宮藤さんが部屋にいる   作:まるの

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シリアス気味注意


閑話

 強く叩かれた机の鈍い音に、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの端正な眉が顰められた。

 目の前に相対しているのは旧来の友であり、部下でもあるゲルトルート・バルクホルンだ。彼女は歯を強く食いしばり目を伏せている。

 

「あれから、もう一週間だ! なぜ宮藤の情報一つ見つからんのだ!」

 

 そしてキッと上げた顔に激情を乗せ、感情のままに叫んだ。

 そんな彼女にミーナはゆっくりと頷いた。

 バルクホルン同様ミーナもまた情に深い性質であり、今回の事態にはひどく心を痛めて

いるのだ。

 

「トゥルーデ。宮藤さんの件については私達だけでなく、他のウィッチ隊や軍人によって捜索が続けられているわ」

「それはわかっている! だがミーナだって覚えているだろう、あの時のことを!」

「それは……」

 

 その言葉にミーナの脳裏にはオペレーション・マルスの結末が浮かび上がる。

 確かにあの作戦によってあのネウロイは撃破され、そしてロマーニャの空は解放された。

 しかしその代償として待っていたのは501JFW――ストライクウィッチーズ隊員一人のMIA(Missing in action:戦闘中行方不明)であった。

 宮藤芳佳がロマーニャの空から消えて、今日で一週間になる。

 

「私は今でもあの時のことを夢に見る。なぜ宮藤一人に行かせたのか、とな」

「……トゥルーデ」

「あいつが見つからなければ、私は私自身が許せそうにない」

 

 私は無力だ、という小さな声が部屋に響く。

 両の拳を強く強く握りしめて、バルクホルンは吐き出すように言葉を紡いだ。

 そうでもなければ心がどうにかなってしまいそうなほど、今の彼女の精神は宮藤芳佳に対する罪悪感、そして自己に対する嫌悪感に苛まされていた。

 そんな彼女の姿にミーナの瞳が揺れ動く。

 

 ――バルクホルンにはたった一人、クリスティアーネという実妹が存在する。

 かつてその妹であるクリスを失いかけ、そのショックから自身の命をも投げ捨てようとした時にそれを助けたのが宮藤芳佳であった。

 それからバルクホルンは宮藤をまるで妹のように想い、不器用ながらも深い愛情を注いできた。

 思えばこの二人は部隊の戦友でありながら、年の離れた姉妹のような関係でもあった。

 ――であれば、今再び宮藤芳佳を失いかけているバルクホルンの心情はいかようなものだろうか

 それを考えると、ミーナは自身の心にじくりとした鈍い痛みが走るのを感じた。

 その痛みを深く飲み込んでミーナは唇を噛み締めた。

 彼女とて自身の悲しみのままに嘆き、内心を吐露したいという気持ちはある……しかし年長者として、そして何よりこの基地の指揮官として感情に流される訳にはいかない。

 

「……現在、この基地の士気はガタ落ちだ。リーネやサーニャなどは食事もほとんど取らずに宮藤の捜索に乗り出しているし、他のメンバーにしたところで大きく気を沈ませている」

「……彼女たちは特に宮藤さんと仲がよかったもの。無理もないわ」

 

 リネット・ビショップは宮藤芳佳の一番の親友であった。

 彼女は今、基地内の食事の準備を簡単に済ませるとストライカーユニットを足に国中を飛び回る、あるいは市街で宮藤の情報を集めることに専念している。

 

 サーニャ・V・リトヴャクにとってもまた、宮藤芳佳は数少ない気の置けない親友であった。

 彼女は自身の持つ固有魔法である『全方位広域探査』――周囲状況を探査することができる感知系魔法――を利用して、宮藤の捜索活動を行っている。

 

 エーリカにとって放っておけない後輩であり、ルッキーニにとって大事な友達であり、エイラにとって憎めない仲間であり、ペリーヌにとって口では言うことのない大切な親友であり――そう。宮藤芳佳はいつしか彼女達501JFWにとって、なくてはならない無二の存在となっていた。 

 

 彼女達はみな、今は自身の疲れも気にならない程に宮藤の捜索へ力を注いでいる。

 そんな中で宮藤の消失によって最も心を痛めているのが。

 

「……美緒はまだ飛んでいるの?」

 

 ミーナの切ない声に、バルクホルンは苦々しげに頷いた。

 坂本美緒。彼女は昨晩から今朝にかけてロマーニャ近辺の海域を飛び回り、今朝に帰ってきたかと思えば僅かばかりの休息を終えて再びその足にストライカーユニットを通した。

 無理はやめるように言っているが聞き分ける様子はなく、下手をすれば単身で動き回りかねないということで仕方なしにストライカーユニットでの行動を許している。

 ……それでもまだ、一時期に比べれば改善しているのだろうと思う。 

 宮藤が消失した直後の彼女は、それはもう酷い取り乱しようであった。

 ――それはやはり、彼女に自責の念が強すぎるからか。

 

