Fate/Aristotle   作:駄蛇

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巌窟王イベントの結論:フレンドのマーリン最強


いろんな意味で長かった1回戦、これにて終結です
またも1万オーバー……


忌むべき真名

 景色が白に染まってからしばらくして、ようやく目を開くことができた。

 もしかすると数秒意識が飛んでいたかもしれない。

「なんだ、これ……」

 最初、自分の目を疑った。

 決戦場は船の墓場を模した海岸だったはずだ。

 なのに、今俺たちがいるのは、一面砂しかない広大な砂漠。

 夢を見ているのかとも思ったが、流れる風も踏みしめる砂の感触も本物だ。

 転移魔術の類で砂漠のど真ん中に移動したとでもいうのだろうか?

 その隣で、同じくその風景に唖然としていたライダーが驚愕していた。

「これは、固有結界!?

 征服王、あなたはライダーであり、キャスターではない! このような大魔術、あなたには作れないはずです!」

 固有結界という単語に、数日前のライダーの会話を思い出す。

 確か、術者の中の心象風景を具現化する大魔術。

 いわば、新たな世界を作り出す魔術なのだと。

「ライダー、確かにお前さんの言うことは正しい。

 ここはかつて我が軍勢が駆け抜けた大地。

 余と苦楽を共にした勇者たちが、等しく心に焼き付けた景色だ」

 地平線の彼方から、地響きと共に人影が現れる。

「この世界この景観を形にできるのは、これら我が全員の心象であるからさ!」

 それが何か認識できた瞬間、喉が干上がった。

 あれは、イスカンダルが率いたと言われる軍勢だ。

 それも数百、数千なんて規模ではない。数万単位の軍隊が集結しつつある……!

 見ただけでわかる。あれは、一騎一騎がすべてサーヴァント……!

 その中で一体、唯一の黒馬がイスカンダルの元に歩み寄る。

 あれは、イスカンダルだけが乗りこなすことができたという暴れ馬、ブケファラスか。

「見よ、我が無双の軍勢を!

 肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち!

 彼らとの絆こそが我が至宝、我が王道! イスカンダルたる余が誇る最強宝具、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なり!!」

 彼らの雄叫びが塊となり、俺たちの肌を叩く。

「はははははっ!!

 見たか由良。これが僕のサーヴァントの実力だ!

 端っからお前が勝てる可能性なんてなかったんだよ!」

「あ……あ……」

 言葉が出ない。

 これがもし、異様な力を秘めた宝剣などであれば、まだ思考が働いたかもしれない。

 しかし、目の前にあるのは数万を越すサーヴァントの大軍。

 未知数の威力や性能ではなく、最も分かりやすい『数』の暴力が目の前に広がっているのだ。

 あれはライダーでも突破できない。

 彼女の実力を持ってすれば数十人なら討つことも可能かもしれない。

 しかし、総数から見ればそんなものは微々たるものだ。数分と持たずに彼らの武器がライダーの身体を貫くことだろう。

 無意識に足は震え、今にもへたり込みそうになる。

 ――逃げ出したい。

 そんな言葉が脳裏によぎる。

「これは、予想以上です。

 まさかサーヴァントそのものを呼び出すとは……」

 ライダーはイスカンダルの宝具に率直な感想を述べる。そんな彼女の目には絶望はない。

 ふと、ライダーと視線が合った。

 彼女は俺の怯えた表情を見て、優しく微笑む。

「心配ありません。私は負けませんから」

「……………………」

 ああ、自分はなんて愚かなのだろう。

 彼女は自分以上に危険な戦闘をしているというのに、そんな彼女を放って逃げ出したいと、一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。

 まだ戦う理由は決まっていない。なんのために戦うのか、それはまだあやふやなものだ。

 それでも、ライダーが諦めていない間は、マスターである俺が戦いを放棄するのは絶対にダメだ!

「……ライダー、勝とう、絶対に」

「はい。

 主どのがそう望むのなら、私はなんだって成し遂げてみせます」

 ライダーが呼び出した永久機関の騎馬(イモータル・アドー)に跨る。

「……そして、私自身を失うことになっても」

「ライダー?」

 不穏な一言に思わず聞き返す。

 振り返ったライダーは微笑むが、その微笑みはどこか悲しさが感じられた。

「主どの、今から私の身に何が起ころうと、決して止めないでください。

 そして、どうか信じて頂きたい。

 私は、大好きな兄上の作った国を滅ぼすようなことはしないと」

「ライダー、一体何を――」

 聞く前に、ライダーが詠唱を開始する。それに呼応するように魔力は膨れ上がって行く。

「ここに奈落の門は開かれた。

 祭り立てられ今も眠りし亡霊よ、目覚めのときだ。

 阻むものは撃滅し、この世全てを略奪せよ!」

 先ほどのイスカンダルと同等かそれ以上に凝縮された膨大な魔力が、背後に巨大な建造物を出現させる。あれは、霊廟か?

