サウザー!~School Idol Project~   作:乾操

6 / 50
6話 聖帝オンステージ の巻

 +前回のラブライブ!+

 

 スクールアイドルとして着実に勢力を増す我ら南斗五車星。しかし、知名度が上がると同時にファンからは厳しい意見も跳びだしてきた。

「五車星の癖に雲のジュウザがいつも欠席で実質四車星じゃないか」

「しかも五車星ファンの八割がジュウザのファンじゃないか」

「その上残りの二割はトウのファンじゃないか」

「風のヒューイとかいう出オチはいいからトウを五車星に入れろ」

などなど散々である。

 特に最後の意見に関してはヒューイは男泣きし、

「トウだってアニメでオリジナルエピソードが追加される前は最後の将の影武者ポジでしかなかったではないか」

と慟哭。対してトウは、

「登場から数コマでラオウ様に倒された癖に偉そう」

と冷笑。これには兄星炎のシュレンも苦笑い。

 早々に暗雲立ちこめる南斗五車星。

 このような事態になるとは、このリハクの目を持ってしても読めなかった……! 

 海のリハク、一生の不覚!

 

 

 

 

 

 新入生歓迎会も終わり、いよいよμ's初ライブが迫って来た。照明の調整をヒフミに任せた四人は講堂の更衣室へと赴き、準備に入った。

 そこでサウザーは、ことりから待ちに待った『ブツ』を受け取る。

「はい! サウザーちゃんのタンクトップ!」

「ぬ!?」

 それは、肩袖に綺麗な羽飾りのついたステキタンクトップであった。鮮やかな紫に真白な羽はよく映え、穂乃果たちの衣装と並んでも違和感がないような気がする出来栄えであった。

 彼は素早く着替え、シュババと動き回り、着心地を確かめた。

「フハハ! 心地よいわ!」

 いたく気にいってくれた様子だ。

「この羽が素晴らしい。まさに鳳凰そのものではないか」

「気にいってくれて嬉しいよ」

 ことりもサウザーのリアクションを見てやんやんチュンチュン嬉しそうだ。

 サウザーたちに合わせて、穂乃果と海未、そして製作者のことりも衣装を着こむ(流石に更衣室はサウザーと同室ではないが)。いかにも「アイドル」然とした風で、三人とも良く似合っていた。

「おぉ~、ことりちゃん凄いよコレ!」

 鏡を見ながら穂乃果は興奮した面持ちで言う。しかし、対して海未は顔を真っ赤にし、スカートの裾をもじもじと押えて、

「ちょっと……破廉恥じゃないですか?」

「じゃぁサウザーちゃんに着てもらおうか」

「これスッゴイ素敵ですねさすがことりセンスの塊ですよ!」

 海未は早口にことりのセンスを褒め称えた。

 実際、ことりのセンスは中々のものである。デザインは元より、製作も仕上げこそ店に任せているがおおよその部分は彼女の手作りなのだ。なぁなぁな覚悟でこなせるものではない。

「それにしても……」

 ここで、衣装の調節を終えたことりが心配げに呟く。

「お客さん、来てくれるかな?」

「まあ、チラシは全部配りましたし……」

 何もかもが初めてな彼女たちである。ここまで手探りで進めてきたが、完成間近ともなると不安にならざるを得ない。

 だが、そんな不安をものともしない者が二人。

「大丈夫! ファイトだよ!」

「フハハハハ―ッ!」

 穂乃果とサウザーである。

 特にサウザーには絶大な自信がある様子であった。

「この聖帝自らが宣伝したこのライブ、下郎ならば見ずにはおられまい」

「その自信はどこから出てくるんですか……」

 そう言う海未であるが、彼女の顔からは不安の色は消え失せ、ことりも同様にクスリと笑っている。リラックスした面持ちで臨めそうだ。

 ちょうどその時、更衣室の扉が開け放たれた。

「開演五分前よ。急ぎなさい」

「あっ、マキちゃん!」

 穂乃果が声を上げる。

 マキは今回のファーストライブで音響を担当することとなっていた。自分が作った曲であるから、自らベストな音響にしたいと思ってのことらしい。つくづく付き合いの良い娘である。

