というノリで書いた小説です
眼が覚めるとそこは全てが白い世界。上も下も右も左も全てが真っ白だった。
昨日は会社の残業が終わった後、寄り道せず家に帰ってぐっすり寝てたはずなのに。何故俺はこんなところに居るんだ。
夢、という単語が一瞬頭を過る。試しに頬をつねってみたが普通に痛かった。
「どうなってんだこりゃ……?」
降参、お手上げ、とばかりに俺は手を挙げて床に突っ伏す――尤も、この真っ白な空間ではどこが床でどこが天井なのかさえ分からないが――するといきなり目の前で眩い光が瞬いた。
「うおっ?!」
思わず眼を瞑る。たっぷり数秒間かがやき続けたフラッシュが消えると、そこには真っ白のローブを着た老人が立っていた。
「――目覚めたか? 人の子」
瞬間、とてつもない重圧が俺の背に押しかかった。
まるで身の丈もある巨大な氷塊をおぶったかのような悪寒。我知れず冷や汗をたらりと足らした俺に老人はまるで生ゴミを見るかのような冷徹とした一瞥を寄越すと、フンと鼻を鳴らした。
「――喜べ、下等生物。貴様は我々神々によって選ばれた」
「…………は?」
言いたいことはもっとあった。ここはどこだとか、お前は誰だとか。
しかし俺の口から出たのはそんな掠れた声だけだった。
本能で理解したのだ。目の前の老人に逆らってはいけない。意見してはいけない。こいつは、この方は人間ではない。
――少しでも意に反することをすればその瞬間殺すと。
言外に老人の冷たい眼差しがそう語っていたのだ。
「――そうだ、それでいい。少しは頭が回るようだな? 無駄話をせず本題に入れる――」
そうして老人は語った。曰く、
――地球とは一個の生命体である。
――人間とはそんな地球を蝕み続ける病原菌である。
――お前はそんな人間共の害悪文明を抹消するため、地球。ひいては神の意思によって選ばれた存在だと。
「――これから貴様に新たな肉体と力を与えてやろう。……地球上の生物を抹消するには十分過ぎる力、だ」
「――その力があれば一朝一夕と時間をかけず、人類を滅亡させることができるだろう 」
不協和音めいた老人の声が頭を反響する。
その度に俺の意識は薄れ、同時に新たな精神が刷り込まれていくのを感じた。
――人間は悪だ!
――人間とは害悪文明である!
――人間を殺せ!
「――それ、いけワクチンマン……人間を、害悪を、破壊し――蹂躙しろ」
その一言を最後に俺の視界は黒く塗り潰されていった。
記憶の片隅、最後に残った意識の欠片で思ったことは――。
――どうせ生まれ変わるなら、もっと若くて、綺麗な身体に生まれ変わりたい――というものだった。
* * *
平日の早朝、いつもは平和であるはずのA市は火の海に包まれていた。
建物は崩壊し、あらゆるところでひっきりなしに爆音が鳴り響く。
A市は戦場と化していた――。
『ご覧くださいものすごい轟音と揺れが続いております!! 突如A市を襲った爆発は尚も規模を拡大させ、現在協会で災害レベルを判別中との――』
ぷつん、と。テレビにノイズが走ったと思うと映像が途切れ、砂嵐になる。
男はそれを確認するとその腰を持ち上げて静かに呟く。
「よし、行くか」
――正義執行。
* * *
サイタマがA市に到着した頃には、そこに街があったという事実を疑ってしまうほどに惨憺たる景色が広がっていた。
山だ、瓦礫の。どこもかしこも、コンクリートの山に散らばり、荒れ果てた荒野が広がるのみだった。
「こりゃ……もう生きてるやつ居ないかもな」
ぽつりと漏らした呟きに返る返事はない。
しかし、きょろきょろ周囲を見回すサイタマの耳にふと、弱々しくも確かに子供の泣き声が届いたのだった。
「うぇ――――ん!! パパ――――!! ママ――――!!」
「おっ」
声の方向へ急行するサイタマ。
そこには果たして今まさに怪人の手にかけられそうになっている少女の姿があった。
それを察知した瞬間――。素早く地を蹴ったサイタマは眼にも止まらぬ早さで少女の元へ。
気絶してしまった少女を抱き抱え、怪人の手から離れた手近な場所に横たえる。
「――何者だ、お前は」
それは、恐ろしくも不気味でおどろおどろしい声だった。常人ではその声を耳にしただけで恐ろしさのあまり発狂しあるいは失神していただろう。
その怪人は容姿もまた醜悪極まりなく、黒々とした肉体に頭部から生えた二本の触角のようなものがその者が人外であると告げていた。
あるいはこの相手が自分を脅かす強敵でありますように――。
久々の大物に、僅かばかりの期待を寄せ、口端に笑みを作るとサイタマはいつもの口上を口にした。
「……俺は――趣味でヒーローをやっている者だ」
* * *
「くそったれぇええええええええええええ!!」
その後は――、大方が予想通りであった。
今回も一撃で終わってしまった相手の肉片を一瞥し、サイタマは虚しさを咆哮に変えると膝を着く。
「――ん?」
しばらくそうしていたサイタマだったが、ふと目の前の怪人の残骸。肉片に何かが埋もれているのに気が付いた。白っぽく、太陽に反射し、キラキラと光るそれは銀の糸の束だ。
「なんだ、これ?」
疑問に思ったサイタマは試しにその糸を鷲掴みにし、ぐいと引っ張る。そうして中から出てきたのは、
およそ齢十二、三の、長い銀色の髪をした全裸の少女だった――。
「…………え、なにこれ迷子?」
* * *
俺は自由の効かない身体にもがきながら、どこか客観的な意識を抱き、事の顛末にそんな感想を漏らした。
人類を殺戮する怪人となった俺は手始めにA市を破壊していた――。しかしそれは俺の意思とは少し違う。
例えるならゲームの三人称のような、自分で自分の四肢も口も一切を動かせず、しかし意識は保ったまま勝手に身体が動くのだ。
そうして破壊の限りを尽くしていると、どこからともなく禿げ頭の男が現れ――。
以上の通りである。一瞬にしてやられた。いや、俺が言うのもなんだけど結構強くなかった? 俺、曲がりなりにも神と地球に選ばれた存在なんだよね? こんな瞬殺されていいの?