 状況を把握する前に続いて起こったのは不穏な地鳴り。

 そして次の瞬間、まるで決壊したダムからあふれる水の如く、霊廟から禍々しい瘴気を纏う者たちが溢れてくる。

 やがてその数がイスカンダルの呼び出した軍隊にも匹敵するほどになると、背後の霊廟はその役目を果たしたとでもいうように幻のように消滅した。

 瘴気を纏った者たちはライダーと同じ永久機関の騎馬(イモータル・アド―)に跨り、隊列を組んでライダーの後ろに待機する。

 その表情は虚ろで、生気は感じられない。

「な、なんだよ、なんなんだよ!

 どうして由良のサーヴァントが僕のサーヴァントと並ぶような宝具持ってるんだよ!?」

 先ほどまでの余裕は一変、シンジは泣き叫ぶようにこの状況の説明を求める。

 しかし、状況を知らないのは俺も同じ。ゆえに、宝具を発動した張本人に尋ねた。

「ライダー、彼らは一体誰なんだ?」

「心配しなくても大丈夫ですよ、()()()()

 彼らは私の軍勢の亡霊です」

「……ライダー?」

 微かな違和感に彼女の方を見る。

 見た目はライダーのままだが、彼女の漂わせる雰囲気はまるで別人だ。

「君は、誰だ?」

「……さすが私のマスターと言うべきですね。

 マスターの思っている通り、宝具を発動した今の私は、マスターの知っている彼女(わたし)とは違います。

 正確には、スキル『判官贔屓』により彼女(わたし)の人物像を歪められたものが今の『私』なので、全く別人というわけではありませんが」

「元に戻るのか?」

「マスターが望むのならば、この戦が終われば解きましょう。

 本当に望むのならば、ですが」

「……………………」

 ライダーの笑みは非常に冷たい。

 氷のように澄んでいて無機質に冷たい眼差しに耐えられず、逃れるように視線を逸らす。

 そんな俺を見て肩をすくめたライダーはイスカンダルに向き直った。

 イスカンダルはシンジと共にブケファラスに跨り、こちらの動向を観察している。

「イスカンダル殿。

 大陸の半分も収めることができなかった貴方が、私を差し置いて征服王を名乗るとは笑止千万!」

 そして自分の得物を抜き、高らかに掲げた。

「私こそが真の征服王! いえ、蹂躙王!

 そして、私の死後も拡大を広げた家臣の亡霊たちこそ我が宝具、帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)なり!!」

 ライダーの言葉に、亡霊と呼ばれた者たちが雄叫びをあげる。

 ――ナイマン・チャガン・ゲル。

 それは、とある人物が埋葬されたと言われる廟の名前だ。

 その名前を理解したイスカンダルは豪快に笑う。

「まさか貴殿があのモンゴル帝国の創始者チンギス・ハンであったか! なるほど、道理で惹かれるわけだ!

 このような機会を得られるとは、さすが万能の願望機たる聖杯よ!」

 そう、廟に埋葬された人物はユーラシア大陸のほとんどを手中に収めたモンゴル帝国の建国者、チンギス・ハンだ。

 しかし、それはライダーの本当の真名ではない。

 チンギス・ハンはその謎に包まれた生涯故に、日本のとある武士と同一人物だとする説がある。

 それこそが、俺が契約したライダーの真名。ただしその事実を知るのは本人を除けば俺一人だけ。

 イスカンダルは対峙するライダーをチンギス・ハンだと認識し、己の剣を高らかに掲げる。

「いつか我が軍勢と一戦を交えたいと思ってはいたが、まさかこのような場で叶うことになるとは!

