「みもりさん、みもりさんってば。聞いてますか? わたしの話」
「……ああ、うん。なんだって?」
顔を赤く染めた宮藤が、その手に持ったグラスを机に叩きつける。
その眼前に座っている俺は何回目かになる彼女の話を聞かされていた。
普段は垂れ目がちな真ん丸の両目は据わっていて、俺を見つめたままぴくりとも動かない。
投げやりな俺の返事に宮藤は大きく口を開いた。
「だから、いっつもわたしに意地悪しないでくださいって話です! いつもいつもみもりさんはわたしのことをいじめてきて、もっとやさしくするべきです! それにこの前も、わたしのことを犬っぽいってからかってきて……」
「いやあのですね」
「なにが『犬藤』ですか! わたしの名前はみやふじです!」
「はい、すみません……」
ドスの利いた声に思わず俺の両肩が縮んでいく。
こうやって威圧感のある姿を見せられると、やっぱり宮藤も軍人なんだなあと変なところで納得させられてしまう。
いつもはおっとりとしていて気立てのよい宮藤が、こうまで俺に対して不満をぶつけてくるのには当然理由が存在している。
「……それに、ずっとお願いしてるのに芳佳って呼んでくれないし」
「そ、それはしょうがないだろ。俺だって恥ずかしいんだし……」
「だから何なの!」
ごめんなさい。
と思わず謝った俺を見て少しは満足したのか、宮藤はグラスに入った中身を勢いよく呷った。
あれで少しは醒めてくれるといいんだけどなあ……と思いながらため息をつく。
目の前に座る宮藤の顔は赤らんでいて、その言葉はどことなく舌が回っていない。
典型的な『酔っぱらい』である。
やっぱりもっと確認しておけばよかった、と部屋の隅に転がる空き缶を見てさらにため息。
その色鮮やかな缶のラベルにはカラフルな画調の果物の絵が描かれていて、更には大きく書かれた新発売という文字が目に入る。
その為、宮藤はその裏側に書かれた『これはお酒です』の文字に気づかなかったのだろう。
「み、宮藤さん。グラスがあいてますよー」
先ほど宮藤が飲みほしたグラスの中に並々の『水』を注いでいく。
そんな俺に、にへらとした笑顔を浮かべる宮藤。
しかしながら、不幸中の幸いというべきはぶっ倒れるまで酒に酔わなかったことか。
仮に急性のアルコール中毒にでもなっていれば救急を呼ばなければならなかっただろうし、そうなればこの年齢の子供に酒を飲ませたということで、きっと俺は然るべき機関から調査を受けることになっただろう。
そうすると当然宮藤の身元についても調べがいくわけで、宮藤の身元が不明で、戸籍がないことなども明らかになり……どうなっていたことやら。
それを考えれば、この状況は遥かにマシだと言わざるを得まい。
だからといって今の状況が嬉しいわけでは全くないが。
注がれた水をこくこくと喉を鳴らす宮藤を見つめながら、俺は事態の発端を思い返していた。
「どう考えてもただの押し付けだよなあ」
手に持ったスーパーの袋を揺すれば、中の缶飲料が音を立てる。
オレンジやリンゴのジュースや、炭酸飲料から乳製品までさまざまな種類の飲み物が押し込められていて、中には俺も見たことのないようなものまである。
ことの発端はといえば、本日出向いた大学での出来事であった。
『三森くんって一人暮らしだったよね? 実はこの間の飲み会で飲み物があまっちゃってさー、よかったら持って帰ってよ』
なんて言い出したのは、どこの誰だったか。
顔には見覚えがあったので籍だけ置いてるサークル活動の部員仲間だったかもしれないが、そんな彼に手渡されたのはビニールいっぱいに詰められた缶、缶、缶。
聞けば某所でサークルでの飲み会を行ったらしいが、予想外の出席率の悪さに対して飲食物を買い込みすぎた為に、その時の食べ物や飲み物があまってしまっているらしかった。
部室に置いておくのはいいが、お菓子やなんだと言った食べ物はそこで食せばいいにしても、飲み物を冷やすための冷蔵庫などはないし、常温で放置すれば腐ってしまうかもしれない。
なので手分けしてあまったものを部員に配っている――というのが彼から受けた説明だったか。
もちろん俺にしても封を開けたものならともかくとして、未開封の缶ジュースなどは貰って困るものではない。
よって二つ返事で受け取ったそれを手に帰路についているわけ、だが。
