サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
今回はややシリアス。
+前回のラブライブ!+
古文でも赤点を取ってしまった穂乃果ちゃん。
「こどりぢゃんだすけてぇ~」
「ハノケチェン国語得意な方じゃ……」
「古文は別なの~!」
泣き顔のハノケチェンも可愛い! でも、いつまでもそれじゃ可哀想だから……。
「じゃあ、教えてあげるね!」
「うん! ありがと!」
「じゃあまず、古文は『いとおかし』! 雅で風情があるって意味だよ。これを制すれば古文は簡単! じゃあ、リピート!」
「いと……おかし?」
「……いと恋し!」
※
ラブライブ……スクールアイドルの祭典。
それに出場できるのは人気グループ上位20位以内……。
星の数ほどあるスクールアイドルの中で上位20位に入ることなど、余程のグループでもない限り不可能である。まして、ぽっと出の新グループになぞ―—。
「おぉ……」
部室のパソコン前にμ's´のメンバーが集まって画面を覗きこんでいる。
見ているのは、スクールアイドルサイトのページ。μ's´も登録しているサイトである。
そして、そこには現在のμ's´の全国ランキングが表示されており……。
「19位……!」
19位……つまり、ラブライブ出場枠に入ったということである。
「すごいよ! 19位だよ19位!」
「耳元で怒鳴らないでください! ほ、ホントに19位なんですか!? 伊19とかの間違いじゃないんですか!?」
「何をどうして潜水艦と間違えるのさ! 順位だよ! ラブライブだよー!」
嬉しさのあまりピョンピョン跳ねる穂乃果。思わず「フハハー!」とサウザーみたいな笑い声を上げてしまう。
「この聖帝が1位じゃないのが少々不満だが……フフ、世にμ's´の恐ろしさを知らしめる機会がいよいよ来たというわけだ」
「恐ろしさ知らしめてどうすんのよ」
絵里が呆れながら言う。同時に、一同にこれで気を緩めないようにとも言った。
「分かってるとは思うけど、出場枠確定までまだ二週間あるわ。他のチームも、最後の追い込みをかけてくる」
ラブライブ出場枠は二週間後の確定日の時点で20位以内にあったチームに与えられる。つまり、他のチームが追い上げたり順位の落ちたチームが巻き上げたりすれば容易に枠外へ追い出されてしまうのだ。
「これからが本番ってわけね」
「マキの言う通り。ただ、今から出来ることもそう無いから、とりあえず目の前に迫ったことに専念すべきね」
絵里の言う『目の前に迫ったこと』というのは音ノ木坂学院の学園祭のことである。この学園祭でμ's´はライブを開催する予定でいた。
「そういえば、文化祭のライブはどこでやるの? やっぱり講堂?」
ことりが三年生に訊く。ライブに適した場所と言えばやはり講堂であろう。『μ's』のファーストライブの舞台でもある、始まりの地とでも言うべき場所だ。
「まぁそうなるでしょうね。でも、使えるかどうかは分からないわよ?」
絵里の言うとり、講堂は文化部の発表に最も適した場所であるため、様々な部が使用申請をしている。アイドル研究部が使えるかどうかは分からないのだ。
「あんたら生徒会長に副会長なんだから都合しなさいよ」
「ダメに決まってるでしょ? それに、どの部が使うかを決めるのは生徒会じゃないわ」
「……? どういうこと?」
花陽が首を傾げる。使用許可を出すのは生徒会の仕事であるはずだが……。
「使えるかどうかは、ニコッチの運しだいやね」
希が意味深に笑った。
※
生徒会室。
「はい、書道部に一時間の講堂使用を許可します」
生徒会会計の言葉に書道部の代表二人は抱擁し合って喜んだ。