 時代は違えど同じ大陸を征服せんと駆けた者同士、今ここで真の征服王はどちらか決めてしまおうではないか!」

「我が軍勢の力を見たいと申しますか。良いでしょう。

 地獄からの使者(タルタロス)と呼ばれた我が軍勢は今や文字通りサーヴァントではなく亡霊ですが、その亡霊によって貴方の軍が敗れる姿をその目にしかと刻みなさい!」

 イスカンダルに倣ってライダーも己の刀を掲げる。

 ほんの数秒、風の音だけが支配する静寂のあと、両者は同時に剣を振り下ろす。

「「蹂躙せよ!!」」

 号令がかかると、イスカンダルの軍勢は前へ進むのに対して、ライダーの軍勢は左右に分かれて走り始めた。

 永久機関の騎馬(イモータル・アド―)に跨ったライダーの軍勢は瞬く間にイスカンダル率いる軍勢の正面を覆うように展開する。

「全軍、放て!」

 ライダーの指示で全員が矢を番え、一斉に放つ。

 放たれた矢は雨の如く弾幕を張って数百メートル先のイスカンダルの軍勢を襲う。

「アララララーイ!!」

 しかし向こうも大英雄。先頭を切って走っていたイスカンダルはその剣で見事にすべてを薙ぎはらう。

 部下のほとんどもその手に持つ盾で凌ぐが、少なくとも数十人は地に伏せ、回り込もうと疾駆する投槍騎兵を牽制できた。

「てっきりスキタイのような槍騎兵で突撃かと思ったが、なるほどそれが貴殿の戦術か!」

「……思ったよりもあの盾は厄介ですね。

 私たちが一方的に攻撃できる距離にいるとはいえ、向こうは矢が放たれてから盾を構えれば防げてしまう。

 本来、この一方的な消耗戦は我が軍の真髄なのですが……」

 独り言のように呟くライダー。一斉掃射が芳しい結果を出せないと判断すると、それ以上の深追いはせず、距離を置きつつ敵騎兵の牽制だけに専念するよう指示を飛ばす。

「この宝具はどれぐらいもちそうなんだ?」

「今のままですと、永久機関の騎馬(イモータル・アドー)で魔力回復をしながらでも、10分が限界かと。

 一応、人数が減れば魔力消費も減るので、少しは伸びるでしょうが」

「そうか……あれ?」

 ふと、先ほどまで見えていなかった部分に疑問を感じた。

「ライダー、固有結界って魔力を膨大に消費するんだよね?」

「その通りです。発動するのはもちろん、維持するにも莫大な魔力が消費されるはず。

 ですのでライダーのクラスであるイスカンダルがそれを扱うとは予想できませんでした」

「じゃあ、イスカンダルはどうやって魔力を維持しているんだ?

 固有結界に加えて、サーヴァントまで呼び出したら、それこそすぐに魔力が尽きるんじゃないのか?」

 ライダーは自分の軍隊をサーヴァントに劣る亡霊だと言った。

 つまり、魔力消費も比較的少ないのだろう。くわえてライダーの宝具で魔力の回復量も上昇している。

 それでも10分しかもたないライダーの宝具より、魔力回復量はそのままでさらにサーヴァントそのものを呼び出したイスカンダルの宝具が長くもつとは考えられない。

「……確かに変ですね。

 サーヴァントの現界は単独行動のスキルを持たせれば魔力供給なしで動けるとしても、あれだけのサーヴァントを座から召喚しつつ、これだけの固有結界を維持するなど……」

 攻撃は部下に任せ、ライダーは長考に入る。

 しばらくして何かを閃いたらしく、言葉ではなく手で部下に指示を出し、それに従い部下の百人程が急旋回してイスカンダルの部隊に特攻し始めた。

 その光景に目を疑うが、今の彼女はユーラシア大陸のほとんどを支配したチンギス・ハンだ。

 何か考えがあるのだろう。

「あの小娘、何か面倒なことを考えよったな。

 接近する騎馬隊どもを全力で仕留めよ!」

 イスカンダルも何かを悟ったのか部下に槍を投擲させて、疾走する騎兵を迎撃する。

 槍に貫かれ十数騎は無残に散るが、ライダーと同じ宝具である馬に乗る部下たちは迫る槍を掻い潜り、瞬く間にイスカンダルの部隊と接触した。

 直後、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)による爆発が見渡す限りの荒野を埋め尽くす。

「……っ!」

 爆風は離れた俺たちの元にも届き、その威力がどれほどのものなのかを物語っている。

「ライダー、何が目的でこんなことを?」

 ライダーに問いかけてみるが、彼女はジッと上を見上げていた。

 …………上?

 イスカンダルの部隊の現状を把握しているのではなさそうだ。

 なら、彼女は一体何を見ているのだろうか?