「おっ、もたかったーっ。宮藤ーただいまー」
「あ、おかえりなさい!」
ようやく我が家にたどり着いた時には、ずっと持っていた手のひらにビニールの痕がくっきりと残ってしまっていた。
散々重さに苦しめられたそれを玄関に置き、ようやく解放された手で靴を脱ぐ。
ぱたぱたと駆け寄ってきた宮藤は興味津々といった様子で袋を覗き込んでいるようだった。
「どうしたんですか? 帰りにお買い物でもしてきたんですか?」
「あー、違う違う。実は今日大学でさ……」
靴を脱ぎ、手を洗いながら一連の流れを説明する。
洗面所からちらっと見やれば、中の缶ジュースを取り出している宮藤が目に入った。
例の動物園に行った以来、宮藤はジュースやら清涼飲料水やらを気に入っているというか、たまに買ってやると美味しそうに飲むようになっていた。
一人暮らしを始めて以来あまり外で飲み物を買わなくなった俺だが、ここ最近家の冷蔵庫に林檎だの蜜柑だののジュースが入っているのは、まあ、そういうわけである。
「……要するに貰い物だよ。宮藤も好きに飲んでいいよ」
「ほんとですかっ。やったぁー」
期待するように上目遣いで見てくる宮藤に告げてやると、嬉しそうに両腕を挙げている。
ただの缶ジュースでここまで喜べるのは単純というか安いというか。
「あ、でも冷えてないから冷蔵庫に入れてから……って聞いてないな、おい」
「へっ、なんですか?」
忠告しようと振り返れば、宮藤は既に取り出したグラスの中に氷を入れている。
きょとんとした顔でこちらを見てくるそんな彼女に苦笑いが浮かび、そんなに好きならこれからもたまに買ってやるか……と内心でひとりごちる。
なんだかんだで甘いものが好きだったり、宮藤も年頃の女の子なんだなあと改めて実感。
氷を並々と入れたグラスの中にジュースをとくとくと注いでいる宮藤を尻目に、他の荷物やらを部屋に直していく。俺もこの後で一杯ぐらい貰おうと思いながら。
そして、ふと気になることがあった。
「……あの中ちゃんと見てなかったけど、大丈夫だろうな」
なんとなしに気にかかったのは、これを受け取る時に聞かされた『飲み会で飲み物があまった』という言葉だった。
飲み会で……ということは、当然、酒なども買っているだろうわけで。
もしあの中にアルコール飲料などが紛れていれば、間違って宮藤が飲んでしまうのはよろしくない。非常によろしくない。
……とはいえ、まさかそんなこともないだろうとは思う。
大体俺だって未成年であることに違いはないし、それを知っているであろう彼や彼女らが俺への荷物の中に酒を入れるなんて、そんなことはしないだろう。
などと考えながら、俺は一応とばかりに宮藤に声をかけることにした。
「宮藤、ちょっと飲むの待ってもらってー……って」
「ごくごく……どうしたんですか?」
「もう飲んでるんかい。……それ、大丈夫?」
「え? とっても美味しいですよ?」
既にグラスの中を空けていた宮藤が不思議そうに首をかしげる。
その言葉通りに宮藤は嬉しそうに頬を染めていて、どこもおかしな雰囲気はない。
「……そっか。いや、なんでもないならいいんだ」
「あはははは、へんな三森さんですね。こんなに美味しいのに!」
「え、あ、うん」
「もう一杯いただきますねっ」
なんだろう。随分宮藤のテンションが高い。
こんなにこいつ、普段からハイな奴だっけ……?
そんな風に俺が疑問を浮かべる中、高揚したような宮藤が更に缶を傾けようとする。
そしてその表示が目に入った。
太字の三角に囲まれた『お酒』の文字が。
「ちょちょちょ、ちょっと待ったぁー!」
「ふぇ? み、三森さんも飲みたいんですか?」
「そうじゃなくって、それは……って飲もうとしてるんじゃない!」
俺の言葉もそぞろにしてグラスに口をつける宮藤。
これ以上酒を飲ませるわけにはいかない。
慌ててそれを奪った俺に、ふくれたような宮藤の声がかけられる。
「もうっ、なんでわたしのを取るんですか!」
「いやだからこれは、っておい、取ろうとするんじゃ、ないっ」
「最初に、わたしから取ったのは、三森さん、でしょっ」
奪われたグラスを取り返そうと宮藤がぴょんぴょんとジャンプして俺の腕に手を伸ばす。
だがこれ以上この中身を飲ませるわけにもいかない俺は取らせまいとして手を上げて宮藤から逃れ……めんどくさい、こいつ!
