第三層での戦いを終えて『マイルーム』に帰ってきた後は、ソファに座ったところで流石に疲労も限界だったのだろう、ブレーカーが落ちるように意識が落ちた。
それでもやはり寝づらかったというか、姿勢が悪かったというか……恐らく数時間過ぎたところで目が覚めて、流石に不味いとベッドに入って寝る。
……次に起きた時には、どうやら午後を超えて夕方ぐらいになっていたようで。正直寝過ぎた。
シャワーを浴びて目を覚まし、軽く食事をしてからステータスウィンドウを呼び出して確認。
案の定というか、増えている【称号】と、変化している【スキル】に【ユニークスキル】。
討伐称号が増えているのは解っていたので問題は無い。『召喚師の極意』とユニークスキルがレベルアップしているのもまぁ、もしかしてと思っていたのでこれも良い。
問題は、この「偽装」とやらが解除された、二つの『世界封印』とやらか。
……もとは第一層六階で出逢った白い少女や、第二層で出逢った緑の女性から与えられた『
なんだかなぁ……大概嫌な予感しかしない。
……とは言え、解らないものは解らないし、今は考えても仕方ないか。
とりあえず『世界封印』の方は置いておいて、【ユニークスキル】について改めて見てみる。
まず、『メインパートナー』とやらにフェイトが選出された。
説明文からすると……今までの召喚の形式は『サブパートナー』に適用されて、『メインパートナー』は常に──連続召喚時間とディレイはあれど──召喚できるってことか。
言い換えれば常に『
そしてその『二重召喚』は『
……で、新しく召喚できるようになった『八神はやて』と『リインフォース』。
恐らく、ではあるけれど、この『リインフォース』は、あの時──闇の書の闇との戦いの場に喚び出された時、はやての側に小さな姿で浮かんでいた、はやてと融合していた彼女だろう。
確率は低いというか、まず無いとは思うけれど、はやてだけ“未来のはやて”が召喚されて……ってなった場合は『リインフォース』ではなく『リインフォース
正直、悩む。
……俺が“知っている”通りであるのならば……昨夜か、それとも今日これからか。彼女達は色々な想いを経て、“別れる”ことになったはずだ。そんな直後に“彼女達”を喚ぶのは、その想いを踏みにじることになるのではないか。
何よりも──この先、俺がこの世界から“居なくなった”時、彼女達を会わせることはできなくなる。それは、一度経験した“別れ”という悲しみを、再び味わわせることになるのではないのか。
それならば、いっそ……初めから喚ばない方が良いのでは、なんて──
…
……
…
結局、暫く悩んだけれどハッキリとした答えを出すことができずに、一旦保留することにした。
まずは実験──「サブパートナーだけを呼ぶ」ことができるのか──を兼ねて、咲夜を召喚すると、無事に目の前に現れる球状魔法陣。どうやら「必ずメインパートナーを呼ばなければいけない」という訳ではないらしい。
喚び出された咲夜は、やはり昨日あんな形で送還されたからかこちらの安否と詳しい説明を求めてきたので、今回は大きな怪我をしていないことと、彼女が還った後の顛末を説明した。
「なるほど……要するに、“こちらにおける何者かの思惑”と、“あちらの状況”が填まった結果、ですか」
「ああ。この先同じようなことが起こるかどうかは解らないけどな」
「では、もし私達の所に来た時は、精一杯歓迎させていただきますね」
そう言って微笑む咲夜に「楽しみにしてる」と返して、自然と互いに笑い合う。
フェイト達の世界に行ったタイミングは、フェイトが襲撃された時と、闇の書の闇との戦いで
ともあれ、咲夜への説明も一段落したので今度はフェイトを喚んでみると、特に問題無く球状魔法陣が発生した。
その際に念のため、咲夜の残召喚時間をチェックしたが変動は無し。どうやら『メインパートナー』と『サブパートナー』は完全に別枠と捉えて良さそうだ。