「やはりそうでしたか」

 そんな一言を彼女は漏らす。

「一体どうしたんだ?」

「マスターに言われてこの固有結界の維持方法を考え、そして一つの仮説に行き着きました」

「仮説?」

「はい、イスカンダル殿やあの小童だけで維持できないなら、ほかのサーヴァントにも分担させればいい。

 つまり、あの軍勢全てがこの固有結界を維持するための魔力を消費しているわけです」

「ならあの部隊を減らせば固有結界も崩壊する?」

「その通りです。

 今しがた、一気に英霊が消滅したことで空間に若干の歪みが生じました」

 振り返ると、煙の中からイスカンダルを筆頭に次々とこちらに向かってくる。

 前線にいた兵士の姿はボロボロで、宝具の自爆による攻撃は凄まじい損害を被ったのがうかがえる。

「……マスター。

 ここからは短期決戦になります。

 生前の我々なら絶対に行わなかった、最後に大将が立っていればいいという愚行。

 勝敗は神のみぞ知ると言ったところでしょう」

 背中しか見えない今の状態では彼女の表情はうかがえない。

 それでも、彼女の中で緊張が高まっているのは明白だった。

「わかった。今はライダーに全て任せるよ」

「あり難きお言葉、感謝いたします」

 そして聞こえてきたのは豪快な笑い声。

 無視できないダメージを負いながらも、イスカンダルの勢いは止まらない。

「流石に今のは効いたぞ、ライダー!」

「あなたの固有結界の弱点は見抜きました。

 もはや蹂躙されるのみでしょう!」

「面白い! ならばその脅威、我らの絆をもってして打ち払ってみせよう!!」

「全軍、私に続け!」

 ライダーがイスカンダルの軍隊に進行方向を変えると、それに習って全員が一斉に踵を返す。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

「アララララーイッ!!」

 矢を放ち牽制をしながら突進するライダーらと、槍を投擲して迎撃するイスカンダルら。

 互いの軍勢は瞬く間に接触する。

 その直前、先陣を切っていたライダーの軍勢の中でも、全身甲冑に身を包んだ亡霊たちが自身の馬から飛び降りた。

 一瞬何をしているのかわからなかったが、俺とライダーの馬だけが急停止した直後、鼓膜が裂けるような爆音と身体を叩きつける爆風で悟った。

 再三、千単位の宝具の爆発がイスカンダルの軍を巻き込み、壊滅的なダメージを与えたのだ。

 前線を陣取る馬の中で自分の乗る馬だけが無事なのは、魔力維持のためにライダーが残してくれたのだろう。

 その目の前で彼女らは最後の戦闘を始める。

 ライダーの率いる亡霊のうち、重装備の者はサーベルやメイス、戦斧、槍など各々の武器でイスカンダルの軍に攻撃を仕掛ける。

 後方にいる者は弓による支援も怠らない。

 対するイスカンダルが率いる軍勢は流石サーヴァントと言うべきか、そんな攻撃に一歩も引いていない。

 状況としては、ライダーの部下が二、三体葬られながらイスカンダルの部下を一騎道連れにしている。

 そこだけを見ると劣勢だが、これは殲滅戦ではなくあくまで消耗戦だ。

 イスカンダルが固有結界を維持できない規模まで軍を減らせばいい。

 それに、接近戦を行う亡霊が少なくなれば、弓で支援をしていた亡霊たちが壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で敵を減らしながら接近戦に加わりその穴を埋める。

 亡霊の数が減って維持する魔力に余裕ができてきたからか、火炎放射器のように炎を操る魔術を用いる者も確認できる。

 そしてライダーとイスカンダルもそれぞれ得物を振るい、互いに牽制しながら周りの敵を葬っていく。

 その姿は正しく騎兵(ライダー)だ。

 馬に乗ったままの戦闘は戦術的に見れば悪手であるハズなのに、それを全く感じさせない騎乗技術に俺とシンジはただただ魅入ってしまう。

「安定した殲滅力なら余の軍勢、瞬発的な殲滅力なら貴殿の軍勢、総合的には余の有利と見た!」

「確かに、このまま殲滅戦となれば私の軍が敗北するでしょう。

 時間制限なしとなれば戦い方は変わりますが」

 しかし、とお互いの刃から火花を散らしながらライダーは不敵に笑う。

「これはあなたの固有結界を壊すのが目的の戦い。

 おそらく、過半数を失えば維持できず消滅するのではないですか?」

「がははははっ!

