サウザー!~School Idol Project~   作:乾操

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第一部最終話 さらば聖帝よ! の巻

 

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「スクールアイドル辞める」

「みんな最低だよ」

 思わず口を突いて出たこれらの言葉。

「あーなんであんなこと言っちゃったんだろー!」

 休日の午前、穂乃果は自室のベッドの上でそんなことを叫んでいた。

 朝起きて、洗面をしてご飯を食べて、昨日の事を振り返った彼女は大いに後悔したのだ。

 昨日は衝撃の事実やらなんやらでテンションが上がってあんなことを言ってしまったが、一晩おいて冷静に考えてみると海未たちの言に何らおかしなことは無いのだ。むしろ、妙に盛り上がっていた自分が変人なのである。

 きっと、他のメンバーも初め聴かされたとき、穂乃果と同様な気分になったのだろう。一緒に廃校を阻止するためラブライブを目指してきた仲間なのに! ……と。だが、これまた穂乃果と同様、一晩経ってから冷静に考えてみな一様の結論に達したのだろう。

「まぁ、別にいいか。サウザーだし」

 昨日の穂乃果と他メンバーの温度差は時間の差であったのだ。『病人に聴かせる話ではない』という海未の優しさが裏目に出たのである。

 しかし、だからと言って全てスッキリ腑に落ちると言うわけでもなかった。

 

 

 翌々日、月曜日。

 いつもは海未、ことりと共に登校する穂乃果であったが、この日は一人きりでの登校だった。

 学校に着いて、顔を合わせても、なんだか話すのが気まずい。ただ一言、「この間はごめんね」と言えば済む話なのだが、仲が良い分、ちょっとした衝突が埋めきれない亀裂を生むのだ。

 結局この日は三人が一緒に話すことは一度も無く過ぎた。

 荷物をまとめ、帰りの支度をする。海未はさっさと弓道部へ行き、ことりもいつの間にか姿を消していた。

「…………」

「穂乃果!」

 黙々としたくする穂乃果にヒフミの三人が声を掛ける。

「今日、このあと暇?」

「……うん、まぁ……」

「じゃぁさ、久々でゲーセン行こうよ!」

 突然の誘いに穂乃果は困惑する。

 しかし、すぐに思いなおした。

 スクールアイドルは辞めると宣言してしまった手前、一人で部室に顔を出すことなぞ出来ない。なら、もう放課後なにかに気張る必要もない。好き勝手出来るのだ。

「……そうだね! 行こう行こう!」

 

 穂乃果がよく行くゲームセンターは学校から30分以上の距離にあり、はっきり言って遠いし店内は異常なまでに狭いが、往年のゲームが50円でプレイできるという格安さが魅力であった。

「よーしじゃぁまずは私が相手だ!」

 ヒデコが穂乃果の向かいに着き、それぞれお金を投入する。

『ジョインジョインジョインジャギィ』

 ゲームを始めながらも、穂乃果の思考は別の方向へ向いていた。

 本当に……本当にこれでいいのだろうか?

『デデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニー』

 今からでもみんなに謝って、μ'sとして活動するべきなのではないのだろうか?

『ヒャッハーペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッペシッ』

 サウザーが居なくなったのはぶっちゃけサウザー一人の責任であるし、それによって、スクールアイドルの本流に戻ることになるだろう。

『ヒャッハー ヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッ』

 ……それでも、一応、曲りなりにも、彼は仲間であったのだ。いくらサウザーだからと言って、それを黙って見送るのは筋違いではないのか?

『ヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒヒーッヒヒK.O. カテバイイ』

 しかし、考えてみればμ'sを抜けてしまった今、サウザーを見送ることすらできない。

『バトートゥーデッサイダデステニー ペシッヒャッハーバカメ ペシッホクトセンジュサツコイツハドウダァ』

 それは、昨日自分が訴えたことに矛盾するのではないか? 一番冷たいのは、実は自分ではないのか?

