ONE PUNCH MAN ~白銀の女神~   作:上川 遠馬

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第9話

「そーかい。じゃあとっとと来な、全力でなぁ?」

 

 余裕綽々と指で招くように挑発する阿修羅カブトの表情は喜色だ。ニタニタとした粘液質の濃い笑みは圧倒的自負の表れ。

 

「……なら、そうさせてもらおう」

 

 対して彼女――アカメの表情は無味なものだった。

 ただ絶対零度のように冷えきった双眼で阿修羅カブトを一瞥すると、一瞬だけ、ふっと酷薄な微笑を浮かべる。流麗な美貌も相まってその姿は一枚の絵画のように幻想的な美しさを前面と醸し出していた。

 ふと彼女は掲げた手で銃のような形を作ると、そのほっそりと白い指先を阿修羅カブトに向けて狙いを定める。

 刹那――、ぴかりと、アカメの指先から小さな光が瞬いたかと思うとそれは弾丸の如く放たれた。

 拳にもみたない微小な球体。光を振り撒きながら宙を滑るそれは軌跡を描いて真っ直ぐ阿修羅カブトに向かっていき――――、

 

「――――ぐおっ!!」

 

 反射的に阿修羅カブトは身を捩らせた。――あれは食らってはいけない部類のものだ。そう本能で直感した無意識の中での回避だった。

 

 しかし、その対応は遅まきすぎた。存外の速さで滑空する光弾は必死の回避の甲斐虚しく阿修羅カブトの肩腕に着弾し――、

 

 ――何かが弾け飛ぶような音と共に、阿修羅カブトの片腕は呆気なく四散した。

 

「な――――ぐぁああああアアアッ?!」

 

 刹那の呆け、後に理解に至り阿修羅カブトは悲鳴とも取れる叫声をあげた。

 ぐるりと血走った瞳孔を見開いて眼前の少女を睨み付ける。

 

「今の、よく避けたな。……殺すつもりでやったのに」

 

 意外だ。とばかりに肩を竦めてごちた少女の表情は極めて涼しげなものだった。

 それはまるで目の前でぶんぶんと鬱陶しい羽虫を殺し損ねたかのように。失敗した。よし、今度こそ、次は確実に殺そうと。

 改めて右手を掲げ直す少女の姿に阿修羅カブトは生まれて初めての戦慄――明確な畏れを眼前の小さな悪魔に対して抱いた。

 

 気が付けば阿修羅カブトは疾駆していた。自身がこの状態で出せる最高の速度で、最高の力で、一瞬で彼我の距離を詰めると残った片腕を叩き付ける。

 

「――死ねぇええええええエエッ!!」

 

 咆哮と共に、音すらも置き去りにして打ち出された拳は必中で必殺の一撃。小さな街一つならば簡単に吹き飛び、人の身がまともに食らえば骨が折れるどころか肉片すら残さず消し飛ぶ代物だ。

 

 もはや破壊兵器とも呼べる一撃は正確に少女の鳩尾に突き刺さった。

 骨が砕け、肉を穿つ音が阿修羅カブトの手から耳に聞こえて――、

 

 聞こえて――――こなかった。

 

 現実は二、三歩ほど後退しただけだった。キキッというブレーキ音と共に少女の肉体は地を擦って立ち止まった。

 

「少し、驚いたな。……成る程。かつての私なら少し手こずったかも知れない」

 

 呆然とする阿修羅カブトを眼に、少女はぱたぱたと身体に付いた汚れを払うとくすりと微笑み。

 

「――それも嘗て、の話だが」

 

 パチリとどこかで火花が散った。少女の纏う気配が変質し、秘めたる狂暴性を露になる。

 

「自我が奪われた間。私がただ怠慢していただけだと思うか? ――違う。ずっと、蓄えていた。水面下で、力を」

 

 バチバチと少女の周囲に薄い膜のようなものが発生するとそこら中で放電が響く。掲げた手に先ほどとは比べ物にならない巨大な球弾が生まれ、狂おしいほどに暴力的な重圧が辺りを支配した。

 混ざり、揺らし、歪み、震い、どこまでも高まり続ける力は大気を揺るがし、地表を震わせる。

 ――それはまるで地球が怒り狂っているかの如く。

 

「私は私であって嘗ての私ではない。――見ろ、この力。もはやあの男(・・・)以外は今の私の敵ではない!!」

 

 それは抗うことのできない神の一撃。

 無情、冷酷。そんな言葉では生温い無慈悲で無感動な天災が下される。

 眼を開けられないほどの眩い閃光が辺りに蔓延すると少女はゾッとするほど軽薄な笑みを浮かべ、まるで審判を下すが如く掲げたその手を振り降ろす――。

 

 そして――、

 

「――――――あ、ぁ」

 

 ふっと、少女の纏う威圧が分散した。

 光球は四散して粒子となり、きらきらと煌めいて空気に溶けていく。

 少女は青ざめた表情で顔を押さえ、うわ言のように呟く。

 

