サウザー!~School Idol Project~ 作:乾操
スキャナが使えないので仕方ないね。
+前回のラブライブ!+
穂乃果は英語で赤点を取ってしまった。
「穂乃果!」
「ひーん!」
「しょうがないですね……私が勉強を見てあげましょう」
海未は教科書を開き、穂乃果の向かいに座った。
「まず『because』、これは『なぜなら』です。はいリピート」
「び、『びこーず』」
「では次、『アイ・ラブ・ユー』です。はい」
「あ、『アイ・ラブ・ユー』?」
「……ミートゥー!」
※
「外国に留学!?」
放課後、練習のため屋上に向かう道中、穂乃果と海未はことりの話に驚いた。ことりの母……つまり理事長であるが、知り合いに海外で服飾の先生をしている人がいるらしく、そのツテで留学してみないかという提案が来たのだと言う。
「すごいことりちゃん! 国際派!」
「ことり、服飾関係目指してますからね」
ことりは小さい頃からファッションデザイナーになるのが夢であった。その夢に近づきつつある友の姿は穂乃果と海未に眩しく映った。
「まぁ、断ったんだけどね」
「えー!? もったいない!」
「穂乃果、ことりが留学するというのは離れ離れになるということですよ? 分かってるんですか?」
「えっ? ……あっ! そうか!? 」
「もー穂乃果ちゃんったら……でも、そういうのはまだ早いと思って。きちんと日本で勉強してからにしようと思うの」
「ことりは堅実ですね。誰かさんと違って」
「その誰かさんってもしかして海未ちゃんの目の前にいる人かな?」
「その通りですよ穂乃果」
「ひどーい!」
そんなことを話しているうちに三人は屋上へと続く階段までやって来た。だが、先に来ていた一年生ズとニコは何やら外に出るのを躊躇っている様子である。
「あれ、どうしたの?」
穂乃果が訊く。それに答えたのはニコであった。
「外、暑いのよ」
「夏ですから暑いのは当然では……」
「影も無くて直射日光な上床タイルの照り返しもあるのよ? 死ぬわよ、あんなとこで練習したら」
実際、この日はここ数日で一番の猛暑日であった。朝礼でも水分補給を怠らないようと口酸っぱく言われていた。
「サウザーは普通に外に出ているようですが」
海未が外を覗きながら言う。外では陽炎に揺れるサウザーが何が面白いのか高らかに笑いながら踊っていた。
「アイツは人間じゃないから」
「人間ですよ一応。というか、先輩も世紀末に片足突っ込んでる設定なんですから平気なのでは?」
「あんな化け物と一緒にしないでくれる?」
「ていうか暑さでおかしくなってるようにも見えるね、アレ」
穂乃果の指摘する通り、そう見えないこともない。まぁ、死ぬことは無いだろうし何かの間違いで大人しくなってくれるかもしれない。一同はそのまま放置しておくことにした。
「あなた達、そんなところで何してるの?」
そうこうしていると絵里と希もやって来た。
「外があんまりにも暑いから」
「サウザーは出てるじゃない。うだうだ言わないで、レッスン始めるわよ」
流石はエリチ、妥協を許さない姿勢は相変わらず尊敬に値するカッコよさだ。
だが、今回ばかりはニコたちも易々と従わない。こんな炎天下で練習しようものならメンバー内で飛びぬけて色白なニコなど大変なことになると思ったからだ。
「じゃあアンタ先に出てみなさいよ」
ニコは絵里の背中を蹴って外へ追い出した。
「なにこれアツイ! 溶けちゃうチカー!」
屋上の灼熱地獄は絢瀬絵里のクールさを持ってしても中和できないほどであった。紫外線に焼かれた絵里は慌ててニコたちの元へ這い戻って来た。
「ロースト・エリチやん。おいしそうやん」
「何わけわかんないこと言ってるのよ希は……それにしても、想像以上ね」