 貴殿の洞察力には驚かされっぱなしよ!

 だが、余裕がないのは貴殿も同じであろう?」

「……っ!」

 ライダーの表情が強張る。

 イスカンダルの読み通り、こちらの魔力もそろそろ限界だ。

 これ以上長引けば先に倒れるのは自分たちの方だろう。

「ライダー……」

「賭けに出るしかありませんね。

 マスター、全軍で特攻を仕掛けます。それでこの固有結界は消滅するでしょう。

 しかしそれは振り出しに戻っただけ。

 魔力の残量を考えると、むしろ悪化している可能性もあります」

「それしかないなら、やってくれライダー」

「生きるか死ぬかの選択を即答ですか。

 やはり、マスターは面白い!」

 小さく笑うその顔には、ほんの一瞬だけ、牛若丸としての面影を感じた。

 ライダーは静かに掲げた右腕を振り下ろし、最後の号令をかける。

「全軍、突撃ィッ!!」

「迎え撃てぇっ!!」

 直後、先ほどまでとは比べものにならない規模の爆発が起こる。

 残っていた万を超える宝具の爆発はお互いの部隊を巻き込み、舞う土煙は視界を奪う。

 イスカンダルの位置がわからなくなるが、ライダーは手綱を握り疾走する。

 ただイスカンダルの首を討ち取らんと、真っ直ぐと。

 爆音が止み、次に聞こえたのは空間の軋む音。

 それは次第に大きくなっていき、この固有結界(せかい)の終わりを告げていた。

 固有結界が消滅すればイスカンダルの呼んだ英霊たちも、彼が乗る暴れ馬も消滅することだろう。

 爆発はこちらの軍勢も全滅させてしまったようだが、ここまでは想定内だ。

 あとは、傷を負ったイスカンダルを倒すのみ……!

「ライダー、決めるんだ!」

「はい!」

 次の瞬間辺り一面の荒野が、土煙が、まるで最初からなかったかのように元の船の墓場へと戻る。

 次に目にしたのは、()()ファ()()()()()()()頭上を飛び越えるイスカンダルの姿だった。

「なん……っ!」

 思考が一瞬だけ停止する。

 固有結界は破った。ならばブケファラスも消滅したはずだ。

 まさか、一体くらいなら固有結界の外にも召喚できるのか!?

 地を走っていると思った俺もライダーも、視線を若干下に向けて構えていた。

 ほんの一瞬の対応遅れ、それが致命的な隙となる。

「マスター!」

 ライダーはとっさに俺を庇うようにイスカンダルに背を向ける。

 その背中めがけて、イスカンダルは右手に握る剣を振り下ろした。

 ……負けるのか? 何も残せずに?

 俺のために戦ってくれるライダーに、俺はなにも出来ていないのに?

 そんなのは、許されない!

「ライダー!」

 決して意図したものではない。

 しかしその叫び声に応えるように左手の令呪が輝き出し、目の前からライダーが消える。

 次に見たのは背後からイスカンダルを刀で突き刺している姿だった。

「…………え?」

 その声は一体誰のものだったのかわからなかった。

 振り下ろされたイスカンダル剣は空を切り、俺は跨っていた馬から投げ出された。

 時速70キロから振り落とされた衝撃で意識が飛びそうになったが、なんとか踏みとどまり、辺りを確認する。

 視線の先では納刀しなが着地するライダーと、その奥でブケファラスから振り落とされたイスカンダルの姿が見えた。

 その光景がどういう状況なのか、しばらく理解ができなかった。

「勝った、のか……?」

「はい、急所を貫きました。

 いくらイスカンダル殿といえど、間も無く消滅するでしょう」

 ライダーはこちらに向き直る。

「令呪を消費したとはいえ、とっさの判断はお見事でした。

 あれがなければ勝敗は真逆の結果になっていたことでしょう」

 先ほどの軍勢と軍勢のぶつかり合いが強烈過ぎて、未だ心臓がはちきれんばかりに脈打つ。

 両軍の覇気に圧倒され、あの光景がどこか他人事のように感じられた。

「ま、まだだ!

 まだ終わっていない!」

「……っ!?」

 シンジの声にハッと我に帰る。

 うつ伏せで倒れている俺の目の前で、シンジがイスカンダルに肩を貸しながら立ち上がろうとしている。

 とはいえ2メートルの巨体をシンジが支えられるはずもなく、膝をついた状態を維持するのが限界のようだが……

「僕のサーヴァントが、負けるはずがない!