「あーもういい、これは俺が飲むから!」
「あ、ひどーい!」
そんな宮藤に構わず手の届かない高い位置から、そのグラスの中身を勢いよく飲み干す。
甘い。とても甘い、まるでジュースのようだ。
これなら宮藤が抵抗なく飲んだのも理解できる……が、その一方で喉の奥が熱くなるような感覚に、これが紛れもなく酒であることを認識させられた。
見れば缶にはチューハイ飲料にしては高めのアルコール度数が印字されていて、なぜこれが飲み会の後にあまったのかが薄っすらと理解できる。
――ちなみに、であるが。
飲酒後というのは血中のアルコール濃度が高くなっており、体はそれを分解処理しようとする。
しかしこの段階で運動をすると血液が筋肉に分散され、内臓に血液が集められなくなる。
その結果アルコールの代謝速度が遅くなる。つまり、酔いが覚めにくくなるのだ。
また飲酒後の運動は血液の循環が早くなるため、酔いが回りやすくなる……ということもあり。
要するに、散々ジャンプした宮藤はというと。
「……あ、あれ? なんだか身体が熱くなってきたような……」
「……酔いが回ってきたな」
顔を赤らめ、覚束ない足取りでふらふらと立ち回る。
俺はため息を一つつくと、そんな彼女の腕を掴んで身体を支えた。
宮藤が熱っぽい瞳でこちらを見上げる。
「み、みもりさーん。わたし、なんだか身体が火照ってきちゃったんですけど……?」
「……とりあえず、そこに座ってような」
俺の腕に抱かれたままの宮藤をゆっくりとクッションの上に降ろし、そして冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
酒酔い対策の基本は徹底的な水分補給だ。
摂取したアルコールよりも多量の水を飲んでおけば大事に至ることはない……と思う。
というかそうでなければ困る。
もちろん、この後宮藤が意識を失ったり、そうでなくとも身体に異変が起きたりすれば迷わず救急を呼ぶつもりではあるが……そうなると、この状況の説明は俺に出来る気はしないし、後始末を付けられる自信もない。
もっと言ってしまえば『身元不明の未成年の少女に自室で酒を飲ませた男子大学生』……という形容詞が付いてしまう俺も、なにかしらの刑罰に処される気がする。
それはまずい。非常にまずい。
冷たいものが背筋を流れるのを感じながら、俺はグラスに水を注ぎ終わる。
とにかくここは、宮藤の体内のアルコールを分解するよう全力で努めるべきだ。
部屋に戻ると、宮藤が真っ赤になった顔で自分の襟元を開いて汗ばんだ首元を手で扇いでいた。
とろんとした目で俺を見上げてくる彼女の真横にしゃがんで、そして力のないその手に水の入ったグラスを握らせてやる。
「ほら、水持ってきたから。ゆっくりでいいから飲もうな?」
「は、はーい……」
宮藤の小さな手にグラスを握らせて、落としやしないかと更に俺の手で上から握る。
そのまま口元に持っていってやると、こくこくと喉を鳴らして宮藤が少しずつその中身を飲んでいく。ゆっくりと時間をかけてその半分ほどだろうか、水を飲んでいた宮藤が俺に向けて小さく首を振った。
そっと彼女の口元からグラスを外し、様子をうかがう。
「ちょ、ちょっとだけ楽になった気がします……ありがとうございます、みもりさん」
「ならよかった。……けど、顔はまだ赤いぞ」
水を飲んで少し熱が引いたのか、先ほどより正気を取り戻した表情で宮藤が頭を下げる。
そんな彼女の様子に俺は頭を捻る。
うーん、他に酒に酔った時の対策ってなにがあったっけ。
俺自身もほとんど酒を飲むわけではないし、こんなになるまで酔っ払ったこともないのであまり介抱の知識がない。
せいぜいがネットの片隅で聞き及んだような断片的な対処法と、周囲の大学生が言っているようなうんちく話ぐらいである。
……そういえば昔『空きっ腹に酒はよくない』って聞いたことがあるな。
なにか食べるものでも用意してやろう。
「ほら宮藤、どら焼き食べるか? この店のやつ確か好きだったろ?」
ちょうど今日は宮藤の土産にするつもりで和菓子屋に寄って帰ったところだ。
