何をやってたかといいますとお雑煮食べたりゲームやったりゲームやったりゲームしてました。
とりあえずお餅はもういい
四時間後。
俺達は幾重にも広がる草木を掻き分け、どこまで広がる深い森林の中。目的地である進化の家に向かって疾駆を続けていた。
――いや、走るという意味合いでは先の表現は少し適切ではなかった。
何故なら直ぐ前方で地を韋駄天の如く駆け抜けるジェノスに対し俺は――地から足を離脱させ、地面からほんの一メートルほど隔離した空中をふよふよと滑空しつつ先んじて歩みを進めるジェノスの後に続いていたからに他ならない。
「空も自在に飛べるとは……さすがです。アカメさん」
走りながらふと振り返ったジェノスは驚愕を顔に貼り付けながらも何故か羨むようにそう言った。
――いや、俺も最初は驚いたんですけどね? 変化に気が付いたのは三日前だ。普段通りテレビ観ながらごろごろしてたら突然、雷に撃たれたような衝撃が俺の身体を駆け巡り。我に返ると飛行のやり方が誰に教わった訳でもないのに何故か浮かび上がって、こうしていつの間にか飛べるようになっていた。もしかしたらサイタマによる特訓の成果が早速出てきたのかも知れない。
「――でもこれって凄ぇ疲れるんですけどね……」
ふよふよとまるで背後霊のようにジェノスの背を追い掛けながら俺はごちる。事実、原理は知らんがこうして浮いてると何故だか倦怠感というか疲労感が募ってきて、今も若干だが頭がボーッとしてくるから嫌いだ。酷使は避けたくなる代物である。
そんな中、どうして飛行を止めずに走ってジェノスを追随しないかというと単純に俺が疾走に適さない出で立ちでここまで来てしまったからだった。
肩まで露出した裾の短いシャツに太股を惜し気もなく大胆にさらけ出した短パン。極めつけが素足から履いた穴あきサンダルと、このでこぼこな獣道を走るには辛すぎる服装だ。
地面は岩でごつごつしてて痛いし、木の枝とか葉っぱの棘とか肌を掠めて痛い。
自身の軽率さを恨むばかりだが、ほんの僅かな虚脱感に耐えてでもこうして私は空を飛行しなければとてもじゃないがジェノスに追い付いていられないのだ。
「――着きました。あれが進化の家!!」
そうこうしていると目的地に着いたらしい鬱蒼と茂る森の中、少し開けた場所に廃ビルみたいなのが建っていたのを目視した瞬間、俺は飛行するスピードを一気に上げて目の前へ、
「――往生せぇ――――やぁぁぁああああっ!!」
ここまでノンストップで走らされた苛立ちも込めて絶叫しつつ、俺はいつの間にか手に浮かんでいた光の球弾を半ば無意識の内に目標へ向かってぶん投げていた。
――閃光、のち爆発。
白炎に浸された建物は崩壊――というより溶解し、煙すらをも溶かしきり、後にはまっさらとした荒野が広がるのみとなった。
「うし、帰ろう。何かもう疲れた……頭がんがんする」
「――――――」
口を開けて固まるジェノスを他所に俺は足取りふらふらと帰路に着こうとしていると――、
「――――はっ!? いえ、アカメさん! どうやら地下への入口が――」
「…………えぇー?」
そんなジェノスの一声に俺はげんなりとした感慨を得ながらも再び振り返ることとなった。
舞台は地下へ、進化の家の最奥に。
「うぅ……気持ち悪いぃぃ……」
「大丈夫ですか? アカメさん」
真っ直ぐとどこまでも長い地下通路。
悪化する体調不良に悩まされ、俺はジェノスの肩に寄りかかりながら歩みを進める。気分は飲み会で年甲斐もなくはしゃぎ過ぎて新人社員に介抱される先輩だ。くそったれ。
これが飛行による後遺症だとしたら俺は二度と空なんか飛ばんと確固たる決意を抱いていると、
「――――! アカメさん、二体ほどこちらに近付いてきます」
「……んぁ」
耳打ちするジェノスの言葉に俺は朧気な意識で頷く。ふと視線を前に上げると確かにこちらに向かって疾駆する巨大な影があった。
「いたいた! 二匹いるけどどっちだ」
「ぐは……右だ……」
「――じゃあ左のコイツは要らねぇんだなッ!!」
咆哮と共に振り上げられる拳。
それは正確に俺の傍らに居たジェノスへと衝突しコンクリート造りの壁へと彼を埋めさせた。
「俺は阿修羅カブトってんだ。戦闘実験用ルームがあるからそこでヤろうぜ~」
嗜虐的な笑みを浮かべる虫型の怪人――阿修羅カブトを眼に、少しばかり意識を覚醒させた俺はお返しとばかりにこちらも笑みを返してやった。
「……上等だ、この野郎」
踵を返して、その戦闘実験ルームとやらに向かうらしい阿修羅カブトを尻目に俺は現在進行形で壁に埋まっているジェノスに目を向ける。
「……おい、死んでないだろ」
呼び掛けるとぴくりと反応を返し、次の瞬間がばりと顔を出したジェノスは咳をしながらその場に踞った。
