サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
空港から脱出した一同は秋葉原についてなおもファンに追われることとなった。
何しろ街中でライブ映像が流れているだけでなく、ポスターが貼られ、挙句大きな垂れ幕まで作られているのである。悪いことは何もしていないにもかかわらず、指名手配犯のような状況に陥っていた。
「はぁっ! はぁっ!」
おまけにファンに紛れたターバンのガキが5MENの脚を尽く刺していったため、移動力も低下していた。
「ど、どうします?」
ひとまず路地裏に逃げ込んだ後、海未がおろおろと問いかける。元来が恥ずかしがりやな彼女である。今の状況に慣れるにはまだまだ時間がかかるのである。
「とにかく、ここから一番近いのが
本当ならサウザーの城などに行きたいところだが、少々距離があるため仕方ない。それに、間もなく穂むらは閉店時間でお客が押し寄せることもないはずだ。
「それにしても、どないしよか」
「とりあえず変装していくしかないわね」
「何しろニコたちは有名人なんですもの」
「……あなた達、楽しそうね」
マキが指摘する通り、状況に困惑する一、二年生組に対して卒業生三人衆は至って楽しそうだった。修羅の国でノリと勢いで購入したサングラスをぬしぃ…と装着している。
「この状況を打開せにゃね」
「ランランランナウェイするしかないわね」
「何しろニコたちは有名人なんですもの」
「何よその謎のノリは。ていうかそのサングラス似合ってないし」
「穂むらへの逃げ道はことりちゃんに任せるよ。この辺に一番詳しいし」
「うんっ」
穂乃果に言われ、ことりの灰色の脳みそが最も適切な逃走ルートを導きだす。一方で、心配事もあった。
「迷惑ではないか? こんな時間に、大勢で押しかけては」
レイが質問する。
時刻は夕方、間もなく夜と呼べる時間だ。そのような時間に女子高生9名プラス大男5名が家の中にいるのは邪魔以外の何物でもないはずだ。
「まぁ一時的な避難先で、すぐに解散すれば済む話だし。閉店の後すぐは店の片づけで居間には誰もいないから邪魔にもならないし」
「ならいいのだが……」
「そもそも、いくらなんでもこの人数収まるんですか?」
「詰めれば平気でしょ。とにかく、しゅっぱーつ!」
流石は秋葉原の伝説のメイド、ミナリンスキーさんである。彼女の示したルートは安全かつ人目につかない絶妙なもので、トラブルに見舞われることなく穂むらに到着した。
「ただいまー!」
「お帰り。みなさんもいらっしゃい!」
穂乃果母は事前に電話で連絡を受けたこともあって一同を快く受け入れた。
「狭い居間だけど……あら、5MENの皆さん怪我してない?」
「いつもの事だから気にしなくていいよ。それよりお茶~」
「自分で淹れなさい! お菓子は店の適当に持っていっていいから」
高坂家の居間はそこそこ広い方だがいくらなんでもサウザーの城やマキの家程ではないため、全員が入ると窮屈であった……が、収まりはした。
お茶を飲んでほっと一息つくと、穂乃果の妹、雪穂から今の状況の説明を受けた。
「ライブの評判が凄く良くて、色んなとこで取上げられてるよ」
彼女が見せるパソコンの画面。それは大手ネットニュースサイトで、μ'sと5MENのライブが『ラブライブのため命がけで歌い踊る戦士たちに賞賛の声!』と題しとり上げられている。
タイトルに色々突っ込みたいのはやまやまであるが、とにかく、あのライブが日本中で視聴され、注目を集めているのは確かなようだ。
「このライブの後、店にもお姉ちゃんのファンの人来てさ。売り上げも良くなったってお父さんもお母さんも喜んでたよ」
「えっ!? じゃあお小遣い上げてもらわなきゃ!」
「フハハ、小市民的発想だな?」
「うっさい」
そんな穂乃果にニコが、
「今回はサウザーの言う通りよ。人気アイドルなんだから、言動には注意しなさい」
「でも……」
「A‐RISEを見れば分かるでしょ? 人気アイドルたるもの、プライドを常に持って、優雅に……」
+イメージ+
輝くビーチ。
トロピカルジュースを傍らに、ビーチパラソルの下チェアに身体を横たえながら読書と洒落込む水着姿の矢澤ニコ。そこへ、彼女のファンたちがやってくる。
「ニコちゃん今日はバカンスですか!? 胸小さいですね」
「わぁ~、きれーい! でも胸小さいですね」
+イメージ終了+
「余計なお世話じゃ!」
「妄想の世界ぐらい自画自賛しいや」
「不憫な子……」
「そんなことより、他の問題があると思うのですが……」
「他の問題?」
一同が異口同音で問う。
「いえ、5MENにはあまり関係のないことだと思うのですけど――」
※
翌日。
「μ'sを続けてほしい?」
穂乃果、ことり、海未の三人は理事長室に呼び出され、そのような事を言われた。
μ'sが今年度いっぱいで解散すると言う話はメンバー以外に話してはいなかったが、音ノ木坂の関係者、そして5MENの(サウザー以外の)メンバーは何となく察してはいた。穂乃果たちも三年生が卒業するからにはμ'sは解散するとみんなも察していると思っていたのだ。
しかし、μ'sの人気は穂乃果たちの想像を遥かに超えるものとなった。
全国のファンからしてみれば、三年生だろうがなんだろうが九人とも等しく『μ's』のメンバーなのである。卒業するかどうかなど、あまり関係が無かった。