二人の前には回転抽選器がひとつでんと設置されている。抽選器の中には二種類の玉が入れられていて、アタリが出れば講堂の一時間使用権、ハズレが出れば参加賞に『北斗のマンチョコ』がもらえる。
「なんでくじ引きなのよ……」
「昔からの伝統らしくてね」
絵里が苦笑する。もっとも、公平性という面で見れば最良の手ではある。
「ニコちゃん、ファイトだよ!」
「ニコちゃんならできるにゃ!」
「ハズレを引いたら死刑な?」
メンバーからの激励の言葉を受けて、ニコは抽選器へ挑む。
―—大丈夫、確率は低くない、何しろ文化部そんな数ないし、ハズレ玉の方が少ないはず……。
自分を鼓舞しながらニコは抽選器のバーを握った。そして、メンバーと生徒会、等身大ケンシロウフィギュア(時価一千万円のクリスタルガラスを使用)の見守る中、ゆっくりと回転させ始める。
抽選器を回す時間はほんの数秒にしか過ぎない。その数秒が、μ's´の面々にはまるで永遠のように思われた。
そして、抽選器の口から吐き出されたのは……。
抽選終わって、屋上。
「困ったわね」
北斗のマンチョコを食べながら絵里は呟いた。
矢澤先輩のくじ運は良くなかった。彼女が引くという時点で何となく予想できたオチではあったが、だからと言って困らないというわけではない。
「矢澤ニコよ、覚悟は出来てるんだろうな?」
「まってまってまって! くじは運でしょ!? 今回ばかりはニコにはどうにもできなかったわよ!」
「ニコちゃん、今まで楽しかったにゃ」
「伝伝伝は私が引き継ぐね」
「りんぱな! おのれらー!」
冗談はさておき、講堂が使えないとなるとライブをどこでやるか、という問題がいよいよ大きくなってくる。
当然であるが、ライブは歌うだけでなく、踊りも合わさって成り立つ。μ's´の売りの一つが無駄にダイナミックで予測不可能な踊りであるから、狭い教室や廊下のような場所でやるわけにはいかない。
「体育館も運動部が使うやん」
「どうしましょう……」
うーん、と考える一同。広くてライブに適した場所……そんなもの講堂や体育館の他にこの学校にあったでだろうか……。
そんな中、サウザーが「あ」と何か閃いた様子で声を上げた。
「良い事思いついちゃった」
「む、何か案があるのですか?」
一同がサウザーに注目する。
「教えようかな~? どうしようかな~!?」
「さっさと教えてくださいよ」
いつもの嬉しくもない焦らしプレイにイライラする一同。
「フフ……あそこを見るがいい!」
サウザーの指さす先、そこには校庭に聳える聖帝十字陵の姿があった。
「階段部分に簡易ステージをしつらえれば良い具合の舞台になると思うが?」
最近いよいよ邪魔だと話題になってきた聖帝十字陵。万里の長城、戦艦大和と並んで『世界三大無用の長物』の一つにも(音ノ木坂限定で)語られる聖帝十字陵。
そんな聖帝十字陵が、初めて有効に活用される時が来た。
「なるほど、お客さんのスペースにも困らないし」
「高低差を使った演出とかも出来るわけやね」
絵里と希も納得する。
「すごいよサウザーちゃん! らしからぬ名案だよ!」
「サウザーちゃんも人の役に立てるんだね」
「すこし見直しましたよサウザー」
断っておくが、穂乃果、ことり、海未の三人はサウザーをけなしているのではない。称賛しているのである。
「フハハハハ!」
十字陵の使用許可なら簡単に下せるだろう。何しろ利用希望なぞアイドル研究部以外にある筈もないからだ。
「決まりね。それじゃ、学園祭に向けて、練習気張って行くわよ!」
「おー!」
※
練習を終えた一同はサウザーの城へと集まっていた。学園祭の演目に付いて会議するためである。
「ようこそいらっやいまして。リゾ! 皆様にお手拭きを!」
メンバーは副官のブルに案内されていつもの無駄に広いダイニングへとやって来た。
「ここも久々だね」
「アイ研に入部してから基本部室で会議だったもんね」
