サウザー!~School Idol Project~   作:乾操

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20話 聖帝と最高のライブ の巻

 学園祭当日。

「……か……ほーのか! もう朝よ!」

「う………?」

 カーテンの隙間からこぼれる光と母の呼ぶが穂乃果に朝だということを知らせた。

「今日は学園祭で、はやく起きるって言ってたでしょ!」

 部屋の外から聞こえる声に、穂乃果は今日が何の日かを思い出した。学園祭、ライブ……。今日この日のためにたくさん練習してきたのだ。

 彼女は学校へ行く準備のため、ベッドから這い出した。

「う……あ……?」

 しかし、立ち上がってみると、なんだか体全体がけだるく、視界が揺らめくように感じられた。そして、数歩歩くとバランスを崩し、床に座りこんでしまった。

「あ、あれ……」

 だるい、視界がぼやける、寒気もする……頭が痛い……喉も……。

「そんな……」

 声が掠れる。関節も痛む。これでは、ライブなんて……。

 穂乃果は、途方に暮れた。

 

 

 空は雨模様だったが学園祭は盛況で、校内はお祭りムードに染まっていた。

 しかし、部室で準備を進めていたμ's´の面々は一名を除き皆すぐれない表情をしている。ライブは校庭にある聖帝十字陵で行うのだ。雨が降っていては、パフォーマンスにも影響が出てくる。

「幸い、お客さんは校舎の窓から観覧できるけど、それでも外に出れない分減るでしょうね」

 絵里が冷静に賢く分析する。

「サウザー、あなた雨の一つくらい止ますことできないの?」

「雹なら降らせられるが?」

「毛ほども役に立たないわね。どうしたものかしら」

 むーんと絵里は悩む。しかし、売店で買ったフランクフルトを掲げながらサウザーは、

「このおれが歌い踊れば下郎はおのずと外に出てくるであろう。全ての下郎は将星の下に集うのだ!」

 はいはいと相槌を打つ一同。

 それにしても、心配なのはお客が集まるかどうか以前に、未だ穂乃果が来ていないということであった。いつもの寝坊なのか、それとも彼女の身に何か起きたのか……海未とことりは不安げに顔を見合わせる。

 と、その時。

 入り口の戸が開かれ、穂乃果が姿を現した。

「えへへ、おまたせ」

「遅いわよ穂乃果」

 ニコがムスッとして言う。

「ゴメンゴメン、寝坊しちゃって」

 そう言いながら笑う穂乃果は一見いつも通りに見えた。しかし、幼馴染の海未とことりは妙な違和感を感じずにはいられなかった。

「穂乃果ちゃん……」

「本当に大丈夫なのですか?」

「えっ!? な、何が?」

 ドキッとした様子で答える。やはり様子が変だが、具体的にどこがおかしいかはやはり指摘できない。

 すると、サウザーが、

「さてはアレだな? 本番を前にして緊張しているのだな?」

「えっ……そ、そう! 緊張しちゃって、参っちゃうよね。あはは」

「フッ、情けないものだな! このおれは微塵も緊張なぞしておらぬわ!」

「鈍いだけでしょ」

 マキがボソッと呟く。

「なんにせよ、間に合ってよかったやん」

「その通りね。さ、これに着替えて。もうすぐ本番よ」

 穂乃果は絵里から今回の衣装を受け取ると一つ頷いて更衣室へと向かった。

 

 更衣室に入り、穂乃果は息を吐いて座りこむ。鏡に映る自分の顔は酷く青ざめて見えた。

「マキちゃんに教えてもらったのを試してみたけど……」

 マキに教えてもらったもの……それは、身体を活性化させる秘孔のことである。

 北斗神拳は秘孔に気を流すことで血流を操り、内部より破裂させることを得意とする暗殺拳である。しかし、死と生は表裏一体、秘孔の知識は使い方によっては医療などにも応用できる。

 マキに教えてもらったのはそんな秘孔の一つであった。医療に用いられる秘孔は強力な気を用いる暗殺拳と違い優しく突くことで効果を発するため、鍛えていなくともある程度なら効果を発揮することが出来るのである。

 とは言え、所詮穂乃果は素人な上人から聞いたモノの見まねである。確実な効果は出ていなかった。

 しかし、それでも彼女はそれに頼らざるを得なかった。

 今度のライブは、ラブライブ出場もかかったもの。無理が祟って身体を壊しました、では済まないのだ。

 このライブは落とせない。これさえ乗り越えれば、次に向けて体調を整える余裕も出てくる。

 大丈夫、出来る。今までだってそうやってうまくやって来れた……!

