サウザー!~School Idol Project~   作:乾操

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8話 ストロベリー聖帝 の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 昔かよちんに「凛ちゃんほどの運動神経あったら世紀末でも生きていけそう」と言われたことがあるけど、たぶん凛は生きていけないと思う。だって、世紀末だとお水手に入りにくいし、そしたら必然的にラーメンだって作れないし、ラーメンを定期摂取しないと凛はなんやかんやで死ぬから。

 そういえば水が無いとお米も炊けないから、なんやかんやでかよちんも死にそう。

 前回はそんな感じの話だったにゃー。

 

 ——星空凛

 

 

 

 

 学校が休みの日、μ'sの面々は朝から近くの神社で練習をしている。長い階段と広い境内という造りが練習に向いているのだ。おまけに生徒会の中でμ'sに好意的(敵対心を抱いているのは絵里だけだが)な希がここで巫女のバイトをしているから、そのコネ的なもので大手を振って練習ができる。

 この日、皆より一足早く神社の境内へやって来ていたことりは一人ストレッチに励んでいた。

「いっちに、いっちに……うん?」

 ストレッチに励みながら、彼女は奇妙な気配を感じた。何やら、じっと背中を見られているような……そのような感覚である。

 しかし、振り向いてもそこに人影はなく、静かな境内の砂利が広がるだけである。

「うーん……」

「ことりちゃんおはよー」

 そこへ、まだ少し眠たそうな穂乃果を筆頭に海未、花陽、凛がぞろぞろとやって来た。

「ことり、キョロキョロしてどうかしたのですか?」

「いや、なんだか誰かに見られてる気がして?」

 ことりが指で示すのは社務所の角である。そこから誰かが覗いている気がすると言うのだ。

「不審者かにゃ?」

「困りましたね、こういう時に限ってサウザーはいませんし」

 サウザーは現在、自らのベッドで絶賛爆睡中である。なんでも、昨日夜遅くまでテレビの映画を見ていたらしく、起きられないとのことだ。

 ブルが言うには、サウザーはしっかり八時間以上の睡眠を足らないといけないらしい。

「必要な時に限っていませんね」

「まぁ海未ちゃん、そう言わないで」

 しかし、ことりの勘はそこそこに当たる。きっとトサカ部分がレーダーにでもなっているのだろう。本当に不審者がいるとなれば、安心して練習が出来ない。

「……ちょっと様子見てくる」

 そう言うと穂乃果は近くに落ちていた木の棒を拾い上げるとじりじりと不審者が潜むと思われるポイントへ近づき始めた。

「先輩大丈夫なんですか?」

 心配げな花陽。しかし、穂乃果は自信に満ちた顔で、

「大丈夫! 漫画版だと私剣道やってるし? 余裕余裕」

 穂乃果は別次元に生きる己の力を信じ、不審者へと立ち向かっていく。

「穂乃果先輩カッコいいにゃー」

「こういうのは無謀って言うんですよ」

 心配するメンバーの声を背中に受けながら社務所の角へと近づく穂乃果。そして、木の棒を構えながらシュバッと角を飛びだした。が、その瞬間。

「ふおっ!?」

 穂乃果の胸が……正確には、穂乃果の練習着(ほの字シャツ)の胸の部分がお色気バトル漫画にありがちな感じで切り裂かれ、年相応に豊かな胸元が露わになった。

「穂乃果先輩の胸が!?」

「破廉恥ですー! ふんぬっ!」

「海未先輩がぶっ倒れたにゃー!」

 胸を隠しながら思わずしゃがみ込む穂乃果。そんな彼女の前に、マスクにサングラスという絵にかいたような不審者の少女が仁王立ちするように現れた。怪しい外見の割に頭から生えたツインテールがみょうちくりんな雰囲気を醸し出している。

「アンタたち!」

「は、はい!?」

 少女は穂乃果に指を突きつける。そして、

「とっとと解散しなさいっ!」

と言うと呆然とする面々をその場に残しさっさと逃げていってしまった。

 

 

 

 

 翌日の放課後、μ'sの面々は音楽室に集合していた。

「てなことがあって、ほんと大変だったんだよー」

「下郎にしてはやるようだが、この聖帝サウザーの敵ではあるまい」

「敵でなかろうがサウザーは寝坊してるんですから、偉そうに言う資格なんてありません」

 音楽室で穂乃果たちが昨日の事を話す相手はいつものようにピアノの前に座るマキである。

 今μ'sメンバーが音楽室にたむろしているのは、マキが得ている音楽室の使用許可に便乗しているからなのだ。

「不審者が出たのは大変だと思うけど、それとあなた達が音楽室(ここ)にいるのは別問題だと思うのだけど?」

「だって外雨降ってて屋上使えないんだもん」

「帰りなさいよ」

 この日、午後から天気は雨模様であった。初めは小雨程度で、このくらいなら練習できるだろうとタカをくくっていたμ'sメンバーでっあったが、練習を開始すると同時に本ぶりとなったのだ。

