サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
+前回のラブライブ!+
予選敗退するも敗者復活戦が開催されるとなって訓練に一層気合を入れる『見上げてGOLAN』。神に選ばれし自分たちが予選敗退など、あってはならないことなのだ。
だが、そんな彼らに忍び寄る濃い影が一つ。
「ほほう、神に選ばれし童貞とは……興味深い!」
「!?」
※
花陽と凛がまだ小学生だったころの、ある日の話である。
その日の朝、花陽は凛の服装に驚きの声を上げた。
「あ、凛ちゃんスカートだ!」
「えへへ」
凛の普段着は専らズボンであり、フォーマルな場面以外でスカートを履くことは無かった。花陽は前々から凛にはスカートが似合うと確信していたから、非常に嬉しかった。
「似合ってるよぉ」
「えへ、ありがと」
だが、そんなことなぞ微塵も理解しない通りがかった男子が凛をからかう。
「あー! 星空の奴スカートなんか履いてるぜー!」
「いつもズボンなのに~」
「悪くないんじゃねえのって気持ちだけど素直になれないからばーかばーか全然似合ってないって言っちゃうし!」
その男子たちはやんややんや言いながら走り去っていった。
「凛ちゃん……大丈夫?」
「いやいや、気にしてないよ」
心配げな花陽に凛は笑ってそう答えた。
しかし、この日以来彼女が再び私服でスカートを履くことは無かった。
「そんなことがあったのね」
マキが納得した風に答える。
「しかし、そんな昔の事をいつまでも引きずるものか?」
「分かっていないなシン」
シンの疑問に答えたのは意外や意外、ユダであった。
「何気ないからかいが一生の傷になることもあるのだ。言った人間にそれほど悪意がなかろうと、言われた方は忘れることは出来ないものだ」
「うむ……その通りかもしれんな、ウダ」
「行ってる傍からそれを言うな!」
「というか、マミヤを深く傷つけた分際でよくもそのような事が言えるな?」
レイにバッサリ言われてユダはぐぬぬと唸るばかりであった。
ただ、発言者の人間性はさておきユダの言は至極正しいものである。他人からすればなんてことは無いかもしれないが、凛の心には一種のトラウマを植え付けられているのだ。
今度の衣装は凛が着れば間違いなく似合う。それは誰しもが認めていることである。特に花陽の思いが強く、是非とも着てセンターに立ってほしいと願っている。
「なんとなくだけど、凛ちゃん、本当はあれを着てみたいって思ってるんじゃないかな。可愛い物好きだし、憧れも強いと思うの。でも、だからこそ素直になれないっていうか」
「凛ってば意外と不器用なのね」
ニコが呆れた様子で息を吐いた。
「フッ、ニコちゃんがそれ言うとか片腹痛いわね」
「どういう意味よ?」
「マキちゃんも人の事言えないけどね。……とにかく、今度のステージは凛ちゃんがセンターに立つべきだよ」
花陽の言葉に世辞はない。本気である。むしろ、彼女の欲望ですらある。
しかし、例え凛が心の底でどれだけ着てみたいと思っていたとしても、それを表面に出さない限り無理強いは出来ない。
と、ここで。
「お困りのようやん」
「そういう時はこのエリーチカに任せなさい」
生徒会の仕事を片付けた希と絵里がやって来た。絵里はすたすたと歩いてきて空いている席にスッと腰かけた。
「呼んでも無いのに来るとはサウザーか貴様らは」
「あらユダさん死にたいのかしら? それより、凛がセンターをやりたがらなくてどうしようもないみたいね?」
「そうなの。凛ちゃん、本当はやってみたいと思ってるんじゃないかって感じるんだけど……」
花陽の言葉をふんふんと聴きながら絵里はお茶うけのクッキーを齧る。
「花陽が言うのだから、まぁ間違いはないんでしょうね」
「間違いないかは知らないけど……」
「まぁまぁ。そんな花陽に応えるべく、とっておきの秘策があるのだけど」
「秘策?」
一同の問いに絵里は供された紅茶をぐいと一息に飲んでから答えた。
「その名も、『北風と太陽作戦』!」
「割と安直な策だな」
シンが言う。しかし絵里はそれを華麗にスル―チカする。