「頑張って、私の身体!」

 立ち上がり、着替えを終えた彼女は再び自らの秘孔を優しく突いた。

 

 ※

 

 雨はいよいよ激しさを増した。十字陵の下腹部に設営された簡易ステージには屋根もあったが、雨はそれを乗り越えるようにしてステージにも降り注いだ。

 校舎の窓には観客たちが所狭しと詰めかけ、ライブの開演を今か今かと待ち続けている。

「亜里沙、こっちこっち!」

「ミンスク!」

 その観客の中には穂乃果の妹である雪穂と絵里の妹である亜里沙の姿もあった。姉の勇士を見るべく学園祭に訪れていたのだ。

「モスクワ?」

「うん、丁度今始まるとこ」

「クルスク~……」

 亜里沙はホッとした様子で息をついた。彼女にとってμ's´は憧れであり、そのライブを見逃したとなっては大変なことなのだ。

「それにしても、お姉ちゃん大丈夫かな」

「バルチースク?」

「いやね、なんかお姉ちゃん、朝の様子が変だったから……」

 穂乃果本人には照れくさくて言えなかったが、雪穂は今日のライブを楽しみにしていた。しかし、朝に見た姉はいつものように溌剌としておらず、どこかけだるげに見えたのだ。単なる寝起きにも見えたが、どうも気になっていた。

「ダリネレチェンスク」

「うん、そうだといいんだけど……」

 

 妹の心配など露知らず、ステージ奥のしきりの隙間から外の様子を眺めた穂乃果は雨にもかかわらず観客が多く詰めかけていることに感動していた。

「すごいよ! お客さん一杯!」

「相変わらず女装した聖帝軍が紛れ込んでますけどね」

「女装する意味あるのかなぁ……?」

 だが、聖帝軍兵士より一般の観客の方が多く見えた。ファーストライブではモヒカン一色だった観客が、今ではごく普通のさまざまな人で埋まって……。

「ううっ、まともな観客が多く占めるのって素晴らしいですね……!」

「海未ちゃんそこで感動するのォ!?」

「色々壮絶だにゃ!」

「いつまで話してるのよ。もうすぐ開演よ」

 髪の毛をくるくるしながら言うマキ……どうやら緊張しているらしく、いつもに増してくるくるしている。そんな彼女に一同は「はーい!」と元気に返事をした。

 

 開演の時間となり、ステージに姿を現すμ's´。観客はそれを大歓声で迎えた。

 そしていつものように、サウザーが一歩前に進み出て、ダブルピースしながら諸手挙げて宣言する。

「客は全て——下郎!」

 サウザーの宣言に天は震え、雲間から閃光が数条轟音と共にほとばしった。観客たちのボルテージは上がりまくり、校舎の中の湿度はぐんぐん上がっていった。

「フハハハハ! 天もμ's´のライブのに震えておるわ!」

 下郎たちも興奮しっぱなしだ。

 最初はサウザーが勝手にやり始めたこの下郎宣言だがいつの間にかライブの始まりを告げる恒例行事と化していた。サウザー以外のメンバー(特にニコ)は「アイドルが客を下郎呼ばわりってどうよ」と思っていたが、実際にはお客はそれで喜んでいるし、最近はこういうスタイルもアリか、と思うようになっていた。

「皆さんこんにちわ……サウザー、です! フハハハハ!」

「イィィヤッホォォォウ!」

「ヒャッハァァァァァアア!」

「今日は下郎の皆様のために新曲を引っ提げてまいりました。我が下僕の西木野マキと園田海未に作らせたものです」

 マキと海未にじろりと睨まれるが、聖帝はそのようなこと気にしない。

「それでは、聞いてください。μ's´で、『それが大事』」

「違うってぇの!」

 またも勝手に歌おうとしてきたため、穂乃果が前に割りこんで曲紹介をする。

「聞いてください! 『No brand girls』です!」

「略して『ノーブラ』だな。フハハハハ!」

「サウザーちゃん黙るゥ!」

 穂乃果の叱責と同時、曲のイントロが流れてきた。

 力強いギターソロが特徴の曲である。このイントロを聞いた者は思わず「Oh Yeah!」な気分になること請け合いである。

 力強く激しい曲。そうなれば、歌唱にも体力を使うし、踊りだって激しくなる。

 サウザーの相手をしたこともあって始まる前から穂乃果の気力は大きく消費されていた。いつもならなんてことないものだが、だましだまし動いている今の身体には大きな負担だったのだ。