『FATAL K.O. マダマダヒヨッコダァ ウィーンジャギィ』

「だぁー、負けたー! やっぱ穂乃果強いわ……穂乃果?」

「えっ!? あっ、うん、そう!?」

「大丈夫?」

 はっと気が付くと筐体の向こうからヒデコが顔をのぞかせていた。画面では自分の選んだヘルメット助教授が誇らしげにヒデコのキャラを踏みつけている。

「なんか、ボーッとしてたみたい」

「ボーッとしながら圧勝するあたり穂乃果だよねぇ……」

「やっぱダンスの練習してただけあるね」

「関係なくない?」

「さあさあ、次は誰が相手かな~!」

「あっ、じゃあ私!」

 穂乃果の挑戦にヒデコと代わってフミカが対戦台に着く。

「本気出しちゃうゾ!」

『ジョインジョイントキィ』

 

 ゲームセンターを出るころには空は真っ赤に染まっていて、秋葉原まで戻って来たころにはいくらかの残滓を残すのみとなっていた。

 歩いていると、UTXのモニターにA-RISEの面々が映っているのが見えた。どうやらラブライブで見事優勝を成し遂げたらしく、観客たちは大いに盛り上がっていた。

『うぬら全員私達についてきてねー!』

 沸き上がる歓声。

(きっと、すごいアイドルになるんだろうなぁ)

 自分には関係ないけど。

 そんなことを思いながら、フラフラと歩き回る。

 そのうち、彼女は何の気なしに神田明神まで足を延ばしていた。たまに練習に使っていた、彼女にとっては思い出の場所である。

 そんな場所に、見知った顔があった。

「花陽ちゃん、凛ちゃん」

「穂乃果ちゃん」

 練習着姿の二人は穂乃果の姿を認めると少し気まずい様子でテコテコと駆け寄ってきた。

「こんな時間まで練習?」

「うん、もう丁度終わるところなんだけど」

「ニコちゃんのシゴキ厳しくてぶっ倒れそうだにゃー」

「ニコちゃんの?」

「そうよ」

 穂乃果が声のする方を見ると、そこにはいつの間にやらニコの姿があった。鞄を肩から下げていることから、これから帰宅するものと見える。

「絵里の判断でμ'sが活動休止になったの。だから私達三人だけで練習してんの」

「活動休止?」

「穂乃果ちゃんが居ないと、μ'sは解散したも同然だって」

 花陽の言葉は穂乃果の心に深く突き刺さった。

「ニコ達、『にこりんぱな』でスクールアイドル続けていくから」

「そうなんだ……でも、どうして?」

 花陽の話を聞けば、μ'sは事実上の解散状態のようだ。それでもなお、矢澤ニコという人はスクールアイドルを続けようとしているのだ。

「アイドルが好きだからよ」

「それだけ?」

「当たり前でしょ。アンタみたいにブレブレじゃないのよ」

「ブレブレ、かぁ……」

「そうよ。だからニコは、メンバーが抜けたってチームが解散したって活動をやめないから。アンタのなあなあな心構えとは違うのよ」

 そう言うと、ニコは踵を返して階段を降りていった。そんな彼女の背中を見送る穂乃果を、花陽と凛がちょいちょいとつつく。

「今度、私たちだけでライブやるの。穂乃果ちゃんには来てほしいってニコちゃんが」

「自分が始めたことなんだからケジメ付けろ! だって」

「ケジメ、か……うん、わかった! 行くね」

 

 花陽と凛と別れて、今度こそ家路につく。

 家の前まで帰って来ると、今度は絵里とばったり出くわした。

「絵里ちゃん」

「あら、穂乃果。おかえり」

「なんで絵里ちゃんが?」

「雪穂さんが家に遊びに来てたから、亜里沙と一緒に送ってきたの」

 絵里が言う通り、店先で亜里沙と雪穂が饅頭片手に話していた。

「これは、お饅頭」

「お……お・マンジュウ?」

「そーそー! お饅頭!」

「お……おま……お……ピロシキ!」

「あー、ダメかー」

「うはは、マトリョーシカ!」

 笑い合う二人を微笑まし気に眺めながら絵里は、

「雪穂さんのおかげで、亜里沙はだいぶ日本語が上達したわ」

「どこが?」

 

