事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだが、しかして現実にそこまで摩訶不思議なことは起こらないものだ。生まれて20年と経っていない若輩ではあるが、理想と現実の折り合いはそれなりにつけてきたつもりである。
朝、幼なじみの可愛い女の子が部屋まで起こしにきてくれることもなければ、食パンを咥えた気の強そうな女の子と曲がり角でぶつかることもない。生徒会が学校の権力を一手に担うようなこともないし、よくわからない名前の部活に美少女が集まることもない。まして、異世界で魔法片手に魔王と闘うなんてのは夢物語である。
とはいえ、それなりに順風な少年時代を過ごし、ほどほどに受験勉強をこなし、まずまずの大学に合格することが出来たのは自分でも満足しているわけでもある。
両手からエネルギー波を出すことは諦めたが、大学生活の中で彼女でも見つけることが出来れば文句はない。
……というのが『昨日までの』俺の考えだったわけだが。
「……事実は小説よりも奇なり」
なぜ俺の部屋に、日本刀を持ったセーラー服の女の子が寝ているのだろうか。
え? これドラマの撮影?
「うわ……これ、本物の真剣やん……」
寝ている少女を起こさないように、気をつけながら刃物を取り上げる。考えたくないことだが、刃物を持って他人の部屋に押し入ってきている以上は強盗目的の可能性がある。いや、なんで剥き出しのポン刀を持っているのかーとか、こんな若い女の子がどうしてーとか、色々疑問はあるけれど。しかし、もしこの狭い部屋で刀なんて振り回されようものなら俺は2秒で殺される自信がある。
取り上げた刀を手に持ち――いや、もし目覚めた彼女に奪われでもしたら――うん、目につかない場所に移そう。そのまま備え付けキッチンに付いている、収納棚に突っ込む。なに、包丁も閉まっている場所だ。同じ刃物同士仲良く眠っていてもらおう。
「とりあえず、武器っぽいのは取り上げたから一安心だけど……この、足に嵌めてる機械?はなんなんだ……」
日本刀以上に謎なのが、少女の両足に嵌っている用途不明の機械である。彼女の両腿のあたりから足先まで伸びたそれは、全体を緑と白のツートンカラーに染め上げ、その両側を翼のように広げている。見ようによっては飛行機のように見えるかもしれないそれは、名称どころかその用途さえとんと想像がつかない。
部屋に帰ったら、日本刀を持って謎の機械を両足にまとった少女が寝ていた。
「うーん……ここまで意味不明な事態が続くと、いっそ清々しいな」
こういう場合はどうすればいいんだろうか。常識的に考えれば、刃物を持った人間が部屋に忍び込んでいたとなれば、とりあえず部屋を離れて当局に連絡するのが筋か。しかし、彼女はどう高く見積もっても十代半ば、高校生といった年齢である。ということは結果的には男子大学生の部屋に女子高生が寝ていたという状況説明をすることになり……なんというか、それはそれで誤解をされそうで怖い。
うーむ、と腕を組んで頭を悩ませる俺を尻目に……その悩みの種である少女の身体が、ぴくりと震えた。お、と思う間もなく彼女はのそのそと起き上がると、寝ぼけた眼差しで周囲を見回し――俺と、目があった。
「……ど、どなたですか?」
「俺のセリフだよ」
とっさに突っ込んだ俺の言葉は耳に入っていないのか、状況が飲み込めないように彼女は目をぱちぱちとしばたかせた。
「え? あれ?……わたし、さっきまでネウロイと闘ってたはずなのに」
「……ネウロイ?」
「あ、はい!わたし501に所属している宮藤芳佳です。あの、ここはどこですか?」
基地じゃない……よね? 軍艦でもなさそうだし、ヴェネツィアの民家……とか?
