深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase83:「開戦」

 『大侵攻』当日。出発前にステータスを確認したところ、『リンカーコア』の項目から「衰弱している」の文言は消えていた。何とか復調が間に合ったようで良かった。

 第三層のスタート地点である神殿へと転移した俺の前にあった光景は、これまで見たことのない数の『プレイヤー』達の姿だった。

 魔法陣付近だけでも結構な数が居るので、外にはもっと居るんだろうなと思っていると、軽装鎧の男が近づいてきて、話しかけてくる。

 

「見ない顔だが、『大侵攻』の事は知っているか?」

 

 何だろうと思いつつ「ああ、今日はそのために来たから」と答えると、男は少し考えた後、「そうか。情報は誰から聞いた?」と再び問いかけて来た。

 ほんと何なんだと思いつつ、稲葉さんの名前を出すと、男は手に持ったメモ用紙らしきものを見たあと、「なるほど」と一言。

 

「君のパーティメンバーは?」

「いや……一人だ」

 

 三度の問いに答えたところ、男は「そうか……解った」と頷いて。その後に「格好から見るに、後衛タイプではないな」という言葉が聞こえた。

 

「このフィールドは、オーク側とリザードマン側に別れているのは知っているな? 『神眼』の解析によると、どうやらオーク側の勢力の方が優勢らしい。なので君はリザードマン側の方へと行ってくれ。集団戦である以上、ある程度の指揮系統の統一は必要だからな。従ってくれると有り難い」

 

 男にそう説明され、無意味に文句を言って場を乱しても意味は無いので、「解った」と了承し、その場を後にする。

 まぁ……情報の出所やら、指揮系統の統一やらで、大体の振り分けというか状況は察したが。

 多分、『軍神』とその近辺はオーク側に陣取っているんだろう。で、彼等と連携の取れやすい人をそちらに配置して、他はリザードマン側ってところか。とは言えリザードマン側が突破されれば、オーク側の部隊が挟撃を受けることは想像に難くない。出来れば人数的には半数は欲しいところ。

 で、言い方は悪いが、寄せ集め部隊でリザードマン側を抑えている間に、精鋭部隊でオーク側を撃破。そのままリザードマン側を攻撃して殲滅……ってところが妥当な作戦か。素人考えだけど……まぁ素人の寄せ集めなのは変わらないしな。大きく外れてはいないと思うんだけど。

 それにしても、あんな確認のための人員を配置してるあたり、想像以上に組織立って活動しているようだ。

 そんなことを考えながら神殿の外に出ると、やはり思った以上の人が居た……のだが、それ以上に見慣れないものが目の前に広がっていた。

 高さが10メートル程ありそうな、大きな壁。階段で上に登れるようになっており、所々に門のようなものまである。それが神殿を囲むようにぐるりと築かれているようだ。

 ……要塞化でもしてるのかよ。

 思わず足を止めて呆然と見ていると、「凄いですよね、これ」と声を掛けられた。

 

「お久しぶりです、長月さん。来ると思って待っていました」

 

 聞き覚えの有る声に振り返ると、そこには第二層で出会った、ハルナが居た。

 「君も来ていたんだ」と言うと、彼女は「はい」と頷いて、「ケイさんも居ますよ」と続ける。

 

「私は上空、ケイさんは地上からの斥候係ですけど」

「そう言えば、君のユニークスキルは飛行だっけ」

 

 確かに飛べるのなら空から敵の布陣を偵察できる。間違いなく数の上で負けているこちらにとっては、貴重な情報になるだろう。

 と、そこで神殿から出てくる人が居ることに気付いたので、出入り口で話していては邪魔だし移動しようと「俺はリザードマン側だけど、ハルナは?」と訊いたところ、どうやら彼女も同じらしい。

 今は壁で見えないが、川が有ったはずの方にある、近くの門へと向かう。

 道中、ハルナから稲葉さん達も向こうに居ることや、この壁は『土系統』のスキルや『具現化』系のスキル持ちが協力して創ったらしいこと、オーク側を戦場とするのは、『軍神』達に近い人達が中心であることなんかを聞いた。

 そして門から出ると、予想通り目の前に川があったのだが──記憶に有るよりも、明らかに水量が少ない。……これだと、リザードマンどころかオーク達だって、簡単に川の中を進めそうだ。

