やっぱり皆、ワンパンマン好きなんですね。
今日も今日とてZ市は静寂に包まれている。
朝食の後、ごろんと床に寝そべりテレビを見ながら午後までだらだらと時間を過ごす。
それがここ最近の俺の日課となり、今日もまた例外なくそんな一日を過ごすのだと思っていたのだが。
「――マジで来たのか……えぇっと」
「ジェノスです。サイタマ先生!」
「先生は止めろ。――お茶、飲んだら帰れよ」
「ありがとうございます!」
元気よくそう言って頭を下げたのは先日俺の服を焦げ炭にした青年だった。
お詫びに来たのかと思ったらどうにも違うらしい。
「アカメ先生とサイタマ師匠のお力には感服しました! 先日も言いましたが、是非俺を弟子にしてもらいたい!」
「いや、弟子なんか募集してねーし。あと師匠も止めろって」
そんなやり取りを他人事のように眺めつつ、俺はふと思ったことを口にした。
「あれ? サイタマが師匠ってことは……一番弟子は俺ってことになるのか?」
そんな俺の何気ない一言に顔を上げて反応を見せたのは青年改めジェノス君だった。
ジェノスは純朴な少年のようにキラキラと瞳を輝かせると俺に向けてずいっと顔を寄せてきたのである。
「では、アカメ先生は俺の姉弟子ということになりますね! 姉さん……いえ、姐さんとお呼びした方が――」
「おいバカ止めろ」
間髪入れず却下する。明らかに自分より見た目歳下の少女を姉呼びってどんなプレイなんだよ、ドン引きだわ。
俺の冷たい視線に、しかし全く理解してない風にジェノスは首を傾ける。……こいつ真面目そうな顔に見えて実は割とヤバい奴なんじゃないかと俺が危惧を抱き始めていると、
「いや、コイツも俺の弟子じゃねーし……。お前マジなんなんだよ……」
そう言って間に入ったサイタマの表情は残業終わりの会社員みたいに心底疲れ切っていた。かくいう俺も似たり寄ったりの顔になっているだろう。
「俺ですか? 俺の話を聞いてくれるんですか?」
しかしまたまたずいっと顔を寄せてきたジェノス君はおもむろに何かの前振りをしてきたのである。
「いや、いい」
「俺も、いい」
興味もなかったので素早く首を横に振った俺とサイタマを見てジェノス君は、ほうっと一息吐くと――。
「――四年前……俺は十五の頃まで生身の人間でした――」
――コイツ人の話聞かねぇぇぇぇええええええ!!
俺が内心で絶叫をしている間、しかしジェノスはぺちゃくちゃとずっと何やら話しているが、はっきり言って半分以上聞いてない。
「クセーノ博士は俺に――」
「バカヤロウ!二十字以内に簡潔にまとめやがれ!!」
ついに耐えきれなくなったのかサイタマがそう言った。――ちなみに俺はとっくに話から離脱し、朝の通販番組を眺めていた。
* * *
「――モスキート娘が敗北しただと……?」
研究室。本ばかりが山のように積まれて生活感を感じさせない部屋には蛍光灯の一つすら設置されていなかった。
暗闇にはただ一つ、極薄で形成されたモニターの青緑の光が僅かに周囲を照らすだけである。
「まぁ、奴は血を吸わなければ貧弱な虫でしかないからな。所詮は試作品ということだ」
男――ジーナスは黒塗りのソファに深く腰掛けたままそう吐き捨てる。その声音はあくまで冷酷、感慨を微塵すらも感じさせない冷ややかなものであった。
「いえ……それが……モスキート娘は大量の血液を吸収した状態で……二人がかりとはいえ一方的に」
「何」
二十八、と胸に書かれた自身のクローンの言葉にジーナスは始めて感情らしい感情をその能面めいた顔から垣間見せた。自分以外の人間を下等な者と断する彼が唯一信じる者の言葉――自分自身の言葉を疑うわけではないがそう聞き返してしまうのは仕方のないことだった。
「小型追跡カメラがほんの一部ですが記録しています。――これです」
「――おぉ」
そうしてモニターに映し出されたのは眩い銀髪を靡かせる美少女だった。この世のありとあらゆる美をその身一つに凝縮させたような少女は真っ赤な宝石のようなルビーの瞳を瞬かせ、雪原に咲く一輪の百合の花の如き、白の肌を惜しみもなく露出させていた。
気付けば感嘆の声を漏らし、彼は触れることのないモニターに向かって手を伸ばしていた。ゾッとするほど美しいとはまさにこのことだ。それは研究による知的好奇心以外、あらゆる感情を排斥してきた彼が久方ぶりに得た感動だった。
ジーナスは息をすることさえ忘れてモニターに見入る。最後の方になにやら禿げた男が映った気がしたが、そんなこと気にも止められないくらい少女に対し釘付けになっていた。
「……すばらしい」
映像が終わり、恍惚とした表情をしたジーナスがぽつりと呟いた。
「無理矢理にでも彼女の身体を調べさせてもらおう」
うっとりとした表情のまま、ジーナスは静かに続ける。
「使者を送って彼女を招待しろ……。我々の『進化の家』にね」