サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
衝動的に飛びだした後、ただひたすらに走った穂乃果であったが、雨が上がった頃には自分が完全に迷子になっていることに気が付いた。
「うわーん、どーしよー!」
彼女の後先考えない行動力は今まで数多くの奇跡の要因ともなってきたものであるが、今回は完全に悪い方向に働いている。
ここは修羅の国。何かあっても知り合いのモヒカンとかが助けてくれる場所ではないのだ。
雨に打たれて冷静になった彼女はもと来た道を辿ってみんなのいる場所へ帰ろうとした。
「あれ……?」
この街は、慣れない人間から見るとどこも似たような作りをしている。どの角で曲がったのか、どの通りをかけてきたのか……てんで分からない。
「と、とにかくホテルに戻ろう」
何かあった時はホテルで集合する手はずとなっている。ポケットには地図(絵里のこさえたちゃんとしたやつ)と道を尋ねる時の例文集が書かれた紙が入っている。
ところが、ポケットに手を突っ込んだ瞬間、滴るほどにウェットな感触が指先に触れた。嫌な予感がして慌てて取り出してみると、先ほどの雨でポケットにしみ込んだ水のせいでグチャグチャにぬれており、文字が完全に滲んで読めなくなっていた。
「オーマイガッて感じだねぇ……くしゅんっ」
傘もささずに走ってきたから雨が服にしみ込んで冷たい。それ程酷いものではなかったものの、このままでは風邪をひきそうである。
「そうだ携帯……! て、やっぱりつながるわけないか……修羅の国だもんね……」
とりあえず、彼女はもと来た道のあたりをつけて歩くことにした。大まかな方角さえ合っていれば大きな通りに出るだろう。そうすればどうにかなると思ったのだ。
一人ぼっちでの心細さから、自然と足は速くなる。
「はっはっはっ……んはぁっ!?」
早足で歩いている内に、不安と疲れのせいか足がもつれ、左足首を思い切り捻ってしまった。
「いてて……あーもう……はぁ」
自分の情けなさにため息が出てしまう。
明日をも知れぬ修羅の国で、こんなことで心が折れそうになるとは情けない……いや、むしろ一般的な女子高生として当然のメンタルか……。
「もう、世紀末ってなんなのさ……ん?」
そんな風に愚痴る彼女の耳に、何やらメロディめいたものが聞こえてきた。
初めは修羅がライブでもしているのかと思ったが、どうやら違うようである。世紀末にあるまじき、軽やかで明るい、それでいてしっとりとした……そんな歌だ。
穂乃果は歌声につられるように、捻った足を引っ張って声のする方へ歩いていく。
歌声の主はすぐに見つかった。
表通りから少し入った、劇場の脇で数人の修羅やボロを客に歌を唄う女性の姿が。長い髪にニット帽……。
穂乃果たちの若さがほとばしる曲とも、サウザーたちの鮮血がほとばしりそうな曲とも違う、大人の成熟した女性の歌。
穂乃果は思わず修羅やボロに混じってその歌に聞き入ってしまった。
やがて曲は終わり、その女性には大きな拍手が送られた。女性も拍手に応えて礼を言う。
「すごーい!」
穂乃果は感動のあまり、他の客が散った後も拍手を送っていた。そして、いつの間にか拍手しているのが自分だけになっていることに気付き、慌てて手を引っ込めた。その仕草が可笑しかったのか、女性はクスリと笑う。
「日本人? 迷子かな?」
「は、はい! 何でわかったんですか!?」
「だって、さっき『すごーい!』って言ってくれたじゃない」
「あっ、そっか」
「それに、そんなにびしょ濡れで……ほら、タオル貸してあげる」
女性はいろんな国で歌を唄って回る渡りのシンガーだった。修羅の国に来たのは二度目らしい。
「すごいですね! カッコいいです!」
「ありがと。そんな大した事してるわけじゃないんだけどね~。はい、タオル」
「ありがとうございます」
穂乃果はよく乾いたタオルと異郷で出会った言葉の通じる人の存在にほっと一息つくことが出来た。
「それにしても、なんで迷子に? 仲間とはぐれたの?」
「……それがですね……」
女性シンガーに訊かれて穂乃果はぽつぽつと事の成り行きを説明した。
普通に考えて、『ごく普通の女子高生と世紀末に生きる女子高生の狭間における葛藤』のような悩みは理解されることは無い。しかし、その女性シンガーは穂乃果の話をしっかりと理解してくれた様子だった。修羅の国に二度も来るような人物だし、分かる話なのだろう。