「フハハ。天も我々の練習に震えておるわ」

「そういうわけですから、今日は音楽室で練習と言うわけなのです」

「帰りなさいよ」

 マキはμ'sの図々しさに半ばあきれるようにため息をついた。しかし、心の底から嫌なわけではないという複雑な心境が、主にサウザーに付け込まれる要因となっているのに、本人は気付いていない。

 そんな彼女に、花陽が恐る恐る訊いた。

「あの、西木野さんってμ'sの一員じゃないんですか?」

「全然違うわよ」

「なに!?」

 マキの回答に一番驚きを見せたのは聖帝サウザーであった。

「バカなっ……確かに北斗は南斗に降ったはず……!?」

「そのバカが勝手に吹聴してるみたいだけど、入るなんて一言も言ってないから私。ていうか今更?」

「ぬっく……!」

 あまりにもの衝撃にサウザーはよろめきつつ、おでこのほくろから血を噴きだした。マキの告白はサウザーにとって秘孔を突かれたに等しき衝撃だったのだ。

 そんなサウザーは放っておいて、問題は練習場所である。

「言っておくけど、音楽室でダンスの練習は出来ないわよ? 高価な機材がいっぱいあるんだから……ちょっと! 勝手に機材をいじらないで!」

「フハハハハ」

「ところで先輩、どこか教室とか借りられないんですか?」

 マキを押しのけてピアノの鍵盤を叩くサウザーを尻目に、花陽がことりに訊く。ことりは困った様子で、

「訊いてはみたんだけど、部室を持つにはちゃんとした部としての登録が必要らしくて……」

「そうなんだよー。生徒会長がね、部の申請は五人以上いないと駄目だって」

 穂乃果はそう言うと参っちゃうよねー、と笑った。だが、ここで一同が頭の上に「?」と疑問符を浮かべる。

 部の申請には五人以上が必要……。

「穂乃果、今私達は何人いますか?」

「えー? 私でしょ? ことりちゃん、海未ちゃん、サウザーちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃん、マキちゃん……うん、七人だね!」

「メンバーにフクメナイデ!」

 マキが声を上げる。だが、その声にかぶさるように穂乃果は「あっ!」と叫んだ。

「いるじゃん! 五人以上!」

「先が思いやられるにゃー」

 

 

 その頃、生徒会室。

 生徒会長の絢瀬絵里はしとしと降り注ぐ雨を眺めながら希の淹れてくれたお茶を啜っていた。

「今日から梅雨入りやってな。じとじとして嫌やわぁ」

「あら希、降り注ぐ雨もまた風情が合っていいじゃない」

 この日、絵里は機嫌が良かった。

 何しろ生徒会室の入り口に扉が設置されたからである。

 初代や二代目に比べると少々安っぽい作りではあるが、今の絵里にとって入り口に扉があると言う事実だけでも感涙ものであったのだ。

「でもエリチ、また扉が破壊される気がしてならないんやけど」

 希はタロットカードを一枚引いた。出たカードは死神の正位置である。これはもう三代目生徒会室扉の早々な逝去を予言していると言っても過言ではないだろう。

 しかし、それでも絵里は余裕綽々である。

 実は、彼女には三度目の正直と言わんが如く一つの『対策』を講じていたのだ。

サウザー(あのアホ)は生徒会室に突っ込んでくる時いつも笑い声あげてるでしょ?」

「せやね」

「それが合図よ。それが聞こえたら私は扉の前に移動するの」

 言うと彼女は湯のみを置くと扉の近くまで歩いていった。どうやら実演してくれるらしい。

サウザー(あのバカ)はいつもタックルして扉を破壊するわね?」

「うん」

「それに対して、私もこちら側から同時にタックルするの」

「……うん?」

「そうすれば互いに威力は相殺されて扉は壊れない、という理屈よ!」

 自信満々に顔を輝かせる絵里は「来たら、こう!」とタックルの仕草を見せてくれた。

 希はそれを見ながら思った。

(あぁエリチ、疲れとるんやなぁ……)