『あいつは、宮藤は、私の為に飛んだんだ。こんな――ネウロイに捕らえられるような上官を救うために! あいつが、犠牲になっていいものか……!』

 

 坂本美緒はこの度の事態を自分の失態によるものとして認識している。

 ネウロイを倒すどころかネウロイに捕らえられ。

 上官として部下を守るどころか部下に助けられ。

 挙句、守るはずの部下を犠牲に生き残ってしまったのが自分である――という認識である。

 

 それは違うと何度も言ったが、涙を流して懺悔を繰り返す彼女は受け入れることはなく。

 贖罪のつもりだろうか。彼女は自分の身体を傷めつけるようにして空を飛び続けている。 

 

「――――私の身体一つで宮藤が戻るのなら、それも本望さ」

「少佐!? 戻っていたのか……」

 

 思わぬところから聞こえてきた声に、二人が勢いよく振り返る。その視線の先にはちょうど話題に上がっていた人物である坂本美緒が立っていた。

 『立っている』という表現は適切ではないかもしれない。何故なら彼女は荒げた息も絶え絶えに、扉によりかかるようにして身体を支えていたからだ。

 よく見れば、魔眼を携えたその目の下には色濃い隈が巣食っていてろくに睡眠を取っていないことが見て取れる。それでも日頃の鍛錬か、執念か――坂本美緒はそこに立っていた。

 

「美緒、もう無茶はやめて……! これ以上無理をすれば、あなただってどうなるかわからないのよ!?」

「なに、今日はペリーヌの奴が横に付いてくれたさ。……帰りは少し、肩を貸してもらったがな」

 

 そう言っていよいよ姿勢を崩しかけた坂本美緒が、すんでのところで踏みとどまる。

 見ていられないとばかりに目を伏していたミーナが意を決したように顔を上げた。

 

「……坂本少佐。あなたをこれ以上飛ばせるわけには行きません。指示があるまで基地内待機とします」

 

「ミーナ!? しかし、私は……!」

「――宮藤さんのことなら私だって心配よ! でも冷静になりなさい、美緒!」

「っ……ミーナ」

 

 つんざくようなミーナの悲鳴に、思わず言葉に詰まる。

 そしていよいよ張っていた気がぷつりと切れたように坂本美緒は体勢を崩す。

 そうして倒れかける――寸前に、バルクホルンがその身体を抱きとめた。

 

「……少佐。ミーナも言っているように、私達も宮藤の捜索には全力を惜しまない。……だからあなたも、ここで倒れるような真似はやめてくれ」

「……バルクホルン。すまないな」

「礼なら宮藤が見つかってからでいいさ。……ペリーヌ・クロステルマン! そこにいるな!?」

 

 坂本美緒らしからぬ小さな礼の言葉に少しだけ頬を緩ませたバルクホルンは、すぐにその表情を引き締めると彼女が入ってきたばかりの扉に向けて怒号を飛ばした。

 バルクホルンの睨んだ通り、ガタリと音を立てた扉がそろそろと開いていく。

 その陰からそっと顔を出したのは、坂本少佐の言によると本日彼女とツーマンセルを組んでいたペリーヌ・クロステルマン……彼女が不安げな表情を隠そうともしないでこちらに顔を向けていた。

 

「あ、あの……私は……」

「上官の会話に聞き耳を立てるのは軍規違反だ、気をつけろ。――坂本少佐を部屋まで連れて行ってやってくれ」

「は、はいっ!」

 

 ペリーヌは弾かれたように坂本の傍に飛びつくと、バルクホルンから受け渡された彼女に肩を貸し、ゆっくりとその歩を扉まで進めていく。

 そして何かを言いたいのか迷ったようにしていたが、思い直して口を閉じる。肩に支える坂本の調子がよくないことを気遣ったのだろう、そちらを優先することにしたようだ。

 ぺこりと頭を下げて退出した二人を見届けると、バルクホルンは重い溜息をついた。

 

「あの気丈な坂本少佐が、こうまでなるとはな」

「……仕方のないことだわ。美緒は、宮藤さんのことを特に可愛がっていたから……」

 

 そんなミーナの言葉に同意するように頷くバルクホルン。

 だが、坂本があの調子ではいつか本当に身体を壊すか、事故でも引き起こしかねないだろう。しばらくは看病の名目で、ペリーヌあたりを監視要因として傍に付けるしかないかもしれない。

 宮藤芳佳が消失して一週間。

 この間に501JFWの隊員達は懸命な捜索活動を行ってきたが、それが実を結ぶことはなかった。

 

 

 

 

「――けど、いつまでもこうしている訳にはいかないわ。私達は……軍人だもの」

 

