サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
+前回のラブライブ!+
小さいころって大人になったらなりたいもの、たくさんありましたよね。
私はアイドルだったり、お米の専門家だったり、ジャンプ漫画で言うところの解説役キャラになりたかったです。
でも、アイドルになりたいったって私、引っ込み思案で声も小さいし、解説役になるにしもせめてクリリンくらいの強さになりたいし。ていうかその『クリリンくらいの強さ』がまず無理だし。あっ、でもA-RISEのツバサさん、あの人のオデコなら太陽拳はできそうだな~……なんてネ……。
——小泉花陽
※
小泉花陽は今年度音ノ木坂学院に入学した一年生である。
そしてマキ同様、入学早々に廃校を知らされた可哀想な人の一人でもある。
そんな彼女がチーム『名称未定』改め『μ's』の存在を知ったのはお昼休みの学生食堂での事である。
「みゅーず? 石鹸?」
「ちがうよぉ。掲示板に張り紙があったにゃー。たしか、スクールアイドル?」
ラーメンに天かすをドカドカ入れながらそう言うのは花陽の幼馴染にして親友の星空凛である。
スクールアイドル……廃校寸前のこの学校にもあったんだ。花陽は驚くと同時に興味を抱く。
彼女は三度の飯の次に何が好きかと言われればアイドルと答えるような人間である。その対象はスクールアイドルとて例外ではない。
小さかった頃は、それこそ「アイドルになりたい!」と思ったものだ。
~回想~
「花陽ちゃん、アイドル好きなんだね~」
小学校の昼休み、ひょんなことから級友とそんな話になった。花陽は照れくさそうに「うん……」と答える。
「かよちんは色んなアイドルの歌と踊りを全部覚えてるんだよ!」
何故か凛が誇らしげに言う。
「すごいね!」
「それにかよちんは北斗・南斗その他もろもろの流派や奥義を知り尽くしてるんだよ!」
「すごい……ね?」
またも自慢げに語る凛に花陽はますます顔を赤くする。友達は困惑の色を増した。
「それにそれに、かよちんはジャポニカ種の事なら何でも知っていて去年の自由研究は農水大臣賞も受賞してるんだよ!」
「えっ、花陽ちゃん何者?」
級友たちは尊敬と畏怖の念のこもった視線を花陽へと向けた。彼女の顔は赤くなる一方であった。
~回想終わり~
「スクールアイドル『μ's』かぁ……凛ちゃん! ライブは一緒に見に行こうね!」
引っ込み思案でな行動は凛に任せっきりの花陽であるが、アイドルとお米が絡むと立場は逆になる。凛はそんな花陽も大好きであった。
「うん、いいよ!」
凛は快諾する。
快諾するついで、大好きな花陽に凛は一つ提案があった。
「ねぇかよちん」
「なぁに?」
花陽は大きな包みを広げておにぎりを幸せそうに取り出している。凛は何気ない調子で言った。
「かよちんはならないの?」
「何に?」
「スクールアイドル」
言われると同時、花陽の動きがぴたりと止まった。おにぎりを頬張ろうとした瞬間であったから、凛にマヌケ面を曝し続けることになっている。でもそんなかよちんも凛は好きだよ。
「……なんで私が?」
「だって、かよちん昔からアイドルになりたいって言ってたし。折角だから入れてもらえばいいにゃ!」
「いやいやいや!」
花陽は勢いよくかぶりを振る。
「そんなの小さい頃の夢だよ~!」
「でもかよちん、似合うにゃ~」
「私は普通に一人のお客さんとしていろんなアイドルを見ていきたいの」
言うと彼女はおにぎりを勢いよく頬張った。それに対して凛は「そっかぁ」としか言えなかった。
※
μ'sの初ライブの開催は新入生歓迎会の後にやることとなっている。その新入生歓迎会は明後日まで迫っていた。
「そろそろ宣伝とかしてもいいんじゃないかな?」
朝礼の前、穂乃果はサウザーたちにそう提案した。これに海未は、
「宣伝といっても、もう張り紙はしてあるじゃないですか」
「ちがうよ~。チラシ配り! ここの生徒に直接手渡して来てもらうんだよ」
穂乃果はそう言うと紙の束を鞄から引き出した。そこには、『μ's初ライブ!』の鮮やかな文字と開催日時、場所が記されていた。なるほど、掲示板だけでなく、ビラを直接配ることでより多くの生徒にμ'sの存在を知ってもらおうという作戦だ。
「でも穂乃果ちゃん、私たちだけじゃこれ全部配るの、厳しいんじゃないかな?」
ことりが意見する。たしかに、いくら無駄な存在感を放つ誰かさんがいるといっても四人で数百人の生徒を相手にするのは難しい。練習もしなければならない。
するとサウザーがいつものように不敵な笑みをこぼし始めた。こういう時の彼が言い出すことはだいたいロクでもないことなのだが、穂乃果たちはとりあえず聞くことにした。