 身体が註に浮かんでいるような錯覚にとらわれる。スピーカーから響く曲が、皆の歌う声が、何重にもなって頭の中を駆け回る。それでも踊り続けて歌い続けるのは練習の賜だろう。曲の中盤になると立っているという感覚すら危うくなってきた。

(し、視界がぼやける……)

 焦点も会わなくなってきたらしい。

(くっ……ぼやけて……サウザーちゃんが三人に見える……)

「サウザーちゃん分身してるにゃ!」

「フハハ! これぞ北斗無双版天翔十字鳳よ!」

(ホントに増えてるんかい……)

 しかし、増えているのはサウザーだけではなかった。他のメンバーも、穂乃果の目には幾人にも見える。

(まだ……ライブが終わるまで……倒れるわけには……)

 自分の身体に必死に願う。ライブさえ終われば……これさえ乗り切ることが出来れば……。

 だが、神は非情で身体は正直であった。

 『No brand girls』が終わった瞬間、彼女の視界は暗転した。

 

「あっ!?」

「穂乃果!?」

 曲が終わると同時、穂乃果が身体を前後に大きく揺らしてそのまま倒れこんだ。突然の事態に観客たちは騒然となる。

「穂乃果ちゃん! ……す、すごい熱!」

 駆け寄ったことりが声を震わせる。

「穂乃果ちゃんしっかりして! 穂乃果ちゃーん!」

「すみません、メンバーにアクシデントが発生しました! もうしばらくお待ちください!」

 絵里がマイクを掴んで観客に呼びかける。呼びかけてから、ニコと希に問う。

「……どうする?」

「もちろん続けたいわ」

「でも、穂乃果ちゃんは無理そうやね」

「センターボーカルなしで続ける自信は?」

「あるわよ……あるけど、この状況で続けるのは、得策じゃないわね」

 観客たちは一様に不安げな表情をしていた。中には今日はもう無理そうだと窓際を離れる人もチラチラといる。それに、メンバーが倒れるという事態だ。このまま続けたら学校からどのような処分を受けるか分からない。下手をすれば部は解散となるだろう。

「……これまでね」

 ニコが呟く。絵里はそれを唇を噛んで聞いた。

 雨は、止まない。

 

 

 

 

 

 翌々日、学校が終わると同時にメンバーは穂乃果の実家である『穂むら』へ赴いた。

 その場でまずしたのは、穂乃果の保護者への謝罪である。

「申し訳ありませんでした……!」

 三年生三人が頭を下げる。先輩禁止をして対等のメンバーとなったとは言え、上級生には下級生への責任があることに変わりはないのだ。

 しかし、穂乃果の母は何てことない様子で、

「いいのよ別に! どうせあの子が一人で無理したんでしょ? 怠け者の癖に無理だけはする子だから……」

「でも……」

「気にしないで! それより、良かったらあの子に一つ説教してやってあげて。今朝から熱も下がって、元気持て余してるみたいだから」

 

 穂乃果の部屋へは三年生と二年生が上がることとなった。最初は病み上がりにサウザーは強烈すぎるという理由で一年生と外で待つ予定だったが、なんやかんやで押し通された。

「あ、いらっしゃい!」

 部屋に入ってみると、穂乃果はベッドで上半身を起こしながらプリンを食べていた。空カップが二つあることから見て、食欲は旺盛なようだ。

「穂乃果、身体は大丈夫なのですか?」

「うん。あと二、三日休んだら学校行っていいって」

 倒れた穂乃果はマキの家の病院へと運び込まれた。そこで穂乃果がにわか仕込みの秘孔術を用いたことが発覚し、マキの父である院長先生からお叱りとしっかり休みを取るよう言われたのだ。