「ええ。今、スクールアイドルの中でμ'sと南斗DE5MENは絶大な人気を誇るわ。ドーム大会の実現のためには、どうしてもあなた達の力が必要だと、皆が思っているわ」
南斗DE5MENなぞはやめろと言われてもやめないであろうが、それだけではドーム大会の実現は困難だ。仮に実現したとしても『スクールアイドル』の定義が大きく変わることになるのは必至である。
「三年生の卒業で『スクールアイドル』であることが難しいのなら、別の形でも構いません。とにかく、この熱を冷めないようにするためにも、『μ's』の力が必要なの。分かってもらえないかしら」
「……少し、考えさせてください」
「てなことなんだけど」
所変わってサウザーの居城。理事長から受けた話を穂乃果はμ'sの面々と5MENに伝えた。
「うむ、やはり解散を考えていたか」
レイが腕を組んで唸る。
「はい。μ'sは、九人だからこそμ's。三年生が卒業したらそれで終わり、のつもりだったんだけど……」
「私は反対よ」
マキがきっぱりと反対する。
「ラブライブのおかげでここまで来られたのは事実だけど、そこまでする必要は感じられないわ」
しかし、絵里がさらにそれに反論して、
「でも、ドーム大会が実現すれば、スクールアイドルはもっと大きなものになる。わざわざ修羅の国にまで行ったのも、そもそもそのためよ」
「エリチはμ'sを続けたいん?」
「私は今度の修羅の国遠征で最後、解散するつもりでいたし、今だってその思いは変わらないわ。……でも、μ'sの存続の可否は、もう私たちだけの問題じゃない」
ここでμ'sが解散すれば、ドーム大会は実現できないかもしれない。それは、多くの人の思いを裏切ることにもつながるのではないか?
そう思わざるを得ない。
「何を躊躇うのだ? 勝手に続ければいいではないか」
場を混乱させるようにサウザーも口を挟む。
「約束とかそう決めたとか、どうでも良いし! 好きなだけ破ればよかろうが!」
「約束を守らないことに定評のある男が言うと重みが違うな」
約束を破られたシュウが皮肉交じりにいう。
「フハハハハ! 退かぬ、媚びぬ、省みぬ! これこそがスクールアイドル三原則なのだ」
「でもさ、μ'sを続けたら媚びてることになるんじゃない?」
穂乃果が首を傾げる。するとサウザーは、
「む!? じゃあ解散すればいいんじゃないかな?」
「黙ってろよ!」
解散か、それとも継続か。
ドーム大会は実現してほしいし、スクールアイドルももっともっと大きなものになって欲しい。これは紛れもない彼女たちの願いだ。だが、μ'sをここできっぱりと終わりにしたい、というのもまた紛れもない思いだ。
答えはまとまらない。
と、その時であった。
「話は聞かせてもらったわ」
部屋の入り口から女性の声が響く。
「何者だ!」
サウザーが誰何する。すると、名前を応える代わりに声の主が直接その姿を一同の前に露わにした。
「むぅ!? きさまは……サンライズの修羅ウワサ!」
「A-RISEの綺羅ツバサよ。本選以来ね」
「ツバサさん!?」
穂乃果たちは驚きと喜びのあまり一斉に席を立った。
綺羅ツバサ……ラブライブ本選で『第三の羅将』ハンと死闘の果てに死亡したはずである。
だが、一同の目の前にいるのは紛れもない本物、生きている綺羅ツバサその人であった。
「無事だったんですね!?」
「ええ。生死の境をさまよったけど、何とかね」
ツバサに続いて、A-RISEメンバーの英玲奈、あんじゅも姿を現す。
「ツバサはここしばらく、生きていることを隠してとある山の寺院で修業していたのだ」
「完全にフルハウスなスクールアイドルになるためにね」
「良く分かんないけど凄いですね!」
「ありがとう。ところで、μ's、解散するんですって?」
ツバサの質問に穂乃果は少し躊躇しながら「はい。まだ本決まりではないですけど……」と答えた。ツバサはそれを聞くと少し残念そうに、だが微笑んで、
「そう……解散なら寂しいわね。私達はこれからも活動を続けるつもりだったから……それで、解散するとして、最後にライブはしないの?」
「へ?」
ツバサの問いかけに穂乃果は間抜けな声で返事をする。
最後のライブ……ラストライブのことなぞ、考えてもみなかった。というより、修羅の国でのライブが彼女たちにとってのラストライブであったのだ。
「スクールアイドルとはいえファンを持つ歴としたアイドル。ましてμ'sはあなた達が思う以上に大きな存在になっているわ。解散するなら、正式に告知を出してラストライブを執り行うべきよ」
「な、なるほど」
「それに、あなた達が解散するにせよしないにせよ、近いうちにライブを……それも大規模なライブを執り行う必要があるわ」
ツバサがそう言うと同時、部屋の空気がにわかに変化した。具体的に言うなら、今までは純粋な『スクールアイドル』の話であったところに、世紀末特有の成分が流れ込んできた感覚だ。
「あの、それってどういうことですか……?」
「第一の羅将、カイオウには会ったわね?」
μ'sだけでなく、5MENもウンと頷く。
「そのカイオウが、近いうちにこの国へ襲来するわ」
「えぇー!?」
衝撃の知らせであった。
修羅の国の王たるあの男が、わざわざ海を越えてこの国へ……?