「はい、粗茶ですが」

「ありがとう……あっついチカー!」

 立ち話も何だということで、穂乃果は絵里を自室まで招き入れた。絵里と話したいこともあったのだ。

「ごめんね絵里ちゃん、この間はあんなこと言って」

「いいのよ。私たちも悪かったと思ってるわ」

 お茶をフーフーしながら慎重に口へ運ぶ。それでもまだ熱かったらしく、諦めてひとまずテーブルへ戻した。

「急に言われれば誰でもああなるわね。もう少し考えるべきだったわ。海未もことりも、そのことで引け目を感じてる」

 言いながら供されたほむまんにパクリとかぶりつく絵里。穂乃果は自分の湯呑に目を落としながら、

「冷静になってみれば、サウザーちゃんが退学になるのは当然の話だし、怒るような内容でもないんだってわかったの。だってサウザーちゃんだし」

「そうね。学校の怠慢が原因だからこそ、学校も気付き次第さっさと手を打たなきゃならないしね」

「でも……なんだかやっぱりスッとしなくて……なんでかな?」

「ふむ、分からなくも無いわ」

 二個目のほむまんに手を伸ばしながら絵里は頷く。

「ぶっちゃけると私サウザー嫌いなんだけどね」

「えっ、そうなの?」

「そうよ。出来れば死んでほしいくらい」

 衝撃発言に唖然とする穂乃果を差し置いて絵里はほむまんを頬張る。

「でもね、それとは別に、穂乃果と同じで釈然としない気持ちがあったのね。これでいいのかって。あんなクソバカヤロウでも一応はメンバーだったんだから」

「言いたい放題だね」

「で、その気持ちは何かしらって、考えたの。サウザーが居なくなるって考えたら、胸が苦しくなるこの感じ。それでね、分かったの」

 三つめのほむまんの包装を解きながら、絵里は言った。

「これ、ムカついてんのね。荒らしまわるだけ荒らしまわって、巻き込むだけ巻き込んだらさっさと出ていくアイツに。ケジメ付けてから()ねって思うの」

「ケジメかぁ。ニコちゃんも言ってたな。人づてに聞いた話だけど」

「穂乃果」

 ほむまんを食べ終えた絵里はまっすぐ穂乃果を見つめる。

「あのタコにケジメをつけさせる事が出来るのはあなただけよ」

「でも……」

「無論、無理強いはしないわ。でも、この間言ったこと……スクールアイドルを辞めるって言ったこと、後悔してるんでしょう?」

「……うん」

「第一、抜けるには退部届が必要よ。ニコはそんなの受け取って無いって言うし……海未もことりも、あなたを待ってるわ」

 絵里はそう言って微笑むとお茶を一息に飲んだ。

「……あっつい!」

 

 

 

 翌日。

 海未とことりはヒフミの三人から「穂乃果が講堂で待ってる」と言われ、なんだろうかと思いながら講堂へ赴いた。

 講堂に入ると、客席の照明は落とされており、ステージだけが、明かりを灯された状態であった。

 その明かりの下に、穂乃果の姿があった。

「ごめんね、急に呼び出したりして……」

「いえいえ」

「どうかしたの?」

 ことりが訊く。

「うん。この間の事、謝りたくて」

「ああ、あれは」

「そんな。あれは私たちも悪かったから……」

「……あのね、あの後冷静に考えて、海未ちゃんやことりちゃんが別に間違ったこと言ってないって分かったの。て言うか当然の判断だよね。常識的に考えて。でも、その後もずっと何かが引っかかってて、それで二人に全然謝れなかったの」

 『μ's´』は遡れば穂乃果、海未、ことり、サウザーの四人で始めた『チーム名称未定』が祖だ。そして、その『チーム名称未定』は、穂乃果とサウザーの思いつきに海未とことりを巻き込む形で始動したものだ。

