深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase9:「決意」

 時空管理局本局の居住区画にある、ハラオウン家。

 先に第97管理外世界である地球の海鳴市において起きた事件──プレシア・テスタロッサ事件──において天涯孤独の身となったフェイトは、彼女の使い魔であるアルフと共に、現在ここに世話になっていた。

 重要参考人として裁判を受けながらも、時空管理局の嘱託魔導師としての資格を取り、先の事件にて知り合い、自身の身柄を引き受けてくれたリンディ・ハラオウン、及びクロノ・ハラオウンの任務を手伝う日々を過ごしている。

 その彼女にあてがわれている部屋のベッドの上。

 ある時間を境にして、フェイトは膝を抱えるように座り込み、何かを考え続けていた。

 

「フェイトぉ……どうしたんだい、さっきからぼおっとしてさ?」

 

 その様子を見かねたアルフが声を掛けると、フェイトはその視線をアルフに向け、小さく微笑みながらアルフの頭を優しく撫でる。

 

「なんでもないよ。ごめんね? 心配かけて」

「フェイト! ……何があったか知らないけど、何が原因かぐらいアタシにも解るよ。昨日言ってた『ハヅキ』って奴だろ? そいつに何かされた?」

 

 酷く心配そうな表情で訊いてくるアルフの、当たらずとも遠からずなその言葉にフェイトは苦笑を浮かべた。

 アルフがそう思うのも無理は無い。彼女にとっては、実際に自分があってどんな人物か確かめられるわけでもなく、そんな相手に大好きで、大切な主であるフェイトを一人で会わせることを許容しなければいけないのだから。

 フェイトがアルフに、葉月のことや召喚のことを話したのは昨夜。2度目の召喚を終え、その時の記憶が入ってきた後だった。

 

「ねえアルフ、私ね、不思議な体験をしたよ」

 

 そう前置きして語られたフェイトの話に対し、最初のアルフの反応は「それって、アリサやすずかが送ってくれた映画とか本の話じゃないよね?」だったのもまあ、仕方の無いことであろうか。

 物事の判断基準が「フェイトのためになるか」で行われると言っても過言ではない──そのためにかつての事件においては、フェイトの母親であるプレシア・テスタロッサにすら楯突き、敵であったはずの高町なのはに対して「フェイトを助けて」と頼んだのだから──アルフが、そのフェイトの言う事に疑問を呈する程には荒唐無稽な話だったからだ。

 

「別に、葉月に何かされたってわけじゃないんだ。……けど……ねえ、アルフ。少しだけ、話を聴いてもらってもいいかな?」

「もちろんだよ」

 

 フェイトの言葉に大きく頷いたアルフがフェイトの隣に座り、聴く体勢を整えると「それで?」とフェイトに促す。

 それを受けてフェイトは一度「うん」と頷くと、ぽつり、と言葉を紡ぎ出した。

 

「初めて会った時から、ずっとね、“強い人”だなって思ってた。

 力が無いにも関わらず、いきなり放り出された理不尽な状況。だけど、それでも前に進もうともがいてる。

 半分も生きていない相手である私に頭を下げて、協力を求めて、力が無いなら無いなりに、少しでも強くなろうと努力して、戦った事なんて無いのに、未知の世界に挑んでいく、“強い人”」

「……何となく、なのはを彷彿とさせるね」

 

 アルフの漏らした感想に、確かに今の自分の説明を聞く限りだと、アルフの言うようにそう思うかも、とフェイトはくすりと笑う。そして今は会えない、けれど、必ずまた会えるはずの友達の姿を思い浮かべた。

 頑なに拒絶していた自分に、それでも諦めずに何度も正面からぶつかり、そしてついには打ち勝って、そして助けてくれた、初めての友達──高町なのはの姿を。真っ直ぐで、そして優しくて強い眼差しを。

 次いで思い出すのは、自分に助けを求めてきた、一人の青年の姿。

 たった一つの目標のために、必死に戦う姿。生きるために強くなろうとあがく、命の輝き。

 

「けど、違った」

「思ったより弱くてがっかりした……ってわけじゃなさそうだね?」

「うん。……葉月は、“強くて弱い人”。一歩間違えたら折れてしまいそうな、崩れてしまいそうな心を覆い隠して、必死に頑張ってた」

 

 昨日1日だけでも、片鱗はいくつも見ていたはずだった。

 戦い方について教えている間も常に気を張っていた。『迷宮』に出る前にすごく緊張していた。本人は気付いていなかったけど、震えていたのは手だけじゃなかった。戻ってきたときに、崩れ落ちるようにソファに座り込んでいた。

 けど、実際に気付く事が出来たのは、彼の心が折れそうになった時だった。

 だというのに。

 葉月の身体を支えたあの時。物理的な距離が密着するぐらいに近かったからか、心が弱っていた時に初めての念話を受けて、心が開いていたのか、無意識に念話として思念が漏れたのか。彼の“声”が聞こえてきた。

 

 ──強くなりたい。背中を預けてもらえるように。肩を並べて、戦えるように。

 

 きっと彼の中では、自分の境遇に対する恨み辛みもあるだろう。理不尽に対する怒りもあるだろう。だけど、聞こえてきたのはそんな“声”で。

 『迷宮』から戻る途中の戦闘でも、金の粒子を見るたびに、表情を曇らせていた葉月。

 けれどきっと、次に会った時には、もう何でもないような顔をして、平気なように振舞うんだろう。

 そんな葉月の“強さ”と“弱さ”をフェイトが思い出したその時、「でもさ、フェイト」と前置きして、アルフが言う。

 