 実際に歩いて渡ってみれば、川底は滑っているけれど、俺ですら問題無く渡れる。……なるほど、こうやって『大侵攻』の大部隊を展開し易くするってところか。

 川を渡りつつリザードマン側のフィールドを見てみると、オーク側程ではないけれど、あちらにもある程度の高さの壁や、拒馬槍を思わせる形状のバリケードなど、防御陣地が構築されているのが解る。敵が押し寄せてくるのが解っているのなら、後方拠点は必要だろうしな。

 と、その防衛陣地の近くまで来ると、何やら忙しそうにしている見知った顔を見つけた。稲葉さんのパーティメンバーの玉置だ。

 声を掛けようと近づくと、彼もこちらに気付いたらしい、「よお」と声を掛けてくる。

 

「やっぱ来てくれたんだな……って言うか、瑞希から体調不良だって聞いてたけど、どうなんだ?」

「お蔭様で、何とか完治したよ」

 

 あの時は悪かったなと謝ると、「気にすんな」と返してくる。

 ついでにハルナから聞いたことを踏まえて現状を訊いてみると、ザックリと説明してくれた。

 玉置によると、稲葉さんがこちら側の纏め役に着いている人と知り合いのようで、部隊長的なものを任されてしまったらしい。……何気に顔が広いというか……面倒見が良いよな。そう漏らした俺に、「ホントだぜ。ったく……お蔭でこっちまで駆りだされて参るわ」とぼやく玉置。今はこちら側に振り分けられた人員を、大まかに部隊分けしているそうだ。

 概算だけど、現状第三層まで辿り付いているのは70パーティ弱、人数で言えばおおよそ300人強だとか。で、こちら側に配置されているのは、おおよそ半分程度らしい。

 「作戦は?」と訊くと、オーク側の陣地を指しながら「あっちの立てた作戦に合わせる形だとさ」と言う玉置。

 まずは防衛陣地の前……壁とバリケードの間に、遠距離攻撃を行える人員を配置。敵が攻めてきたら先制で遠距離攻撃をぶっ放し、その後近接部隊が攻撃。行動は基本パーティ単位。いきなり知らない奴と組ませるよりは、連携が取れるパーティで動いて貰った方がいいとのことだ。

 あとは、長丁場になるだろうから、いきなり全力投入はせず、ある程度交代しながら動く予定だとか。

 

「もっと細かい作戦立てた方が良いって意見も有ったらしいけどな。所詮素人の集まりだから、複雑なことなんて無理だろって結論になったんだとよ。まぁ細かい作戦立てられても、こっちに配置されてんのはほとんどギリギリに『大侵攻』のことを知った奴ばっかだからな……実行なんて出来ねえよ」

 

 ぼやき半分で説明してくれた玉置に「そうだろうな」と同意する。

 

「やっぱりこっちは寄せ集めか」

「ああ、向こうが敵も味方も主力になるらしいからな。『軍神』達……っつーかその周囲曰く“飛び入り”や我が強くて連携組みにくいやつはこっちみたいだな。向こうが片付くまで持ちこたえろってことだろ」

「だと思った」

 

 玉置とそんな話をしてから、俺はどうしようかと相談したところ、とりあえず遠距離攻撃のところに混じって一発頼むわと言われた。

 

「その後は自由にしてくれて良いと思うぜ。ぶっちゃけアンタの場合『一人軍隊』みたいなもんだしな。どっかに混ぜ込むより、個人で動いて貰った方が良い気がする……って、そういや今日は“パートナー”は?」

「召還時間の関係もあるからな。敵が寄せてきたら喚ぼうと思ってる」

 

 今俺と一緒にいたのが、ハルナだけで他に居なかったことに気付いたか。

 玉置の問いに自分の考えを述べると、彼は「そうか」と頷きつつも、「けど良いのか?」と訊いてくる。人前で“召喚”してもってことだろう。……まぁ、「事ここに至って四の五の言ってる場合でもないし、仕方ないさ」と答えておく。

 それにしても『一人軍隊』なんて大げさな……と思ったけれど、第一層十階でフェイトがやったことを考えると、あながち間違いでも無いのか? との思いも浮かぶ。

 あの時はアンデッドの群が三桁を軽く超えていたけれど、フェイトのファランクスシフトが一網打尽にしたしな……。

 とは言え「後は自由にしていい」なんて言っちゃって良いんだろうか……と思ったところで、その前に玉置が言ってた「我が強くて連携組みにくい」ってのは、性格だけじゃなくてスキルのことも指すのかと思い至った。つまりは俺もか。

