サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
μ'sと南斗DE5MENが修羅の国へ赴いたのは、第三回ラブライブ大会のドーム大会の実現を手助けするためのものであった。
修羅の国におけるライブは大成功をおさめ、その効果は関係者たちの想像を遥かに超えるものだった。
しかし、想像以上の成果はさらなる試練を二つのグループに……特にμ'sに課すこととなる。
一つは、μ'sにこれからも活動を続けて欲しいと言う願い。
もう一つは、修羅の国からカイオウが攻めてくると言う脅威。
特に後者に関しては喜んでいるのはサウザーくらいなものであった。スクールアイドルをこれからも活発なものにするために行ったはずの修羅の国ライブが、存続どころか滅亡の危機を招いたのである。
いったいなんでこんなことになってしまったのだろう――。
「割とマジでなんでこんなことになってるんだろう……」
翌日、穂乃果は一人部屋であまりにも理不尽な現状に頭を悩ませていた。
『μ'sを続けてほしい』……これは自身で思うのも何だが分かる話であった。帰国した時に見た風景、人々の反応……μ'sの存続がどれほどのモノを生むか、穂乃果でもわかる。
しかし、『カイオウ襲来の危機』はさっぱり分からない。そもそも、μ'sと5MENはそのカイオウが支配する修羅の国から呼ばれたからそれに応える形でライブをしたのである。それなのに、何故に暗琉霏破を連発された挙句外患誘致する羽目になっているのだ。
ツバサはライブを開催して対抗すべきだと言っていた。ライブの開催がカイオウを破ることになる理屈は不明だが、どちらにせよあの強さを見た以上、A-RISEが加わっても歯が立たないことは間違いないだろう。
μ'sの解散、続行、カイオウの襲来、スクールアイドルの危機……最良の答えが全く見えない様々な問題が同時に振りかかって、穂乃果の頭はパンク寸前である。
「あーもー! わっけわかんないしどうしていいのかも分かんないよー!」
たまらず穂乃果は枕に顔を埋めてジタバタした。意味もなく叫びたくなる。
「ああああああああああああああ!」
「お姉ちゃんうっさい!」
「おじゃましてまーす!」
そこへ、雪穂&亜里沙がやって来た。二人が一緒にやってきたと言う事は、ただうるさいと文句を言いに来ただけではないのだろう。
「亜里沙ちゃんいらっしゃい。ロシアには帰らなかったんだね?」
「はい! これから高校も始まって、スクールアイドルも始めていこうって時に帰ってられません!」
ふんすふんすと意気込む亜里沙。
「あはは。それで、どうしたの?」
「実はさ、おススメの練習場所とか聞いておきたくて」
「練習場所ねぇ……」
穂乃果は考える。
音ノ木坂学院で、ダンスや歌の練習に向いている場所……。
「やっぱり屋上かなぁ。雨の日は練習できないし夏は熱くて冬は寒いし床タイルは誰かさんのせいでボロボロだけど――あれ、本当に向いているのかな……?」
「穂乃果さん、気を確かに」
「……まぁ、何だかんだ言って屋上だね。雨の日はサウザーちゃんの城にでも行ってやればいいよ」
「そっか。……ところで、お姉ちゃん」
穂乃果は、雪穂はこの「ところで」の部分が話したくてここに来たであろうことを察した。
「μ'sは続けるの?」
いったい誰から聞いたのやら……いや、たぶん自分で考えたのだろう。μ'sを解散するという話は雪歩と亜里沙にしていなかったが、二人とも賢い子である。おおよそ察していたはずだ。そして、現在そのμ'sが置かれている状況も理解しているだろう。
「……わかんない」
これが穂乃果に出来る精一杯の返事だった。
「色んな人は続けてほしいっていうし、サウザーちゃんたちも卒業しないことでスクールアイドルを続けるらしいし……雪穂と亜里沙ちゃんは続けてほしい?」
穂乃果が訊くと、亜里沙は凄まじい喰いつきで「とうぜんですっ!」と叫んだ。
「μ'sのファンならだれだってそう思ってます! 雪穂もそうだよね?」
「えっ!? うん、まぁね」
亜里沙に訊かれて雪穂は照れくさげに返す。
「続けてもらえるなら、ずっと続けてほしいくらいです! でも――」
「μ'sは、μ'sの物だからね」
妹たちの優しい言葉に穂乃果は嬉しくなる。
しかし、だからといって物事が解決へ向かうわけではなかった。
※
家で悶々と悩むのも何だと思い、穂乃果は散歩に出ることにした。気晴らしになるかと思ったが、空には厚い雲がかかっていて、気分が落ち込むだけのようにも思えた。
「はぁ……」
橋の欄干に寄りかかりながら深くため息を吐く。ため息をひとつ吐けば幸せが一つ逃げるとか、一歳老けるとか色々言われるが、吐かざるを得ない……というかこの一年がため息まみれだったような気も……。
と、そんなことを考えていた彼女の耳にいつか聞いたことがある歌声が流れてきた。
「……これは……」
彼女は誘われるように歌のする方へ歩いていく。
修羅の国でもそうであったように、表通りから少し外れた街角で、あの女性シンガーが歌を唄っていた。
「あなたは……」
驚く穂乃果に、シンガーは歌い終わると微笑みかけてくれた。
「修羅の国ぶりだね」
「な、なんでここに? ていうか、なんであの時すぐいなくなっちゃったんですかぁ!? お礼だってしたかったのに! そのマイクだって、私同じの持ってます! 返せなくって――」
「まぁまぁ落ち着いて」
「そうだ!
