宮藤さんが部屋にいる   作:まるの

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宮藤さんには夢がある

 なんでもないような平日の昼下がりに、俺はどうでもいいような内容の本を流し読みしていた。

 内容は西洋での魔女の台頭と衰退までを描いた民俗学の著書……というよりはもっと軽い、ドキュメンタリー本のような類のそれである。

 わかってはいたが、特に何を得ることもなさそうだ。

 いい加減別の本に目を通そうか――と考えたところで、その思考を遮るものがあった。

 

「み、三森さーん……」

「え、どうした?」

 

 聞こえてきた情けない声に、手に持っていた文庫本から視線を外す。

 声の方を見れば、そこには割烹着を着た宮藤が困ったような顔で米びつを抱えていた。

 その中に詰められている筈の白米はほとんど底を尽きようとしていて、どう考えても今日を食いつなぐだけの量すらないことが見て取れる。

 

「それが、お米がもうないんです……ご飯が炊けませんっ」

「あっちゃー。しかし、ずいぶん早かったなー」

 

 俺の予想だともうしばらくは保つと思っていたんだが。

 普段の俺の消費ペースであれば、次の買い出しまでは半月ほどの余裕があったはずだ。

 それがなぜ、こうも早く食糧がなくなったのかと言えば……まあ、それも当然の結果であろうか。

 俺はその原因である少女の顔を眺めた。

 

「どうかしましたか?」

「いやいや、宮藤もちょっと背が伸びたかな? って思ってさ」

「ほ、ほんとですかっ」

 

 顔に喜色を浮かべて頭に手をやる宮藤を遠巻きに眺める。

 元々、我が家の常備食糧は俺一人の食事量を元に購入していたのだから、そこに宮藤というもう一人の人間が増えれば当然、それら食糧の消費ペースも上がるというわけだ。

 しかも宮藤は女の子とはいえ、15歳という成長期真っ盛りのお年ごろである。

 つまり、それなりに食べるのだ、こいつも。

 さらに俺自信も、宮藤が来る以前は自炊を嫌がってコンビニ弁当で済ませたり、出前を取ることも多々あったこと。

 そして、宮藤が来て以後はほぼ毎食を自炊して食事していることを考えれば、備蓄食糧の消費ペースがどうなるかは言わずもがなと言ったところであろうか。

 しかし、こうも早くに白米がなくなってしまうのは予想外だった。 

 

「とりあえず、今日だけ出前でも取るってのもありだけど……」

 

 ちらっと窓から外を見れば、そろそろ日が沈みだそうかという夕暮れ前のころ。

 このぐらいの時間ならまだ出かける余裕はあるか。

 俺は読みかけの本を机に置くと、その代わりに部屋の隅に投げたままだった財布をポケットに押し込んだ。

 

「ちょっとスーパーまで行ってくるよ。宮藤、留守番たの……」

「あ、でもお米だけじゃないんですよ」

「えっ?」

 

 立ち上がり、出かけようかといったところで待ったの声がかかった。

 なんだと目を向ければ、台所でがさがさと物を漁る宮藤の背中が視界に入る。

 

「実はお米だけじゃなくて、お醤油も切れかかってるんです。それにお味噌とお砂糖も残り少なくって……」

「すっからかんやんけ」

「ご、ごめんなさい」

 

 あちゃーと思いながら俺も台所を見回れば、調味料の類も満遍なく消費されてしまっている。

 これはむしろ、栄養に偏りなく調理しているという証拠ですらある。

 さすが宮藤さんだぜ。

 

「宮藤は料理が上手いからなあ」

「そ、そうですか? 急に褒めないでくださいよぉ、えへへ」

 

 顔を赤らめて照れる宮藤に笑いかけながら、俺はうーむと脳に思考を走らせる。

 これだけ欠けてるものがあると買い物をするにも一苦労だ。

 

「そうだなあ。さすがにそれ全部を買って帰るのもしんどいから……」

 さっと視線を向けると、きょとんとした顔で俺を見上げている宮藤。

「たまには一緒に買い物に行こうか」

 

 俺の言葉に、宮藤はぱっと顔をほころばせた。

 実のところ宮藤はけっこうな力持ちである。

 今までは訳あって一人で買い物に出かけることが多かったが、今回は着いてきてもらって、その力を発揮してもらうことにしよう。

 

「ほんとですかっ?」

「荷物持ちだけどな。わかってるかー」

 