などと話している彼女はふざけている訳でもなさそうで、しごく真面目な表情である。そんな少女……宮藤と名乗る少女が語る内容が遠くに聞こえ出した俺は、彼女の眼前で右手を振る。目をぱちくりとさせる。うん、意識はしっかりしているようだ。
「あ、あの……?」
「うん、確かに君ぐらいの年齢だとその……『特殊な病気』にかかることがあるのはわかるよ。でもね、さすがに刃物を持って人の家に入るのはよくない。わかるね?」
なるべく諭すような口調で語りかけることを心がける。
そんな俺の言葉を聞いて、慌てたように両手を振る彼女。
「え、あの、病気なんかじゃないですっ! わたしは501のウィッチで、さっきまでヴェネツィアを解放する作戦に参加してたんですっ」
「いや、ヴェネツィアとか言われても……ここ、日本だしなあ。イタリアとは一万キロぐらい離れてるんだけど」
あと501とウィッチってどういう設定? と繋げようとしたのだが。
「に、ほん? あの、ニホンっていうのは……」
「日本は日本だけど。日本国。ニホン、ニッポン……君だって日本人でしょ?」
「ち、違います。わたしは扶桑の生まれです。あなたこそ扶桑人じゃないんですか?」
「フソウ……?」
このあたりで、俺は明確な違和感を覚え始めていた。これが日本人の痛い少女の演技だとしたら、あまりに話が噛み合わなさすぎる。第一、このような状況――他人の家の中で、堂々と設定をひけらかすなんて真似を出来る人間が、ここまでまともな受け答えをするだろうか。
宮藤と名乗る少女は言っている内容こそ支離滅裂だが、話し言葉や人との会話を支障なく行っている。逆に『頭のネジが外れきっている』という可能性もあるが、それにしては目つきもしっかりとしていて、それらの人間特有のどろどろとした瞳はしていない。
「ふそう、フソウ……扶桑か。扶桑っていうと、俺からしたら戦艦ぐらいしか出てこないんだけど」
独り言のつもりだった呟きだが、彼女の耳には届いていたようだ。律儀に返答してくれる。
「戦艦、ですか? ごめんなさい、わたし、艦にはあまり詳しくなくて……赤城なら乗ったことがあるんですけど」
「……え?」
今、なんて言った?
「赤城です。えと、空母の……ご存じないですか?」
「いや、そうじゃない。赤城なら知っている」
ボーキをよく食われてるから。いや、そうじゃなくて。
「赤城、って名前の民間船とかじゃなくて……帝国海軍の、赤城のことを言っているのか?」
「はいっ。『扶桑皇国海軍』の赤城です」
結構乗り心地もいいんですよー、なんて笑顔で言っている彼女はやはり冗談で言っているわけでもなんでもなく、ふとすればああそうなのと頷いてしまいそうな無邪さを見せている。
俺が知っている赤城とは言うまでもなくミッドウェーで轟沈した赤城のことであり、間違ってもこの年齢の少女が乗っていたわけはないのである。正確な日付はわからないが、第二次大戦中であるから1940年代には海の藻屑になっているはずだ。
「君は今、いくつだ?」
そんな疑問と、少女の話す内容の矛盾に釣られたのか思わず年齢を尋ねてしまった俺を誰が責められようか。
ぶしつけな俺の質問に、戸惑ったように口を開く。
「えっと、1929年生まれの15歳ですけど……?」
「――そうか。俺は1996年生まれの18歳だよ」
彼女はそんな俺の言葉を聞いて、きょとんとして……ぽかんと口を開けて。
「……え、ええぇぇぇ!!??」
近所迷惑きわまりない叫び声をあげるのであった。
「少しは、落ち着いた?」
ことり、と彼女の前に湯のみを置く。梅昆布茶である。
「は、はい……ありがとう、ございます」
「ここにあるの、摘んでいいから」
小さなテーブルを挟んで、彼女に相対した位置に腰を下ろす。テーブルの中央には丸い受け皿があり、甘納豆だの小包の羊羹だのが乱雑につめ込まれている。ふだんは受けのよろしくないチョイスだという定評だが、ことこの少女――宮藤が1929年生まれだとすれば、この上なく適切な茶請けになるだろう。
小包の羊羹を1つ取り出し、口に咥える。甘い。考え事をするにはちょうどいい。
「さっき聞いた話だと、君は……ええと、君たちの世界は、ネウロイとかいう敵に襲われ