「どうどう」
興奮する穂乃果をシンガーは手で静止ながら落ちつけた。自らの狂乱ぶりに恥入り穂乃果は顔を赤くする。
「す、すみません」
「いいって。なんだか若い頃思い出しちゃった。……マイクは別にいいよ。どうせ買い替えるつもりだったし、中古で良ければあれ、あげるわ」
「そんな――」
うけとれませんよ、と言いかけた穂乃果の口を彼女は人差し指でそっと押さえた。
「それより、μ's、どうするの?」
「えっ……? 何で知ってるんですか?」
「あなたが教えてくれたのよ?」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ」
微笑むシンガーの顔を見ると、そうだったかもと思えてくる。不思議な魅力を持った人だ。
穂乃果は訊かれたことに正直に答えた。
「μ'sは解散したいです。別に嫌になったからとかじゃ無くて、みんなで決めたことだから。でも、ドーム大会も実現してほしいし、スクールアイドルにこれからもずっと続いてほしい。カイオウさんが攻めてくるのもどうにかしたい……なんでも欲しがってわがままなのは分かるんです。でも……」
どれが正しい選択なのかが分からない。
……いや、正直なところ今までも正しい選択がどれか分かったことなど無いのだが、今回は穂乃果持ち前の決断力すら鈍る。
穂乃果の言葉を聞いたシンガーは微笑みながら「そうかそうか」と頷いた。
「穂乃果は大人になりつつあるんだねぇ」
「そういうものなんですか?」
「そう」
シンガーは頷いて続けた。
「大人になると何でも自由に出来るような気がするけど、実際は違う。なればなるほど、何でも出来無くなってしまう。若い頃にあった自信や無鉄砲さがどんどん薄れて行くの。あの頃の、根拠のない無敵感……それが無くなってしまう」
「はぁ」
「穂乃果のやりたいことを全部出来るのは、今だけなんだよ。あの大きな水たまりを飛び越えられるのは、今だけ……」
※
「んあ……」
気が付くと、穂乃果はパジャマ姿で自室のベッドの上にいた。
カーテンの隙間からは朝日が洩れて、雀のさえずりがかすかに聞こえる。
「……夢……?」
どこから夢なのだろうか……。
夢にしては、鮮明に記憶に残っている。あの女性シンガーは言っていた。『やりたいことを全部出来るのは、今だけ』と。
自慢ではないが彼女は今のところ将来への見通しがまるでない。和菓子に携わるものとして働いているか、はたまた歌を作っているか。だから、あのシンガーの言っていたことを全て理解できてはいなかった。
だが、今の自分がどうすべきなのかは理解できていた。
(μ'sは、やっぱりこれで終わりにしよう)
そう心に決めている。それと同時に、
(スクールアイドルは、これで終わりじゃない)
そうとも確信していた。
※
その日の午後、サウザーの居城にあるいつもの広間で穂乃果はμ's、5MEN、そしてA-RISEに自らの計画を説明した。
「すっごい大きなライブをやるんだよ! 日本中のスクールアイドルをアキバに集めて、みんなで歌い踊るの! A-RISEや5MEN、μ'sが凄いんじゃなくて、『スクールアイドル』そのものが凄いってことをアピールするんだよ!」
「日本中のスクールアイドルを……」
「秋葉原に……!?」
穂乃果の言葉には一同が息を呑んだ。
「それは現実的な話なのか……?」
レイが尋ねる。
そう思うのも無理はない。
登録している『正式な』スクールアイドルだけでも文字通り星の数ほどいる。穂乃果はそれら全てを秋葉原に呼び寄せようとしているのだ。しかも自腹で。
しかし、この穂乃果の提案にツバサが太鼓判を押した。
「スクールアイドルは売られた喧嘩は倍値で買うような連中よ。少なく見積もって八割は来るわ」
「マジか……」
「スクールアイドル思いの外血の気が多いな」
レイと一緒に戦慄するシュウを他所にツバサは続ける。
「それに、『スクールアイドル』のライブを開くというのは対カイオウ的に考えてももっともベストな対応だわ。A-RISE、μ's、5MENで立ち向かっても勝てるか分からない。けど、『スクールアイドル』として立ち向かえば、十分すぎるほど勝算がある」
「私にはツバサさんの勝ち負けの基準がイマイチ謎だけど、このライブ自体は是非ともやりたいと思ってるの。みんなどうかな!?」
穂乃果は問いかける。
沈黙が流れる。
その沈黙を、ニコがまず破った。
「過去類を見ない伝説的なライブになるわね」