「ありがとう! 本当に嬉しいよ!」

「べっ、別に。今回だけだから」

 マキは頬を染めると顔をプイと背けた。付き合いは良くても、素直でないことには変わりないようだ。

「ところで、マキちゃん。お客さん、入ってる?」

 穂乃果が訊く。大丈夫だと言いつつも、やはり気になるものは気になるのだ。

 しかし、マキは音響調整のためずっと緞帳の裏にいたらしく、客席の様子は見ていないのだという。それを聞いて少し落胆した様子の穂乃果に、マキは、

「なに? お客の入りで本気出すか出さないか決めてるの?」

「そんなことないよ!」

「ならいいけど。例えどんな状況でも、全力で歌ってもらわなきゃ腹が立つもの」

「うん! 任せといて!」

 穂乃果は、今日までの短いながらも全力で駆け抜けた練習を思いかえした。

 

 ……四人で駆け登った聖帝十字陵。 

 ……そこでターバンのガキに刺されたサウザー。

 ……屋上でした歌とダンスの練習。

 ……そこでターバンのガキに刺されたサウザー。 

 ……話し合いだって何度もやった。

 ……そして相変わらずサウザーはターバンのガキに刺された。 

 

「そう、今の私たちなら、きっと何だってできる!」

「本当に大丈夫なんでしょうね」

 心配(主にサウザーの脚が)そうなマキであったが、μ'sの四人は変わらずいつもの調子である。マキも、何だかんだで大丈夫な気がしてきた。

「まったく……」

「ん? なに?」

「なんでも。それより四人とも、もうすぐ開演よ。急ぎなさい」

 

 

 

 

 花陽は運動が得意ではない。対して、凛は運動が大得意である。

 故に、なにかあった時は大抵凛が花陽を引っ張って走り回る光景が展開される。

 しかし、ある事柄が関係すると、立場はまるっきり逆転する。

 この時も、まさにそんな逆転現象が起きていた。

「かよちんまって! 速すぎるにゃー!」

「急いで凛ちゃん! もうすぐライブ始まっちゃうから!」

 学校の長い廊下を花陽は凛の腕を引っ張りながら疾風のごときスピードで駆け抜けていた。彼女の起こす突風に、『廊下を走るな!』の張り紙が空しく揺れる。

「かよちん! 廊下は走るなって掲示があるよ!」

「大事の前の小事だよ! 凛ちゃんだって学食でラーメンフェアやったらきっと走るでしょ!?」

「まぁそうだけど!」

 二人はいくつかの階段と渡り廊下を経て、あっという間に講堂へと到着した。身体の限界ギリギリで駆けた花陽は息が切れかけの状態ながらも時計で今の時刻を確認した。

「ハー、ハー……よ、よし! 開演前! やったね」

「かよちんの執念には頭が下がるにゃー」

 講堂の入り口には多くの生徒が集まっていた。音ノ木坂初のスクールアイドルの初ライブに、学校中が興味津々と言ったところだ。

「すごい人だにゃー!」

「ほんとだね! ……あれ?」

 ここで花陽は一つおかしなことに気付いた。

(なんでみんな中に入らないんだろ……?)

 開演まであと数分。ともなれば、観客は各々席に着き、幕が上がるのを待つばかりのはずである。しかし、ここにいる人々はみな入り口の周辺でたむろするばかりで、一向に中へと入ろうとしない。

 そのあまりにも奇妙な状況に、花陽と凛は近くにいた同級生に事情を聞いた。

「どうしたの? 何かあったの?」

「小泉さんに星空さん。二人もライブを?」

「うん。それで、中で何かあったの?」

「それが、じつは……」

 同級生は講堂の中を見てみるよう二人に言った。言われるがまま、二人は照明の落とされた講堂をそっと覗きこむ。

「……!?」

 

 