「案ずることは無い。我が聖帝軍の精鋭にかかれば、ビラ配りなぞどうということは無いわ」
「でも、校内で部外者が動き回るのはどうかと思うのですが」
海未の言う通りである。あの世紀末モヒカン軍団が校内を跋扈するようになったらお叱り程度で済むとは思えない。
しかし、海未の言葉を受けてもサウザーの笑みは消えなかった。それどころか、「そう言うのは分かっていたぞ」とでも言いたげな表情で、海未を少しイラッとさせた。
「我が聖帝軍はモヒカン以外の要員もそろえている。例えば、ヒデコ、フミコ、ミカの三人」
「えっ」
穂乃果が驚きの声を上げる。
ヒデコ、フミコ、ミカの三人は穂乃果たちの高校からの友人である。
「いつの間に聖帝軍に……」
「フハハ……優秀なスタッフを聖帝軍は常時募集しているからな」
自らのスカウト力に笑いが止まらないサウザー。しかし。
「こらこら、勝手に私達を加入させるな」
さっそく登校してきたヒデコに否定された。
「ヒデコ、おはよー」
穂乃果が挨拶する。ヒデコも笑顔で返事した。
「おはよ。そういえば、μ'sの初ライブ、新入生歓迎会の後にやるんだって?」
「そーだよ!」
「オトノキにもついにスクールアイドル誕生かぁ。感慨深いねぇ」
ヒデコはウンウンと頷きながら言う。
「手伝えることがあったら言ってね。聖帝軍には入らないけど、そのビラ配るのくらいは手伝えるからさ」
彼女は気前よく言ってくれた。それは、順次登校してきたフミコ、ミカも同様であった。
「ビラ配りくらい」と言ったが、彼女たちはこの後、μ'sの行く先々でありとあらゆる活躍をすることとなり、『音ノ木坂の三神』とか『九柱の守護星』とか世紀末風な名を与えられることとなる……。
さて、放課後。
いよいよμ's初ライブの告知ビラ配りが始まった。μ'sメンバーに加え、ヒフミトリオ、さらに無理やり連れて来られたマキもビラ配りに協力してくれる。
「まったく、今回きりだから」
「ふふ、ありがとうございます」
「なに笑ってんのよ。意味わかんない!」
マキは顔を赤くしてそっぽを向く。すると、ことりが辺りを見回しながら、
「意味わからないといえば、サウザーちゃんの姿が見えないけど」
「あぁ、サウザーちゃんなら校内のみんなに配りに行くってさっき走ってったよ」
「相変わらず奔放ですね」
海未が呆れた調子で言う。
とりあえず、彼女たちはサウザーを放っておいて校門前でビラを配り始めることにした。
「おっ、やっとるやっとる」
生徒会室の窓から希は外でビラを配る後輩たちを見ていた。その目には子を見まもる母親的な優しさが宿っている。
「若いって良いもんやね」
「希ったら、お婆さんみたい」
希の淹れてくれたお茶を飲みながら絵里がクスリと笑う。
いつもの彼女ならμ'sの肩を持つ希に文句の一つでも言うところであるが、今日の彼女は機嫌が良かった。何しろ、どこぞの誰かさんが破壊した生徒会室のドアが復活したのである。
ここ数日間、生徒会室の前を通る生徒……特に新一年生から向けられる、
「何があったんだ」「どうなってんだこの学校は」
という視線にさらされ続けていた(もっとも、思い込みの部分も大きいが)絵里にとって、これは喜ばしいことであった。
「希の淹れてくれたお茶は美味しいし、これから素敵なことが続きそう」
「でもエリチ、うちのカードは今日は厄日だと告げとるよ」
「なーに言ってんのよ。私はそんなの信じない。時代は科学よ」
言って彼女は茶を啜る。
しかし、友の忠告は聞いておいた方が良い。少なくとも、直後彼女はそう思った。
「生徒会ドーン!」
「ぶーっ」
直したてのドアが再びサウザーの手によって破壊された。闖入者の出現に絵里は思わずお茶を吹く。
「あなたは!」
「フハハハハ―ッ!」
サウザーは何が可笑しいのか高らかに笑うと手ごろな椅子にドカと腰かけて脚を組んだ。絵里は上機嫌から一転、激昂してサウザーを怒鳴りつける。
「そのドア、修理したばかりなのよ!?」
「フフ……二度あることは三度あるというぞ?」
「サラリと三回目予告してんじゃないわよ!」
ふしーふしーと息を荒げる絵里に対し、サウザーはあくまで尊大であった。そのような態度が真面目な絵里をさらに苛立たせる。
「そんなことより喉が渇いてますけど?」
「くっ! 希、化学準備室からなんか薬持ってきなさい!」
「無茶言わんといて~」
絵里に対して希はいたって冷静沈着、というよりゆるゆるであった。彼女は諭すようにふんぞり返るサウザーへ語り掛ける。