そんなこと考えてると、ふと身体が軽いのに気が付いた。というか、さっき粉々にぶっ飛ばされたはずなのに五体満足の感覚があった。まるでさっきの怪人の身体から分離したみたいな――。
「なんだ、これ?」
そんなこと考えてると頭上から声が聞こえた――って、痛た?! 痛い!!
もしかしなくとも髪の毛を引っ張られてる。そりゃ痛いはずだ。
あまりの激痛に抗議の意を込めて眼に力を入れてると引きずり出された外の光景で最初に俺が見たのは俺を倒した禿げ頭の男だった。
「――うぇっ」
思わず変な声が出た。
だって威圧感かハンパじゃない。
今ならわかる。間近で見て、この気配。
ヤバいなんてどころじゃない。身体中が警報を告げている。勝てない。いや、勝つとか負けるとかじゃなく、戦いを挑むことさえおこがましい。
間違いなく、あの真っ白な空間で出会った老人以上の気迫だった。
必死にそんな凍りつくような恐怖に耐えていると、ふと眼前の男は鎌首をもたげて言った。
「…………え、なにこれ迷子?」
「違ぇよ……」
ぽつりと、俺が反射的にそう呟くと男は眼をぱちくりさせた。
しまった!?機嫌を損ねたか! と、俺が戦々恐々としていると、
「――そっか」
男はそれだけ呟いた。
瞬間、男の纏う雰囲気が少しだけ緩和した。
息の詰まりそうな圧が霧散し、俺は一息吐く。
恐らく、そのこてこてのヒーロー衣装からも察せられるに悪者ではないのだろう。しかしどこか頼りない弱そうな風貌だが。
「――お前、父ちゃんと母ちゃんは?」
男がふと、そんなことを聞いてきた。俺は素早く首を振る。
両親なんてもう十年以上前に死んでる。俺、今年で三十九だぞ。
「これから、そこに倒れてる子を近くの街に送ってやるけど、お前もそれでいいか?」
「――い、いや!」
続けた男の言葉に素早く首を振った。
冗談じゃない。今では俺は立派な犯罪者だ。人殺しだ。
――変な老人に身体をいじくられて……とか、こんなことするつもりじゃなかったんです! なーんて言っても理解されようはずもない、即断罪である。
「じゃ、お前どうすんの?」
その問いかけに俺は首を捻る。住む家はもちろん、身体も変なバケモンにされちまったし俺、マジこれからどうしよう……。
「――はぁ、」
黙りこくる俺に、男は一度ため息を吐くと、俺の頭にぽんと手を置いてきた。
「じゃお前、一旦俺ん家来るか?」
「えっ? いいんですか!」
間髪入れずに頷く。俺からしたら願ってもない提案だ。悪い人じゃなさそうだし、しばらく匿って貰えそう。
そんな思考をしていると男はおもむろに自身のマントを取ると俺に向かって放ってきた。
「ほら、それでもいいから着とけ、お前今裸だろ」
「あっ、すいません」
恐縮しつついそいそとマントを纏う。その時、俺はようやく自分の身体を見下ろし――、
「――は?」
あるべきものがそこにあらず、やけに白っぽく艶やかな肌が晒されているのに気が付いたのだった――。
「――うそだろ?」
拝啓、天国におわしますお父様、お母様。
あなた達は生前、常々口癖のように「男より女の子の方が欲しかった」と仰っていましたね。
御覧ください。あなた達の息子は立派な娘に成長いたしましたよ? 草々
……いや、ほんと、笑えない。俺がなにしたってんだよ……。
自分で書いてて思ったこと。
これコア層すぎるだろ……誰得小説なんだ(困惑)
※捏造、ワクチンマンの背景にはこんなストーリーがあったと妄想したり