 釘を刺すような俺の言葉が聞こえているのかいないのか、嬉しそうに身体をよじらせている姿には苦笑を禁じ得ない。

 

「割烹着は脱いでいけよー」

「わ、わかってますよ。今から着替えますからっ」

「ってスーパーに行くだけなんだから、別にワンピースを出す必要は……」

「えっ……?」

「いやごめん、着ていいから。泣きそうな顔するなよ」

 

 

 

 俺と宮藤の住むマンションは都市部と言うには店にありふれているわけではないが、少し歩けばコンビニも銀行もあるぐらいには田舎というわけでもない場所にある。

 駐輪場の奥に眠っていた自転車を引っ張り出して、乗るわけでもなく両手で押しながら俺たちは歩を進めていた。

 なにが楽しいのか、宮藤は微笑みながら俺の後をてくてくと着いてくる。

 

「ふふっ。三森さんとお買い物に行くのも久しぶりですね」

「買い物っていうとそうかもね。そこらを出かけたりはしてるけど」

「いっつも自分1人で行っちゃいますもんね」

 

 そういう宮藤の顔はどこか不満げだ。

 確かに何かを買い足すときは1人が多いが、そんなに時間をかけているわけではないのに。

 そんな彼女に言い訳するように俺は苦笑いを浮かべた。

 

「しょうがないんだって。ほら、特に平日は……」

「?」

「宮藤を連れて真っ昼間っから外を出歩くのはなあ」

 

 そう。不思議そうな顔をしている宮藤には悪いが、言葉の通りだった。

 なにせ、繰り返しにはなるが宮藤の見た目はいいところで女子高生。

 ぶっちゃけて言えば中学生かそこらにしか見えない為に、下手に平日の昼間に出かけるのもはばかられるのだ。

 もちろんそう簡単に問題ごとにはならないだろうが、なんといってもこいつは国籍なし戸籍なしのリアル不審者である。

 まかり間違って職務質問でもされようものなら……と考えると、そう軽々に連れ出すことは躊躇してしまう。

 そんな内容を噛み砕いてオブラートに包んだ俺の説明に、宮藤は不承不承といった様子で納得の意を示した。

 

「そういうことなら仕方ないですけど……」

「そう残念そうな顔するなって。今日みたいに、夕方とか夜なら出かけても大丈夫だからさ」

「けど三森さんいつも、夜は出かけたくないって言ってませんか?」

「……はっはっは」

「誤魔化さないでくださーい」

 

 そうは言うけど、必要もないのにわざわざ夜に出かけるのもねえ。

 なんて言ってむくれる宮藤に笑っている間に、ようやく目的の看板が見えた。

 どこにでもあるような変哲もないスーパーマーケットだ。

 

「話には聞いてましたけど……あそこでお米もお肉も、みんな買うんですか?」 

「そうだよ。なんなら服とか雑貨もあそこで揃うからね」

「うわあ……便利ですねえ」

 

 まあスーパーで服を買うことなんて滅多にないけど。

 よくコンビニなんかにも肌着や靴下なんかが売ってあるけど、果たしてどれだけ売上に貢献しているというのか。 

 

「宮藤のころってスーパーマーケットとかはなかったんだっけ?」

「えっと、ロマーニャなんかには似たようなお店はありましたけど、扶桑で……それも私の住んでいたところでは見たこともなかったですね」

「米は米屋で、肉は肉屋で買ってたってことか」

「そういうことですね」

 

 なんとも風情があるというか、手間のかかる話というか。

 商店街というものが廃れて久しいこの時代には想像し難い話だ。

 そんな話をしながら店に入った俺たちはとりあえず、ということでカゴを手に取り。

 

「それじゃあ、まずは醤油と味噌から――」

 

「……あれ? もしかして三森くん?」

 

 探そうか、と言おうとしたところで。

 背後から聞き慣れた声がかけられた。

 とっさに振り向くと、そこには数少ない大学での知り合いが立っていた。

 やっちまった――と脳内で叫ぶ声を抑えつつ、なるべく焦りを見せないように口を開いた。

 

「げっ。……先輩、なんでこんなところにいるんですか」

「なんでって。私、この辺りに住んでるんだけど」

「うげー。今度から別の店に来ることにしよ……」 

「ひっど! なにその言い分!」

 

 そんな軽口を叩きながら俺は、目の前の先輩から見えないように宮藤に手を振る。

 もちろん『ここから離れるように』、のジェスチャーだ。

 なにせ下手な嫌疑でも掛けられてしまったら言い訳のしようがない。

 身元不明の女子高校生を部屋に泊まらせているとか完全に事案です。

 とりあえずこの場だけやり過ごして、あとは外に一旦出てから別の店に行くなり――

 

「それで、さっき手を繋いでた女の子はだれ? 恋人?」

「げほげほ」

 

 見られてたのかよ!