て未曾有の危機に陥っているという話だったね」
「はい。今でも欧州の多くの国を含めて、世界の各地がネウロイに襲われています」
少し、沈痛な表情を浮かべる。故郷の惨状に胸を痛めているのか。
「それに対抗して各国は軍事の強化を図り、中でも対ネウロイ兵士として重用されているのが君たちウィッチ。つまり魔法力……を持った、少女だと」
続けて頷く。先ほど彼女から聞いた説明に対する理解は、間違いではないようだ。
「そんな折、そのウィッチになった君はストライカーユニット……その震電を使い、ネウロイとの闘いに挑んだ。その内にヴェネツィア解放作戦に参加した君は、ネウロイを倒そうとして武器を持ち、全魔力を掛けて敵に攻撃を加えた」
「はい……そして、気がついたらこの部屋に倒れていました」
「なるほどね」
なるほど、と言いつつ全く納得はできていない。彼女のいう魔法力というのは無理な使い方をしたせいで、既に使えなくなってしまっているらしい。見せてくれと頼んだら少し悲しそうな目でそう告げられてしまった。
ここまでの話を聞いて、困ったことに論理はまったく破綻していない。理解が出来ないというだけで彼女の話自体は筋が通ってしまっているのだ。
もちろんそれだけなら設定作りの上手な女の子という見方もできるのだが、彼女の話の裏付けになるのが、今は俺の部屋の片隅に置かれた震電――件の、ストライカーユニットであり、先ほど没収させてもらった日本刀――烈風丸である。
宮藤が言うところの震電は、彼女の父が作ったという魔法の箒でありウィッチが空を飛ぶ道具だそうだ。そんな震電は機械工学にまったく明るくない俺からしても技術の結晶としか言いようがなく、少なくとも子供のおもちゃでないことだけは確かだろう。
加えて烈風丸――日本刀はというとこれにも俺は詳しくないが、確か所持するにもなにがしかの手続きが必要であったと思うし、15歳の少女がやすやすと手に入れられる程日本という国は物騒ではないはずだ。更に宮藤はこの日本刀を包みどころか鞘にも入れず、刀身を晒して手に取っていた。果たして現代日本で、刃を露わにした日本刀を持ち歩いて通りを闊歩することが出来るのだろうか。
……という物的、状況的矛盾が、彼女の話を与太話として笑い飛ばせない要因の1つである。そして、
「わたし、もうあそこに……501に帰れないんでしょうか……ぐす」
この状況に困っているのは俺だけではない。というよりむしろ、当事者である宮藤こそ、一番の被害者と言えるだろう。
そんな15歳の少女が涙目になっているのを見て笑い飛ばせるほど俺の神経は図太くなかったのである。まる。
「それは……俺には判断できない。そもそも何故君がここにいるのかもわからないし、何が原因でこんなことになったかもわからないからだ」
「そう、ですよね」
更に肩を落として意気消沈する彼女の姿に少し心が痛む。
「……けど、気の慰めにもならないかもしれないけど、一度ここに来れたんだから帰れな
い道理はないと思う」
どうやって、何をすればいいかはわからないけど。
俺のそんな無責任な言葉でも少しは助けになれたのか。宮藤は俯いていた顔を勢いよくあげて、俺を見る。
「……そうですね。今はまだ、どうすればいいかわからないけど……これから向こうの世界に帰れるよう、頑張ります!」
「……そっか。強いね、宮藤は」
素直にそう思った。まだ幼いとも言える顔立ちだが、その力強い表情には芯の強さが感じられる。
「そ、そうですかね。えへへ……」
俺が褒めると、一転照れたようにはにかんだ笑顔を見せる。こういうところは15歳の少女らしく、あどけなさを感じさせる。
……まだしっかりと彼女の話を飲み込めたわけではないけど、少しぐらいその手助けになりたいと思わせてくれるような、そんな笑顔だった。
「……で、だけど。宮藤、さんはこれからどうしたいんだ? そちらに帰る手段を探すにせよ、しばらくはこっちにいなければならないわけで。それには、先立つものがいるわけだけど」
つまり金である。更に気づいてはいないだろうけど、それだけでは済まない事情というものもある。
俺の言葉にふと思案する宮藤だが、ぱっと顔を明るくするとこちらに向き直る。
「あうぅ……ううん、とりあえず、どこか住み込みで働けるような仕事を探そうかなーって思いますっ」
