ONE PUNCH MAN ~白銀の女神~   作:上川 遠馬

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第3話

 休日の昼間ということもあってかB市の繁華街は人の群れでごった返していた。白昼堂々とイチャイチャするカップルや大学のサークルらしき若者の集団が散漫と辺りに溢れ、非常に鬱陶しい。

 それに加え、俺が歩くと周囲から向けられる好奇の視線の数々。これが厄介極まりなかった。

 誰かとすれ違う度に振り返られ、唖然とばかりに凝視され、居心地の悪さを加速させる。まるで動物園のパンダにでもなった気分だ。

 こればかりは俺が失念していたと言わざる負えない。ふと眼についたショーウィンドーのガラス張りの窓に映った自分の容姿を見て、客観的にそう思った。

 半ば忘却していたが、今の俺は見た目だけで言ったら超の付く美少女なのだ。逆の立場になって考えたらどうだろう。前から突然、アイドル顔負けの美少女がやって来たとしたら――そりゃ、俺だって思わず振り返ってガン見してしまうかも知れない。

 今もまるで俺を監視するかのように遠巻きでこちらを見据えてくる人でちょっとした人垣が形成されているのに気が付いた俺は堪らず人の少ない裏路地に逃げ込み、ボロい古着屋で買う予定のなかった野球帽を購入すると、輪ゴムで適当に束ねた銀髪の上から目もとの辺りまで覆うようにそれを深く被った。これで変装は完璧だ。

 

 とんだハプニングに見舞われ、大幅に遠回りすることを余儀なくされた俺だったが、無事に目的地のウニクロに到着した。

 店に入るや否や買い物籠を手に、そこらへんにあった安くて着心地の良さそうな服からぽいぽい籠の中に入れていく。俺は見た目より機能重視なのだ。

 

 ついでに試着室で着替えも済ませ、上下だぼだぼのジャージという出で立ちから、無地のシャツと短パンという極めてラフな衣装に衣替えしてから足早に店を後にした。合計で八七五〇円と思ったより高く消費してしまったのは痛い。

 まぁ概ねではあるものの、無事ショッピングを終えた俺は買い物袋を片手に鼻歌を混じせ、帰路につく。

 

(残ったお金でお菓子でも買って帰ろうかな)

 

 寧ろこれが今回の本題だったりする。

 残ったお金でどんな物を買おうかとうきうきしながら黙考していると、

 

「――――――ッッ!?」

 

 ふと腹から込み上げる悪寒と、息が詰まりそうな重圧を感じ、刹那には顔を持ち上げ、空を仰ぎ見た。

 プレッシャーは郊外の山林から発生しているようだった。異様な風向きの変化と空気が変わったのを肌で感じ、ざわりと胸騒ぎを覚えた。

 

 果たしてそれは俺の予感の通り、みるみる内に膨れ上がっていく威圧感は文字通り大きく巨大化していき、山林を悠々と越える男の巨人の姿を形成すると地鳴りを響かせ、街を踏み潰し、真っ直ぐこちらに向かってきた。

 

『――緊急避難警報――災害レベルは――鬼』

 

『D市に――巨大生物が出現――D市は消滅しました――』

 

『――現在、巨大生物はB市に接近中――、近隣住民は、至急避難を開始して下さい――』

 

「うわあああああああああああ!!」

 

 けたたましいサイレンと共にそんな勧告が促されると、辺りは一瞬の騒然の直後、悲鳴が爆発した。

 人々は逃げ、戸惑って辺りはあっという間に阿鼻叫喚の渦に包まれる。

 

 対して、俺の心中はどうかと言うと思いの外落ち着き払っていた。

 目の前の巨人は確かに恐ろしいが、先ほどからこちらにジェット機もかくやという勢いで高速接近してくる気迫に気が付いたからだ。

 

 果たして数秒後には俺の読み通り、綺麗な弾道を描き、さながら砲弾のように空中を飛行――というか、落下している一筋の放物線を発見し、俺は安堵の息を吐く。

 

「おーい! サイタマー!」

 

 俺は被っていた野球帽を脱ぎ捨て、その小さな人影――サイタマに向かって両手を振った。反動で結わいた髪が解けて視界の端でゆらゆらと揺れるのが鬱陶しいことこの上ない。

 しかし太陽の光に反射してキラキラ輝く銀髪はやはり一目を惹くらしく、向こうも気が付いたのか、サイタマはちらと横目で俺を見て、サムズアップを返してきた。

 

 これでもう大丈夫だろう。

 巨人の肩に着陸したサイタマの姿を確認しつつ、視線を戻すとやけに周囲が静かなのに気が付いた。

 周りの人々はさっきまで嵐のような戸惑いを見せていた筈なのに、今は何故か皆が皆、足を止めて俺を注視していたのだ。そこで俺は先ほどまで自分が余程大胆な行動を取っていたことに気が付かされる。

 

「……やばっ」

 