暑さはどんどん増していく。踊り狂うサウザーがまるで蜃気楼のように揺らめいていた。予報ではこの暑さが数日ほど続くらしい。
これでは、まともに練習が出来ないではないか。
と、ここで穂乃果が「あっ!」と何か閃いた様子で声を上げた。
「合宿しよう!」
「合宿?」
「そう! あーなんでこんな良いこと思いつかなかったんだろ!」
合宿……なんとも魅力溢れるフレーズである。部活で合宿など、いかにも青春っぽい。凛や希は大賛成であった。
「でも、どこに?」
花陽が疑問を投げかける。
「夏と言えば海であろうが!」
それに答えたのはいつの間にか近くまで来ていたサウザーであった。暑さで静かになることは無く、いつも通りうるさい。
「おぉサウザーちゃん! その通りだよ!」
「宿泊はどこでするのですか?」
「それは……あっ」
穂乃果は一瞬の思案の後、マキにソソソと近づいた。
「マキちゃん
「海辺の? 親戚のオジサンが持ってるけど……」
「おお! マキちゃん、その別荘借りること出来ないかな!?」
「ヴェッ!?」
マキは困惑の声を上げる。だが、一同から向けられる期待の視線に逆らうことは彼女にはできない。
「……わかった、訊いてみるわね」
一同は歓声を上げた。
※
数日たって、合宿当日。
一同は東京駅へ集合していた。それぞれ数日分の着替えと小道具を持参し、あとは改札を通るだけである。
「サウザーちゃん楽しそうだね」
「鉄道を使うのは初めてだからな!」
「もっぱらバイクですからね」
「フハハ。駅弁とやらを食べたいぞ」
「さて、全員集まったわね」
絵里の声に全員が耳を傾ける。この日の前日、絵里から皆に話があるという連絡が送られていたのである。内容は現地にてとなっていたため、皆気になっていた。
そして、絵里から離された内容は一同を驚かせるに足るものであった。
「先輩禁止!?」
先輩禁止……読んで字の如く、上級生を呼ぶ際に『先輩』を付けないようにする、というものである。
『μ's´』として成立した今、先輩後輩の垣根を無くし、より一体感を出そうというのが絵里の狙いである。年齢による上下関係はこの先の話し合いでも不公平が生じるという心配があった。
「なるほど、確かに何となく先輩に話を合わせてしまう時はありましたからね」
「ニコはそんな気遣い全く感じなかったんだけど?」
「そりゃ気を使ってないから当然にゃ」
「くっ……!」
「なんにせよ、これからは先輩後輩じゃなくて、μ's´のメンバーとしての関係を持っていきましょ」
「はい! 絵里先輩……あっ!」
言っている傍から穂乃果は先輩付けで読んでしまう。彼女は顔を赤くして、少し恐る恐るといった調子で呼び直した。
「絵里……ちゃん?」
「うんっ、よろしくね、穂乃果!」
絵里が満面の笑みで答える。
「くはー、緊張する! でも、なんか良い感じだね」
穂乃果に続き、一、二年生の面々は照れながらも『先輩』なしで名前を呼ぶ。そして先輩たちはそれに笑顔で答えた。
サウザーもテレテレしながら一年生に、
「こ、このおれの事も呼び捨てで構わんぞ?」
「おっ、そうだにゃサウザー」
「おにぎり買ってこいやサウザー」
「そのいじらしい仕草止めなさいサウザー」
「ぬっく……!」
そんな和気あいあいとした雰囲気のまま一同は改札をくぐった。
電車に揺られることしばらく、一向は目的の駅に到着し、そこからあるくこと数分、別荘へと到着した。
やはりお金持ちであるから、別荘は豪華なものであった。しかし、別荘もさることながら、眼前に広がるどう考えても本州とは思えない白い砂浜に青い海、南国の美しい草花……それらの景色に一同は高笑いが止まらなかった。
「すごーい!」
「フハハハハ!」
別荘も、外観だけでなく中も相応の造りであった。広くて天井の高いダイニングにこれまた広々としたキッチン、寝室も大きなベッドが備え付けられてなお余裕がたっぷりあった。