……そうだよなあ。やっぱりわかってないよな。
「残念だけど、それはたぶん……非常に難しいと思う」
「え、えぇ? な、なんでですか?」
目を見開いて驚く。
「俺もあまり詳しくないから確かなことは言えないけど、現代の日本ではどこかで働くにも色々面倒な手続きがあってね……例えば履歴書、つまり勤務にあたっての自己紹介書みたいなものには現住所を書かなくてはいけないし、住所がないと働くことさえできない場合も多い」
「他にも給料の支払いなんかも、昔は手渡しが多かったらしいけど今はほとんど銀行振込が基本になっているんだ。でも、そもそも銀行口座の開設には本人確認書類――つまり、免許証とか保険証なんかが必要なんだけど、持ってないよね」
そもそも世界が違うのなら、このあたりはどうしようもない。
「他にも18歳以下だと22時以降の仕事が出来ないとか、そもそも高卒以上しか取ってないとかそういう諸々の事情を含めて……」
もう一度、宮藤に視線をやる。
ちらり、と上目遣いでこちらを見る彼女は不安げな面持ちで俺の言葉を待っているが……どう見ても、中学生かそこらにしか見えない彼女には。
「住み込みどころか、たぶん仕事の1つも見つからないと思う……」
「そ、そんなぁー」
「しょうがないでしょ……むしろ、どっかの店で働かせてくれって言ってもお母さんと相談してねって言われるレベルだよ」
そんなに!? と驚く宮藤だが、この見立ては間違っていないと思う。そもそもとして中卒で働くのが当たり前だった昭和前期と違って、今や大学全入時代となった現代日本ではアルバイト1つ見つけるにも学歴が必要となってくるのだ。
更に国民総背番号制(マイナンバー制度)などからも見て取れるように、今の日本には身元を明らかにする動きが強まっていて、少なくとも戦前戦後の時代からは比べようもないほど戸籍制度が整っている。
「さらに言うと、下手に働こうとして……そうだな。例えば宮藤さんが、どこかの旅館に住み込みで働かせてもらおうとしたとする」
「は、はい」
「しかしその旅館の人が君が本当に働ける年齢、つまり16歳以上なのかと怪しんで警察に通報したりすると、それでもう終わりだ」
「……?」
呑み込めていない様子。まあいい。
「現代日本の警察って、調べることに関してはすこぶる優秀だからね。宮藤さんがこの日本に戸籍を持たない――つまり無戸籍者であることはすぐに調べがつくと思うよ」
「そ、そうなると、どうなるんですか?」
「うーん……ちょっと判別がつかないけど。普通であれば無戸籍者でも日本国籍は得られると思うんだけど、宮藤さんの場合は日本で暮らしていたという実績がまったくないからねえ……」
果たしてどうなるのか。びくびくと震える彼女には申し訳ないけど、明確な答えは返せない。しかし、
「最悪の場合、当局に今までどうやって生活してきたかを聞かれて、異世界から来たとでも言おうもんなら……うん、檻のある病院に一直線かもね」
「え、ええええぇぇぇ!?」
これは少し脅しすぎか。しかし、可能性としては否定できないだろう。
「まあ少なくとも幸せではないよね」
「あ、当たり前ですよぉ!」
涙目になって俺に食ってかかる宮藤は、明らかにそのような状況には納得できないようだ。
しかしその場合は一応衣食住は揃って生きていくのに問題はないわけで、実はそこまで悪くない選択なのかもしれない。いや、本人に聞いたら絶対否定するだろうけど。
「とまあ、どこまで俺の話した通りになるかはわからないけど……とりあえず宮藤さんが一人で生きていくのは多分無理だと思うよ。うん」
「だ、断言されてしまった……」
がっくりと肩を落としてシュンとする彼女。先ほどの頑張ります!状態からすると雲泥である。
これがもし男であれば、住所不定でも土方なり日雇いなりで食いつなぐことは出来るかもしれない。しかしながら目の前の幼気な少女がそのような仕事に向いてるとも雇われるとも思わないし、万一仕事を探していて下手な……そう、水商売だのに引っかかったりしても目覚めが悪い。
さて。
「ところで、だ」
こほん、と咳をつく。
気落ちしていた宮藤がこちらに目を向けるのを確認して、俺は口を開いた。