 ……っていうか、そもそも俺はパーティを組んでいる人がいないという根本的な理由もあったか。

 ともあれ、とりあえずの行動が決まったので、ハルナと玉置と別れ、遠距離攻撃組の集合場所へと向かう。まぁ、撃った後はパーティ単位で動くからか、遠距離も近距離もさして離れた場所に集まる訳ではないみたいだが。

 ちなみに、遠距離組の場所へいくと、明らかに近接戦闘装備の俺の姿に、何度か「こっちは遠距離攻撃組だぞ」と声を掛けられた。そのたびに遠距離攻撃も出来るからと説明したのだけど……遠近共にやれる人は珍しいのか、と思ったが、他の人はパーティ単位で動いているから、役割分担がしっかりしているのか。

 幸いにも稲葉さんのところの瑞希と佐々木君が居たので、合流させてもらった。

 

 

……

 

 

 その時(・・・)が来た。

 「カウントがゼロになった」との報告がもたらされ、準備を整えた全員が警戒を強める中、周囲へ斥候に出ていた偵察部隊が次々と帰投し、報告を上げてきた。

 偵察からの情報によると、敵は川の下流側から進行を開始し、大きく三部隊に別れているとのこと。

 出現方向はおおむね予想通り。敵の数は、上空から偵察した者の主観では、一部隊がこちらの四倍から五倍はありそう、とのことだ。誇張の可能性もあるが、報告者の目算が合っているとすると、敵は全部でザックリ2,000前後になる。……グラス・リザードマンだけで、だ。

 それに加えて確か六体のネームドモンスターを倒す必要がある……ってことは、オークの方も同じような布陣で来るとして、オークとリザードマンのそれぞれに三体ずつってところか。

 更に言えば、ここが『迷宮』であり、相手が「迷宮が生み出すモンスター」であることを考えると、あまり時間を掛けすぎると倒した敵が再度生み出されて、戦線に投入される可能性もあるだろう。

 同じような結論に達した者が居たのか、どこからか「無理だろ、そんなの……」と言う声と、それに呼応するような、弱気な発言がいくつか聞こえ──それに反対するような、「湿気たこと言ってんじゃねえよ」なんて声も聞こえてくる。

 それらの声を耳にしながら、ふと、どう思う? と隣に立つ瑞希に訊いてみると、

 

「仮にこっちの十倍だとして、一人十匹倒せばいい。余裕」

 

 そう言って不適に笑う。なんとも頼もしい。

 まぁ、そのためにこうして準備をして迎え撃っている訳だしな。逃げることは出来ないのだし、やるしかないんだ。

 

 そして、とうとう敵が現れた。

 現代の『地球』出身である俺達は、数千どころか万単位の人波を、画像や映像で見る機会は山ほどあった。

 それに比べれば、こちらに向けて進軍してくるグラス・リザードマン達の数は遥かに少なく──けれど、その全てが殺気立って向かってくる様は、実数よりも多く、強大に見せていた。

 どこかで誰かが「ヒッ」と小さな悲鳴のような声を漏らし、今度はそれに反対するような声も上がる……ちょっと不味いなと思った。

 空気を変えなければいけない。敵に……何よりも雰囲気に飲まれてはいけない。萎縮した意識は普段よりも動きを鈍らせ、命を危機に晒す原因になる。

 息を大きく吸い、ゆっくりと吐き、精神を集中させ──

 

「『召喚(サモン):アルトリア』!」

 

 スキル行使のワードと共に伸ばした手の先に生まれた球状魔法陣から、アルトリアが現れる。

 その瞬間、俺の周囲がざわめいた。

 人間──それも、“知っている”人ならば驚くに値する人を喚び出したのだから当然か。

 

「え、ええええ!? あの時のセイバー!? って、『プレイヤー』じゃないの!?」

 

 ざわめきの中から聞こえてきた、人一倍大きな驚愕の声。そんな言葉に視線を向けると、そこには以前……初めて『廃都ルディエント』に行ったときに出会った女性の『プレイヤー』が居た。……この人はインパクト強かったからな、覚えている。

 それにこの人の声のお蔭か、俺の周囲に居る人達は、敵軍に対する“恐怖”から意識が逸れたようだ。

 俺はアルトリアに状況を説明し──

 

『遠距離部隊、用ぉぉぉ意!』

 

 恐らく拡声の道具かスキルでも使っているのだろう、指揮を担っている人の声が響き、それに合わせ、慌てたようにスキルの準備をしだす皆。隣に立った瑞希も、弓に矢を番えている。

 

『撃てぇぇぇぇぇえええ!!』

 