 二人の思いつきがやがて大きくなり、マキ、花陽、凛、ニコ、絵里、希とどんどん人を巻き込んでいった。

 穂乃果とサウザーは、責任を取らなければならない。 

「サウザーちゃんは退学になって、『μ's´』はただの『μ's』になった。でも、その前に、サウザーちゃんは『μ's´』に対してちゃんとケジメをつけてほしいの」

 別にサウザーがこの学校を去ることもチームから抜けることもぶっちゃけどうでも良い。ただ、黙って抜けるのではなく、何らかの形で責任を果たしてから抜けてほしいのだ。

「サウザーちゃんに責任取らせるのは、同じ元凶の私じゃないとダメだと思うの。海未ちゃん、ことりちゃん。振り回しっぱなしで申し訳ないけど、サウザーちゃんに責任取らせるためにも、私を、高坂穂乃果をもう一度仲間に入れてください!」

 穂乃果は思いきり頭を下げた。

 彼女は至って真剣である。

 だが、穂乃果の言葉に対する返事は海未とことりの笑い声であった。

「えっ!? なんで笑うのさぁ!?」

「いえ、んふふ。別にそんなこと言わずとも、穂乃果は私達の仲間ですよ」

「無駄に真剣なハノケチェンかわいい」

「ひどーい!」

 ぷんすこ怒る穂乃果。海未とことりはひとしきり笑うと、逆に穂乃果に対して謝った。

「私たちこそ、一方的に打ったり」

「無理に追いこんだり……本当にごめんなさい」

「そんな……」

 穂乃果が否定しようとするが、海未がそれを先に制するように続けた。

「私達は穂乃果に愛想を尽かされても仕方ないと思ってさえいました。でも、そんなことは無かった。それだけで私達は十分です」

「責任とかそんなんじゃなくて、私達は純粋に穂乃果ちゃんとスクールアイドルやっていたいって思うな」

「海未ちゃん……ことりちゃん……」

 話すのが気まずかったというのが嘘のように、三人は楽し気に笑い合った。大きく見えた溝は、気付いてしまえば呆れるほどに小さなものだったのだ。

「でも、サウザーに責任を取らせたいというのは同意です」

「穂乃果ちゃんも、今までそれが原因で悩んでたんだよね?」

「うん。だから、二人にはそのためにちょっと手伝ってほしいんだ」

 穂乃果は海未とことりに考えてきたことを話した。黙って話を聞いていた二人は、穂乃果のお願いを快く受け入れてくれた。

「二人とも、本当にありがとう! じゃあ、私サウザーちゃん迎えに行ってくる!」

 そう言って講堂を飛びだした穂乃果はすっかりいつもの調子に戻っていた。そんな彼女を見送りながら、

「穂乃果ちゃん、サウザーちゃんの居場所知ってるのかなぁ?」

「さぁ……まぁ、穂乃果なら大丈夫でしょう。私達はみんなを集めるだけです」

「そうだね」

 

 