 そして、そんな彼女に何もしてあげることのできない自分がちょっぴり嫌になった。

 そんなこんなしている内、遠くから聞き覚えのある高笑いが近づいてきた。

「来たわね! サウザー(あのタラリラリン)が!」

 彼女はフンスフンスと意気込みながら扉に向かってタックルの姿勢を取った。希はもうそんな彼女を見て祈ることしかできない。

 そして、時は来た。

「フハハハハ!」

「……今よっ!」

 高笑いが最高潮になっとた時、絵里は渾身の力を込めて扉へタックルした。

 

 

 

 

「…………」

 穂乃果たちは突然のことに絶句した。

 彼女たちは生徒会に部活動の申請を行うべく、マキも半ば無理やり連れて生徒会室へと向かっていた。そして、生徒会室の扉に手を掛けようとした瞬間、勇ましい掛け声と共に生徒会長が扉を突き破って廊下に飛びだしてきたのだ。

「……!? ……!?」

 突き破られた扉の上で周りをキョロキョロと見回す絵里。彼女の顔は一件冷静沈着だったが、目にはあからさまな動揺が走っており、声を掛けるのも憚られるくらいだった。

「あの……生徒、会長?」

 海未は恐る恐ると言った調子で絵里に声を掛けた。

「この人が生徒会長……?」

「何かイメージと違うにゃー」

「破天荒な感じね」

 海未の後ろで、一年生三人組がごにょごにょと話す。声は押さえているつもりだったが、廊下は雨の音がはっきり聞こえるほどに静まり返っており、三人の会話も絵里には丸聞こえであった。

 その上、サウザーがいかにも困惑した調子で、

「えっ……? 何やってんの? ……えっ?」

などと言う。

 ここで、絵里の中で何かが切れた。

 彼女は何事も無かったかのようにスクと立ち上がると、生徒会室の中へ入って行き、手早く自分の荷物をまとめた。

「……エリチ、どないしたん?」

 希が訊く。それに対し絵里は、鞄を肩から下げるといつもと変わらない、冷静沈着な様子で、

「おうち帰る」

「えっ?」

 絵里はそうとだけ言うと廊下で呆然とするμ'sに目もくれず早足でさっさと生徒会室を後にしてしまった。

「ちょ、エリチ!」

「あの、副会長……」

「ゴメン、用事なら明日……いや明後日にして! 堪忍な!」

 希は困惑する穂乃果にそう言うと絵里を追いかけるようにその場を後にしていった。

 

 

 結局この日は練習は不可能だということで、一同は早々に学校を後にし、ファストフード店で買い食い&今後の方針についての会議という運びになった。

 これに対し、穂乃果はいたく不機嫌な様子であった。

 あからさまに不満な顔をした彼女はフライドポテトに怒りをぶつけるような勢いで食べていた。

 

【挿絵表示】

 