現れたフェイトと挨拶を交わし、なのはも喚ぶために彼女の手を取り、そのまま『
メインとサブが別枠であるならば、恐らく、フェイトと咲夜の二人を召喚している現状でも、令呪を使うことなく喚べるはず……という予想に違うことなく、すんなりとスキルが発動してなのはが召喚された。
さて。
今度は『多重召喚』でアルトリアを喚び出し、「多分もう想像はついてると思うけど」と前置きし、取り敢えずソファに座るように促す。
ちなみに現在スキルに意識を向けた際に表示されるディレイ時間は二つあり、なのはを喚んだ時はフェイトの、アルトリアを喚んだ時は咲夜のディレイ時間が半減した。スキル説明通り、この辺の仕様は変わらないらしい。
俺の隣になのはとフェイト、向かいに咲夜とアルトリアが腰を下ろしたところで「ユニークスキルがレベルアップした」と答えを告げると、異口同音に「だと思った」と返ってきた。
次いで、追加された称号やレベルアップしたスキル、そしてユニークスキルの内容を説明する。
「そっか……はやてちゃんに、リインフォースさん……」
「……リインフォースは、もう?」
「うん。昨日の夜……深夜に、私となのはで送って……そっか。葉月、迷ってる……?」
フェイトに内心を言い当てられて、頷きつつも「解るか?」と問うと、彼女は「何となく、そんな気がして」と微苦笑を浮かべた。
なのはとフェイトも、言ってしまえば当事者だ。
初めは敵対して。戦いの中で必死に言葉を交わして。そして、最期を看取って。
だからだろうか。自然と、先程悩んでいたことを、二人に相談していた。
「──だから何て言えばいいかな……どうしたら良いのか、ちょっと迷って、解らなくなってさ」
そこまで言ったところで、不意に右手と左手、それぞれを握られた。
「大丈夫」と、フェイトが言って、「どうすれば良いかなんて、簡単だよ」と、なのはが言った。
「はやてちゃんを喚んで、一緒に相談するの」
「うん。今葉月が言ってくれた気持ちをはやてにも話して、今私達にしてくれたように、どうするか、一緒に決めればいい」
二人の言葉が、ストンと胸に落ちる。
昨日の今日で言ったところで、はやてにとって選択肢なんて無いに等しいのかもしれない。
それでも、一番の当事者である彼女を除いて、俺だけで決めるようなことでは無かった。ただ、それだけの話だったのだ。
「フェイト、なのは……ありがとう」
悩んだ時、迷った時に、言葉を交わし、ともに進んでくれる。
そのことに感謝を述べると、二人は揃って「どういたしまして」と微笑んだ。
◇◆◇
パーティメンバーと共に誰よりも先駆けて第四層へと入り、そして只一人生還した
だが、それも仕方無いことである。神哉達のパーティは、『軍神』達に及ばずとも非常に強力なパーティだった。それが壊滅するような敵の情報を知るのは、早ければ早いほど良いのだから。
神哉も又それは承知しているのか、はたまたそれが一人生き残った自分の義務だとでも思ったか……仲間達を失った直後。身体の傷はポーション等で癒えても、心の傷は癒えた訳では無い。それでも、彼は何があったかを伝えることに、否は言わなかった。
「……無茶苦茶だ、あんなのは」
もっとも、そんな言葉から始まった彼の報告は、それを聞いていた『プレイヤー』達の心に、大きな影を落としたに過ぎなかったとも言えるが。
神哉達が入った第四層は、見渡す限りの砂漠であった。
そこが迷宮だからか、それとも別の理由があるのか。砂漠特有の暑さは感じず、かといって寒くもなく。ただ、砂が広がる光景。
進むべき目印はすぐに見つかった。遙か遠くに、如何にも怪しげな砂嵐が吹き荒れていたからだ。
神哉達もまたそれを目指して進み──そしてほど近くまで辿り付いた時、前方に見えていた砂嵐が不意に消失した。