「訊いてもいいかい?」

「何、アルフ?」

「フェイトが『ハヅキ』に会ったのは昨日が初めて、だよね? まだ丸2日しか経ってない。なのに何でそんなに……」

 

 アルフの言いたい事はフェイトとて解っている。少し入れ込み過ぎている、とでも言いたいのだろう。もしかしたら、ミッドチルダにおける『召喚魔法』とは違い、召喚する者とされる者の間に何がしかの精神リンクでもされるのかもしれない。……その可能性はフェイトも考えはした。

 けど、違う。例えそうだとしても根本の原因はそこではないのだ。

 フェイトは葉月と接して、自分が感じたことを思い浮かべながら、静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「……きっと、心のどこかで葉月になのはを……そして自分を、重ねていたんだと思う。私はなのはに救われた。だから、今度は私が、助けを求めてきた葉月を救うんだって」

 

 助けを、繋がりを求めて手を伸ばす姿に、厳しい状況にも負けず、進もうとする姿に、自分となのはの姿を映していた。

 フェイトはアルフにはもちろん、葉月にすら言っていなかったが、彼が自分のことを何がしかの理由で“知っている”ことに何となく気付いていた。

 例えば葉月の持つ『召喚』能力に「戦う力をもつ者を召喚する」と言う条件がついていたとしても、普通であれば戦力として召喚した相手が、世間的に見て明らかに「子ども」だったとしたら、多少は「本当に戦えるのか」と疑問に思うはずだからだ。

 初めて召喚されたとき、フェイトはバルディッシュどころかバリアジャケットすら纏っていない普段着姿だった。

 それに加え、彼の出身である世界──地球──の事を鑑みれば、疑問に思わないはずが無い。だというのに、葉月はフェイトが名乗る前から躊躇うことなく「話を聴いてほしい」と頼んできた。

 それらを踏まえてみれば、何故かは解らないし、どこまでかも解らないけど、葉月は自分のことを──少なくとも戦えることは──知っていた。

 だけど、だからこそ。

 

「……それにね、嬉しかったんだ」

「嬉しかった?」

「うん。頼ってくれるのが。……私を、必要としてくれるのが」

 

 “誰か”に必要とされるのが嬉しいと、『フェイト・テスタロッサ』を必要としてくれるのが嬉しかったと、そう言って少し寂しそうに笑うフェイトが“何を”想っているのか、その心情が痛いほどに理解できるアルフは、労わるように優しく、けれどしっかりと、フェイトを抱き締める。

 

「ありがとう、アルフ」

 

 しばらくの間そうしていたアルフは、フェイトのその言葉に彼女から離れ、一呼吸置いた後にフェイトは再び言葉を紡ぐ。

 

「葉月にとって、今頼れるのは私しか居ないから……だから“私が”何とかしてあげなきゃって…………“私だけ”が何とかしてあげられるんだって思ってた」

 

 フェイト自身、あまりはっきりと自覚していなかったが、彼女のその想いは、葉月の家族の話を聞いたときにより強くなっていた。

 素敵な家族だと思った。

 葉月自身のことも、優しくて良いお兄ちゃんだなと、そう思った。

 そして同時に脳裏に過ぎった、自分に──否、『アリシア』に優しく微笑む母の顔。

 彼女──『フェイト』──にとって得ることの出来なかった、暖かな家族。

 だからこそ、そんな素敵な家族の元に、自分の手で必ず帰してあげたいと、心からそう思った。

 

「それは別に間違っちゃいないだろ? 現にフェイトしか、その『ハヅキ』に接触することができないんだからさ」

「違うよ、アルフ」

 

 アルフの言葉を否定するフェイトに、アルフはどういう事だと疑問の表情を浮かべる。

 

「別に、葉月に直接接する事が出来なくても、やれる事はきっとあるよ。けど、私は自分が……“自分だけ”が必要とされているって言うことの心地よさに甘えて、それから目を背けてた」

 

 そこで言葉を一度区切り、フェイトは少しだけ目を瞑り──再び開いたそこに見えるのは、確かな意思。

 

「だから、まずは相談してみようと思う」

「……相談って、リンディ提督達に?」

 

 アルフの問いに「うん」と頷いたフェイト。

 

「本当は、少し迷ってたんだ。事件とか裁判のこととか、私達自身のこととかもあるから、これ以上迷惑を掛けたくなかったから。けど、もう迷わない。私は私の打てる手段を全部打つって決めたよ」

 

 自分に言い聞かせるように小さく言うフェイトに、アルフは「そっか」と一つ頷いて、

 

「明日からアースラに移るし、話をするには丁度いいかもね。

 フェイト、アタシに出来る事があるなら何でも言うんだよ? 何だってやってやるからさ」

 

 そう言って、任せろと言わんばかりにどんっと大きく胸を叩く。

 アルフ自身は、フェイトが言ったからといってそう簡単に葉月のことを信じられるわけではないだろう。

 今しがたアルフ自身が言ったように、葉月と直接に接する事が出来るのはフェイトだけで、そのうえ葉月に関して物理的な証拠を提示できるわけではない。言ってしまえば、フェイトの言うことは全て妄想だと切って捨てられたとしても、フェイトにはそれを明確に否定する方法が無いのだから。

 それはフェイト自身も解っている。だが、それでもそう言ってくれるアルフの気持ちが嬉しく、フェイトは穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

 

 ──だから……葉月、待ってて。絶対に帰してみせるから。


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