 彼方でぶっ飛ばされる巨人をしり目に俺は野球帽を被り直し、そそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 ――この日、B市を襲った巨人はどこからともなく現れた銀髪の美少女が天に手を掲げると、彼方へ吹き飛んでいったという噂がまことしやかに広がったらしい。

 

 現場に居合わせた人々は口々にこう言った。――聖女の奇跡だと。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――D市に突如、巨大生物が出現。D市は壊滅、か」

 

 スタジオの舞台裏。ゆったりとしたカウチソファに腰掛けながらA級ヒーロー≪イケメン仮面≫アマイマスクは手にした新聞を読み上げた。

 

 名前の通り美麗と整った顔を歪め、アマイマスクはヒーロー協会の遣わした職員の男を睨めつける。

 

「全く――この体たらく。現場のヒーローは何をしていた、呑気にお茶でも飲んでいたか?」

 

「い、いえ……! ですが被害は最小限に留められたと――」

「――甘いよ」

 侮蔑的な視線を向けたまま新聞をテーブルに放るとアマイマスクは慌てて色々と弁明していた男を一言で押し黙らせた。

 場に重苦しい空気が広がり、アマイマスクの冷たいため息の声が響く。

 

「それで? この巨人を倒したヒーローは誰なんだ?」

 

 半ば形式ながらもアマイマスクはそう聞いた。

 現場状況、そしてテレビに報道されていた巨人の図体から察するにS級二位――≪戦慄の≫タツマキが応対したのだろうと当たりを付けて、

 

「そ、それが――詳しいことは未だ不明です」

 

 だから、予想だにしない男の言葉を聞いた時、アマイマスクが思わずソファから身を乗り出すのは半ば仕方のないことだった。

 

「……何だと? タツマキじゃないのか」

 

「は、はい。タツマキさんはその時、別任務の最中だったと――」

 

「じゃあ誰だ」

 

「それが、現場に居合わせた市民の情報によると――銀の髪を持つ少女が現れ、街を救ったと……」

 

 ハッと、アマイマスクは思わず鼻で笑った。

 

「まるでおとぎ話の聖女だな、混乱して幻覚でも見たんだろう。そんな眉唾な情報じゃなくもっとハッキリしたものを――」

 

「いや、それが……」

 

 アマイマスクの言葉を遮り、男が持ち出したのは黒のタブレットだった。画面には粗い映像で繁華街とおぼしき風景が映っている。

 

「……これは?」

 

「――B市の監視カメラの映像です。これをご覧下さい」

 

 それまでと違ってやけに真剣な男の声音に渋々とアマイマスクはタブレットに眼を向けた。

 慌ただしく逃げ惑う人々の映像から始まり、数秒後には静けさが溢れ、がらんとした街並みが映る。

 

「――ん?」

 

 しかしそんな中でアマイマスクは奇妙なものを発見した。子供だ。それも背格好から凡そ十代前半。

 無地のシャツに短パン姿、野球帽を深く被ったその表情は伺い知れないが、しかしスラリ伸びた細足はしなやかで美しく、その立ち姿は映像越しにも息を呑むような美貌を感じさせアマイマスクはいつしか静かに画面を注視していた。

 

 やがて、状況が動く。

 しばらく立ち尽くしていた子供だったが、ふと自身の帽子に手を掛けると乱雑にそれを脱ぎ捨てたのだ。

 

「――――美しい」

 

 思わずそんな感嘆が漏れた。きらびやかな銀髪を風に靡かせ、現した少女の素顔をそれ以外に的確に表現できる言葉を知らなかった。

 例えば高名な彫刻家が長い年月を費やし作り出した美神の彫刻か。

 明らかに人間の範疇から逸脱した少女の美しさにアマイマスクは息をすることすら忘れて画面に食い入った。

 

 そして、映像の少女は両手を掲げる。

 その数秒後には巨人が彼方へ吹き飛ばされ、B市は歓喜の渦が覆った。

 少女はそんな中、改めて帽子を被り直すと、静かに街角へと消えていく――。

 

「――白銀の女神」

 

 我知れずアマイマスクはそう呟いていた。

 今、彼は確信したのだ。今のヒーロー協会に必要なのは絶対的強さとカリスマを兼ね備えた人材。それこそ、名も知れぬ彼女であると。

 

「この少女を探すんだ。あらゆる手段を行使してでも絶対に。本部にもそう伝えておけ」

 

「――は、はい!」

 

 有無を言わせぬアマイマスクの気迫に男は頷く。

 乾いた舌に潤いを求め、果汁酒で口を湿らせると久方に感じなかった高揚感を落ち着かせ、アマイマスクは瞑目した――。




オリ主「ぶぇーっくしょい!! 何だ、風邪か!?」
これは重症ですね。お薬と勘違いタグを処方しておきます。

ちょっとはしょりすぎましたかね? 後でマルゴリ(巨人)さん視点や、サイタマ先生の視点の追加を兼ねて修正するかもしれません

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