そこから現れた存在こそ、『
大地を踏みしめる強靱な四つの足。尾は太く長く、体高は三階から四階建ての建物ぐらいの大きさはあろうか。恐らく十メートルを超えた辺りだろう。顔はトカゲに似た作り。背からはコウモリを思わせる翼膜が残る一対の大きな翼。
ようするに、ファンタジーに登場する典型的なドラゴン、と言った雰囲気の姿だった。但し──その肉体の全てが腐り落ちていなければ、だが。
ザーランドが歩く度、腐敗した肉体から腐肉が落ち、地面に落ちたソレは小型の──それでも三メートル近くはあろうか──ザーランドに似た姿のモンスターへと姿を変え、ザーランドと共に歩みを進める。
そしてある程度の距離を進んだところで、再びザーランドの肉体へと取り付き、溶け合い、一つになる。
そのおぞましい連鎖に顔をしかめながらも、神哉達のパーティは行動を移す。
まずは先制とばかりに、魔法攻撃を得意とするメンバーが強力な爆裂系の魔法スキルを撃ち放ち──その一撃で、
それでも放たれた魔法は、不意を打ったからか、ザーランドへと直撃。
魔力不足による強烈な不調に苦しむメンバーに気を取られながらも、放たれた魔法の行方を見ていた他のメンバーは、その結果に喜色を浮かべ──その表情はすぐに驚愕へと変わる。
爆裂魔法が直撃した箇所の腐肉は飛び散り、砂漠に落ち……大小様々な『腐竜の眷属』へと姿を変え、一部はザーランドに再び融合してその傷を癒やし、残りは神哉達目がけて殺到する。
そして攻撃を加えられたザーランド本体もまた、神哉達へ向けて歩み出す。
正に異様にして威容なる軍勢であった。
第三層のオーク達とはまた違う、おぞましさすら感じる腐竜の大軍勢。
それでもまだ距離があるうちにと、別のメンバーが遠距離から衝撃波を放つ攻撃スキルを撃ち──やはり一気に減る体内魔力に気持ちの悪さを感じながらも、その結果を見届けるも、放たれた衝撃波は、腐竜に当たる前にその眼前に張られているであろう障壁──否、結界に阻まれ、届かない。
……そこからは、戦闘とも呼べぬ蹂躙であった。
幾度かスキルを使っただけで、身体の中から魔力がどんどん失われる。
迫り来る腐竜の眷属は、凄まじい勢いで増えていき、一人が奮戦の末に集られ消えた。
こちらの攻撃は腐竜の前に存在する結界に阻まれ、攻撃の通る眷属達は、いくら倒しても倒した側からその屍体を別の眷属が貪り喰らい、再び腐竜に戻ってまた生まれ落ちる。
そして──
「─────!!」
腐り果てた口から音無き咆哮とともに
残った二人のうちの一人、最初に魔法攻撃を行ったメンバーが、必死の思いで『アナライズ』を使い、それを神哉へと告げたところで腐竜の眷属に襲い掛かられ、息絶えた。
その後神哉は、どうやって戻ってきたのか覚えていない。気付けば『軍神』達のところへと辿り付いていたのだ。
第三層での戦いを経て、生き残った『プレイヤー』は貴重な戦力であり、精鋭でもある。それを徒に死なせないためという思いを籠めて、可能な限り多くの『プレイヤー』へと伝えられた。
第四層を攻略するためには、ザーランドが張る結界を抜く火力と、その眷属をただ“倒す”のではなく、それこそ“消滅”させるほどの威力を持つ攻撃手段。そして、魔力の消費をどうにかする手段を構築することが急務であるとの見解と共に。
◇◆◇
“記憶”が流れ込んできた。
『メインパートナー』である。
あの場でははやてのこととかリインフォースのこととかの、もっと大変なことがあったからサラッと流れてしまったが、『
また最初の頃のように、無条件に──連続召還可能時間だとか
『哀しい別れ』があった直後であることがまた、その嬉しさを際立たせていて。
だからという訳ではないけれど……葉月との出逢いが、少しでもいいからはやてにとっても心の救いになってくれれば良いのにと、フェイトは願った。