「ここ取ーった!」
穂乃果がその大きなベッドに飛び込む。しかし、豪華なベッドゆえ反発力が大きかったらしく、穂乃果はそのまま跳ね飛ばされ天井に背中を打ち付けた。
「ぐふぉっ!?」
「穂乃果ったら、はしゃぎすぎです」
はしゃいでいるのは穂乃果だけでないらしく、別の部屋からドコンバコンと賑やかな音が響いてくる。
そんなメンバーを見ながら、海未はフフンと笑った。
楽しそうな面々を見て自分も楽しくなっているのもあるが、それ以前に、練ってきた練習メニューを実行に移せる嬉しさによるものである。
海未の用意してきたメニューは一階のテラスで発表された。オーシャンビューの、素敵な場所である。
「えっ」
「なにこのメニューは」
海未の提示したメニュー。それは、遠泳・マラソン10キロやら精神統一やら、酷くハードなものばかりであった。
「ちょっと海未ちゃん! これどうなのさー!」
「最近基礎体力をつける練習が減っていますから? ここでみっちりやっちゃおうと」
「せっかく海に来てるんだよ!? 海水浴はー!?」
「だからほら、遠泳あるじゃないですか」
「そんな防大みたいな海水浴じゃ無くて!」
しかし、海未のメニューに別段抗議を唱えない連中もいる。
「まぁ、その程度ならすぐ終わるわね」
「最近泳いでないけど何とかなるでしょ」
「フハハハハ。聖帝の前には虫けら同然なメニューよ」
ニコ、マキ、サウザーといった世紀末トリオである。
「世紀末組は黙るぅ!」
穂乃果が一喝する。一喝してから、泣きつく。
「絵里ちゃーん! 何とか言ってよぉー!」
「まぁ海未、いいんじゃないかしら」
「しかし……」
海未は大変真面目であった。それは素晴らしい長所であるが、同時に短所ともなりえる。そんな彼女に絵里はやさしく、
「ラブライブ出場枠決定まで一か月、気を張るのは分かるけど、張り過ぎた風船は破裂しちゃうわ。それに、先輩後輩の垣根を本当になくすための交流だって必要よ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ!」
絵里の言葉に穂乃果が同意する。そして、錦の御旗を得たと言わんばかりに、「いっくぞー!」と海へ駆けだした。世紀末組を含めた面々もそれに続いて駆けて行く。練習を軽くこなせるからと言って、遊ぶのとどちらがいいかと問われれば後者を選ぶものだ。
「あふん……」
「ほら、海未も行きましょ」
※
青く澄んだ海に白く輝く砂浜。その上を、九人の女神と一人の聖帝が舞い踊る。麗しい女神とやかましい聖帝の重奏は見聞きする者に大きな混乱をもたらすであろう。
「スイカ割りにゃ!」
「受けてみよ! 極星十字拳!」
用意されたスイカはサウザーの奥義を受けて赤い汁をまき散らしながら切り裂かれた。
「フハハ! 南斗聖拳の前には一介の農産物なぞ敵ではないわ!」
「ふぉー! さすがです!」
拳法マニアの花陽は貴重な鳳凰拳で切り裂かれるスイカに興奮を隠せない。
「ニコちゃんのもみたいな」
凛はそう言いながら新しいスイカをセットした。
「しょーがないわねぇー!」
まんざらでもなさそうにそう言うとニコはスイカを天高く放り投げ、自らも跳び上がった。
「南斗水鳥拳奥義・飛燕流舞!」
「ぴゃぁー! 美しいよニコちゃぁーん!」
花陽、大興奮である。
「まったく、馬鹿じゃないの」
スイカ割りに興じる面々を見ながらマキは言う。彼女はパラソルの下、優雅にビーチチェアで読書していた。そんな彼女が面白くないのか、ニコとサウザーは、
「マキちゃんったら、スイカも割れないほどか弱いニコ~?」
「誰かが言っていたが、南斗聖拳の前にはゴミ屑同然! フハハハハ!」
と挑発する。
挑発に乗ってやる義理なぞないマキだが、一方的に言われるのも癪であるし、なによりうるさかった。