 感情を押し殺したミーナの言に、バルクホルンは思わず何かを言いかけて……そして彼女が強く唇を噛み締めて、拳を握りしめているのを見て口を閉じた。

 ミーナの言葉は何より真実である。この隊にいる全ての隊員は各国から集められた軍人達であり、それは部隊の任務が終われば隊を解散しなければならないという意味を持っている。

 むしろ今現在、曲がりなりにもこの基地に501のメンバーが揃っている事自体が不思議であるとも言えた。

 

「……通例であればとっくに原隊復帰、あるいは別部隊への異動が指示されている頃だ」

 

 バルクホルンが目をやると、力のない笑みでミーナが微笑んだ。 

 やはり、と思う。

 恐らく彼女がどこかに働きかけ、あるいは工作して現在の状況を作り上げているのだろう。

 

「それでも、もう限界よ。幾らヴェネツィア、ロマーニャ解放の功績があるとはいえ……これ以上このまま501としてこの基地にいるのは不可能だわ」

「……そうか。そうだろうな」

 

 それはバルクホルンとてわかっていた。

 既に部隊の目的であるロマーニャは解放されている。

 部隊は解散され、隊員は散り散りになるのが当然だ。

 

 自身を納得させようと理解の言葉を紡ぐバルクホルンに、ミーナは痛ましげな視線を寄せた。

 ミーナの打算的な面が内心で呟く。

 彼女達には状況を理解し、飲み込むだけの時間が与えられたはずで――そろそろ別地に異動しても問題はないだろう、と。

 そんなことを考える指揮官としての自分が嫌になった。

 

「私達三人は今後サン・トロン基地に異動する見込みよ。ハイデマリー少佐の部隊を吸収して当地の防衛任務に就く予定だわ」

「……だろうな」

 

 それもまた、わかっていたこと。

 

「シャーリーさんとルッキーニさんはヴェネツィア公国に残る手筈だわ」

「……そうか。何か情報が入れば二人には真っ先に知れることになる、か」

「それに504の方も宮藤さん個人と親交があったし、協力を期待できるかもしれないわね」

「そうだな。……あいつは、人懐っこいやつだったから」

 

 少し前のことの筈なのに、今では昔のように感じられる宮藤の笑顔を思い出す。

 そしてバルクホルンは少しだけ心が軽くなっているのを感じた。

 自分たちだけでは駄目だったが、もっと多くの人間が宮藤の捜索の携わればどうだろう。

 宮藤は人に好かれる質の人間だった。

 彼女の為に力を振るってくれる人は、部隊を通して多く存在している筈だ。

 

「……宮藤は今、どこにいるというのだ。人が突然姿を消すなど考えられない。……どこかで必ずあいつは生きている筈だ」

「私も、みんなもそう思っているわ。あのネウロイの撃破後、付近の海域は徹底的に捜索している。だからどこかの陸地に流された……という見込みが強いもの」

「ウィッチ隊と海軍の捜索に加えて、サーニャとミーナの感知魔法も使ったんだ。そのことに疑いはないさ」

 

 ではなぜ、とバルクホルンは改めて考える。

 海域にいない以上、潮に流されて内地やどこかの島にたどり着いたという推測の元に、自分たちは捜索活動を行ってきた。

 潮の流れを考えてたどり着くであろう場所はあらかた探し終わっているが、それらでは宮藤が流れ着いた痕跡は認められていない。

 

「……カールスラントには優秀な技術者達も多い。あちらに行けば何か今回の現象についても分かるだろうか」

「そうね……それにハイデマリー少佐も強力な魔導針を持つウィッチよ。協力してもらえたら心強いわね」

 

 ハイデマリー少佐と聞いてバルクホルンもまた、いつかに出会った時の姿を思い出す。

 彼女のナイトウィッチとしての力はこの世界でも随一のものであり、ミーナの言うとおりに捜索に力を貸してもらえれば何か新しいことがわかるかもしれない。

 それにカールスラントと言えばエーリカ・ハルトマンの妹であり、優秀な技術者であるウルスラ・ハルトマンもこの地に身を寄せているはずだ。彼女の頭脳があれば今回の事態についてより詳細な知見を得られることだろう。

 ふつふつと血が沸くような感覚を身体中に感じながら、バルクホルンは強く拳を握りしめた。

 

「宮藤……絶対に私が見つけてやるからな」

 

 決意を新たにするように、空を仰ぎ見る。

 宮藤芳佳はこの部隊の、いやこのロマーニャの救世主だ。

 そんな彼女をこのまま行方不明兵として終わらせることなど断じて許さない。

 誓いの言葉を口にしたバルクホルンは、それを嘘にしない為にも今後の動きについて念入りな作戦を練ることにした。




軍事知識がないのでおかしな点があるかもしれません

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