しかし、今はそのことは置いておこう。
電脳死にしたって、予選の時同様に「私にはどうすることもできない」と言って、はなから対応する気はないだろう。
だから、本来聞きたかったことだけを尋ねる。
「学園内でマスター殺しの噂が流れていますが、この噂は事実なんですか?」
「……そのことか」
今、初めてこの胡散臭い神父の表情が歪む瞬間を見た気がする。
「マスターの不自然な消滅はこちらでも確認している。
モラトリアム中にマスターが相手マスターを殺すことは戦術の一つだとしているが、勝利が確定したマスターが消滅した例もあるのでね。
自殺の可能性も含めて目下調査中というやつだ」
「一応聞きますけど、アリーナに対戦者以外のマスターが入ってくる可能性はあるんですか?」
「それはありえない」
即答で言峰神父から返答が来る。
「アリーナとマスターの区分は、SE.RA.PHによって完璧に管理されている。
万が一ということはありえないことは保証する」
アリーナでないとなると、校舎内で殺害されていることになる。
周りの目を掻い潜って殺害するということはアサシンのサーヴァントを引き当てたのだろうか。
「あの、校舎内で戦闘は禁止されてますけど、スキルの発動は可能なんですか?」
「戦闘は禁止されているが、ペナルティを気にしなければ出来ないことはない。
スキルはもちろん宝具の発動も可能と言えば可能だ」
そこまで言って、言峰神父は口を閉じる。
しばらく考える素振りを見せた後、無言で教会からどこかへ転移してしまった。
静寂に包まれた教会に残る理由もない。
さっさと出て行くことにしよう。
――で、教会を出た直後遠坂からお叱りを受けることになった。
教会に入っていくところを屋上から見たらしく、労いの言葉でもと来たはいいが俺の令呪が一画しか残っていないことに気付いた、と言った流れだ。
「あなたねぇ、大切な令呪を一回戦で使い切るとか勝ち残る気あるの!?」
「使わないと負けてたから……」
「その使わないと負けてた状況になることに怒ってるの!
慎重に策を練れば勝てない相手ではなかったはずよ」
そこを突かれると何も言い返せない。
確かにあの令呪の使用は咄嗟の機転としては十分だが、その直前の思い込みによる油断は反省点だ。
「うん、わかってる」
反省はしている。しかし後悔はしない。
無い物ねだりは出来ないのだから、今の手札で勝ち進む。
「まあ、状況判断ができているだけマシか。
次の対戦相手はダン=ブラックモアだっけ?
言っとくけど、彼は名のある軍人よ。西欧財閥の一角を担う、ある王国の狙撃手だった。
匍匐前進で1キロ以上進んで、敵の司令官を狙撃するとか日常茶飯事。
ま、並の精神力じゃないのは確かね」
遠坂の話で自分の対戦相手がどれほどの実力者なのか、より正確に知ることができた。
ただ気になるのが……
「……どうして遠坂が俺の対戦相手知ってるんだ?」
「へ? あっ、いや……」
急にあたふたして、見る見るうちに遠坂の顔が赤くなっていく。
何かマズイことを聞いてしまっただろうか……
「こ、これは……そう!
偶然あなたとサー・ダンが話しているのを見たのよ、偶然ね!
だから、気になって調べたとか、そういうんじゃないから、絶対!」
彼女の気迫に押される形で首を縦にふる。
このことは触れないほうがお互いのためのようだ。
「そんな訳だから、一回戦より注意してないとあっさりやられるわよ」
「ありがとう、遠坂のおかげでマスターの情報が手に入ったのは大きいよ」
「ホント、不思議なマスターね」
そんな言葉を捨台詞に遠坂の姿が消える。
一回戦の屋上のときのように転移魔術でも使ったのだろう。
こちらも用事も終わった。そろそろアリーナに向かおう。
これ書き始めてから思ったんですけど、端末のサーヴァント情報って全部マスターの手書きなんですかね? だとしたらザビ―ズの知識半端なさすぎです……
本作では基本手書きで、サーヴァントが公開する意思を示すと任意の情報が端末に自動書記される設定で進めていきます