 それも店に入る前からとか……声掛けろよ! いや掛けるなよ! 

 

「い、いや。そのですね……」

 

 とはいえ、俺としてもこのような事態を予想していなかったわけではない。

 なにせ怪しまれれば終わりのこの関係であるから、日頃から言い訳の類は用意してあるのだ。

 ここは一つ、なにも分かってなさそうな先輩を丸め込んでさっさとこの店を出よう。

 

「えーっとですね。まず説明しますと、こいつはいもう――」

「み、三森さん? お知り合いの方ですか?」 

「――とではなくて、親戚の子です」

 

 あぶねえよ。

 宮藤が三森さんなんて口を挟むもんだから、妹呼ばわりしてたら兄妹で苗字が違う複雑な家庭を想像されてたわ。

 怪しいところだったが、先輩は納得したように小さく頷いた。

 

「へえ、親戚の」 

「そうです親戚の。仲がいいもんだから、今俺のとこに来てるんですよ……なあ? よ、よしか」

「ふぁっ!?」

「(合わせて! 合わせて!)」

 

 宮藤が赤面を通り越して耳まで真っ赤に染めているが、今は気にしている余裕が無い。

 いやしょうがないだろ。

 年下の親戚の子を苗字で呼んでいるってのもおかしいし。

 

「え、えと、その……宮藤芳佳です。三森さんのお世話になってます」

「宮藤さんね、ご丁寧にありがとう。私は彼と同じ大学に通っているの」

「そ、そうなんですか。じゃあ帝国大学の……」

 

 なんとか状況が理解できたのか、俺の声に反応したのか。

 宮藤は顔を真っ赤に染めながらもぽつぽつと会話を繋げている。

 何とかなりそうだ……俺は内心でため息をつく。

 

「芳佳も将来は進学を考えてるんですよ。それで大学を紹介しようと思って、来ているんです」

「あ、そうなんだ。それじゃあ宮藤さんは高校生?」

「そんなとこです」

「――いいなあ、高校生って若くって……」

「先輩からしたらそうかもしれないですね」

「かっちーん」

 

 なんて適当に考えた設定をつらつらと語っていく。

 人間、それらしい説明があれば深く考えることもなく受け入れるものだ。

 宮藤が「へぇーそうなんだ」みたいな顔をしてるのは問題だが、まあこの際どうでもいい。

 

「で、今は家にロクなものがないから買い物に来たってことです」

「あはは、三森くん自炊とかしないの?」

「そんなことはないですけど」

 

 ……ところでこの会話はいつ終わるのだろう。

 宮藤を連れながら大学の知り合いと話すのは胃にクるものがあるんだけど。

 なんて考えが表情に出ていたのか「ごめんごめん」と笑った先輩が手を振る。

 

「三森くんが女の子なんて連れてるから気になっちゃって。邪魔しちゃってごめんね」

「ほんとにね」

「ちょっと素直すぎるよね、君は」

 

 はぁー、とため息をついた先輩が今度は宮藤に向き直る。

 俺に向けないような柔らかい笑顔を浮かべて、視線を合わせるように少し腰をかがめる。

 

「宮藤さんも、将来のことはしっかり考えてね。」

「えっと……はい、ありがとうございます」

「色んなやりたいことがあると思うけど、進路を決める時は自分がこれから何をしたいのかを考えてね。でも、今の内にしか出来ないこともあるから後悔しないように」

 

 宮藤に向けて、含蓄のある言葉を贈る彼女はまさに人生の先輩という面持ちだ。

 そんな彼女の肩を叩いて、振り返ったその顔に俺は素直な感想を述べた。

 

「先輩、説教くさいですよ」

「今いい話をしてるところでしょうが!」

 

 きーっと怒りを露わにして語気を荒げた彼女は、そしてため息をついた。

 宮藤に向いて苦笑をこぼす。

 

「……それに、そうね。もし進路に迷ったら三森くんに助けてもらうのもいいかもね」

 