 講堂を飛びだした穂乃果。足取りは軽く、全速力で校門へと駆ける。

 しかし、そんな彼女に思いもよらない試練が待ち受けていた。

「き、牙一族だ!」

「牙一族の襲撃だー!」

 なんと、音ノ木坂学院に牙大王率いる軍団が攻めこんできたのである。

「こ、こんなときに!」

 あまりにものタイミングの悪さに歯ぎしりする。

 だが、彼女には心強い仲間たちがいた。

「ここは任せて」

「アンタはサウザーのとこへ行きなさい」

「マキちゃん! ニコちゃん!」

 北斗神拳の西木野マキと南斗水鳥拳の矢澤ニコの登場である。

「でも二人だけで平気なの……? 数は多いしなんか頭目が滅茶苦茶デカいけど……」

「当然デッショー!」

「バカサウザーに比べりゃ烏合の衆よ!」

 この二人がかつてこれほどまで頼もしく見えたことは無い。

 穂乃果は二人に礼を言うと牙一族に見つからないようダッシュで校門を抜けていった。牙大王はそれに気付くことなく、小生意気な娘二人に気が向いている。

「小娘二人が何になるかぁ~!」

「そっちこそさっさと巣に帰りなさいよ」

「アイドル舐めると痛い目に遭うわよ」

 言いながら二人はそれぞれ構えの姿勢を取った。

 学校を抜けだした穂乃果はひたすら走った。走りながら、

「そういえばサウザーちゃんが今どこにいるか知らない!」

と根本的なところに気付いた。

「なんて間抜けなんだろー!」

 一人慟哭する穂乃果。そんな声に答えるように、背後から「お~い」と呼ぶ声と馬のひづめのような音が迫ってきた。

「この声……希ちゃん!?」

 振り返ると、そこには茶アルパカに跨る希の勇姿があった。

「お待たせやん」

「お待たせって……このアルパカ、飼育小屋の?」

「せやで」

 希はアルパカから降りるとよしよしと首筋を撫でた。アルパカは「ヴェェエエェ~」とマキっぽい啼き声を上げる。

「サウザーちゃん探しとるんやろ?」

「う、うん」

「じゃあ、このアルパカに乗っていけばいいやん」

 アルパカの背には馬術部からかっぱらってきたであろう鐙が取りつけられている。しかし、小さな子供ならともかく高校生がアルパカなんぞに乗れるものなのだろうか。

 穂乃果の疑問を察してか、希は、

「このアルパカはただのアルパカじゃないんよ。穂乃果ちゃんくらい余裕で乗せることが出来る」

「ヴェヘァッ!」

 アルパカは鼻息荒く一啼きしてみせる。そして、首を巡らせてしきりに背中を鼻で指した。早く乗れと言っているらしい。

 穂乃果はさすがに躊躇したが、乗らないと唾液を噴きかけてきそうな勢いであったため、大人しく跨ることにした。

「よいしょ……で、この子が連れてってくれるの?」

「せやで。スピリチュアルに探知してくれるから」

「スピリチュアル万能だねぇ」

「ま、それはひとまず置いといて。穂乃果ちゃん、行ってらっしゃい」

 希の見送りを受けて、穂乃果はアルパカの腹を蹴る。アルパカは一つ「ヴェエエエ」と啼くと電光石火のスピードで駆けだした。

 

 

 

 

「下郎のみなさんお久しぶりです。サウザー、です!」

 サウザーが座する聖帝バイクは街の中をゆるゆると走っていた。学校から追い出されて暇であるから、シュウのところにでも遊びに行こうとしているのである。もちろんアポなしで。