穂乃果とことり、海未はμ's結成当初に思いを馳せる。思えば遠くまで来たものだ。四人で始めたグループは今や十人となり、グループ名にも『´』が付いて、果てにはラブライブへの出場まで……。
「こら、まだ決まったわけじゃないのよ?」
「えへへ、ごめんね絵里ちゃん」
それぞれ席に着き、供されたお茶を飲んで一息つくと本題へと移った。
会議の進行は絢瀬絵里である。
「えー、じゃあ学園祭で歌う曲を決めましょうか。なにか希望ある人」
「はいっ!」
「はい、サウザー」
「『それが大事』が歌いたいぞ」
「却下」
既存の曲は権利関係上難しいのだ。μ's´がここまで自分たちで作詞作曲してきたのにはこう言った理由もあるのだ。
「はい!」
続いて手を上げたのは穂乃果であった。
「はい、高坂穂乃果」
「新曲を頭に入れたら盛り上がるんじゃないかな!?」
「新曲!?」
絵里が驚きの声を上げる。
確かに、この間マキと海未が新曲を完成させたと語っており、聴いてみたところ大変素晴らしい曲であった。しかし、文化祭まで数えるほどしかない今から新曲の練習というのは難しいように思われたからだ。
「だいいち、踊りの振り付けすら決まってないじゃない」
「でも、いままで振付作っても誰かさんのおかげで有名無実化してたじゃん」
「それはそうだけど……」
「フフ、面白い」
その『誰かさん』は穂乃果の提案に賛成の模様だ。
「簡単に言いますけど、出来るんですか? 今までの物に磨きをかけた方が良いのでは?」
「聖帝に不可能など無い! それとも園田海未よ、もしかしてあれか? ビビってんの?」
「ぬっ……そう言われると無性に腹が立ちますね」
しかし、いくら言おうと難しい事実に変わりはない。それでも穂乃果はやる気満々であった。
「大丈夫! 今までだって出来たんだもん! ラブライブの出場もかかってるし! 頑張ればできるって!」
「呆れるほどの根性論ね。……ま、嫌いじゃないけど」
新曲を披露する機会が早くも回ってきたからか、マキもやや乗り気だ。
ラブライブを目指し、無名グループでありながらここまでのし上がることが出来た。ここまで来たなら、やれることは全てやって、ラブライブのステージに立ちたい。たくさんのお客さんの前で歌いたい!
穂乃果の純粋ながら熱い思いは少女たちの心に深くしみこんでいった。
「反対の人は……いないみたいね」
演目は決まった。
後は、本番までに歌を完全にするだけである。
「ようし! みんな頑張ろう!」
穂乃果は満面の笑みで言った。
しばらくの相談の後会議はお開きとなった。
「お気を付けてお帰りくださいませ」
聖帝軍に見送られ、それぞれの家路につく。
穂乃果、ことり、海未の三人も一緒に夕暮れの街を歩いた。
「う~……いよいよだね!」
「穂乃果は相変わらず強引ですね」
海未が苦笑する。強引さだけで言うなら、サウザーにも負けず劣らずだ。人望は穂乃果の方があるが。
「でも穂乃果、大丈夫なんですか?」
海未が言う。
穂乃果はセンターボーカルを務める(サウザーがリーダー、ニコが部長、穂乃果がセンターボーカル、という具合にμ's´のリーダー事情は複雑怪奇なのだ)。それは、彼女の練習量が他のメンバーよりも多くなることを示していた。
「大丈夫! 宿題と違ってさぼらないから!」
「自慢気に言うことじゃないですよそれ……それに、私が言いたいのは……」
「心配しないで! ちゃんと練習するよ!」
興奮気味の穂乃果は海未の注意を受ける前に宣言する。ギラギラと輝く瞳に、海未とことりは圧倒された。
「じゃあ、私はここだから。じゃああね! また明日!」
そうこうしている内に穂乃果は家の前まで来たため二人と別れた。別れ際まで元気いっぱいである。
「海未ちゃん……」
