Fate/Aristotle   作:駄蛇

1 / 61
1話と2話は4月1日に一日限定で一般公開にしたときから若干ですがタイトルや会話などを修正しました
全体の流れは全然と言っていいほど変わってないです


1回戦:間桐シンジ
狂い始めた運命


「……っ!?」

 意識が覚醒すると、ステンドグラスに囲まれた不思議な空間に横たわっていた。

 一体何が起こった?

 ……思い出せない。

 ただ激しい痛みで身体が動かせない状態であることはわかった。

 

 ――――君も駄目か。

 

 遠く、声が聞こえる。

 そう、何度も助言をもらった声だ。

 だんだん思い出してきた。

 声に従いにたどり着いたこの空間で人形を操って戦ったが、なす術なく敗れたのだ。

 

 ――――そろそろ刻限だ。

 君を最後の候補とし、その落選をもって、今回の予選を終了しよう。

 さらばだ。

 安らかに消滅したまえ。

 

 声の主は冷酷に終了を告げる。

 崩れ落ちた身体は痛みに全身を蝕まれ、最早立つことすら叶わないほど深刻化していた。

 

 ――痛い。

 

 首だけ動かして辺りを見回すと、10人以上の生徒が自分のように倒れていた。

 彼らも自分と同じようにここまで辿り着いたが、試練に弾かれた者なのだろう。

 

 ――辛い。

 

 目を閉じれば、自分もあの仲間入りを果たすことだろう。

 ……運命の扉の前には辿り着いた。

 しかし扉が開かなければ意味がない。

 意味がないのなら、もう終わってしまっても、いいのかもしれない。

 

 ――逃げ出したい。

 ――――諦めたくない。

 

 脳内に変なノイズが走る。

 これは、誰かの記憶?

 しかし、それは不思議と自分の意志にも感じた。

 

 ――――このまま終わるのは、許されない。

 

 起き上がろうとすれば、千切れそうなほどの痛みが邪魔をする。

 そんな痛みが怖い。

 感覚がだんだん麻痺してくる。

 そんな感覚の消失が怖い。

 

 ――――そして、無意味に消えることが、何よりも恐ろしい。

 

 ……そう、本当に怖いのは、自分の行動が無意味だったと決めつけられること。

 消えたくない、と願ったからこそ、自分は今ここにいる。

「ぐ……っ」

 未だに激痛は続いている。

 その中でも左手には鋭い痛みが走る。

 立つことは叶わない、目を閉じれば簡単に終わってしまう。

 それでも、ここで終わるわけにはいかない。

 痛いからなんだ。

 力が抜けるなら意地でも入れ直せ。

 手足が千切れそうでも千切れたわけではない。

 たとえ千切れても残った部分で立ち上がれ。

 どんな無様な姿を晒そうとも、ここで終わるわけにいかない。

 運命の扉が開かないのなら、自分の力で無理やりこじ開けるしかない。

 

 ――――だって

「この手は……」

 ――――まだ一度も

「自分の意思で戦っていない!!」

 