鞄の中に入れていた袋から取り出して、更にその包装も剥がしてやる。
「わっ、覚えててくれたんですか? 嬉しいですっ」
「ほら手に取って……って言って、しんどそうだな。口開けてみ」
そういえば春に居酒屋の前で倒れていたような大学生も、こんな風に介抱されて水を飲まされていたなあ。なんて思い出す。
あの時の彼ら同様宮藤も身体を動かすのが億劫なようで、緩慢とした動きでこちらに手を伸ばそうとしている、が……じれったい。
手に持ったどら焼きをそのまま宮藤の口元に持っていってやると、彼女が戸惑ったように、照れたように上目遣いで俺を見上げる。
「え、えっ?」
「ほら、あーんしてみって」
「ええ、いや、その……はっ、はいっ!」
ためらっていた宮藤だったが、しばらくしてようやく決心したようにをぎゅっと目をつむると、勢いよく口元のどら焼きにかぶりついた。
もぐもぐと口の中で咀嚼して、ごくりと飲み込んだのを確認して少しだけ安心する。
この調子で水と食べ物を与えていればその内に酔いも収まるだろう。そうなれ。
「おいしい?」
「……あ、味なんてわかんないですよぉ」
顔を真っ赤にして俺から目をそらした宮藤が、ぼそっとつぶやく。
そんな彼女にもう一度それを向けてやると、今度は観念したのか最初から大人しく口を開いた。
それもまた飲み込んだところで、宮藤がぽつりとつぶやく。
「みもりさんがいつになく優しい……」
いやいや、と首を振る。
「わりと、宮藤には優しくしてる方だと思うんだけど」
「え、でも、いっつもわたしに意地悪ばっかりしてるじゃないですかっ」
「それは……そうだけど」
「認めましたね!」
「でも、普段からこうやって食べさせたり飲ませたりしてほしいの?」
それはまた……なんというか。
こうして宮藤に「あーん」としたり水を飲ませたりしてやっているのは飽くまで介抱のためであって、さすがにこれを平常時の彼女にしてやるのは、ちょっと。
普段の食事の時に宮藤が作ってくれたごはんを箸で掴み、それを笑顔の彼女に食べさせてやるようなイメージがふっと浮かんで消えた。
うん、さすがに恥ずかしすぎる。
付き合いたてのカップルだってそこまではしないだろうっていうレベルだ。
そんな俺の考えていたのと同じような内容を思い浮かべたのか、宮藤も顔を赤らめる。
「……それはそれで」
「えっ?」
「い、いや、なんでもないです! なんでも!」
ばっと勢いよく立ち上がった宮藤が、何かをかき消すようにぶんぶんと頭を振っている。
なんだろうこの酔っぱらい。
「み、みやふじ?」
「……だっ、大体っ、優しくするのは他にももっといろいろあるじゃないですか! ほら、わたしのことを褒めたりするとか、遊びに連れて行くとか!」
「褒めたり……?」
「それに三森さんってば、テレビに美人な女の人が映るとちらちらそっちばっかり見てるし! わたし、それぐらい気づいてるんですよ!」
「えっ、いや。それはその……すみません」
「わたしがいるじゃないですか!」
元気になったのはいいが、もしかしてこれって俺は怒られているのだろうか。
ぐぬぬとした顔で俺を睨みつける宮藤。
はあはあと荒げた息を整えると、グラスに残ったもう半分の水を勢いよく飲み干し、続けて俺に向き直った。
そして改めて俺に対する文句が吐き出されるのを聞いて、この調子だとしばらくはこのままなんだろうなあと考え……冒頭に戻る。
「み、宮藤さん? 少しは落ち着きましたか?」
「はい……」
恐る恐ると声をかけると、この世の終わりのような声で宮藤が返事をする。
あの後散々宮藤から烈火のように怒られたり、寂しそうに怒られたり、じと目で怒られたりしたが、酔いというのは覚めるもので。
やがて我に返ったのか、宮藤は顔をさーっと青くすると膝を抱えて落ち込み始めた。
「……わたし、三森さんにいっぱい文句言っちゃいました」
絶望したような声でつぶやく宮藤。
先ほどまで俺に延々と怒鳴っていた宮藤がしゅんとしたように俯く。
そんな彼女に笑いかけながら、俺は慰めるべく口を開いた。
「ほら、でも、ストレスを貯めこむのってよくないし」
「……すみませんでした」