 同時、μ'sの四人は緞帳の裏で最後の準備をしていた。

 緞帳(どんちょう)越しに聞こえてくるざわめきが、μ'sの心を高鳴らせる。

「お客さん、結構入ってるみたいだね……」

 穂乃果が小さな声で囁く。

「フハハハハ!」

「サウザーうるさいですよ!」

 海未も、予想される客入りに緊張してか声が上ずっている。

「やんやん海未ちゃんリラックス!」

「分かってます! 分かってますよ……スゥー……」

お客さんが来なかったらどうしようと思っていた穂乃果たちであったが、いざお客がいると解るとそれはそれで緊張してしまうものであった。きちんと歌えるだろうか? 踊れるだろうか? 不安が今更のように駆け巡る。

「うぅ、逃げ出したいです……サウザーはそう思いませんか?」

「帝王に逃走は無い。制圧前進あるのみ!」

「あなたはそういう人でしたねそう言えば……でも、今はちょっと頼もしいですよ……」

 そうこうしている内に、袖から幕を上げるとの合図が飛んできた。

 四人は並んで客席の方向へ身体を向ける。

 ……サスペンションライトが四人を照らしだし、ついに、緞帳が静かな唸りと共にゆっくりと上がり始めた。

 徐々に露わになる観客席。そして、緞帳が穂乃果たちの顔まで上がった時、彼女たちの目に飛び込んできたのは、会場の隅から隅まで埋め尽くされたお客さんの姿であった。

「わぁ……」

 思わず感嘆の声が洩れる。

 μ'sの姿が露わになるにつれて、客席の騒めきは大きくなり、完全に緞帳が上がり切った頃には大きな歓声の渦となって講堂内に飽和した。

 ……が、穂乃果、ことり、海未の三人はすぐに客席の異常さに気が付く。

「こ、このお客さんたちって……」

「まさか……」

 そう、講堂内の座席に座るお客さんたち。

 それらは右から左、もれなく全員モヒカン、モヒカン、モヒカン……時折非モヒカンも混じっているが、いずれにせよ世紀末感漂うならず者であった。そして、その世紀末野郎の中には穂乃果たちも見知った顔がいくつかあった。

「えっと……サウザーちゃん、これって……」

 穂乃果が恐る恐る声を掛ける。しかし、サウザーは聞く耳を持たず、一人前へ歩み出でると、全身にスポットライトを浴びて、諸手を上に掲げ(天翔十字鳳の構え)、ダブルピースと共に宣言した。

 

「客は全て、下郎!」

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 講堂は歓声に震えた。下郎の大歓声に迎えられ、サウザーは上機嫌である。

「フハハ! 下郎の皆さん、こんにちは。……サウザー、ですっ! フハハハハ!」

「ヒャッハァァァアアァァァアアア!」

「今回は我ら『μ's』の初ライブにいらしていただき、光栄です。みたいな!? フハハハハ!」

「フィヒャハァァアァァアアアアァ!」

 とりあえず観客たちは楽しそうである。しかし、このテンションには穂乃果たちはついて行けず呆然としている。と、そんな彼女たちに突然、サウザーが、

「では、μ'sを構成する愉快な下郎の皆さんに挨拶をしていただきます」

「えっ!?」

 サウザーからマイクを手渡される穂乃果。彼女は数秒間の思考の後、マイクに向かって恐る恐る、と言った調子で、

「えっと……高坂穂乃果です——」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「ほのキチ! ほのまげ!」「ヒャハァーッ!」

 名前を聞くや大いに沸きたつ世紀末集団。さすがの穂乃果も押され気味である。

 彼女はとりあえず隣にいたことりにマイクを手渡した。

「えっ、私?」

「うん、私は一応終わったし……?」

「あ、うん。……あー……南ことりです」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「ことり! ちゅんちゅん!」「ヒャハァーッ!」

「あ、あはは……」

 ことりはそのままの流れで海未にマイクを手渡した。呆然としていたところを現実に引き戻された彼女は、穂乃果とことりの顔を見た後、マイクに向かって、

「園田……海未です……」

「ヒャッハァアッァァアアア!」「海未のリハク! ラブアロー!」「ヒャハァーッ!」

「なんですかこれ」

 

 

