ONE PUNCH MAN ~白銀の女神~   作:上川 遠馬

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なんか私の見間違いでなければ本作品がランキングみたいなものに載っているんですけどもしかしてこの作品そこそこ人気出てるんでしょうか


第5話

 それは突然だった。

 余りにも唐突で、そして残酷な一撃だった。閃光、爆発、崩壊。

 予測も回避も不可能な、横暴で残忍なその一撃は正確に、的確に、俺という人間を殺めたのである。

 今この瞬間。俺という一個体の存在は確かに終わりを告げたのだ。

 

 そう、俺は――社会的に――死んだのである。

 

 眩い閃光。充満した焦げ臭い煙が晴れて、ふと視線を下に落とすと身に纏っていたはずの衣類が消失し、俺の周りにはただこんもりとした灰の山が形成されていたのを見て、俺は名状し難い感情をその時確かに抱いたのだ。

 あるいは、それは喪失感か、行き場のない憤りか。余りにも冷酷、そして無情。

 俺はこの耐え難い悲しみをありったけの咆哮へ変え、天へと轟かせたのである。

 

「ふああああああああああああっ?!」

 

 ――この服まだ買ってから二回しか着てなかったんだぞクソッタレ!!

 

 俺は激怒した。

 必ず、目の前の邪智暴虐の男を除かねばならぬと決意した。

 俺には法律がわからぬ。しかし邪悪には人一倍に敏感であった。俺には父も、母も既に居ない。女房も居ない。二十五歳の禿げたヒーローと二人暮らしだ。世のため人のため、社会に何か貢献できたかと言えば首を捻るばかりである。

 

 ――だからってこんな仕打ち、あんまりじゃないか。

 

 俺は泣いた。静かに泣いた。心の中で沸々と煮えたぎるこの紅蓮のような激情をどこかに、誰かに、ぶつけねばならぬと思った。

 

「――くっ、無傷とは。ここまで……か」

 

 ふと視界に入る。身体からぷすぷすと煙を出しながら膝を着く憎っくき男が目に入り、俺は視線を尖らせた。――たった今決めた。この男に服代を弁償させると。

 幸い、今の俺の性別は女である。セクハラ料も加算して一万円はふんだくれるだろう。

 そうと決まれば俺は男に向かって大股で歩みを進める。決意を固めた俺の意思はさながらダイアモンドよりも凝固なのだ。あれってハンマーで叩いたら割れるらしいけど。

 

「――あら? 何か面白いことやってるじゃない。私も混ぜてもらえるかしら」

 

「あ?」

 

 そんな中で割り込んでくる者がいた。

 女だ。それも全身真っ赤のペンキを塗りたくったみたいな女だった。虫みたいなコスプレをして宙に浮かんでる。

 ――全然気が付かなかったけどこいつ虫かなんかの怪人か、サイタマとずっと居るせいでどうも感覚が鈍ってるらしい。なんか今までの怪人に比べたらずっと弱く見える。

 

「おちびちゃん……よく見たら人間じゃないわね。私達に近いものを感じる」

 

 その女の怪人は俺を上から下へ舐めるように視線を移すとそう言った。その後、目の前の男の方へ顔を向ける。

 

「まぁいいわ、同じ怪人のよしみで殺さないでおいてあげる……。それよりアレは私の獲物、手を出さないでもらえるかしら」

 

 女の怪人は言ってくすりと笑い、

 

「――うるせぇババア」

 

 俺がそんな返答をするとその怪人はぐるんと勢いよく顔をこちらに向け、開いて血走った瞳孔で俺を見てきた。いわゆるガン見である。

 

「は、あ゛? ……せっかく見逃してあげようと思ったのに、貴女馬鹿なのかしら!!」

 

 やれやれ、と言わんばかりに首を振る怪人は爪みたいな手を俺に向けて振りおろす。

 金属同士がぶつかったみたいな硬質音がした後、その怪人の爪は俺の頭で止まっていた。なんかじんじんして地味に痛かった。

 

「いきなりなにすんだ!」

 

「ごぼっ!!」

 

 ――ので、ムカついたからその怪人の脇腹に蹴りを叩き込むと大袈裟に飛んでいった。ドォンドォンと二、三回バウンドしてから足を着く。

 

「な、なに、今の……なにを……」

 

 ごほっ、と吐血しながら腹を押さえる怪人の姿は演技に見えない。

 そんなに強く蹴った覚えはないのにと頭を捻る俺だったが、直ぐに一つの可能性に思い至り、俺は不敵な笑みを浮かべた。

 

「お前、虫の怪人だろ。だったら今の俺に勝てないぞ――絶対に、な」

 

「なんですって……!」

 

 殺意丸出しでこちらを睨む怪人だが今の俺にとってはまったく怖くない。

 

「――お前には致命的な弱点がある。それを今、教えてやる」

 

 

 

 * * *

 

 

「――お前には致命的な弱点がある。それを今、教えてやる」

 

 その言葉を耳にした時、モスキート娘の頭に沸いたのは明確な殺意だった。

 自分に弱点がある。それは言外にお前は不完全な存在であると言われたようなものだ。怒りが沸かないはずがない。

 しかし一抹の興味があるというのも否定できなかった。自分自身気が付いてない弱点、それを目の前の少女は知っているのだという。

 どんなトリックを使ったのか知らないが、隙を突いて自分に膝を着かせた相手の話など、本来なら耳を貸すことなく一瞬にして消してやりたい。しかし話を聞いてからでもいいかも知れない。殺すのはその後でもいいはずだ。

 一瞬の思考でそんな結論を下したモスキート娘は血ヘドを飲んで殺意を抑えた。話を聞いた後は――、容赦なく殺す。そんな激情を秘めて。

 

「な、なんなのかしら……。その私の弱点、というのは」

 

「ふふん。それはな……」

 

 少女は尊大な態度で勝ち誇ったような視線をモスキート娘にくれた後、指を突き付けてこう言った。

 

「――虫除けスプレーだよ」

 

「――――――は?」

 

 思わず間抜けた声でモスキート娘は呟く。虫除けスプレー……。

 虫除けスプレー……、虫除けスプレーというと、あの虫除けスプレーか?