「しかし、まさか退学になるとは。これからどうなさるので?」

「案ずるなブルよ。聖帝は常に前進あるのみ。既に新しいプロジェクトを考えておるわ」

 聖帝の目標は音ノ木坂の校庭に(勝手に)築いた聖帝十字陵を護ることであった。廃校をまぬがれ、取り壊される心配が無くなった今、次なるステップへ進むべき時なのだ。

「しかし、聖帝様は以来元気がございませんな」

 ブルに聖帝軍兵士の一人が囁く。

「うむ。失われし青春を取り戻されようとしていたのを邪魔されたのはさすがに哀しいのであろう。おいたわしや……」

「なるほど……む?」

 ここで、兵士の一人が前方から土煙を上げて駆けてくる物体に気付いた。

「なんだ!」

「レジスタンスどもの襲撃かぁ~!?」

「まさか、拳王軍の攻撃か!?」

 親衛隊の兵士たちが色めく。しかし、すぐにそれがレジスタンスや拳王軍の類でないことに気付き、警戒を解いた。

「あれは、高坂嬢ではございませぬか?」

「ぬ?」

 穂乃果は聖帝軍の前まで来ると「どうどう」とアルパカを止めた。

「久しぶりだな高坂穂乃果よ」

 サウザーはバイクの玉座から掛け声と共に飛び降り、アルパカに乗る穂乃果の前へ降り立った。

「聖帝軍に加わりたくば、子供を一人はさらってくるのだな」

「いや別に加わりたくなんかないし。それより、サウザーちゃん!」

 穂乃果もアルパカからよっこいしょと降り、聖帝軍と向き合うように立った。

「μ's´が解散して『μ's』に戻ることになったんだけどね」

「ほう。フフ、このおれ無くして『´』を名乗ることは出来ぬからな」

「うん、まぁ。それでなんだけど、これから『μ's´』のラストライブをやるの。サウザーちゃんも参加してね。ていうか参加しろ」

「しかし、サウザー様は学校を追い出されておりますぞ?」

 ブルが訊く。常識ある大人として当然の質問だ。

「関係ないよ! サウザーちゃんはオトノキの生徒ではなかったけど、μ's´の元凶の一人で、メンバーの一人なんだから、辞めるならケジメ付けないと!」

「フッ、ケジメだと?」

 穂乃果の言葉をサウザーは一笑する。

「この聖帝にそのようなもの必要ないのだ! 我がモットー、それは『退かぬ 媚びぬ 省みぬ』! 過去へのケジメなど、聖帝三原則に反することだ! フハハハハ!」

「サウザーちゃんの信念なんて知らないよ。第一、学校追い出されて素直に従うとか、それこそ三原則に反してんじゃん」

「ぬっく!」

 言われてみればそうである。

「帝王に逃走は無いんでしょ! ラストライブ出ろー!」

「ぬぅ、ほざくな下郎! 何にせよ、俺はこれからシュウ様ん家に遊びに行くんだからそのような暇はない!」

「どうせアポなしの襲撃なんでしょ! ライブ出なさいってば!」

「くどい! ブル、出発するぞ!」

 サウザーは穂乃果に背を向けると再びバイクの玉座へ戻ろうとした。

 何だかんだ言ってサウザーである。穂乃果が実力行使でどうにかできる相手ではない。

 しかし、穂乃果は天に愛された少女である。

 そして、この時も運は彼女に味方した!

「あっ!」

「む? ぬっふ!?」

 どこからともなく現れたターバンのガキがサウザーの脚を刺突したのである!

「んふっ……! ターバンのガキめ、このおれの行進を阻もうと言うのか!」

 毎度のことながらピンポイントで急所を突く強力な一撃。サウザーは思わず膝をつきそうになる。

「だが……俺は聖帝サウザー! 南斗六星の帝王! 退かぬ! 媚びぬ省みぬ!」

 シュウからしてみればいい迷惑だが、彼はシュウのところへ行くと決めているのである。一度決めた以上、省みないのが聖帝流だ。

「帝王に逃走は無いのだ! テァ―ッ!」

 脚に走る激痛を圧してサウザーは玉座へ跳躍しようとする。だが。

「鳳凰すでに翔ばず!」

 穂乃果が脚の刺されたところをピンポイントで蹴り飛ばした。

「ぬっふぅぅぅぅ!?」

 いくら聖帝でもたまらない激痛が駆け抜ける。翼をもがれた鳳凰は地に伏した。

「き、貴様……有情の欠片もない攻撃を……」

 サウザーはどういう理屈か足のケガなのに口から血を吐いた。

「高坂穂乃果よ、なぜ貴様はここまでおれにラストライブさせることに拘る……」

 彼の問いに答えるべく、穂乃果は倒れる彼の傍に寄り、語りかける。

「何度も言うけど、μ's´が新しく生まれ変わるためのケジメが必要だから。これは私達の問題でもあるし、サウザーちゃん自身の問題でもあるんだよ」

「おれ……自身の……?」

「μ's´のリーダーとして作ったたくさんの思い出。その最後を華々しく飾ってこそ、新しい一歩を踏み出せるんじゃないかな」

「思い出……」

 その瞬間、省みることを知らない彼の脳裏に、スクールアイドルとしての輝かしい思い出が駆け巡った!

