皆さんよいお年を!
※12月31日、ご指摘を受けましたので少し文章の追加を致しました。ご了承下さいませ。
「――先生方のように強くなる方法を教えてください」
纏めた言葉でそう懇願するジェノスの声音は真剣そのものだった。そんな彼に対し、サイタマも表情を引き締めると瞑目して唸る。
「ふむ。ジェノス……お前いくつだ」
「十九です」
「若いな……お前ならすぐに俺を越えられるだろう」
「本当ですか!?」
サイタマの言葉にジェノスが身を乗り出して食い付いた。……まぁ、にわかには信じられないだろう。
「俺は今二十五だけどトレーニングを始めたのは二十二の夏だった」
「――あぁ、あのトレーニングな」
視線は通販番組に集中させたまま相槌を返した。以前、俺はどうしてそんなに強いのかとサイタマに問い掛けたことがある。その時言われた言葉を脳裏で思い出した。
「もしや、アカメさんもそのトレーニングを……?」
「うむ。……と言っても俺は初級編だがな」
ジェノスの問い掛けに俺は重々しく頷く。肝心のトレーニング内容だが実態は腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回。そしてランニング10kmを毎日やるというものだ。しかも冬と夏はエアコン禁止。
俺も興味本意でやりたいと申し出たのだが、まだ子供ということで全ての課題を半分にした特別メニューをサイタマには提示された。ちなみにエアコンはありである。
それが思いの外辛いの何の。特に毎日それを継続するってところが一番キツい。この前うっかりサボりそうになったわ。
「アカメさんほどの強者でも初級……。まさかそんなトレーニングがあるとは……」
ジェノスは険しい表情を浮かべ絶句していた。どうでもいいけどコイツの中での俺の評価ってどうなってんの? さっきからなんかやけに俺のこと敬ってくるけど――、
「――――ん?」
ふと、俺は視線を迷わせ宙を仰いだ。
何か変な感じが――三つ四つ……いや五つか。
「教えてやってもいい……だが辛いぞ。ついてこれるのか?」
「はい!」
「――あの」
何か熱血ドラマみたいな熱い空気を醸している二人の間に割り込むのは多少に気が引けたが、俺は素足でぺたぺたと床を移動すると訝しげな表情でこちらを見るサイタマの背の辺りで立ち止まる。
「あ? どうした?」
「何か、来るぞ」
「え? しかし、俺のレーダーには何も――――」
ジェノスは不意に言葉を途切らせてからびくりと肩を震わせると眼を光らせて身構えた。
「――高速接近反応……! 来る」
直後、爆音と共に部屋の天井が崩落した。
瓦礫に混じって何かが降ってくる。
果たしてそれは身の丈もある巨大なカマキリであった。頭部には脳味噌が露出していて気持ち悪い。
「ケーッケケケ!! 俺の名は――」
「――天井弁償しろ」
刹那にはカマキリ君は吹き飛んでいた。哀れなり、拳を振り抜いた状態で止まってるサイタマは相変わらず淡白な顔をしていた。
そのまま目にも止まらぬ速さでベランダから飛び降りる。たぶん下にいる二匹も退治しに行ったんだろう。そんなサイタマに追随するため、俺は傍らで固まったままのジェノスに呼び掛ける。
「よし、ジェノス」
「はい、アカメさん! ここは俺に――」
「おんぶ、だ」
「……えっ?」
* * *
ジェノスにおんぶされ、ベランダから外に降りるとサイタマが埋まっていた。
比喩でも何でもなく、文字どおり煉瓦作りの地に顔から下を沈ませているのである。
「なんつーか、つくしになった気分だ……」
思ったより平気そうだったので安堵していると一際、大きくて強そうな奴が現れた。ライオンの顔にムキムキの筋肉を持つ半獣半人のような姿だ。
「はははは!手も足も出ないとはまさにこのことだな。よくやったグランドドラゴン!」
そいつはしばらく高笑いを続けると俺に眼を止めて、ニヤリと笑った。
「貴様が今回のターゲットだな? どうだ、コイツを殺されたくなければこの獣王に大人しく従って――」
「……いや、もういいよこの展開……」
すさまじい既視感を抱きながら直後に起こるだろう事を予感し俺はげんなりしていると、その自称獣王さんはサイタマの目の前に二本の指を突き立てる。
「さては冗談だと思っているな? では、これでコイツの眼を潰す! 獣王はいかなる敵でも決して手は抜かぬのだ!」