実現すれば伝説となる――。この言葉は、一同の心に深く染みわたった。
静寂を破るように賛成の声が一斉に上がる。
「フハハハハ! この聖帝サウザーの伝説を世に知らしめる好機!」
サウザーもウハウハである。そういう話じゃないと全員思ったが、訂正しようとしたところで面倒ごとが増えるだけだと解ったいるからとりあえず勝手にほざかせておくことにした。
そうと決まれば善は急げ。
一同(といっても、パソコンを扱える者だけだが)は全国のスクールアイドルたちへ招待のメールを送る準備を始めた。
拝啓
浅春の候、哀れな負け犬の下郎におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、この度このようなメールをお送りいたしましたのは、東京秋葉原で『スクールアイドルのスクールアイドルによるスクールアイドルのためのライブ』を開催するにあたりまして、是非下郎の皆様にも参加していただきたいと思った故にございます。
負け犬の皆様に未だスクールアイドルとしての矜恃がカス程でも残っておられるなら、是非ともご参加ください。
かしこ(笑)
南斗DE5MEN代表 聖帝サウザー
※
スクールアイドルをやっている人は多少の違いはあれど、所謂ところの『お調子者』たちである。
そんな彼女たちにこんなに大規模で面白い話を持ちかけたらどうなるか。
「すごいです! 見てこれ!」
花陽はパソコンの画面を一同に見せた。
そこには全国のスクールアイドルからの返信が表示されていた。中身は一言で行ってしまえば『快諾』の二文字である。返信の数は脅威の100%であった。
「あんな手紙でも参加する気になるなんて、言っては何だけど、正気とは思えないわね」
絵里が感心と呆れを交えたため息を付く。
「正気でスクールアイドルが出来るもんですか」
「にこっちええこと言うやん?」
しかし、全てが快諾、と言うわけにはいかない。
中には常識的な判断力を持ち合わせたスクールアイドルも存在しており、詳しく話を聞かないと無理だという返信もいくつか存在した。
「電話で話し合うべきなのではないでしょうか?」
「でも、直接会いに来いってメールもあるよ?」
ことりの言う通りである。恐らく、μ'sたちの本気度を試しているのだろう。本気ならば愛に来られるはずだ……そんな謎の漢気あふれる精神構造のスクールアイドルも多く存在するのだ。
「フフ、おもしろい」
この返信に関心を示したのはサウザーであった。
「おれは蟻の反逆も赦さぬ! 全てのスクールアイドルを将星の前に跪かせるのだ!」
「跪かせるかはさておき、会いに行くったってどうやっていくつもりなのだ?」
シュウの指摘はもっともである。
「バイクで行けばよかろう?」
「さすがに厳しいであろう?」
遠く日本海側の街からや、海未を挟んで四国からの返信も来ている。時間も満足に無い中、バイク移動はいささか無理があった。
と、そこで。
「私のお金持ちの娘設定が久々に炸裂するときが来たみたいね」
「マキちゃん!」
「いくらなんでもこの人数の交通費は馬鹿にならないのでは?」
海未の心配する声に、マキは自信ありげな髪の毛くるくるで答えた。
「口座にコツコツ貯めてたおこずかいを解放するわ」
「そんな大事な物、いいにゃ?」
「いいわよ。ぶっちゃけ欲しいものはサンタさんにお願いしてるから使うことのないお金だったし」
「すごいにゃー」
「ただし、使える割引は全部使ってね。学割証の発行も忘れないように」
かつて、彼女が戦闘以外でこれほどまでに頼りになったことがあっただろうか? 穂乃果にはマキが輝いて見えた。
「よーし、じゃあタイムリミットは明々後日! 本日は解散!」
穂乃果の言葉に一同はおー! と答えた。
※
数日後、目的を果たした面々はご当地のお土産と共に東京へ凱旋した。
「みんなお疲れさまー!」
お土産の山に負けないくらい身体を大きく広げて穂乃果が一同を労った。
「どうだった!?」
「フフフ……渦潮は凄かったし、『讃岐うどん』とやらも美味しかったです!」
「旅行の感想訊いてんじゃないんだよ! 首尾はどうだったかって訊いてんの!」
「フハハハハ! 言ったであろう? おれは蟻の反逆も赦さぬのだ!」
「とにかくうまくいったんだね」
「フハハハハ! 肯定~! フハハハハ!」
イラッとするのをグッと抑える。
とにかく、役者は揃った。
あとは、舞台設営だけである。
つづく
次回、最終回(予定)