「北風と太陽のお話は知ってるわね?」
~北斗昔ばなし・北風と太陽~
むかしむかし あるところに 北風 と 太陽 がいました。
「風のヒューイ!」
「炎のシュレン!」
ふたりには 南斗最後の将のもとへ向かう
北風 が 太陽 に 言いました。
「どちらが拳王を足止めするか勝負をしようではないか!」
「うむ! このシュレン、ヒューイといえど手加減せぬ!」
やがて
最初に 飛び掛かるのは 北風です。
「拳王、覚悟!」
「ぬん!」
「ばわっ!」
しかし 北風は
太陽は 北風の死を 嘆きました。
「ヒューイ! お前の仇はこのシュレンがとるぞ!」
太陽は 全身に炎をまとうと
「我が五車炎情拳、受けてみよ!」
「ぬん!」
「ぼあっ!」
太陽もまた
北風より 善戦したっぽく見えましたが 五十歩百歩でした。
そんな二人を見て海は やっぱり 山 か 雲 を ぶつけるべきだったなぁ とおもいましたとさ。
おしまい
「この寓話に基づいてね」
「まってまって。おかしい、色々」
絵里の話した物語は花陽の知るものとちょっと違った。
だが、絵里的にそういうのは誤差の範囲らしく、「大丈夫、気にしないで」とほほ笑んだ。
「要は、あえて凛の要求を呑む形でセンターを花陽なりに任命するの。そうすれば、凛は逆にセンターをやりたくなるんじゃないかしら」
「なるほど、賢い策だな?」
「でしょでしょ?」
南斗の知を称するユダからも太鼓判を押された。
しかし、他の面々はこの賢い奇策に不思議と不安を覚えざるを得なかった。
※
翌日の放課後。
μ'sメンバーは練習場所である屋上に集合していた。そこで絵里は凛に質問する。
「凛、リーダーやりたくないってホント?」
「うん。凛には向いてないにゃ」
相変わらず凛はそう言って受け入れようとはしない。頑なである。
そんな彼女に、絵里は、
「あーじゃあしかたないわねー。凛が嫌って言うなら、花陽にでもセンターたのもうかしらー。しかたないなー」
(ド下手か)
絵里の腹芸のでき無さぶりに戦慄する希を他所に、絵里は棒読みを続けた。
「ざんねんだなー。でもしかたないわよねー。花陽、おねがいできるー?」
「えっ……? あ、う、うん」
絵里の作戦では、ここで凛が「やっぱりやる!」と言うはずである。
が、しかし。
「それがいいにゃ!」
「え」
絵里の提案に凛が大賛成した。
「流石絵里ちゃん! 賢い選択だにゃー」
「まままって? え? 凛、それでいいの?」
「良いも悪いもへちまも無いよ。あれをかよちんが着るのかぁ……想像しただけでワクワクする!」
うきうきした様子の凛。
絵里は諦めず、部室で花陽に件の衣装を試着させた。実際に来ている姿を見れば、凛の考えも変わるだろうという腹だ。
「かよちんめちゃんこ可愛いにゃー!」
「えっ……あ、そう。アリガト……」
駄目であった。
「さて、絵里ちゃん」
「はい」
「好きな死に方教えて」
「まってまってまってまって! 確かに作戦は失敗したわよ!? でも……まって!?」
練習が終わった後、凛以外のメンバーは再びユダ城へ集結していた。
「エリチ……二年半楽しかったで?」
「絵里、アンタのこと、忘れないから……!」
「香典は期待してね!」
「悪ノリすな! ていうか、私だけで死なないから! ユダさんも道連れだから!」
「ぶっ……なっ何を言う……!?」
突然死出の同行人としての役割を言い渡されたユダは口に含んでいた紅茶を噴きだしながら立ち上がって抗議した。しかし、レイとシンは、
「まぁ、絵里の案に太鼓判押したのは貴様だからな?」
「文句は言えまい」
「文句しかないわ!」
「じょ、冗談だよぉ」
事が大きくなりそうだったから花陽があたふたと取り繕う。希には花陽の目がかつての合宿カレー事件(第1部18話参照)以来のマジに見えたが、黙っておくことにした。
「絵里ちゃんごめんね、折角考えてくれたのに……」
「いやホントごめん。良く考えたら私、花陽と凛みたいな友人関係って経験したことないから良く分かって無かった」
絵里は深く溜息をついた。
「せやなぁ。ていうか、三年生組はみんなそんな感じやね……」
希も苦笑しながら絵里に同調した。ニコも、