 そこで俺かよ。

 いい話の筈なのに最後は人に投げちゃうのかよ。 

 

「進路って言ってもまだまだ先のことですから」

「あら、そうなの? でも高校生の成長なんてすぐよ? 迷っている間に卒業寸前……なんて、ならなければいいけど」

 

 特に目的もないまま大学に進学した俺にその言葉が突き刺さる。

 しかし先輩が考えているのであろう事情よりも、宮藤が抱えている事情はもう少しばかり複雑なそれだ。

 あまり深いところまで突っ込まれてボロが出ても困るし、早めにお別れさせてもらおう。

 

「まあ、俺も相談ぐらいには乗りますから。それよりそろそろ、いいですか? 家に帰って夕食作らなきゃいけないんで……」

「あ、ごめんごめん、引き止めちゃったね。宮藤さんもごめんね?」

「いえっ。為になるお話をありがとうございました!」

 

 ばいばーい、なんて言いながら先輩が離れていく。

 そんな彼女に手を振る宮藤を眺めながら、俺はようやく息をついた。

 まさか、数少ない俺の知人にエンカウントするなんて……何事もなく済んだからよかったようなものの。

 ……今度連れてくるときは、もっと遠くの店に行くことにしよう。

 うなだれる俺の横に、ちょこちょこと宮藤が寄ってくる。

 

「美人な方でしたね」

「……そうか? 確かに、顔はちょっといいかもしれないけどっ?」

 

 じとっとした目で見つめてくる宮藤に思わず後ずさってしまう。

 宮藤はさらに一歩踏み出し、後ろに下がった俺との距離を詰めた。

 

「三森さんとも仲良さそうでしたし? 楽しそうでしたし?」

 

 つーん。と口に出して俺を責める。

 その表情は言葉通りつんとしていて、なぜかどことなく冷たい。

 

「え、いや別に、仲がいいとかではないけど……宮藤?」

 

 そんなに楽しそうにしてたか?

 なんて考えながら否定した言葉はすぐに飲み込むことになった。

 むすっとした表情の宮藤が、眉を釣り上げて俺を睨みつける。 

 

「……よしか」

「えっ」

「さっきは、芳佳って呼んでました、わたしのこと」

 

 それは、宮藤のことを親戚の子だと紹介したからで。

 ただ単に話を合わせる為に呼び方を変えただけだ。

 ――なんて言ったら、怒られるか泣かれるかしそうな雰囲気である。

 

「えっと……芳佳?」

「はいっ」

「芳佳」

「はいはいっ」

「よし……宮藤」

「はぃ……って何でですか!」

 

 叩かれた。

 

「まったくもう……三森さんって、やっぱり意地悪ですっ」

「俺も恥ずかしいんだって。それにさっきは宮藤も顔真っ赤にしてたろ」

「さ、さっきは不意打ちだったので……」

 

 さっと顔を赤らめる宮藤だが、実際のところは俺も平静を装っているだけだ。

 先ほどから、内心では恥ずかしさに身もだえしているのを何とか隠そうとしているに過ぎない。

 大体、俺は軽々しく女の子を名前で呼ぶことができるほど軽薄な人間ではないのだ。

 ……へたれなんかじゃないし。

 内心の葛藤を誤魔化すように、俺はカゴを片手に店の奥へと歩き出した。

 

「ほら、もう外も暗くなりだした。早く買い物して帰ろうぜ」

「……わかりましたよー」

 

 

 

 

  

 帰り道、陽も沈みきって街灯に照らされるばかりの道を歩いて行く。

 頼りなげな自転車の前カゴには入りきらなかった買い物袋は2人で分けて持っても重いぐらいで、必然その足取りも行きに比べるとゆっくりしたものだ。

 

「確か、医者になりたいんだっけ」

 

 歩みを進めながら俺は口を開いた。

 いつだったか、それは宮藤本人の口から聞いた言葉だ。

 隣を歩く彼女が頷くのが横目に映った。

 

「実家が診療所だったんです。小さなころから家の手伝いもしてて……ずっと、誰かを助けられるような人になりたいと思ってたんです」

「医者以外には、何かなりたいものはなかったの?」

「そうですねえ……」

 

 頬に手を当てて考える宮藤はしばらく悩んでいたようだが、やがて空をちらりと見上げた。

 釣られて見上げれば、真っ暗な空にまんまるの満月が浮かんでいる。

 小さなため息が聞こえてから続きの言葉が放たれた。

 