「ええ……あれは、あぶないですね……」
穂乃果の背中を見送りながら、二人の胸中に漠然とした不安が広がる……。
※
翌日から学園祭に向けての練習が始まった。
「ちょっとサウザー! 振付通りに踊りなさいよ!」
「フハハハハ! おれは聖帝! 誰の指図も受けぬのだァー!」
「だから振付けは無意味だって言うのに……」
マキが呆れ声で言う。毎度毎度振付を考えてくる絵里だが、彼女の作った振付けがまともに本番で踊られたことは一度もない。
「今回もアドリブかな?」
「凛はアドリブダンスも好きだよー」
練習はいつも通り怒声と文句の飛び交う楽しいものであったが、いつもに増してハードなものだった。
「はい、じゃあ休憩タイム!」
絵里の声に一同がフゥー、と息を吐く。
「ちゅーん……脚がパンパンだよぉ。穂乃果ちゃんは平気なの?」
「そりゃきついけど、学園祭はもうすぐだからね!」
練習はハードになったが、穂乃果の目の輝きは練習量に合わせて増大しているように感じられた。彼女の気迫が、一同を引っ張っているとも言える。
「そういえば穂乃果、夜も練習してるんだって?」
スポーツドリンクを飲みながらニコが言う。
「あれ、ニコちゃん知ってたの?」
「希から聞いた。練習もいいけど、身体はアイドルの大事な資本なんだからほどほどにしなさいよ?」
「分かってるって! でも、なんか動いてないと落ち着かなくてさ!」
ウキウキである。だが、そんな穂乃果の姿が海未とことりには少し恐ろしく見えた。
(穂乃果、日中もいつもに増して眠たそうですが……もしかして興奮で眠れないのでは……)
いつも昼寝している穂乃果だが、ここ数日はそれに拍車がかかっているように感ぜられた。気のせいと言ってしまえば、その程度のことなのだが……。
「何事もなければよいのですが……」
「……? 海未ちゃん何か言った?」
「いえ、なんでも……」
※
数日たって、学園祭前日の夜。穂乃果はいつも通り夜のランニングに繰り出そうとしていた。
「お姉ちゃん今夜も?」
ジャージに着替える姉に妹の雪穂が声を掛ける。
「うん! 本番までに、体力できるだけ付けないと!」
「でも外雨だよ? 今日はやめといた方が……」
「通り雨みたいだから大丈夫。それに、本番は明日だからね! がんばらなくちゃ」
「そういうもんかな……くれぐれも無理しないで?」
「分かってるよー!」
外は雪穂の言う通り雨模様。
それでも穂乃果はフードを被り走りだした。
「穂乃果、大丈夫でしょうか」
その頃、海未は縁側に出てことりと電話で話していた。
『明日は学園祭、今日まで何もなかったから、案外大丈夫なのかもね』
「私もそう思いたいですけど……」
近頃の穂乃果は周りどころか自分すらも見えていない様子だった。それで心配になり、ことりに電話したのだ。
『さすがに今日はゆっくり休んでいるんじゃないかな?』
「そうですね……サウザーはなんと?」
『連絡したらもう寝てるみたい。明日に備えて』
「早いですね。まぁ、どうせ興奮して眠れないでしょうが……ん?」
『? 海未ちゃんどうかした?』
「いえ」
海未は屋根の下から外に顔を出し、空を見上げた。いつの間にやら雨雲は去り、空には星が輝いていた。
「雨が、止んだみたいなので」
「おっ、雨が止んだ」
神社の前までやって来たところで穂乃果はフードを脱いで空を見上げた。
先ほどまでの雨空が嘘のように晴れ渡り、星が穂乃果を見下ろしていた。
「あっ、北斗七星」
夜空の中で一際輝く星々に彼女は目を向けた。星座なぞ全く知らない人間でも北斗七星は知っている、というのは多いものだ。穂乃果もその一人であった。
「今日は北斗七星がよく見えるなぁ」
星々がよく見えることは、彼女には吉兆に思えた。
「脇にある小さな星までも……」
つづく
割と死なない。