 最後の力を振り絞り立ち上がる。

 開かないとわかっていて、扉を開けようとするような無謀な行為だ。

「……………………」

 無論、扉は開かない。

 直感的にわかってはいたのだ。

 おそらく、この行動に意味はないのだと。

 頭に流れていた声の主も同じように抗ったのだろう。

 その行動に意味があったのかどうかはわからない。

 少なくとも、自分にはこの行動に伴う結果がなかった。

 ドスッ、と重い衝撃が腹に伝わる。

 視線を落とすと、人形の鋭い手が自分の腹を貫いていた。

 誰がどう見ても致命傷だ。

 今度こそ、身体から力が抜ける。

「それ、でも……俺は、諦めない!」

 どうせ、このまま放っておいても消えてしまうのだ。

 なら、最期まで無様に足掻き続けるべきだ。

 だらりと下がっていた左腕に再び力を込めて、力の限り人形を殴りつける。

 これもなんの意味のない行為だ。

 自分でもそう思ったが、実際は異なる結果をもたらした。

 左手に鈍い光が灯り、自分が込めた力以上の威力で人形が吹き飛ばされたのだ。

 その一撃で人形は糸の切れた操り人形よろしく動かなくなった。

 一体何が起こったのか理解できない。

『……これは、何とも面白いことになった。

 ふむ、これほどのイレギュラーは初めてだ』

 聞こえてきた声は一瞬言い淀んだが、どこか愉快そうに感想を述べる。

 改めて聞いてみると、厚みをもった三十代半ばと思われる声だ。

 聖堂の様な広場から、何となく神父服(カソック)を連想させる。

「何を、言っている?」

『まさか、()()()()()()()ものが令呪を宿し、その令呪をもって試練を達成するとは……』

 声が愉快そうに状況を説明してくれるが、こちらにその言葉の意味を理解する知識がない。

 ふと見下ろすと、左手には刻印のようなものが薄く刻まれていた。

 その模様はとても不格好で、まるで一画が欠けているような印象を受ける。

『その君の手に刻まれたそれは令呪。

 サーヴァントの主人となった証だ。

 とはいえそれではまだ未完成なのでね。

 まずはサーヴァントの召喚を行ってもらう。

 その令呪を前に出したまえ』

 こちらは腹に穴が空いていて、意識が朦朧としているのだが、声の主はそんなことは気にしないらしい。

 霞む意識の中、ただ言われた通り左手を前に突き出す。

 間もなく令呪が眩く輝き始めた。

 視界が光に包まれ、収まるとそこには一人の少女が佇んでいた。

「なん…………」

 正直、意識が覚醒して身体の痛みが吹き飛んだ。

 当然腹の穴が消えたわけではない。

 ただ身体の痛みより目の前の光景のインパクトの方が衝撃的すぎたのだ。

 艶のある黒髪は折り返してまとめても足に付くほど非常に長い。

 身に纏った鎧や冠、下駄、刀身が短い刀などから日本の武士を連想させられる。

 ただし、その鎧が問題だった。

 胸板がなく、冠板も右肩にしか装備していない。

 腰の装備に至っては草摺は両側にしかなく下着が丸見えだ。

 いや、それを言えば上は栴檀板と鳩尾板で胸部を隠してるだけで下着すらつけてないわけだが……

 そんな目を丸くしているこちらを不思議そうに、目の前の少女は小首を傾げている。

「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない……つっ!」

 目の前の光景に唖然としていると、令呪のある左手に鋭い痛みが走る。

 見れば、令呪は先ほどより紅く輝いていた。

 それを見た少女は薄く微笑んで膝をつく。

 その姿はまるで君主に使える従者のようだ。

「改めて申し上げます。

 サーヴァント、ライダー。

 ただいま罷り越しました。

 あなたが私のマスターでしょうか?」

「マスター……?」

 少女の問いが何なのかはわからない。

 しかし直感が告げている。

 おそらく、これが今を生き延びるかどうかの最後の関門。

 生きることを諦めず、扉を開けようとし続けた結果、微かに開いた活路。

 ならば返す言葉は一つ。

 痛む身体に鞭を打ち、出せるだけの力を出して言葉を絞り出す。

「俺が、君のマスターだ!」

「……はい、しかと聞き届けました!

 武士として誠心誠意尽くさせていただきます」

 まるでその言葉を待ちわびていたかのように彼女はこちらの回答を噛み締め、満面の笑みを浮かべる。

 出会ったばかりの自分にはなぜそこまでするのか知る由もないが、そろそろこちらの身体が限界だ。

「っ、主どの!」

 崩れ落ちる自分の体をライダーと名乗る少女が受け止めてくれる。

「ごめん……」

「いえ、サーヴァントとして当然のことです。

 むしろ主どのの身体のことを気遣わず申し訳有りません」

 彼女に肩を貸してもらうが、彼女の装備ではどこを見ても肌色が目立つので目のやり場に非常に困る。

 こちらを覗き込む彼女の視線から逃れるように顔をそらしていると、再度声が聞こえてきた。

『これで令呪は完成した。

 使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、三つの絶対命令権。

 まあ君はすでにその一つをこの試練達成のために使ってしまったが、使い捨ての強化装置とでも思えばいい。

 ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。

 令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意する事だ』

 ――聖杯戦争。

 それが何なのかわからないが、令呪は切り札であり、行使できるのは実質二回ということは理解できた。

 そして、それをすでに一つ消費してしまっていることも……

 ただそれ以上は思考が働かない。

 精神的なもので痛みが和らいだとはいえ、深刻なダメージを受けているには変わりないのだ。

『まずはおめでとう。傷つき、迷い、辿り着いた者よ。

 とりあえずは、ここがゴールという事になる。

 若干のイレギュラーは起こったみたいだが、これはこれで面白い』

 イレギュラーというのが何かはわからない。

 ただ、自分に関係があるのだろうということは察しがついた。

『随分と未熟な行軍だったが、だからこそ見応えあふれるものだった。

 いや、私も長くこの任についているが、君ほど無謀なマスター候補は初めてだ。

 誇りたまえ。君の機転は、臆病だったが蛮勇だった』

「どこの誰だかわかりませんが、主どのを貶すなら容赦しませんよ」

 ライダーは虚空を睨みつけながら刀に手を伸ばす。

 たしかにこの声はしっかりと聞こうとすると癪に障る。

 話半分で聞くのがこの声の主との正しい関わり方なのかもしれない。

『言い回しに不満があるのだとしても、私にはどうすることもできんよ。

 なにしろただのシステムだ。

 この言葉も、かつてこの戦いに関与した、とある人物の人となりを元にした定型文というやつだ。

 不平不満は元となった人物に直接言っていただこう。

 とはいえ、すでにこの世にはいないだろうが』

 つまり黙って聞け、ということなのだろう。

 言われなくとも返答する力は残っていないが。

『では洗礼をはじめよう――』

 声が何かを話しているが、そろそろ意識の限界だ。

 開幕の言葉を耳にするが、それを理解することは叶わず、身体は力を失い脱力する。

 続けて意識も朦朧としていき、ライダーが何か言っているようだが聞き取れない。

 やがてすべての感覚が遠退いていった。

 

 

 少年の意識が途絶えたあと、声の主ははっきりと宣言する。

 ――聖杯戦争の幕開けである、と。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。