 どう考えても僕の方が優れている!

 天才の僕が! こんなところで負けるワケにはいかないのに!」

「坊主、見苦しいぞ」

 小さな声で、諭すようにイスカンダルが口を開く。

「僕に指図する余裕があるなら立てよ!

 僕は、僕たちが負けるワケないんだから!」

「しかしな、余も心臓を貫かれて生きてられるほどの生命力はないぞ」

「な――なんだよそれ、勝手に一人で消える気か!?

 僕はおまえの……っ!」

 急にシンジは自分の口を閉じた。

 まるで、その言葉だけは言ってはいけないと自分を制するように。

 その姿を見たイスカンダルはニカッと笑った。

「うむ、他人に言っていい言葉と悪い言葉を理解しただけでも十分な成長と言えよう」

「イスカンダル殿」

「ライダー……いや、チンギス・ハンと呼ぶべきか?」

「その名前は正しくありません。

 確かに今私の意識はチンギス・ハンその人ですが、それはあくまでスキルと宝具の影響で意識が憑依しているだけ。

 本当の彼女(わたし)は小さな島国で生涯を終えた一人の武士です」

「なるほど、ならば貴殿の真名は……

 うむ、だとするなら謝罪するべきだろうな。

 図らずも貴殿を侮辱してしまい、すまなかった」

「……彼女(わたし)に変わって謝罪を聞き届けました。

 それで、あなたはこの戦に満足しましたか?」

「…………そうだな――」

 ライダーの問いに、イスカンダルは目を閉じる。

 そして穏やかな様子で口を開いた。

「久々に軍勢同士の勝負をしたが、やはりいいものだ。

 余と臣下たちの絆の強さを証明できなかったのは悔しいがな。

 なるほど、機動性に特化させた兵隊だったからこそ、余より広く大陸を征服できたというわけか」

「チンギス・ハンの軍も完璧ではありませんよ。

 チンギス・ハンの死後、重火器の発達に対応できなかった帝国は見る見るうちに縮小していきました。

 本当の終わりというものは、どこも儚いものですね」

「それは余が戦ではなく病で死んだことを遠回しに言っているのか?」

「ご想像にお任せします」

「ふっ、相変わらず食えん小娘よ」

 両者の会話はとても穏やかだ。

 そのことが、この戦いの終わりを暗に示していた。

「まあたしかに、完璧な戦というものは存在しない。勝つ要因と共に、負ける要因もどこかにあるものだ。

 勝利とは即ち、勝つ要因が負ける要因を凌駕した時よ」

「なんだよ、それ!

 負ける要因があったって言うのかよ!

 僕は完璧だった! お前の宝具も最強だ! どこも劣ってなんかない!」

「坊主……」

「くそっ! 僕が負けるなんて!

 何かの間違いだ、今度こそ、今度こそ――」

 そのとき、俺たちとシンジたちは壁によって遮られた。

 ちょうどエレベーターの時のような状況だ。

「は?

 何この壁……っ! な、なんだよ、これっ!

 ぼ、僕の、僕の身体が、消えていく!?

 知、知らないぞこんなアウトの仕方!?」

「シンジっ!?」

 壁の向こうのシンジの、手が、足が、体が、段々と消えていこうとしている。

 そばで見つめる、彼のサーヴァントと共に。

「敗者は令呪を剥奪され、令呪を全て失ったものは死ぬ。

 坊主、お前さんもそれだけは聞いていたはずだ」

「はい!?

 し、死ぬってそんなの、よくある脅しだろ?

 電脳死なんて、ほんとの本当のわけ……」

「何度も言ったであろう。

 これはゲームではなく戦争だと。

 戦争に負けるということは、すなわち死だ。どんな形であれ、例外はない。

 そもそも、このムーンセルにアクセスした時点でお前さんたちは全員死んでいるのに等しい。

 生きて帰れるのは、勝者ただ一人ということだ」

「な……やだよ、いまさらそんなコト言ってんなよ……!

 ゲームだろ? これゲームなんだろ!? なあ!?」

 シンジはの悲痛な叫びも虚しく、消滅は止まらない。

「な、何とかしてくれよ、サーヴァントはマスターを助けてくれるんだろ!?」

「悪いが、こればかりは余もどうすることもできん。

 ここにいる全員の運命は、このSE.RA.PHというシステムの手の中にあるんだからな」

「なに悟ったようなこと言ってんの!?

 悔しくないのかよ!?