「――かはっ。すみません……アカメさん。アイツは俺が――」
「止めとけ。今やられたばっかじゃんお前」
そう指摘するとジェノスはうぐと言葉を詰まらせる。そんな彼の肩をぽんと叩きつつ俺は力強く頷く。
「後は俺に任せとけ」
未だずきずきと痛む頭痛を頭の片隅へと追いやり、俺はジェノスに向かってそう笑い掛けた。
* * *
「広いだろ~。んじゃ殺し合いますかぁ!」
「――あぁ」
阿修羅カブトに案内された戦闘実験ルームなる場所は上下左右。全てが白いブロックに覆われた真っ白な大広間だった。
遮蔽物の一つすらないこの場所は確かに戦うにはうってつけの空間だろう。そんな中に二つの影が対峙する。
片やどう低く見積もっても三メートル以上はあるだろう。巨大な昆虫――カブト虫を思わせる図体に人間の顔を持った怪人――。奴の一撃には恐ろしい力が込められていることをジェノスはその身を持って知っていた。それも更に恐ろしいことに全く本気ではないということも。
恐らく今の自分一人では勝利――どころか相手になるかさえ疑問だろう。ジェノスはそんな確信をしながら、そんな強大な力を持った怪人に対する少女に眼を向けた。
その立ち姿は凛として、歩く姿は神話の女神さながらに。
あどけない横顔にどこか妖艶な美貌という相反した美しさを同居させる少女――アカメの姿にジェノスは息を呑み込んだ。
「お、わかる……わかる!! おめー強えなぁ?!」
「ちっ……うるせぇよ。頭に響くだろうが……」
頭を掻きながら気だるげな表情で阿修羅カブトを見上げるアカメの表情は芳しくない。
しかしその身に纏う威圧感は健在だ。
初見でジェノスに見せたその圧倒的気迫はそのままに、いや……むしろそれ以上の覇気を放つ彼女の姿は阿修羅カブトに勝るも劣らない巨人のように大きな背中をジェノスは幻視した。
――その時。
「――――へへぇ」
阿修羅カブトが笑みを深めたかと思うと刹那の内に彼女の背に回ったのをジェノス見た。
(――――速い!!)
心の中で呟きながらジェノスは戦慄した。よく見えなかったのだ。初動から、分からなかった。それは阿修羅カブトの反射神経――速度がジェノスの知覚を遥かに凌駕している証明に他ならなかった。
「オラァ!!」
「――――――」
ぶぉん。という風切り音を響かせ、阿修羅カブトの一撃がアカメの脇の腹辺りに直撃したのをジェノスは見た。
彼女は風に吹かれた布のように飛んでいき――、遥か向こうの壁に激突。壁を穿ち、大きなクレーターを作り出すとその身を瓦礫に沈めさせた。
――静寂。
「あぁ? もう死んじまったか? つまんねぇなぁ~」
「……………………そんな」
不満そうに顔を歪める阿修羅カブトに対し、ジェノスは彼女が消えた壁の向こうへ視線を外せないでいた。
昨日、ジェノスにその圧倒的な力を見せ付けた彼女が、まさかこんな簡単に?
否、断じて否である。
「――――――ぁ」
ジェノスは確かに聞いた。瓦礫の中から届いた呻き声。岩の破片でその身を汚しながら身を起こすその姿を。
「…………おぉ? なんだ生きてるじゃねーか。そうこなくちゃな!」
再び笑みを深めた阿修羅カブトは身構える。対して彼女は顔を俯けて表情が伺い知れない。
そんなアカメにジェノスは何か言葉をかけようと喉から声を絞り出し、
「アカメさ――」
「――――五月蝿い」
ピシャリと、止められた。
他ならぬ彼女によって。
「アカメさん…………?」
僅かな違和感を覚え、ジェノスは彼女に問い掛けた。遠目でも分かる眩い美貌は見紛うはずがない。しかしどういうわけか、俯けた顔を上げた彼女の表情は全くの別人。
アカメという人間と触れあい確かに感じたはずの人間の温もりが、あるいはそれが彼女の本性であると言わんばかりの極寒のように冷えきった氷のような能面に塗り潰されていた。
「――――は、はは」
にぃっ、と口端を吊り上げた彼女は三日月型の笑みを作った。先ほどまでの笑みとは別種の、凶暴な肉食獣のような笑みを。
「何だぁ? 頭打って狂っちまったかぁ?」
言った阿修羅カブトに彼女は不敵な笑みを向ける。
大胆で、不遜な、不敵な笑みを。
「いや――――、狂ってはいないな。元ある形に戻ったと言うべきか――――」
まるで歌を唄うように、
「――――貴様には感謝しよう。――この数ヶ月、中々に屈辱だったが……ようやく――――」
流麗で、甘美な声で、彼女は諳じ、悪魔が首をもたげる。
「ようやく――――
「――――
「――――お礼に何かくれてやろう。そうだな、何がいいか――――」
そう言って彼女は右手を掲げ、
「――――とりあえず、消し炭だ」
そう言って聖母のように微笑んだ。
皆さん、裏表のある女の子はお嫌いですか?
※分離した(別れたとは言っていない)