 一方、入り口付近では。

「かよちん、なんか危ない感じじゃないかにゃー?」

「…………」

 彼女たちを始めとする音ノ木坂学院の生徒たちは困惑の極みにあった。

 当校初のスクールアイドル。気になって来てみたらそこはまさに世紀末。中には様子を見るや逃げるように去って行く者もいくらかあった。当然である。

 凛もその一人であった。友達をこんな意味不明なところに入れてはいけない。そう思った。

 だが、花陽は。

「凛ちゃん、私、入るよ!」

「にゃっ!?」

 優柔不断で引っ込み思案な花陽の目が、かつてないほどの覚悟を孕んで輝いている。

「いやいやかよちん! 危ないにゃ! あのモヒカンはヤバいモヒカンだにゃ!」

「大丈夫! アイドル好きには悪い人なんていない!」

「いやいやそんなわけ……あぁ!」

 凛の制止空しく、花陽は会場へとずんずん足を踏み入れていく。こうなると、凛もついて行かざるを得ない。

「もー! 凛はこう言うかよちんも好きだけど今は勘弁してほしいにゃ!」

 恐れることなく突き進む花陽の元へ、凛も駆け出した。

 

 

 混乱の極みにあったのは一般生徒だけではない。当事者の穂乃果、ことり、海未の三人も同様だ。

 会場のボルテージは上がる一方。サウザーのテンションも上がる一方。初ライブは大いなる混沌に包まれつつあった。

「サッウザー! サッウザー!」

「フハハハハ―ッ!」

「どうするんですか穂乃果、これ収拾着きませんよ?」

「うぐぐ」

 サウザー以外の三人は舞台袖に控えるヒフミとマキに視線を送った。だが、四人とも黙って『お手あげ』のポーズを取るばかりである。

「これ、歌うんだよね……?」

 ことりが海未に訊く。

「そうですけど……観客があの調子では……」

 彼女たちそっちのけでファーストライブはサウザーのワンマンステージ状態である。客席後方でリゾと思しき男性が振り回す『μ's』の旗(というより巨大手ぬぐい)が空しく目に映る。

 待望のμ'sファーストライブ、このままサウザーの宴会芸ワンマンショーで終わるのだろうか。

 ……いや、そんなはずはない。

「……歌おう。歌おう、みんな!」

 穂乃果が言う。しかし、残念そうに海未が、

「でも、客席には音ノ木坂の生徒はほとんどいません。これでは……」

「何言ってるの海未ちゃん!」

 落ち込む海未とことりに肩を穂乃果が掴んだ。

「何があっても歌いきる。マキちゃんと約束したじゃん! それに、例えオトノキの生徒はいなくても、客席には来てくれた世紀末モヒカン野郎がたくさんいる! 誰がとか関係ない、私は、今日ここに来てくれた人のために歌いたい!」

「穂乃果……」

「穂乃果ちゃん……」

 穂乃果の熱い言葉に、海未とことりの目には涙が浮かぶ。そして、強く頷くと三人は再び笑顔で客席を見据え、揃って声を上げた。

「皆さん!」

 サウザーを含め、会場が水を打ったようになる。気にせず、穂乃果は続けた。

「今日は、μ'sのファーストライブに来てくれて、ありがとうございます!」

 穂乃果の声は先ほどのヒャッハーより遥かに朗々と講堂内に響き渡った。

「短い時間ですけど、私たちの歌、どうか最後まで、聴いていってください!」

 一瞬の静寂。次の瞬間、割れんばかりの歓声が穂乃果たちの身体を貫いた。

 何だかんだ言って、このモヒカンたちは『μ'sのファーストライブ』を見に来たのである。

「すごいですね……」

 海未が呟く。先ほどまでの歓声は全てサウザーに向けられたものであったが、自分に向けられる歓声の威力はまた凄まじいものであった。

「よーし! サウザーちゃん、準備は大丈夫!?」

「フハハハハ。この聖帝サウザー、何時でも抜かりないわ!」

「よーし! おれじゃぁいこうっ!」

 穂乃果が手を上げる。

「ミュージック……スタート!」

 

 

 