「悔しいけどその通りね……って、希ってなんか友達多そうなイメージだけど?」
「えっ!? あっ、いや……まぁ、色々あるんよ」
「ふぅん。レイさんは? なにか、こう……いいアイデアとか」
「残念だが思いつかないな……」
「そっかぁ。レイさんにないなら残りの二人も無理ね」
「どういう意味だそれ」
「……ていうか、ここまで頑なってことは本当にセンターは嫌なんじゃないの?」
マキの指摘は一同が薄々感じ始めていたことであった。
凛が本当はあの衣装を着てセンターに立ってみたいと思っている、というのは思いこみで、これ以上は本人に迷惑な押し売り状態になるのではないか、と。
しかし、花陽は首を振る。
「ううん、凛ちゃんは絶対着たいと思ってる」
「根拠は何よ」
「私があの衣装を着た時ね」
花陽は衣装を姿見で確認しながら試着した。それを凛がすぐ後ろで見ながら可愛いとはしゃいでいたのだが……。
「あの時、凛ちゃんが一瞬……ほんの一瞬だけね、いつもと違う表情をしたの」
「どんな?」
「なんて言うのかな……嫉妬?」
「フン、あの娘にそのようなもの似合わんだろう」
シンが一蹴する。身も蓋もない言いぐさだが、確かに凛と嫉妬とは中々不釣合いなワードである。カラッとした明るい性格が彼女の魅力でもあるからなおさらである。
「シン、やはり貴様は分かっとらんなぁ?」
「なに?」
ユダがシンをあざ笑うかのように言う。
「女と嫉妬は切っても切れぬ関係にあるのだ。嫉妬をすればするほど人は美しくなる……もっとも、美の頂点にあるこのユダにとって嫉妬なぞ下等な感情でしかないがな……」
本当はレイに嫉妬しまくりという事実を除けば、なるほど、ユダの言も理解できる。
「そうね、凛も女の子だものね」
「だからと言って、何か有効な手があるの?」
髪をくるくるさせながらマキは言う。
凛の背中をどうやって押せばいいか。問題はそこである。
相談するとすれば、花陽と凛のような幼馴染関係にあって、こういう問題になれていそうな人だろう……。
「穂乃果ちゃんあたりに相談すればええんとちゃうの?」
「あ」
※
その頃沖縄は、台風は過ぎ去りつつあったものの未だ天気は悪く、東京便再開の目途も立っていない状態であった。
外にも出られずホテルに缶詰めな穂乃果たちはホテルが用意してくれた映画を見て気分を紛らわしていた。
「や~ん、良い映画だったなぁ~」
上映が終わって、ことりはうっとりしている。
「いや~、恋愛映画って分かんないね、難しくて」
「穂乃果ちゃんずっと寝てたじゃん……」
ロマンチックなシーンで胸がキュンキュンしていたことりは隣の席で爆睡する穂乃果を見て一瞬現実へ引き戻されたものだ。
「おかげで気分爽快だよ。海未ちゃんはどうだった?」
「なんですかあれは!」
「なんですかってなんですか?」
「好きですが好きですか的な?」
「違います!」
海未は顔を真っ赤にして叫んだ。
彼女が恥じているのはクライマックスのキスシーンである。
幾多の危機を乗り越え再開した二人が、駅の雑踏の中抱擁し、熱いキスを交わす……男女問わずに胸がキュンとなる名シーンである。だが、海未的には胸より顔が熱くなったようである。
「あれはね、海未ちゃん。キスよ」
「きっ……!?」
「キス……マウス・トゥ・マウス、口づけ、接吻」
「ぬふうううう!」
「ことりちゃん、あまり海未ちゃんをからかわないの」
ところで、このような状態に陥ったのは何も海未に限らない。
「見たかシュウ様……やつら、大衆の面前でキスをしたぞ!?」
「ああ、そうだな。よいシーンであったと思うが」
「バカなっ! あのような場所でチューするなど、どんな育ち方をしているんだ!?」
サウザーも海未同様、ラストシーンでただならぬ衝撃を受けていた。現代社会から隔絶されて育ったからその辺の箱入り娘以上に初心なのだ。
「まぁまぁサウザーちゃん」
そんな彼を穂乃果が慰める。
「この後、劇場版北斗の拳(1986年版)やるらしいから、それで口直ししよう?」
「やだ」
「は?」
「あの映画レイばかり目立ってむかつくんですけど?」
「めんどくさいなアンタ」