 負けた上に、こんな、こんなの……!」

「悔しいに決まっておろう!!」

 瀕死とは思えないイスカンダルの怒声がシンジを黙らせる。

「しかしな、負けを負けと認めぬ姿ほど無様なものではない。

 できればその根性も叩き直してやりたかったが、時間も心を許せる友も足らなかったらしい。

 ……ライダーのマスターよ。由良と言ったか」

 イスカンダルがこちらに話を振る。

「悪いが、この小僧の最期を見届けてやってくれ。

 そして、どうかこいつが生きていたということを覚えておいてくれないか?

 魂が死ぬのは死者になったときではなく、正者の中から存在が消えてしまったときだ。

 今ここで小僧の身体は朽ちようとも、魂だけは貴殿の中で生き続けてほしいのでな」

「……わかりました」

 己がマスターを想う言葉を最後に、イスカンダルは消滅した。

 残ったシンジもほとんど消滅しかかっている。

 泣き叫ぶ彼の声は心が苦しくなるが、それも含めて受け止めなくてはいけない。

 それが勝者の、敗者を生み出した者の務めなのだ。

「うそだ、うそだ、こんなはずじゃ……くそっ、助けろよぉっ! 助けてよお!

 僕はまだ、八歳なんだぞ!?

 こんな…………あれ?」

 そこで、不意にシンジは無表情になる。

 死が目前に迫り、取り乱していた先ほどまでの感情が嘘のようだ。

「僕のサーヴァント、本当に――」

 何かを言い切る前に、消えた。

 間桐シンジという人間。

 その魂、その存在が、完全に。

 一かけらの痕跡もなく。

 残っているのは、ただ勝者のみ。

 聖杯戦争の一回戦は、こうして終結した……

 

 

 エレベーターに乗せられ、用務室の前まで戻ってくる。

 そこからマイルームに戻ってくるまでの間、ライダーとの間に会話はなく彼女の憑依状態も解除されていない。

 意を決して彼女に話しかける。

「ライダー、いつ元に戻れるんだ?」

「……そうですね、ここまで戻ってきましたし、お話ししましょうか」

 ライダーは正座で向き合い、こちらを真っ直ぐ見据える。

「まずお聞きしたいのですが、彼女(わたし)の真名はお分かりですか?」

「ライダーの真名……」

 宝具から、今彼女に憑依しているのはチンギス・ハンだということはわかっている。

 ただ、目の前の少女が言っているのは本来のライダー、宝具を使う前の彼女の真名の事だろう。

 情報は出揃っている。

 死後もその多大なる人気によって、どこかで生きていると信じられ、チンギス・ハンと関連付けられた一人の武士の名前は……

「源義経。

 保健室で『う』って口を滑らせかけてたし、もしかしたら幼名の牛若丸のほうが正しいのかな?」

「流石ですね、マスター。その通りです」

「美男子とは聞いたことあったけど、まさか女の子だったなんて」

「歴史が事実と異なることなんてよくあることです。

 イスカンダル殿を例に挙げても、文献によっては小柄だったと言われてます。

 あ、いや、彼の場合は比較対象が悪かっただけかもしれませんが」

 なるほど、こればかりはそういうものだと納得するしかないようだ。

「では、本題に移らせて頂きます。

 決戦での戦いを思い出していただければ十分かと思われますが、今の私が持つ宝具にはチンギスハンとしての宝具である永久機関の騎馬(イモータル・アドー)帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)の二つがあります。