「――――力が……まさか……早すぎる……」

 

 二歩、三歩と、よろよろとよろめいて少女は顔を振り動かす。

 

「意識が――――安定しない……。こんな……」

 

 それを最後に。

 ぷつりと、糸が切れた人形の如く少女はその身を地に伏した。

 

「アカメさん……?」

 

 ジェノスの呼び掛けにしかし彼女はまるでこと切れてしまったかのようにぴくりとも動かない。

 

「――なんだかよく分からねぇが……」

 

 ぽつりと、呟いた。阿修羅カブトが硬直から動き出す。

 

「てめぇはムカついたから嬲り殺す!!」

 

 阿修羅カブトの皮膚が深い青へ変色し筋肉が盛り上がる。

 

「阿修羅モードォォォォオオオオオオッ!!」

 

「――――不味い! アカメさん!」

 

 わき目振らずに倒れた少女に飛び掛からんとする阿修羅カブトに、ジェノスは叫び、身を割り込もうとするが間に合いそうにない。

 無防備な少女の顔に振り降ろされる拳。

 

 ドガァン! と、爆音響かせ、彼方の壁がぶち破られたのはそんな時だった。

 

「――えぇっと、ここであってるんだよな? 進化の家」

 

 どこか緊張感のない声と共に現れたのは禿げた頭をした(ヒーロー)――サイタマの姿だった――。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「――――メさん!」

 

 誰かに呼び掛けられ、ぱちりと眼を覚ます。

 何か、長い夢を見ていたような気がした。半ば微睡みの中、ぬっと顔を出したジェノスが視界に入った。

 

「んぁ…………?」

 

「アカメさん?! 大丈夫ですか!?」

 

 肩をがしっと掴まれ、前後に揺らされる。あばばばと流れに身を任せるままになっていると激しい吐き気に襲われた。

 

「だ、大丈夫だから……離して……」

 

「はっ! すみませんアカメさん!」

 

 言って手を離される。

 衝撃に覚醒へ近付き、明瞭になる意識で俺は周囲を確認する。

 質素な部屋に敷かれた布団。見慣れた天井は現在の俺の居住地であるサイタマのマンションだった。

 あれ? と首を傾ける。

 どうして今、俺はここに居る? そもそも俺はいつ寝たんだろうか。

 

 ハッキリしない記憶の混濁に首を捻っているとジェノスがおずおずと問い掛けてきた。

 

「もしかして……アカメさん。覚えていらっしゃらないのですか……?」

 

 その言葉に首肯する。進化の家に着いた辺りから記憶が曖昧だ。確か――なんか変なやつと戦ったような気もする。

 俺が正直にそう言うとジェノスは何故か渋い顔をした。でも覚えていないんだから仕方がない。

 ふと廊下から顔を出したサイタマが、

 

「お前、怪人にやられて気絶したんだよ。俺が倒しといたけど、今度から気を付けとけよ」

 

「うーん……分かった……」

 

 そう忠告されて俺は不明瞭に頷いておく。覚えていないが、俺はどうやら怪人に負けてしまったらしい。バツが悪くぽりぽりと頭を掻いていると切り替えるようにサイタマが言った。

 

「それより飯食べようぜ、飯。卵が安かったんだよ。今日はオムライスだからな」

 

「え、マジ?」

 

 途端、くぅと鳴る俺のお腹は現金なもので空腹感がどっと押し寄せてきた。

 眠気が完全に払拭され、素早く立ち上がった俺はテーブルの前に座ると――、しかし眼前に居たジェノスが妙に険しい表情をしていたのに気が付いた。

 

「ん、どうした?」

 

「アカメさん……」

 

 ジェノスは俺を見て僅かに逡巡する。まるで何か言いたいことがあるのに言葉が見付からずに迷っているようだった。

 

「貴女は――――」

「おーい! できたから皿用意してくんない?」

 

「はーい」

 

 ジェノスが何か言おうとしていたがそれもサイタマの呼び声に掻き消されてしまった。

 続きを促そうとするがジェノスはそっと首を振り、

 

「――いえ、やはり何でもないです」

 

 キッパリとした口調でそう言われてしまってはもはや言及することは憚られ、俺は胸に僅かなしこりを抱えたまま頷くことしか出来なかった。









最近、マインクラフトなるものにハマってしまいました。
あれ面白いね! 気が付いたら小説書く時間忘れて一週間経ってたよ! つまり私は悪くない。

※というわけでワクチンマンさん(ちゃん?)超強化回でした。原作より強くなってます。
 捏造ですが一応理由があって、地球の意思から作られた=地球のエネルギーを吸って強化しているというわけですね。エセ元気玉みたいなもんです。つまり地球温暖化が進んでいるのは全部アカメちゃんのせい。失望しましたタツマキちゃんのファンになります。

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