「いや、だから……」
「――冗談はさておき、お前ら謝るなら今のうちだぞ。人の天井を壊しやがってよ」
俺がどう説明しようか迷っているとサイタマがずるっと地中から抜け出して言った。
「あーあ変なとこに土入っちゃってるよ……」
「よかろう!ならばこの獣王の力、存分に見せてやる! 『獅子斬』!」
ブゥンと、鋭い音と共に地面や周囲の建物に大きな爪痕が刻まれる。無数に殺到する爪の嵐にしかし悠々とサイタマはそれらを躱していく。
……ていうか、地味にこっちに飛んで来てる。ちょっと当たってて痛いんだけど、猫に引っ掻かれたみたいで。
「逃がすか! 『獅子斬流星群』!!」
更に勢いを増した獣王の猛攻にサイタマは片手を握り――、
「――『連続普通のパンチ』」
* * *
「質問に答えるかこのまま消滅するか選べ」
片手の『焼却砲』を構えて言ったジェノスの言葉に敵――アーマードゴリラはしかし一貫とした姿勢を崩さなかった。
「消滅スルノハオ前ダ。俺ノ実力ハ進化ノ家デハナンバー3。ソノ程度デハ今モ来テイルナンバー2ノ獣王ニハ勝テヌ」
「――それコイツじゃね?」
現れたサイタマが持って来たのは≪獣王≫の成れの果てだ。ぷらんぷらんとした眼球が指に摘ままれ揺れている。
その痛ましい姿にしかし、アーマードゴリラは厳しげな表情のまま静かに瞑目し――、
「……あのすいません。全部話しますんで勘弁してください」
* * *
――一昔前、一人の若き天才科学者がいた――。
――から始まったなんたらかんたら長い話を聞いているとイライラが最高点に達したのかサイタマが大声で叫んだ。
「話が長い!」
「す、すいません……」
強烈な怒気に当てられすっかり意気消沈とばかりに身体を萎縮させているアーマードゴリラは気まずそうに視線を泳がしている。
「つまり、どういうこと?」
痺れを切らして俺が続きを促すと、ゴリラは尚も渋った様子だったが俺の背後でジェノスが構えたのを見て観念したのかあっさり吐露した。
「――つまり、我々のボスが貴女の身体に興味を持ったようです」
「いや俺、男に興味ないし」
「え!?」
俺がそう即答すると背後から戸惑った声が聞こえた気がしたが無視する。ふとサイタマが何か納得したように一度手を叩いた。
「成る程、つまりロリコンか」
「社会不適合者め……」
拳を握りしめ、忌々しく俺は吐き捨てる。昔では個人の趣味と許容していた性癖だが、今日に至り対象が我が身となれば、それは忌むべき害悪でしかないのだ。悪、即、斬、である。
「よし、行くか」
「あぁ、行こう。直ぐ行こう」
「――え 今ですか!?」
――バカヤロウ! ロリコンは放っておいたら何をするか分からないんだぞ!!
焦った様子のジェノスにそう言ってやりたかったが黙っておく。仕方ないのだ、アイツはまだ若い……。追い詰められたロリコンの恐ろしさを知らないのである。
それに対してサイタマは言わずとも理解しているようだった。彼は懐から何かの紙きれを取り出すとそれをぴらぴらさせ――、
「明日は特売日だから行くの無理だしな」
「えぇ……?」
俺は絶句した。
コイツも分かってない。やはり信じられるのは己のみか……。
「て、いうかスーパーの特売日って今日だろ」
「え、マジ!? 今日金曜じゃねぇの?!」
確かと、記憶を遡った俺がぽつりと呟くと、ぐるりと勢いよくサイタマが振り返って詰め寄って来た。
「いや、今日土曜だし……」
「お前それ早く言えよおおおお!!」
「先生!? 進化の家は――」
「んなもん今日の晩飯の方が大切だ! 俺スーパー寄ってから向かうからお前ら先に行っとけ!」
そう言ってサイタマは頭を抱えてアパートに戻っていった。たぶん財布でも取りに戻ったんだろう。
「敵の基地を潰すのにその余裕……。さすがです、サイタマ先生」
「いや、うん……まぁ、そうなんだけどさ……」
羨望の眼差しで、トリップするジェノスは放っておいて、俺は締まらなくなった空気を改めるように重苦しい声で言った。
「二人になっちゃったけど。行くぞ、ジェノス」
「はい、アカメさん!」
かくして、一人抜けて暫定メンバー二人となった俺とジェノスは打倒、ロリコンに向けて進化の家へと歩き出したのである――――。
次回
アカメVS阿修羅カブトに続く