想像するのも恐ろしい話である。
「それは本当なのか?」
シュウがにわかに信じ難いと言った調子で訊く。ツバサは明確に頷き、
「間違いないわ。
「フハハハハ―ッ! いずれ修羅の国へ再び攻め込もうと思っていたが、まさか向うから来てくれるとはな!」
「笑いごとではないぞサウザー!」
レイが窘める。
カイオウの強さは南斗六聖拳をもってしても次元が違うものであった。このままでは、敗北を重ねるだけの結果となる。
「前回は敵地での戦いであったが、今度はホームでの戦いなのだ! この聖帝がホーム戦で負けるはずがなかろうが!」
「あの負けっぷりはホーム云々以前の問題のような気がするのですが……」
サウザーの慢心ぶりには呆れるばかりである。
するとそこへ、
「フフ……その無駄な自信――」
先ほどのツバサ同様に部屋の入り口の方から声が響いてきた。今度は男の声である。そして。
「うっ!? この良く分かんないけど濃厚な空気!」
入り口からもわわっと入りこんできたオーラに部屋の湿度が心なしか上昇したような気さえした。
このようなオーラを出せる漢なぞ、この世に一人しかいない。
「――経験はないけど知識は豊富な童貞にありがちと言わざるを得んな!?」
「羅将ハン!?」
「バカな、きさまは聖帝十字陵の地下牢獄で鎖につながれていたはず!?」
5MENは驚愕の声を上げるが、ハンは余裕の笑みすら浮かべて、
「フッ、童貞のつけた鎖を断ち切るなぞ造作もないこと。そもそも童貞でないと言う事は童貞と言う鎖を断ち切っていると言う事だからな」
「良く分かんないけど、帰ってくれないかなあの人……」
「穂乃果、あまりそう言う事を言っては……」
「ほう、例のμ'sではないか」
穂乃果たちを見ながらハンは堂々とマントを翻す。
「九人もの少女と向き合うと童貞なら取り乱すところだが、おれは童貞ではないのでなんら臆することなく紳士的に向き合えるのだ」
「そう……」
「ところでそこの聖なる童貞!」
ハンはサウザーの方を向いてズビシと指さしながら、
「いくら神聖であろうと童貞にカイオウを倒すことなど出来ぬわ!」
「フフハハ……負け犬がほざきおる」
「確かにサウザーちゃんは羅将ハンには勝ったけど、それとカイオウに勝てるかは別問題やん?」
「一度戦った相手だし、いくらでも対策は立てられると思うが?」
「そんなに器用じゃないやん」
「それより、ハン、あなたは何の目的でここに来たの?」
ツバサがギロリとハンを睨む。
「そう構えるでない……粟立ちの予感がおれをここまで運んだまでのこと!」
そう言いながらハンは空いている席にドカッと腰かけた。どこからともなくグラスを取り出し、優雅に揺らす。
「正直な話、カイオウのスクールアイドル滅殺には反対なのがおれなのだ」
「そうなんですか?」
穂乃果が意外だと声を上げる。てっきりカイオウに従う第三の羅将としてスクールアイドル狩りをするものだと思っていたからである。
「おれが望む世界は闘いに満ちた世界。スクールアイドルを根こそぎ滅ぼされては困るし、むしろどんどん振興してもらいたい所存なのだ」
「スクールアイドルの発展が闘いに満ちた世界につながるとは思えないけど、まぁ助かる話ね」
ハンの言葉に絵里も安心する。
しかし、とハンは続ける。
「とはいえおれはあくまで羅将の一人! カイオウと拳を交わすことは出来ぬ」
「そうなのですか?」
「それならせめて倒すまで行かずとも追い返す手くらいは教えてくれても良いではないか?」
レイが言うと、ハンは「もっともだ」とニヤリと笑いながらグラスの酒を飲み干した。
「童貞へ正しい知識を授けるのもまた紳士の務めと言えるからな!」
「一々そういう風に言わんといけんもんなん?」
「童貞がカイオウに打ち勝つ方法、それは」
希からの指摘をスルーし、ハンは立ち上がってもわっと言い放つ。
「まず童貞を卒業することだ!」
「よォーしお帰り頂こう!」
穂乃果の宣言でこの日はお開きとなった。
つづく