 

 初めてのライブの快感……。

 ナイフで刺された痛み……。

 配下がどんどん増えていく喜び……。

 ナイフで刺された痛み……。

 下郎たちの歓声、応援……。

 ナイフで刺された痛み←今ここ。

 

「フッ……聖帝ともあろうこのおれが、未練を感じてしまうとは……」

 サウザーは思った。

 μ's´を去るならば、最後は華々しく飾りたい。もう一度、あのステージで高笑いがしたい……。

 そんなサウザーの様子を見守っていた聖帝軍兵士たちが気付く。

「おお、聖帝様の顔を見ろ!」

「顔から険がとれて子供のように……いや、それどころか」

「アヒル口を……アヒル口をしていらっしゃる!」

「見ろ、高坂穂乃果を!」

「おぉ、この状況でのアヒル口に明らかな苛立ちを覚えている!」

 サウザーはターバンのガキに刺された場所にキズバンをぺたりと貼り付けると「フハハハハー!」と高笑いしながら立ち上がった。

「これで傷は万事オッケー!」

「サウザーちゃん!」

「いざ征かん音ノ木坂! 聖帝の威光を知らしめるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって音ノ木坂学院講堂。

 ステージの脇で、μ's´のメンバーが穂乃果とサウザーの到着を待っていた。

「うぅ、緊張する……」

 花陽は身を震わす。ライブ前は何度経験しても緊張するものだ。

「凛たち制服のままだよ!?」

「スクールアイドルらしくていいんじゃないの?」

 困惑する凛にマキが気軽そうに言った。

「そうかもだけど……ていうかなんでマキちゃんとニコちゃん体操服なの?」

「しょうがないじゃない。制服が返り血でグチャグチャなんだから」

「それより、もうすぐ開演やで」

 希が時計を見ながら言う。ただでさえ時間がやや押しているのだ。これ以上は観客も待てないだろう。

「ちょっと、『にこりんぱな』のステージをわざわざ変更してあげたのに、来ないなんてことは無いでしょうね?」

 ニコが訴える。だが、海未とことりは至って平然としていた。

「大丈夫です」

「穂乃果ちゃんはちゃんと来るよ」

 それは、絶対的な信頼。

 信頼への返答はど派手に行われた。

「ユメノトビラバーン!」

 外へつながる通用口が吹き飛ばされたのである。外から差し込む光。それを背に、一人の男と少女が立っていた。

「フハハハハ!」

「おまたせ!」

 サウザーと穂乃果である。バイクを全速力で飛ばしてきたようだ。

「あなた、また扉壊して!」

「まぁ怒るな絢瀬絵里よ。来てやったんだから喜んではどうだ? ん?」

「相変わらずムカつくわね。でも、間に合ったことは褒めてやるわ」

「穂乃果、来たばかりですが歌と踊りの方は大丈夫ですか?」

「分かってるよ。どっちにしろ、踊りに関しては打ち合わせ意味ないし」

 歌う曲はもう決まっている。ファーストライブで歌った、このチームの始まりの曲だ。

 ラストライブには、相応しすぎると言っても過言ではない。

 一同はステージへ並んだ。

 幕は上がり、一同の目に飛び込んでくるのは、煌びやかなサイリウムの光と、振り回される聖帝軍の旗。

 音ノ木坂の生徒と、聖帝軍のモヒカンが一体となり、μ's´最後のライブへボルテージを高めている。 

 サウザーは一歩前へ歩み出て、高らかに宣言した。

 

 

「――客はすべて、下郎!」

 

 

 

 

 

 

聖帝伝説 第一部

「聖帝は今の中で天翔十字鳳編」 

完 

 

 

 




というわけで第一部完です。お疲れ様でした。
『第一部完』というので読者の皆様は察しておいででしょうが、第二部やります。
 TVA版北斗ならOPが愛をとりもどせ!からTough Boyに変わる感じです。
 音ノ木坂からサウザー追い出されたのに続くの? と疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、続きます。物語の舞台はアニメ二期です。
 二部開始は未定ですが、そんな遠くない内に始まります。ていうか早ければ明日明後日に始まります。どうぞ期待せずお待ちください。
 あと、全然関係ないですけどサンシャインの「キラキラと輝くスクールアイドルになりたい!」でなんか元斗皇拳思い出しちゃった自分はもうだめだなと思いました。キラキラ輝くってそういうことじゃないって言うね。何言ってんのかね。


おわり
 

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