 本来なら牛若丸としての宝具も存在しますが、スキル判官贔屓によって歪められた結果、そちらにはロックがかかってしまっているようです。

 つまり、今の私にはチンギス・ハンとしての宝具しか存在しません。

 今の私を否定し、元の彼女(わたし)を望むということは、即ち宝具を封印するということと同じ。

 それでも、マスターは私を否定なさるのですか?」

「もちろんだ」

 考えるまでもなく即答する。

 ライダーは驚いているが、これは絶対に譲れない。

「あの威力の宝具であれば、それこそガウェイン卿とて葬ることが可能かもしれないのですよ?」

「ああ、確かにライダーの宝具は強力だ。

 これがなければ、俺たちは一回戦で敗退していたと思う」

「なら、なぜ?」

 ライダーの質問は至極当然なものだ。

 そして、それに対する俺の答えも決まっている。

「これ以上ライダーを……牛若丸を悲しませたくない」

彼女(わたし)を?」

「宝具を使う前、ライダーは何か思いつめたような顔をしていた。

 それに、帝王の起輦谷(ナイマン・チャガン・ゲル)を発動する前に言った言葉の意味を考えれば簡単だ」

 ライダーは確かにこう言った。

 ――私は、大好きな兄上の作った国を滅ぼしたいとは思っていない。

 チンギス・ハンは元というモンゴル帝国を作り上げた。

 その後、フビライ・ハンが鎌倉幕府が栄えている日本へと進軍する。

 結果として日本は防衛を成功させるがその被害は甚大で、蒙古襲来は源頼朝が作った鎌倉幕府滅亡の要因の一つと言ってもいいだろう。

「ライダーがチンギスハンの宝具を使うということは、それはライダーが兄の作った鎌倉幕府を滅亡に追い詰めるという繋がりを肯定することになるんだろう?

 たぶん、ライダーは宝具を発動するたびにそのことを否定したくてたまらなかったはずだ」

「私たちサーヴァントは程度や例外はあれど、余程のことがない限りマスターに従います。

 使えと言われれば、決戦のときのように彼女(わたし)は躊躇なく使うことでしょう。

 なのにマスターは勝ち抜く力より、彼女(わたし)の心を優先するというのですか?」

「その通りだ」

 ライダーは顔を伏せて黙り込む。

 酷いことを言っているのはわかっている。

 俺が今しているのは、一人の少女の存在を否定しているのだから……

 しばらくして、ライダーは顔を上げた。

「そういえば、素性のわからない彼女(わたし)をマスターは気遣い、自分の命がかかった戦いを任せてくださいましたね。

 そんなマスターなら、自分が勝つことではなく、彼女(わたし)の心を優先するのは必然ということですか」

「酷いことを言ってるのは自覚している」

「そう気に病まないでください。

 マスターの意思に従うのがサーヴァントの役目ですから」

 肩をすくめたライダーは大人しく了解した。

「また私の力が必要でしたらお呼びください。

 とはいえ、貴方がマスターならもう呼ばれることはないでしょう。

 どうか、貴方が彼女(わたし)の望むマスターであらんことを」

 その言葉を最後に、ライダーが纏っていた冷たい雰囲気はなくなった。

 目を開けたライダーは、信じられないと言わんばかりに首を振る。

「主どの、どうしてですか……!

 普通なら、強いサーヴァント、強い能力を望むはずです」

「どうしてって……」

 これは、言うしかないのだろうか?

 いざ口に出すとなると、なかなか勇気がいる。

 とはいえ、彼女を納得させるにはこれが手っ取り早いか……

「ライダーが俺のために戦ってくれているんだから、俺もライダーのためにこの聖杯戦争を勝ち抜きたい。

 だから、ライダーの心を殺して勝つだけじゃダメなんだ」

「なにもそこまでしなくても……!」

「これだけは俺も譲れない。

 マスターとサーヴァントの関係や義務じゃなくて、俺がそう思ったから」

 ……言ってしまった。

 まさか、目の前の本人に向かって君のために戦いたいなんて言う羽目になるとは思わなかった。

 これは思っていた以上に恥ずかしい。

 鏡で見ずとも顔が真っ赤になっているのがわかる。

「えっと、宝具が使えないわけだから、これからの戦いはもっと厳しくはなると思う。

 その分俺も頑張るから、絶対に勝と、う……?」

 ライダーを直視できずに視線をそらしていると、嗚咽が聞こえてきた。

「主どのの心遣い、心より感謝します……!」

 頭を下げたライダーは小さく震えながら感謝の言葉を述べる。

 そんなライダーを抱き寄せ、慰める。

 身長はほぼ同じぐらいで、戦闘の時はあれほど頼もしかったのに、抱きしめる彼女の身体は小さく、脆く感じた。

 同時に、彼女の年齢相応の姿を見てホッとしたのも事実だ。

 彼女も一人の人間なのだ、と。

 感情の歯止めが効かなくなったライダーはその後しばらく声を押し殺して泣き続け、泣き止む頃には小さく寝息を立てていた。




軍勢VS軍勢
正直言うとこの展開がしたいがための1回戦でした
あとはドレイクではなくイスカンダルをサーヴァントとした場合のシンジの会話の変化も書きたかったです
ウェイバーとの違いは、期間の短さもありますが、やっぱりマッケンジー夫妻のような存在がいなかったからだと思います。あとはまだ子供だったってところでしょうか


ライダー改め牛若丸のステータスについては明日か明後日ぐらいに更新する予定です

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