と、この時、穂乃果の携帯が着信を告げた。
『アタタタタタタタタタタ!』
「ん? ……あっ、花陽ちゃんだ」
「その着信音なんですか」
「もしもしー?」
電話に出ると、電話口の向こうに他に人がいる様子で、ザワザワチカチカ声が聞こえる。
『もしもし花陽です』
「知ってる」
『実は、相談があって』
花陽は語った。
凛が衣装を着てセンターをやるのは嫌だ、と言う事。
でも、本当はやってみたいと思っているんじゃないか、と思う事。
だとすれば、どうやって背中を押してあげればいいんだろう、という事。
「小泉は何だと言っているんだ?」
穂乃果はサウザーに簡単に事のあらましを説明した。
「ほう……」
サウザーはそれを聞いてニヤリと笑う。
「愚かなことだな。下郎らしい悩みだ」
悩みなぞない彼からすれば花陽の抱える問題はくだらないことなのだ。
「聖帝には制圧前進あるのみ! おれは蟻の反逆をも許さん。星空凛が嫌だと言うなら、良しというよう屈服させれば良いのだ!」
「バカかお前は」
シュウが呆れたように言う。電話の向こうの花陽も聴いていたようで、『はぁ……?』と困惑の声を上げている。
しかし、穂乃果は、
「うーん、でも、サウザーちゃんの言うのもありかもね」
『えっ!?』
「だって、凛ちゃんはリーダーをやってみたくて、花陽ちゃんはやって欲しいんでしょ?」
『いや、凛ちゃんのは私の思い込みかもしれないし』
「それでもいいよ。当たって砕けろ、遠慮なんてしないでさ。私なんて遠慮したことないもん、ことりちゃんにも、海未ちゃんにも」
『そういうもんかなぁ』
「そーそ」
花陽にはなかった考え方である。友人への遠慮……確かに、あったかもしれない。
でも、無理強いして関係が壊れてしまうのではないか。そう思ってしまう。
「心配いらないよ! バキバキの海未ちゃんが大丈夫なんだから。凛ちゃんだって分かってるって」
穂乃果はそう言うとにっこりと笑った。
※
当日。
敗者復活戦の会場で5MENの三人は出番を待っていた。
「クッ……ファルコ
いつものタンクトップに身を包み(本当はもっと違うものを用意したかったが時間と技術が無かった)、ステージ脇をウロウロする。
「デカい貴様がウロウロするだけでウザいのだからじっとしろ!」
シンがイライラしながら言う。どうやら緊張しているらしい。最年少らしく可愛いところもあるものだ。
「それにしても、凛は衣装を着ただろうか」
レイが椅子に座りながら呟く。
「うむ、まぁ、何とかなるのではないか?」
「はっきり言って気になるな」
「貴様ら!」
μ'sの心配をする二人にユダが吠える。
「おれ達はこの敗者復活戦にかかっているのだ! 何を呑気に!」
「そうは言うがなウダ」
「ユ・ダ・だ! いい加減くどいぞレイ!」
「ユダよ、こういっては何だが、読者は凛が衣装を着たか否か、トラウマを乗り越えたか否かの方が気になると思うのだが?」
「うるさい! そんなのDVDを見れば分かる話だろう!」
ユダはマントを翻しながらこぶしをグッと握りしめた。
「この復活戦はこのユダにとって単なる復活戦以上の価値を持つ……すなわち、ユダ・ノヴァの第一歩!」
「要はサウザーを見返したいのだろう」
「違う! もはやおれはその次元にない……見ているがいい、このユダの活躍を!」
「5MENの皆さん、おねがいしまーす」
果たして、敗者復活戦の結果、5MENは無事次への切符を手に入れた。
何とも奇妙なことに、この敗者復活戦は『見上げてGOLAN』などの有力チームがそろって棄権し、参加チームは南斗DE5MENを除けば『
しかし、当初の目的……つまり、サウザー不在での躍進による抜け駆け的行動は成功したと言える。
そう、ユダ・ノヴァの第一段階は果たされたのである。
これは、ユダにとって大きな一歩であった。
だが、ユダの良く分からないキャラクター性があだとなり、今後ユダ・ノヴァの第二段階が描かれることは無いのであった。
あと、凛はなんやかんやトラウマを乗り切ったのであった。
つづく
散々なエリチカだけど、そのぶん今後名誉挽回の機会あるので絵里ファンの方々ご安心ください。
ユダにはありません。