「まぁサウザーちゃん、エリチ……会長も怒ってるし、とりあえず謝っといた方がええよ」
「えっ?」
サウザーは希に言われて絵里の顔を見据えた。
「……えっ、怒ってんの?」
「怒ってるも何も激オコよ!」
「カルシウム不足ではないか? 煮干しあたりでも食って補給するがいい」
「あなたが出てってくれた方がカルシウム摂取より効果的だと思うけど!」
絵里の言葉にサウザーはまたも「フハハハハ―ッ!」と笑う。ジョークだと思われたようだ。絵里は全く真剣であるのだが。
ひとしきり笑うとサウザーは組んでいた脚を解き、背もたれに深く背中を沈めた。
「まぁそう怒るでないわ。おれは別に貴様を怒らせに来たわけではない」
「嘘おっしゃい」
絵里の言葉を軽く無視しつつ、サウザーは二枚のビラを懐から取り出し、絵里と希に手渡した。手渡されたビラ、その内容に二人は驚きの声を上げる。
「北斗の拳イチゴ味5巻……」
「2月20日発売……?」
そこに書かれていたのは、『北斗の拳イチゴ味』待望の第五巻が今年の2月20日ついに発売となるという事実であった。収録話の詳しい内容やお値段は不明だが、たぶん面白いし良い本です。
「どうせ下郎の皆さんはバレンタインにチョコとか貰えないだろうし、その慰めに読めばいいんじゃないの?」
「不特定多数にケンカを売っているわよコイツ」
「スピリチュアルやね」
「そういうあなたは貰ったことあるわけ?」
「いや、おれは愛などいらぬし。でもチョコレートは嫌いではないぞ? ん?」
サウザーは暗にチョコを寄越せてきな事を絵里に言った。が、なんで扉を二度も壊された上に食い物まで恵んでやらにゃあかんのだ、ということで絵里は華麗にスルーチカした。
しかし、サウザーの真の目的は北斗の拳イチゴ味第五巻の宣伝でもチョコレートの
彼は思い出した様子でもう二枚のビラを二人に手渡した。そのビラに絵里と希は目を通す。
「μ's初ライブ……?」
「新入生歓迎会の後に開催するので下郎の皆さんはこぞってお越しください! たぶん素敵なライブになります」
「さんざん引っ掻きまわしといて言いたいことはそれなわけ?」
「ペース配分下手やなぁ」
二人の呆れ声なぞどこ吹く風、彼は愉快そうに笑うだけである。そして、生徒会室に飽きたのかしばらくすると扉なき出口から廊下へ出ていった。
嵐の去った生徒会室。
怒りを通り越して変な笑みがこぼれている絵里に希は訊いた。
「初ライブ、行くん?」
「希は見に行くんでしょ? なら、私も見に行くわよ」
絵里の素直ではない言葉に希は小さく笑う。
「なにがおかしいのよ。大体希はなんで連中の肩を……」
ちょっぴり不機嫌な絵里は希を追求し始めた。それでも希は「はいはい」と笑いながらなだめるだけであった。
※
時は流れて新入生歓迎会当日。そして、μ's初ライブ当日。
『……新入生の皆さんは、興味のある部活動の見学へ行ってみてください。それと——』
広々とした講堂に生徒会長の声が響き渡る。皆真剣な面持ちで聞いているが、新入生などは思考の大部分が別の事に向いている。
花陽も例外ではない。
彼女の頭は今日この後講堂で開催されるスクールアイドル『μ's』の初ライブのことでいっぱいであった。
実は彼女は凛と一緒にμ'sの練習風景をチラ見したことがあった。そして、その光景に彼女のアイドルセンサーがビビッと来たのだ。
まだまだ全体的に粗削りだし、一味も二味も足りない。でも、μ'sは綺麗に磨けばダイヤモンドより美しく輝く可能性を持っている。
おまけにメンバーには南斗聖拳の使い手までいるではないか。それも超貴重な南斗鳳凰拳の継承者である。アイドルオタクであると同時に拳法マニアでもある彼女からしたら美味しすぎる話である。
(この学校に南斗聖拳伝承者がいるなんて、驚きです!)
実は北斗神拳の使い手もいるのだが、マキがそうであることを彼女はまだ知らない。
そんな心弾ませる花陽の席から十数メートル離れた場所。そこにも同じくμ'sの初ライブのことを考える者の姿があった。
だが、彼女の心境は花陽とは真逆である。彼女もまたアイドルが大好きであるが、大好きであるが故に、素直にμ'sを認めてやれないのだ。
(ライブがどんなもんか見てやろうじゃないの)
彼女……矢澤ニコはステージのライトを見つめながら一人そう思っていた。
ついにやって来たファーストライブ当日!
様々な思いが交錯し、宿命の九柱(プラス一人)が知らず知らずに集結する!
ライブは成功するのか!?
生徒会室の壊された扉に予算は下りるのか!?
次回、聖帝オン・ステージ
絵里のキャラなんか違うなぁと思ったけど、そもそもそれどころじゃない事に気付き、心の安寧を得る。