 

「そう、俺はここに来る前に虫除けスプレーをかけて来たんだ。――つまり」

 

 一拍置いて、少女は言う。

 

「虫の怪人であるお前は、その虫除けスプレーの効果で、俺に対して本来の力を出せずに居るということだな!」

 

 どうだ、と言わんばかりに胸を仰け反らせる少女を見てモスキート娘の中の何かが切れた。

 

「――――あぁ」

 

 ――もういい。

 

 ――殺そう。

 

 突風を巻き起こして少女の元に接近する。

 まずはその無防備な喉を掻き切って――、

 

「とぉ」

 

「がっ!?」

 

 無気力な掛け声と共にモスキート娘の腹に鉛が衝突した。――否、拳である。モスキート娘は、たった今殴られたのだ。

 鮮血を撒き散らしながらモスキート娘は吹き飛ぶ。今ので腹に大きな風穴が開いていた。

 

「ふっ、やはり虫除けスプレーの効果か……」

 

 その少女の言葉に戦慄する。まさか、いや、まさかとは思うが、本当に? 虫除けスプレーで自分が押されているというのか?

 

 いや、違う。

 何かがおかしい。

 何かが違う。狂ってる。

 

 そうだ、アプローチを変えるんだ。地上が駄目なら空中から。

 

「あっ、コラ待て!」

 

 宙に浮かぶモスキート娘に攻撃手段を持たない少女は虚しく両手をぶんぶんと振り続けるのみ。

 しばらくはこのままに、焦った心を落ち着かせ――

 

「あ、なんか出た」

 

 ――一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 ぴゅんと、少女の手から野球ボール大の光るものが見えたと思ったらそれがモスキート娘の頬を掠めて後方に飛んでいき――、

 

 直後、大きなビル群に着弾したと思ったら爆音轟かせ、崩壊――というより跡形もなく消し飛ばした。

 

 威力が、範囲が、規模が、違う。

 モスキート娘は事ここに至って、理解した。

 即ち、目の前の少女は――いや、少女の姿を模した悪魔(・・)は、自分より格上の敵であると。

 

「なんだ今の」

 

 きょとんと、まるで何も分かってないような無垢な顔する悪魔の姿がモスキート娘の恐怖を更に引き立てた。

 

 如何にしてこの悪魔から逃げおおせるか。

 それだけが頭の中を占めていた。

 

「待てコラァ!」

 

 そこでモスキート娘はこちらに近付く第三者に気が付いた。禿げた頭の男が、殺虫剤を片手に蚊を追い掛け回している。

 

(――あれだ!)

 

 モスキート娘は素早くその男の背後に立つとその首に自身の爪を置いた。つまり人質である。

 

「それ以上動くな! 動いたらこの男を殺すぞ!!」

 

「――――あ?」

 

 状況を理解してない、といった風に禿げ頭の男は首を傾ける。対して銀髪の悪魔は強張った顔で額に手を当てていた。

 

「いや……それ以上は止めといた方が……」

 

 いきなり態度が縮小した悪魔を見てモスキート娘はこれを好機と見る。うまくいけばこのまま逃げ――――

 

 パァンと、乾いた音が鳴り。モスキート娘の視界が揺らぐ。

 

「――――蚊、うぜぇ」

 

 それがモスキート娘の聞いた最期の言葉となった。

 

 

 * * *

 

 

「何だったんだ? 今の」

 

 まるで分かってない。という風に首を傾けるサイタマを目に状況を理解できず一瞬で死んだであろう怪人を思って俺はちょっぴり虚しい気持ちになる。

 

「てか、お前何で裸なの? 風邪ひくぞ」

 

「――――あ」

 

 サイタマに指摘され、俺は我に返った。辺りを見回すと、膝を着いたまま唖然とこちらを見る男の姿を眼に俺は当初の予定を思い出した。

 

「おい、お前! 俺の服、弁償しろ!」

 

 男の胸ぐらを掴みながらそう言うが反応しない。口を魚みたいにぱくぱくさせてるだけである。

 ――頭叩いたら治るかな? そう思って実行に移そうと考えていると、その男はようやく反応を返してきた。

 

「――お前、いや……貴女は怪人ではないのか……?」

 

「俺は人間だ」

 

 そう即答すると男は何故か顔を引き締めた。重苦しい表情で俺を真っ直ぐ見据えて言ってくる。

 

「是非、貴女方のお名前を教えていただきたい!」

 

「え、アカメだけど」

 

「そちらの方は!」

 

「え、サイタマだけど」

 

 男はそれを聞いて、何を納得したのか分からないが満足そうに一度、うんと頷くとこう言ったのだ。

 

「俺をあなた方の弟子にしていただきたい」

 

「あ……うん」

 

 

「ん?」

「え?」

 




どうでもいい話をここで一つ。

初期プロットではモスキート娘を主人公にサイタマと絡ませるつもりでした。一応、進化の家で実験中に脱走したって設定で。
どうでもいいですね

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