「まぁ、そう簡単には受け入れられないよね」
「ですよね!」
「でも、実際のところ、本心ではどうなの?」
本心では……まぁ、世紀末な感覚にはある程度……いや、かなり慣れている。何しろ穂乃果はにわか仕込みではあるがマキから教えてもらった秘孔術が扱えるのだ。秘孔術が扱える時点で世間一般的に普通の女子高生へはカテゴライズされない。
だが……穂乃果は女子高生でありたいのだ。
これは別に大人になりたくないとか、そういう意味ではない。あと少しもしない内に大人になるその前に、大好きな仲間たちと一緒にスクールアイドルとして活動していたいという気持ちの表れなのだ。
「まぁ、別に世紀末に馴染んだところで女子高生じゃなくなるわけでもないし友達と活動もできるんですけどね」
「そっか……私も似たようなことあったよ」
「えぇ……?」
「いや、世紀末がどうのの話ではないよ? なんていうか、仲間との感覚の違いと言うか、そういうの」
「はぇ~」
「昔は私も仲間たちと歌ってたからね」
シンガーは遠い目をしながら言った。
過去形と言う事は、今はもう共に歌ってはいないのだろう。その人の姿に、穂乃果は何となく未来の自分を重ねてしまった。
「色々あってね。あの時はどうして良いのか分からなくて、次に進むいい機会なのかなとか思ったりして」
穂乃果にとって仲間との別れ……μ'sが無くなるということは、すぐ目の前まで迫っている話であった。
「それで、どうしたんですか……?」
だから、気になった。
その女性がその時、いったいどうやって仲間と別れることへ踏ん切りをつけたのか。
「……自分にとって大切な物なにで、なにが好きで、何故歌ってきたのか。それを考えたら、答えは簡単だったな」
「はぁ……?」
「ま、そういうこと」
「分かるような分からないような……いややっぱり分かんない。どういうことですか?」
抽象的な回答に穂乃果は首を傾げるばかり。
しかし女性は意味ありげに微笑むだけで、穂乃果の問いには答えてくれない。
「今はそれでいいの」
「えー!?」
「すぐに分かるから――それより、道に迷ってるんじゃないの?」
「あっ」
言われて穂乃果は思い出す。
皆はホテルで待っているだろうか。だとしたら、かなり心配をかけているかもしれない。
「そうでした! あの、ホテル・オハラってところに泊まってるんですけど……」
「ああ、それなら地下鉄ですぐだよ。ついてきて」
女性シンガーは荷物を担ぐと穂乃果についてくるようジェスチャーした。
「は、はい!」
嬉しさで穂乃果は勢いよく返事をしながらついて行こうとする。だが。
「いてっ!?」
足を捻っていたことをすっかり忘れていた。左足首に激痛が走る。
「大丈夫? どうかしたの?」
「じ、実はここに来る途中で足捻っちゃって……」
「あれま。ほら、見せてみて」
女性は荷物をいったん置いて穂乃果に靴を脱がせた。そして、指を立てて患部の周りを数か所触れるように突く。すると、足首の痛みはみるみる引いていき、あっという間に全く問題なく歩けるようになっていた。
「すごーい! お姉さんも秘孔術が使えるんですね!?」
「昔知り合いに少し教えてもらったの。一人で旅してると何かと役に立つからね」
元気になった穂乃果は女性シンガーに連れられて皆の待つホテルへと歩きだした。
※
ホテル・オハラの正面玄関前。
「ひょえ~!」
「この写真の子を見ませんでしたか?」
μ'sと5MENは穂乃果がホテルに戻っていないことを知り、丁度捜索へ乗り出そうとしていた。手始めに、海未が入り口近くで捕まえた修羅に尋問しているところである。
「し、知らないアル! 誰アルか~!?」
「あるのかないのかはっきりしてください。この子を知っているのかと訊いているのです」
海未は修羅にぐいと穂乃果の写真を押し付けながら訊く。その迫力はもはや女子高生のそれではない。
修羅はたまらず近くにいたことりに助けを求めた。
「ち、ちょっと!? そこのお前も見て無いで助けるアル!」
「え?」
「なんで焼きゴテをスタンバイしてるアルか!? 本当に知らないアルよ!」
「どうやら本当に知らんみたいだぞ」
レイに言われ海未は修羅を解放。彼は「ないあるないあるないある~!」などとわめきながら夜の街に消えていった。
「ああ、穂乃果大丈夫でしょうか……」
「おれはお前とことりの方が心配だ。色々と」
「ん? あれは……」
すったもんだしているところ、凛が猫特有の夜目で遠くから迫りくる人影を見つけた。