「今まで告げてなかったけど、ここは日本の大阪府で、間違ってもイタリアだとかヴェネツィアだとか、外国のどこかではない。ついでに言うとこの部屋は俺が借りてるマンションであり、君は端的にいうと……不法侵入者だ」
「うっ」
今まで触れていなかった部分を敢えていじっていく。
「さらにだ。君は気づいていないみたいだけど、床のそこの部分を見て欲しい」
「えっ。床、ですか?」
うん。さっき君が寝てた時に『刀が刺さっていた箇所』だ。
「刺し傷……みたいなものがありますけど」
「うん、これが刺さってた」
「烈風丸ぅぅぅぅぅ!」
刀を見せる。
「このマンション……えーっとマンションで通じるのかな。この集合住宅は借家でね。つまり壁や床なんかに傷を付けてしまうと、退去時にその修繕費が取られる訳なんだけど」
「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! わざとじゃなかったんです!」
俺の言葉に顔を青くして頭を下げる彼女。うん、きちんと謝ることができるのはいいことだ。
ごほん、と俺はもう一度咳をした。
「ついては、この床の修繕費と不法侵入についての詫び料を払ってもらおうか」
ぴくり、と下げたままの身体を震わせる。彼女が何かを言うその前に、続けて口を開く。
「といってもお金もなさそうだから、うん。俺の部屋で炊事や洗濯、掃除なんかをしてもらおうかな」
「え……?」
口を開いて疑問の声を上げる彼女に、二の句を継げさせない。
「朝昼晩と3食作ってもらうけど、その時に君の分の食事も一緒に作ればいい。食費は出そう」
「洗濯も俺の服を洗うときに自分のを洗ってもいい。嫌だって言うなら2回に分けてもいいけど」
「それと俺は一人暮らしだから、残念だけど部屋はこの一室しかない。煎餅布団を引いてあげるぐらいなら出来るけど、どうする?」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に戸惑いを見せた宮藤芳佳は、やがてその内容を理解したようで、少し照れたように頬を赤く染めた。
「それって……もしかして、お家に置いていただけるってこと……ですか?」
「……まあ、無理にとは言わないよ。さっきは脅かすようなことを言っちゃったけど、日本は甘い国だから、然るべき機関に保護を求めれば飯は食えるし寝床も得られると思う。むしろそっちの方が常道な気もするけど……」
「でも、そうしたら向こうの世界に帰る方法は探せない、ですよね?」
すでに何かを決めた心持ちで、宮藤はまっすぐな瞳で俺を見つめる。
そんな視線に負けて視線を外した俺は、小さく首を振って同意を示す。
「それなら……もしご迷惑でなければ、お世話になりたいですっ」
勢い良く下げた頭は、会って間もない俺という人間を信用しきっているようで危うさを感じさせる。これがもし悪い人にでも見つかれば……世に住む、他人を騙して生きているような奴に見つかれば、その純粋さを利用されるかもしれない。
――――そんなことを心配している時点で、結局のところ俺もすでに、宮藤の純真さに絆されているのだろう。
「じゃあ、明日から君には家の家事全般を頼もう。炊事や洗濯なんかはできる?」
「大丈夫です! 隊では訓練の合間に基地の家事一般をしてました!」
それなら大丈夫か、と安心したところで宮藤はハッと気づいたように俺を見上げる。
「あのー……ところで」
「え? どうした」
「その、お名前なんですけど」
……そういえば名乗ってなかったっけ。はじめは不審者扱いしてたからね。
「三森だよ。三森、和真(みもりかずま)。まあ好きに呼んでくれていいよ」
「わかりました、三森さん! それじゃあこれから、よろしくお願いします!」
えへへ、と笑顔を見せる宮藤に俺は軽くうなずいた。
これから色々と大変だろうけど、出来る限りの力にはなってやりたい。そう思わせる笑顔だ。
俺はそんな彼女を見て、それから服装に目をやり……
「それじゃあとりあえず……服を買いに行こう。まずズボンから」
上にセーラー服、そしてなぜか下はスクール水着という服装の彼女に、そう告げるのであった。
きょとん、とした表情に俺は小さくため息をついた。