「穂乃果、やけ食いは太りますよ」

「やけ食いしたくもなるよ! 雨は降るし、生徒会長は謎の奇行に走るし!」

「あれはホントに謎だったね」

 ことりもポテトを食べながら同意する。関係ないが、彼女のポテトを食べる姿は小鳥が餌をついばんでいるようで可愛らしい。

「謎と言えば、なんで私まで連れ回されてるの?」

 生徒会室の騒動以来、マキはずっと連れ回されていた。いつもは音楽室でピアノを弾いている時間だからか、少しそわそわしてる。

 それに対して穂乃果は、

「そりゃ、マキちゃんにも仲間になって欲しいからだよ。ねー、サウザーちゃ……」

「んふっ……ちゅぅ……はふぅ……はぁはぁ……ちゅぅ……」

 サウザーはこの店の名物であるシェイクを吸うのに夢中であった。しかし中々上手に吸えないらしく、ひとり場違いに苦悶の表情を浮かべている。

「……みんなもマキちゃんに加わって欲しいよね?」

 穂乃果はサウザーをスルーすることにした。

「もちろん! 西木野さんもやろう?」

「かよちんの言う通り。犠せ……仲間は多い方がいいよ!」

「今『犠牲者』って言いかけなかった?」

 こうは言えど、マキの心は間違いなく揺れていた。彼女がもう少し素直なら、この段階で「私もμ'sに入れて」と声を張って言っていただろう。

 だが、素直になれない彼女は軽く話題を逸らした。

「ところで、昨日の不審者騒動だけど、大丈夫なの?」

「マキちゃん、心配してくれるの?」

「ウ、ウルサイ!」

 穂乃果のおどけた調子の声にマキは少しムキになって言い返す。

「でも、不審者問題は由々しき問題ではあります。活動にだって支障をきたすでしょう」

 海未は冷静に分析していった。

 もしあの不審者が再び現れ、活動を妨害してくるようであれば、μ'sは早々に活動停止となる。さすがに何をしてくるか分からない相手であるから、無茶は出来ないのだ。

「部活動申請だって結局できませんでしたし」

「あれは会長が……」

「穂乃果も言われるまで忘れていたでしょう! だいたい、この間申請は穂乃果がしておくと言ってたじゃないですか!」

「い、言ってたっけ? ことりちゃん?」

「言ってたねぇ……」

「あれまー……」

「あれまー、じゃありません!」

 海未はひょんなことから説教モードに突入するから油断できない。まるでお母さんのような性格の人だ。

 二人のやり取りは傍から見ている分には面白い。もっとも、当事者にとっては堪ったものではないだろうが。 

「たしかに、私も穂乃果に任せっきりだったのは良くないでしょうけど」

「そ、そうだよ海未ちゃん! よくないなぁ!」

「穂乃果! ……ああ、もう!」

 だが、ここでついに海未は穂乃果の隣でシェイクを啜る男に我慢が出来なくなった。

「気が散ります! だれかサウザーから取上げてくださいよもうっ!」

「ぬっふ……はうん……んはぁ」

 サウザーはひとしきりシェイクを飲み終えると(どれほど飲めたのかは甚だ疑問であるが)、フハハと笑った。

「不審者などと言う下郎、我が南斗鳳凰拳の前では屑も同然に過ぎぬ。まして、μ'sには我が配下たる北斗神拳も居るのであるから、恐れるに足らん」

「いや、だから加わるなんて一言も……」

「マキ、彼は人の話をちゃんと聞ける人間ではないのです」

 海未の諦観の混じった声は妙な説得力があった。

 そして、マキの北斗神拳に花陽がおもいきり食いつく。

「西木野さんって北斗神拳使えるんですか!?」

「えっ? ま、まぁ……」

「すごい!」 

 花陽が好きなものはお米(ジャポニカ種)、アイドル、そして様々な拳法

「まさか北斗神拳の使い手が音ノ木坂、それもμ'sにいるなんて……感激です!」

「だから加わるなんて一言も……はぁ」

 マキは馬鹿らしくなって反論する気をすっかり無くしてしまったらしい。サウザーはそれ好機と言わんばかりに、「と言うわけで西木野マキはμ's入りな?」と宣言した。

 

 ——西木野マキ、μ's入り決定!(クーリングオフ不可)

 