「それに俺も宮藤の本音が聞けてよかったかなって」
「で、でも……」
「それより宮藤、気持ち悪かったりしないか? さっきも言ったけど、多量じゃないとはいえアルコールを飲んじゃってるからなぁ」
ふるふると首を横に振る宮藤に、ひとまず安心する。
とはいえここまで来ればもう大丈夫だろう。
明日の朝ぐらいには頭が痛むかもしれないが……とにかく、急性アルコール中毒なんかにならなくて本当によかった。
俺がほっと息をなでおろしていると、宮藤の目の端からぽろぽろと涙がこぼれだした。
「み、宮藤? どうした?」
俺は何かやってしまったのだろうか。
慌てだした俺に、宮藤がふるふると手を振った。
「あ、ち、違うんです。これは悲しいとかじゃなくって……」
ぎょっとする俺を前にして宮藤がごしごしと涙をぬぐう。
その口元はなんだか笑っているように見えて、ますます俺の混乱が加速する。
ふうと一息ついた宮藤が俺の方に向き直って、ごめんなさい急にと頭を下げた。
そんな彼女はどこか吹っ切れたような顔で口を開いた。
「わたし、ずっと心配だったんです。自分のことも、三森さんのことも……それに、501のみんなのことも」
「……うん」
宮藤はそうして、ぽつぽつと自分の心情を吐き出すように喋りだす。
溜め込んできたものを外に出すように。
「自分がこれからどうなるのか、とか。三森さんはわたしのことを迷惑に思ってないかとか。それから基地のみんなは元気にしてるんだろうか……とか」
「ずっと考えないようにしてたつもりなんですけどね。なんだか、ここ最近はずっとそんなことで悩んじゃってて」
「……それはここでの生活になれたからだろう。落ち着いてきたからこそ、色んなことが目に入るようになってきたんじゃないか?」
「あはは、そうかもしれませんね」
からからと笑う宮藤が自分の胸に手を当てる。
そして俺の目を見て、柔らかく微笑んだ。
「でも三森さんが心配してくれて……わたしのことを考えてくれているのがわかって、すごく、なんというか……胸の中が暖かくなって」
そこで言葉を区切って、
「わたしは、ここにいていいんだなぁ。って、思えたんです」
「……宮藤」
「あはは、ごめんなさい。ちょっと図々しいですかね?」
「そんなわけあるか」
ちょっと小さくなってこちらを見上げる宮藤の姿に、俺の中の何かが揺れ動いた。
衝動的にその腕を掴んで引っ張り寄せる。
小柄な身体が俺の胸に飛び込んで小さな声を上げた。
「宮藤は頑張ってるよ。1人でこんな世界に来てしまって、それでも前を向いて頑張ってる」
「み、三森さん?」
「向こうの世界の人も宮藤を心配してるかもしれない。でもそれと同じように俺だってお前のことを心配してるし、助けてやりたいとも思ってる。だから遠慮なんてしてないで、ここにいろ」
「……三森、さん」
「向こうの友達にだって、きっとまた会える。宮藤が諦めないかぎり、きっと」
一気に吐き出した言葉は、果たして宮藤の心にどれだけ届いたのだろう。
腕の中にいる宮藤の身体が小さく震えて、俺はそれを強く抱きしめた。
「……すごく暖かいです。ごめんなさい、もう少しだけこのままでいさせてください」
「三森さん、あの……」
どのぐらいそうしていたのだろうか。
しばらくして宮藤がぽつりと口を開いた。
そこで俺も今の体勢に気づく。
咄嗟のことだったが、今俺はこうして宮藤の小さな身体を抱きしめていて……なんだろう。
自覚すると、一気に顔が熱くなってきた。
「あ、ごめん。思わずこうしちゃったんだけど……嫌だった?」
「い、いえ、そういうわけではなく――むしろ嬉しかったというか。いやそうじゃなくて」
やんわりと否定してくれた宮藤に少しほっとしつつ、その様子に違和感を抱く。
「……宮藤、なんで口元を抑えて。ていうか顔色が白く」
「――わたし、これまでずっとお酒を飲んで吐く人のことってよくわからなかったんですけど……今はわかる気がします」
「いやちょっと。なんでそんな悟った顔して……まさか、おい。俺の胸の中でちょっと、やめてください。おいやめろ」
「ごめんなさい。動くと、出ます」
「ちょっと、みやふ……」
あっ。