「穂乃果ちゃんだにゃ!」
「え!?」
一同が目を向ける。そこには、大きく手を振りながらこちらに駆け寄る穂乃果の姿があった。
「みんな~!」
嬉しそうな笑顔を見せる穂乃果。無事な姿に一同はほっと胸をなでおろす。
中でも特に安心していたのは海未であった。無事な穂乃果の姿を見た彼女の胸には安堵や怒りなど様々な感情が入り乱れていた。
「何やってたんですかっ!」
だから、駆け寄る穂乃果にそう怒鳴ってしまう。それでも、顔には安堵による笑顔と涙が浮かんでいた。
「心配したんですよ……?」
「ごめんね……」
「ほんと、無事で良かったぁ」
ことりも海未程感情が迸ってはいなかったが、同じく安堵の涙は流している。
「それにしても、一人で帰ってこれて……本当に良かったです」
「うん。途中であった人にね、案内してもらったんだ」
穂乃果は振り向いて例の女性シンガーを紹介しようとした。
「あれ?」
しかし、そこにすでの女性の姿は無い。海未たちも、穂乃果一人の姿しか見えなかったと言っていた。
「おかしいなぁ」
「その手に持っているケースは?」
「うん? あっ」
手にしていたのはその女性シンガーのマイクスタンドのケース……穂乃果が案内してくれるお礼にでもなればと預かって運んでいた物だ。受け取らないまま去ってしまったらしい。
「それにしても、安心したらお腹が空いたわね」
ほうと息を吐きながら絵里が言った。
晩御飯の前のことであったから、一同何も食べていないのだ。仲間が行方不明という状況では常識的な人間なら食事も喉を通らないのだ。
「何食べに行こうか?」
希が一同に問いかける。すると、いつもはこう言ったとき控えめな花陽が「はい!」と挙手をした。
「ご飯が食べたいです!」
「だからこれから食べに行くんでしょ?」
「そうじゃなくて白米が食べたいの!」
花陽はここ数日白米を食べていない。当然である。ここ修羅の国はパンケーキやパンのような小麦系の美味しい食べ物は豊富にあるが、米に関しては付け合わせのサフランライスくらいしかないのだ。
「インディカ米も美味しいけど、やっぱり私はジャポニカ米がいいの! それに、修羅の国でも
「こだわりの人ね」
ニコが半ば呆れたように言う。
といっても、一同これといって押さえておきたい食べ物ももうないし、花陽の禁断症状を満たし明日のステージに備えるという手もありである。
「おれもカレーが食べたいぞ。土日はカレーの日だからな」
ついでにサウザーも要求する。
「日本の料理が食べられるお店なら白米もカレーもありそうだけど……マキ、どこか知らない?」
絵里が訊く。何となく知っていそうな気がするからだ。
そして絵里の勘は当たっていた。
「まぁ、知らないこともないけど」
※
ホテルから十分ほど歩いた場所にその店はあった。ネオンがてかてか光り、謎の日本語が筆書きされたプレートが飾られていたりと全体的に怪しい外見だが、中身はまっとうな日本料理店らしい。
その店内で茶碗に盛られた白米を供された花陽は嬉しそうに嘆息し、パクパクと食べ始めた。
「美味しそうに食べるね」
「今回の旅、花陽が一番楽しんでいるようですね」
「そもそも前々から修羅の国に行きたいと思ってた人が花陽ちゃんだけだからねぇ」
「修羅の国にはおれも前から目をつけておったわ」
カレーをパクパク食べながらサウザーが穂乃果らに話す。
「なにやらここでは拳王伝説なる伝説があるらしいから、それを聖帝伝説に塗り替えてやろうと思ってな?」
「別に勝手に塗り替えてもいいんだけどさ」
味噌汁を啜りながら穂乃果は、
「明日のステージちゃんとうまく行くかなぁ」
「私たちならきっと大丈夫だよ!」
「いやねことりちゃん、そういうんじゃなくて……ほら、ラブライブの本選みたいなことになりそうじゃん?」
修‐羅イズが一人、第三の羅将ハン。あの無駄に濃厚な男が乱入してきたことが思い出される。
ましてやここは修羅の国。修‐羅イズのお膝元である。いくら招待されたからと言って連中が介入してこないと言う保証はない。むしろしてくる可能性の方がずっと高い。
「『A-RISEのお膝元でライブ』とは次元が違うよ、次元が」
「フッ、向うから来てくれるのであれば、手間が省けると言う事だ」
「巻き込まれるこっちの身にもなってよ……」
「フハハハハ! 羅将だろうが何だろうが、南斗鳳凰拳の前には斃れ去るのみ!」
自信満々のサウザーであるが、どう考えてもフラグにしか思えず、穂乃果は頭が痛くなった。
つづく