「いやぁ、マキちゃんも加わって良かった良かった」

「うるさいわよ」

 マキの不機嫌な声もどこ吹く風、先ほどまでの不満顔もどこへやら、穂乃果は大満足といった様子であった。μ'sもこれで七人、そこそこの大所帯になった物である。

「さーて、嬉しいしポテトたくさん食べちゃうぞ!」

「自棄にならなくても結局食べるんですね」

「えへへ」

 照れ笑いしながら彼女は自分のポテトに手を伸ばした。が、そこにすでに愛しのポテトの姿は無く、穂乃果はそれに愕然とした。

「私のポテトがない! ……海未ちゃん食べたでしょ!」

「えっ!? そんな事しませんよ失礼な」

「じゃぁサウザーちゃ……」

「んふっ……はぁ……はぁ……ぬふっ」

 しかし当のサウザーは再びシェイク吸引にチャレンジしており、その無駄に必死な相を見ると疑うのもバカバカしくなってきた。

「……おかしいなぁ」

「自分で食べたのでしょう……うん?」

 呆れながら海未も自らのポテトに手を伸ばそうとした。だが、そこには穂乃果同様ポテトの姿は影も形も無く、細かな欠片が申し訳程度に残っているのみであった。

「……穂乃果、食べましたか?」

「いくらなんでも人のは取らないよ!?」

「ぬっふ……はぁはぁ……ちゅぅ……はぁ……」

「おかしいですね……」

 困惑する海未と穂乃果。そんな二人に、ことり以下一年生ズは「ねえ……」と声を掛けた。

「どうかしましたか、ことり」

「…………」

 ことり達は海未の質問には答えず、一様に同じ方向へ視線を向けていた。

 その視線の先にあるのは隣の座席と区切るつい立がある。そのつい立の下にはちょっとした隙間があり、やろうと思えば隣の席を覗いたり、手を伸ばしたりもできる。

 そして今、そのつい立の隙間から細い手が伸びて、穂乃果のハンバーガーを掴み上げていた。

「…………!」

 異変に気付いたのか、その手はピクリと反応した後、そっとハンバーガーを元の位置に戻し、何事も無かったかのようについ立の向こうへ消えていった。

 呆気にとられる穂乃果たち。だが、ハッと気が付くとすぐさまつい立の裏側に回り込んだ。

「あっ!?」

「うっ!?」

 そこにいたには、そこそこに前衛的な服を着こんだ女の子であった。そして、髪型、服装は違えど彼女が何者なのかは、昨日の朝、神社にいたメンバーならすぐさまに解った。

「昨日の不審者!」

「誰が不審者よ!」

「服装も相まって不審度が倍増してるにゃー」

 不審者の少女の口元にはポテトの食べかすが付いていた。穂乃果と海未のポテトを獲ったのは彼女らしい。

「ポテト返してよー!」

 穂乃果が訴える。それに便乗するように凛も、

「とっ捕まえるにゃー!」

「ダメだよ凛ちゃん! 危ないよ!」

「花陽の言う通りです! ここはサウザーにでも何とかして……!?」

「んっ……ちゅう……んふぁ……むっふ……」

「ぬふぅ、参りましたね!」

 ぐぬぬと唸る海未。と、ここで花陽が、

「そうだ西木野さん! 秘孔で動けなくすれば! ほら、秘孔・新膻中(しんたんちゅう)!」

「ほら、じゃないわよ。ことりは? 日ごろ海未に浴びせまくってるとかいうやつをアイツに……」

「あれ、海未ちゃんじゃないと効かないんだよねぇ」

 μ'sは大混乱である。

 結局、協議の結果マキの北斗神拳で動けなくしてから捕まえるということになった(この間例の不審者は待ってくれた)。

「じゃぁ、とりあえず新膻中突いて動けなくすればいいのね?」

「やっておしまい!」

 ポテトを獲られたこともあり、プリプリ怒りながら穂乃果が言う。

 穂乃果の言葉を受け、マキは構えた。『北斗神拳を私闘に使ってはならない』という設定があった気がするが、忘れた。

 だが、当の不審者は何ら怯えることなくそこに立ち続けていた。もっとも、北斗神拳を知らない人間にとっては怖くもなんともないであろうが……。

(奇妙ね……)

 そう思わずにいられない。

(ま、さっさと捕まえちゃいましょ)

 とりあえず彼女は気を取り直した。

 そして、マキは小さな呼吸と共に秘孔・新膻中に向かって拳を突きだす。

 北斗神拳の突きはまさに神速であり、普通の人間ならば避けるどころかまともに捉えることさえもできない。

 だがしかし、相手がいわゆる普通の人間でなかった場合、話は違ってくる。

「!?」

 マキが秘孔に向けて突きだしたのと同時、不審者の姿が目前から消えた。

 否、消えたのではない。

 なんと、不審者の少女はマキの突きを上に跳躍して回避したのだ。

「あの足さばきは、南斗聖拳!」

「かよちん解るの?」

「うん! それにあの流麗さ、きっと南斗水鳥拳に属する拳法の一つだよ!」

「かよちんの話は凛にはむつかしいよ」

 マキの拳を華麗に回避した不審者は着地すると同時に、μ's一同に向かって、

「アンタ達のやってることはアイドルへの冒涜よ!」

と叫んだ。

「アイドルへの……」

「冒涜?」

「ちゅぅ……んはぁ……」

「いつまで飲んでるんですか……」

 不審者の言葉に驚くμ's。サウザーを見ているとなんだか正論を突き付けられているような気がして、反論できない。 

「さっさと解散することね! ばーかばーか」

 小学生並みの捨て台詞を吐いた彼女は、満足したのか踵を返して駆け出し、窓ガラスを突き破って退店していった。もしかしたらサウザーとメンタリティが変わらない人なのかもしれない。

「ねぇ、もしかして南斗聖拳ってあんな人しかいないのかな?」

 穂乃果が疑問を呈する。

 この問いに答えるものは無かった。誰もが目を逸らし、黙り込んだ。

 誰もいない店内。聞こえるのは、激しさを増した雨音とシェイクを吸う音のみであった。

「ちゅうちゅう……んっ……むはぅ……ちゅう」

 

 

 

 

 

 

 




実は挿絵のサウザーは服装に間違いがある(右肩に肩当は無い)んですけど、描き直すのしんどいのでそのままあげました。

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