「こんな真っ暗な空を、わたし飛んだことがあるんですよ」

 

 唐突に放たれた言葉に、思わず俺は横を振り向いた。

 急に変わった話題に驚いた俺が面白かったのか、くすくすと笑う宮藤がそこにいる。

 ごほん、と空咳をついた。

 

「……それはあの震電を使って?」

「あはは、当時は別の機体を穿いてましたけどね」

 

 一笑いすると、昔を懐かしんでいるのだろうか。

 宮藤は眩しそうに月を見上げて口元に笑みを浮かべた。

 

「基地の任務の1つに夜間哨戒って言って、夜の空を見回るものがあるんですけど。あるとき、わたしがその哨戒をする役になったことがあったんですよ」

「それはまた、大変そうな」

「そうなんですよ。わたし、滑走路で震えて動けなくなっちゃって」

 

 情けないですよねと自嘲する宮藤に俺はなんと返せばいいのだろう。

 言葉に詰まった俺を見て少し慌てたのか、宮藤は買い物袋を持ったままの手を大きく振った。

 

「それでその時、一緒にいたサーニャちゃんとエイラさんが手を握ってくれたんです」

「手を?」

「わたしが頼んだんですけどね。そうすれば怖くても飛べるかなって思って」

「それで、どうなったの?」

「それがもう、引っ張られるように飛んでいって……気づいたら雲の上にいましたよ。そうすると不思議なもので、もう怖くもなんともなくなってました」

「二人に助けられたってわけか」

 

 俺の言葉に、宮藤は深く頷いて賛同の意を示す。

 脳裏に、見たこともない二人組と空を翔ける宮藤の姿がふっと浮かんだ。

 

「あの頃はわたしも、みんなみたいに立派なウィッチになりたいって思ってました。でも」

「……そうか」

 

 もう飛べない。

 そんな言い難いことを言わせてしまった、と後悔する感情が出たのか。

 返した俺の言葉には苦渋の色が滲んでいた。

 そんな俺に、宮藤がまたもや大きく手を振る。

 

「あ、ご、ごめんなさい。別にわたしは飛べなくなったことについては後悔はしてないんですよ。ほら、さっきの方も言ってたじゃないですか」

「先輩が?」

「『自分が何をしたいのかを考えて、でも、後悔しないように』――って。わたしは魔力をなくしちゃいましたけど……みんなを助けることができたんだから、後悔なんてしてないです」

 

 そう言い切った宮藤の表情は晴れやかなもので、自分の選択を悔やんでいる様子はない。

 宮藤は意志が強い。

 もし仮に同じ選択肢に直面することになっても、何回でも同じ選択をするだろう。

 そんな風に思わせるほど、宮藤の顔には後悔の色はなかった。

 

「わたしには、魔力がなくてもできることがきっとありますから」

「……宮藤は強いなあ」

 

 強い意思の篭った言葉に、思わず俺の口の端からは言葉が飛び出していた。

 はじめて会った時からそうだったが、こいつのまっすぐと前を向いた発言には敬服させられる。

 

「そ、そんなことないですよ?」

 

 照れたように首を横に振る宮藤は、やはりまだまだ少女といった見せかけだが。

 一体どれだけの人間がそのように、まっすぐ前だけを見れると思っているのだろうか。

 少し恥ずかしそうに否定する宮藤は、しかし困ったように口を開いた。

 

「だからわたしは医者になりたい……って、考えてたんですけどね」

「今は違うの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……今は他にもなりたいものというか、したいことというかが出来まして……」

 

 もごもごと口ごもる宮藤は、先ほどと打って変わって歯切れが悪い。

 赤く染めた顔でこちらをちらちら見たり、目をそらしたりと挙動不審だ。

 しかしまあ。

 

「まだ15歳なんだし焦って決める必要はないさ。医者になるのか、その別の何かになるかっていうのも、すぐに決めなきゃいけないわけじゃないんだろ?」

「……えっと、はい。そうですけど……」

「それに、そもそも元の世界に戻らないとどうしようもないもんな。どっちを選ぶにしてもさ」

「――それは、そうでもないんですけど」

「え、なにか言った?」

「い、いえ、なんでも」

 

 ぼそりと呟かれた言葉は聞き取れなかった――が、慌てて首を振る宮藤を前に深く言及することもできなかった。


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