「そこまで言うなら見せてあげるわよ! 北斗残悔拳!」
マキの技を受けたスイカは三秒後に爆発し、やはり花陽を大いに喜ばせた。
そんな光景を見ながら海未は、
「スイカにも秘孔ってあるんですね」
「スイカ割りってなんだろう」
穂乃果はその光景を見ながら哲学を始めている。ことりも困り顔だ。
スイカ割りを楽しむ面々を差し置いて二年生の彼女たちが何をしているのかと言えば、PVの撮影、という名目で水遊びである。
「水着出しとけばとりあえず売れるやん」
カメラマンは希。恥じらう海未をこれでもかというほど舐め回すように撮影している。
「というか、なんで私の水着こんなのなんですか!」
海未は白が眩しいビキニである。スレンダーな彼女のラインが丸見えであった。
この白いビキニ、彼女の所持品ではないのである。いざ水着に着替えようとして、バッグを開けたら本来ある筈の水着の代わりにこれが詰められていたのだ。
「競泳用のを詰めていたはずなのに……! ことり、何か知りませんか!?」
「さぁ、なんでチュンかねぇ」
ことりは全く関知しない様子だ。
「そういえばあそこの連中の撮影はしないの?」
絵里が浜辺を指さして希に訊く。浜辺ではまた新たなスイカが粉砕されていた。
「一応するよ……というかもうある程度した」
「あら、仕事速いのね?」
「うん。せやけど、こうやって相応に水遊びする穂乃果ちゃん達とスイカの破壊活動に興じるサウザーちゃんたちを交互に見せ続けるのは、視聴者の脳に優しくない気がするんよ」
「いままで優しかったことがあるとは思えないけど、それもそうね」
「そういう事だから、あの子たちも誘おう。おーい、ニコッチ!」
「さぁどんどん行くわよ! ……なに!? 今良いところなんだけど!?」
ニコはすっかりスイカ割りに熱中してしまっていた。後輩から黄色い声援を送られれば頑張ってしまうのが人情である。
しかし、ニコもアイドルの端くれ。希がカメラを構えていることに気付き、すぐさまアイドルモードへ切り替える。
「スイカ割りもいいけど~ニコは海で泳ぎたいニコ☆」
きゃぴきゃぴしながら「にっこにっこに~」と宣うニコ。
「さすがニコッチやね」
「でもスイカ果汁が返り血に見えないこともないですね……」
返り血まみれでにこにこに~と躍る彼女は良い具合にサイコ野郎である。そんなサイコ野郎は一緒にスイカを虐殺した面々も誘う。
「一緒に泳ぐニコ☆」
一同はハーイ、と返事して海へと駆けていく。そんな中、マキだけが、
「私はパス」
と先ほどのビーチチェアへと戻っていった。
「え~、ツレないニコねぇ」
ニコが頬を膨らませる。
そんなマキと対照的だったのがサウザーである。
「よかろう。フワハハハハ」
誘いを受けたサウザーは元気いっぱい、「トァッ!」と高らかに飛翔すると空中で身を翻し、大きな水しぶきを上げて着水した。だが、着水と同時にこむら返りを起こしたらしく、低い悲鳴を上げてがぼがぼ言い出した。
「ぬうん! 初めての感覚!」
「体操しないで飛び込むからそうなるんだよぉ」
苦笑することり。
「ごぼごぼ」
「にしてもこれ大丈夫なのかな」
「大丈夫よ。二、三回死んで徳でも積んで来ればいいのよ」
「エリチ鬼畜やん」
言いながらも絵里はもがくサウザーを希と二人で引き上げた。
「ちょっと大丈夫?」
「えっほんっほ! えっ? 全然平気ですけど!?」
「あらそう」
答えて絵里はサウザーを再び海に落とした。
「がぼがぼ」
「それにしても、マキは大変そうね」
浜辺で読書に耽るマキを見ながら、絵里が苦笑するように言う。そんな彼女を見て希は可笑しかったようで、薬と笑った。
「何が可笑しいのよう」
「ううん、別に?」
意味あり気に囁く希に絵里は「もう……」と照れるように膨れた。
「ごぼがぼ」
つづく