 号令と共に、一斉にスキルが行使された。

 撃ち放たれる矢。炎や氷、雷、岩といった弾丸。強力な範囲攻撃や召喚魔法。それらがグラス・リザードマンの軍勢へと突き刺さり、炸裂し、各所で爆発を起こしたり、濛々たる土煙が上がったりしている。

 一方でオーク側でも、壁の上や前から、色とりどりの弾丸が撃ち放たれているのが遠目にも見て取れる。

 そして大きな炎の玉がオーク軍に突き刺さった瞬間に巻き起こる、人一倍巨大な爆炎。

 凄まじいな、と零した俺に、瑞希が矢を放ちながら「多分、『紅蓮』の攻撃」と教えてくれた。

 ……と、向こうを気にしている場合じゃないな。こちらの陣地でも、様々な遠距離攻撃がグラス・リザードマン達へと放たれ続けているが、それでも軍勢は止まることなく向かって来る。

 それとともに、向こうからも水弾や氷弾といった魔法による攻撃が飛んで来た。

 それらのほとんどは、前方にあるバリケードにぶつかってこちらまで届くことは無かったし、いくつか抜けて来たものも、幸いにも当たった人は居ないようだが。

 ちなみに、弓矢など、弧を描いて撃てる放射系の攻撃を行う人はバリケードの後ろにいるが、一直線に飛んで行くような、直射系の攻撃を行う人はバリケードの無いところに陣取っている。俺達もそちらだ。なので、今敵の攻撃がこちらに来なかったのは幸運なだけなのだ。

 なので得物が弓矢の瑞希は、バリケード側の方がいいんじゃないかと思ったのだけど、何でも「葉月の近くにいると身体が軽い」とのこと。

 ……どうやら、俺の持つ何かが瑞希に影響を与えているらしい。考えられるとすると、『絆を結ぶ程度の能力』だろうか。

 まぁ、なんにせよ今は検証も出来ないので、後回しだ。とりあえず何かが彼女にプラスに働いている、と考えておこう。

 

「アルトリア。魔力供給の制限を緩和。思いっきり……ぶちかませ!」

「解りました──参ります!」

 

 俺の宣言に応じたアルトリアの言葉と同時、俺の中から大量の魔力が彼女へと流れていく。

 ……まだセーブしてくれているとはいえ、キツイものはキツイ。けどこの先必ず必要になるから、今『令呪』を使うわけにはいかないので我慢だ。

 俺は意識を胸の奥の『リンカーコア』へと向け、意識して周囲の魔力を取り込み、自身の魔力へと変換していく。少しでも多く、アルトリアへと渡せるように。それと、自分で使う分(・・・・・・)も確保しておかねばいけないからだ。

 彼女が振りかぶった不可視の剣の“鞘”が外れ、黄金の剣が姿を現し、収束する魔力が、輝きを強めていく。

 

約束された(エクス)────勝利の剣(カリバー)ーーーーッ!!」

 

 そして放たれる、極光の斬撃──!

 

 流石の一言だ。

 薙ぎ払われた一閃はリザードマンの群を断ち斬り、大量の敵を魔力の霧へと一瞬で還しただろう。

 俺はそれに続くように、魔力を練り上げていく。

 足下に展開される、ミッドチルダ式の魔法陣。

 左手で魔法式を描き、それを組み込んだ魔法陣を前方に展開。右手はデバイスの代わりとなる剣の切っ先を前方に向けるように持ち、矢を引き絞るように後ろへとテイクバック。

 それとともに剣身を環状魔法陣が取り巻き、バチリッと雷が弾けるような音が鳴り響く。

 ……本当であれば昨日は、なのはに創ってもらった『核の水晶(コア・クリスタル):烈光』を使った予備武器の作成など、検証や、やった方がいいことは色々とあった。けれど俺は、それらのことは全て後回しにして、最低限の準備を済ませたあと、フェイトとなのはにつきっきりで、この魔法(・・・・)をモノにするための訓練に付き合ってもらったのだ。

 だから、失敗は出来ない……じゃないな。そこまでして貰った以上、失敗するはずがない、この一撃──

 剣身を“砲身”に見立て──前方へと展開した魔法陣を突き穿つように、繰り出す!

 

「サンダースマッシャァアーーー!!」

 

 魔法陣を突き抜けた剣先に凝縮した魔力が解き放たれ、俺の魔力光である藤色の砲撃が撃ち放たれる。

 剣が持つ雷撃属性が籠められた砲撃魔法は、金色(・・)のスパーク光を纏ってグラス・リザードマンの群へと突き刺さり、穿ち、貫く!

 ──さあ、開戦だ。


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