 ファーストライブはサウザーの暴走タイムを差し引くと五分程度の短いものであった。だが、そのたった五分と言う時間の中で、モヒカンたちは興奮の渦に包まれ、彼らに混じるように見ていた少女たちもまた、どのような形に背よそれぞれ胸に強い感動を抱いていた。

 時間は、まさに光の速さで過ぎ去った。

 

 

 歌い終わったμ'sに送られたのは、割れんばかりの拍手と幾多もの歓声であった。

「みなさん、聴いてくれて、ありがとうございますっ!」

「ヒャッハァァァァァァァ!」

 まだまだ粗削りなμ's。しかし、会場に渦巻く感動は紛れもない本物であり、真実であった。

 その熱気に、穂乃果たちは汗まみれの顔を見合わせ笑い合い、サウザーはいつものように高笑いした。

 

 しかし。

 

「なに良い話っぽく終わらせようとしてるの」

 そう言いながら会場に現れた二人の影があった。その姿を、穂乃果たちは良く知っている。

「会長、副会長……」

 穂乃果たち(サウザー除く)の顔に緊張が走る。

「やっほ。ライブ、よかったで」

「希は黙ってて! ……あなた達、これはどういうつもりなの?」

 絵里は四人に……とりわけサウザーに向かって問いただしてきた。対して、サウザーは平然と、

「スクールアイドルμ'sのファーストライブに決まっているであろう?」

「それくらい重々承知よ。私が言っているのは、この客席を占領する連中の事よ」

 彼女は言うや手近なモヒカンにズイと詰め寄り、

「あなたは何者?」

「何だ貴様ぁ~? この俺を聖帝軍兵士と知っての態度かぁ~!?」

「あらそう……そっちのあなたは?」

「えっと、リゾです。聖帝軍の……」

 絵里はこれ以上誰何をしなかったが、これだけで十分であった。

 この場にいる観客のほとんどが聖帝軍……つまり、そこのサウザーの身内。事実上のサクラのようなものなのだ。

 だが、そのような事はμ'sメンバーも重々承知しているし、実際のところ彼らはサクラではない。自分たちの意志で来たのだ。

 問題の本質はそこではない。

「このような連中を呼び集める者を当校のスクールアイドルとして認めるわけにはいかないわ」

 廃校の危機を迎えるこの学校。ただでさえ新入生希望者数が少ないのに、校内を大量の聖帝軍兵士がうろつき回った日には……。

「あなた達の活動はこのまま続けても学校の利にならないどころか逆に脚を引っ張ることになるわ」

「…………」

 悔しいことに、それは正論であった。

 そして彼女は暗にスクールアイドル『μ's』の早々な解散を迫っているのだ。

「よく、考えておくことね……」

 そう言うと、絵里は踵を返し、講堂から出ていこうとした。すると、その後を追う希が、

「でもな、実はかなりの生徒がここに見に来てたんよ。聖帝軍の人が怖くて入れなかったみたいやけど」

「希っ!」

「はいはい」

 希は絵里に返事すると手を軽く振って講堂を後にした。

 ……おそらく彼女は、くじけそうなμ'sへの励ましの言葉としてその事実を言ったのであろう。本当は学校中が注目している。だからがんばれ、と。

 だが、その事実は同時にμ's内に大きな爆弾を投下したも同然のものであった。

 緞帳が降りた後、海未がサウザーに詰め寄る。

「サウザー、どういうことですか?」

「ま、まぁまぁ海未ちゃん。上手くいったんだし」

 穂乃果が怒れる海未をなだめる。

「フフ……この聖帝サウザーの宣伝力の賜よ」

「誰が聖帝軍にまで宣伝しろって言いましたか!?」

 怒る海未に対して、サウザーは相も変わらず笑うだけであった。

「来てくれた人には誰でも歌うのがアイドルであろう?」

「それとこれとは話が別です!」

「フハハハハ―ッ!」

 この男、話を聞く男ではない。故に、海未が何を言っても無駄である。

 しかし、それでも彼女は文句の一つ二つぶつけたくてたまらなかったのであった。 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。