「身体に無理をさせ過ぎたんだって」

「フハハ。愚かな奴よ」

「うーむ、今回ばかりは返す言葉もないね」

 照れるように笑う穂乃果。一つ笑ってから、シュンとした表情になる。

「今回はごめんね、私のせいで……」

「別に穂乃果のせいじゃないわよ」

 絵里が笑いながら言う。ニコも続けて、

「そーそー。それを言うなら、部長である私の管理不行き届きでもあるし……」

「……そういえばニコちゃんは三年生でアイ研の部長だったね」

「おっ、病み上がりの分際でケンカ売るとか上等じゃない?」

「はいはいニコッチ構えない」

「痛いところを突かれたな矢澤ニコよ。フハハハハー!」

「サウザーも病み上がりのそばで爆笑しないでください」

 まったく、と言わんばかりにため息を吐く海未。ことりも、

「なんか騒がしくなっちゃったね、やっぱり」

と穂乃果の背中をさすった。

「まぁ、そのほうがらしいよ。わざわざありがと」

 礼を言ってから、穂乃果は「で、ライブの埋め合わせったらなんだけどさ」と話しを切りだした。

「今回はこんなんなっちゃったけど、休み明けたらちょっとしたミニライブやろうよ。せっかくラブライブ出場枠決定まで少しあるし!」

「穂乃果……」

「ああ、大丈夫! 今度は無理しないよ!」

「そうじゃなくてね……」

 歯切れが悪そうな絵里に穂乃果は首を傾げた。

「なに? どうかしたの?」

「……ラブライブなんだけど……」

 

 穂乃果の見るスクールアイドルのサイト。そこのランキングに、ついこの間まであった名前が無くなっていた。

「理事長に言われたの。あなた達のやりたいことは、こういうことだったのかって……」

 ラブライブの棄権……事態を受けてメンバーで話し合った結果導きだされた答えは、それであった。

 誰かが無理をして、それに気付くことが出来なかったという事実は、ラブライブへのエントリーをやめるに十分すぎるものであった。

「要はグループとして未熟だったのね。まぁ、前々からお世辞にもまとまりがあるとは言えなかったけど」

「そんな……」

 穂乃果は顔を伏せる。

 悔しい、悲しい、もったいない……様々な感情が入り乱れる。その中でひときわ大きかったのが『申し訳ない』という気持ちであった。

 そして、それらが交わった思いはメンバーが部屋を後にした後、涙となって穂乃果の顔を濡らした。

 

 

 ※

 

 

 部屋で落ち込んでいた穂乃果だったが、良いこともあった。

 それは、翌日のことである。見舞いに来た海未とことりが持ってきた知らせは穂乃果を大いに喜ばせた。

「廃校が無くなった!?」

「そうです! 入学希望者が定員を超えたらしくて!」

 嬉しそうに書類を見せる海未。そこには間違いなく廃校の件が白紙に戻ったという内容が記されており、穂乃果は何度も何度もそれを読み返した。

「はぁ……私達のやってきたこと、無駄じゃなかったんだねぇ!」

 廃校を阻止するために始めたスクールアイドル。その目的が今まさに果たされたのだ。その喜びは絶大である。

「アイ研も廃部にならなかったし、これからは純粋にスクールアイドルとして頑張っていけるね!」

「やることはあまり変わらないだろうけどね」

 ことりがクスリと笑いながら言う。

「まぁそうだろうけどね。いつも通りいつものメンバーで練習して……って、あれ?」

 ここで、穂乃果は首を傾げる。

「そういえば、今日はサウザーちゃんいないね?」

「……サウザーは、今日は用事で来られないようです」

「サウザーちゃんが? 珍しいこともあるもんだ」

 まぁ、いたらいたでうるさいだけなんだけどね! と穂乃果は笑う。それに答えるように海未とことりも小さく笑った。

 

 陽も傾いてきて、海未とことりは名残惜しくも穂乃果の部屋を後にいた。

「……結局、言えなかったね」

「今言っても仕方ないですよ。せっかくラブライブの棄権で落ち込んでいた穂乃果を喜ばせることが出来たんですから、また落ち込ませるわけにはいきませんし。しっかり元気になって、学校に来てから話しましょう」

「うん、そうだね……」

 夕暮れに沈む街、二人はそのようなやり取りをしながら家に向かう。

 しかし、この二人の優しさが、再び騒動を引き起こすことになろうとは、この時は誰一人として予想していなかった。

 

 

つづく

 

 

 

 

  




次回(たぶん)最終回

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