深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase8:「虚勢」

 とりあえずの話を終え、座っていた階段から立ち上がった俺達。

 「これからどうする?」と訊いてくるフェイトに、彼女の残りの召喚時間を確認したところで、出発前に定めていた2時間の探索時間終了まで、あと30分を切っていることに気付く。

 2階に降りてからのゴタゴタで30分以上浪費したのか、と少々がっくりきつつ、それを告げて「戻るか」と言うと、うん、と頷くフェイト。

 それから幾度かの戦闘を経て、40分程度で『マイルーム』にたどり着いた。やはり一度通って道が解っている分、行きよりも早いな。

 フェイトの召喚リミットまでの残り30分ちょいは、念話の送信の方法とバリアジャケットについての講釈を受ける。

 さすがにデバイスも無しに行き成り成功、とはいかなかったが、やり方は教わったので後は要練習だろう。……とは言え念話は相手が居ないと送れているかどうか解らないので無理だけど。

 そして、時間。

 

「私のことは気にしなくていいから、何かあったらすぐに呼んで」

 

 今日は思い切り醜態を晒したからか、それとも道中の戦闘時に何か感じたのか。魔法陣に包まれたフェイトから、そんな言葉が掛けられた。

 本当に、気を使わせてばかりだな、俺は。

 「解った」と頷いてフェイトに目を向けると、こちらをじっと見ていた彼女と目が合って──胸の中に生まれた言葉が、するりと口をついた。

 

「フェイト、今日もありがとう。……本当に、フェイトが居てくれてよかった」

 

 急にどうしたの? と疑問を浮かべる彼女に、その先を言おうかどうか一瞬迷って口ごもった。流石に礼を言うのはともかく、理由を言うのは少しばかり気恥ずかしい。

 けど、すぐに思い直した。言葉は思うだけじゃ伝わらない。そして、伝えたい事を伝えられる機会が、いつもあるとは限らない。そう──いつ何が起こってその機会が永遠に失われるかなんて解らない。事実今現在、俺がこの身で体験しているところなんだから。

 だから、気を取り直して言葉を続ける。

 

「昨日からずっと漠然と感じていたことだけど、今日の事ではっきりと実感したんだ。……戦いとか、探索とかだけじゃない。フェイトが居る事で俺が精神的にどれほど救われているかって」

 

 だから、改めて言っておきたかったんだ。

 そう告げると、取り巻く魔法陣がその色合いを濃くしていく中、彼女は驚いた表情を浮かべてから、小さく頭を振る。

 

「ううん、私の方こそ──」

 

 そこで途切れた言葉。

 彼女が少しだけ口ごもったところで、その姿は魔法陣に覆い隠された。

 そして、薄れていく魔法陣。

 それが完全に消える、その刹那──。

 

「ありがとう」

 

 思いもよらぬ彼女からの言葉に戸惑う俺を置いて、還って行ったフェイト。

 ……彼女は、どんな想いで今の言葉を口にしたのだろうか。

 果たして俺に、彼女が礼を言ってくるような──ほんの僅かでも、フェイトのために成れていることがあるのだろうか。

 そして、彼女が居なくなった瞬間に訪れる、耳に痛いほどの静寂。……やっぱり、この感覚は何度経験しても慣れないな。

 途端に襲い来る孤独感に、ややもすれば沈みそうになる気分を、頭を振って追い出し、汗を流すためにバスルームへと足を向けた。

 

 

……

 

 

 薄暗い迷宮を独り歩く。

 カツン、カツンと、硬質な足音だけが響く中、先の見えない闇へ向けて足を進める。

 進む先に映る壁や天井は、思い出したように怪しく明滅を繰り返す。

 それはまるで、身を焼き焦がす炎へ(いざな)う誘蛾灯のように。

 それはまるで、この迷宮に囚われた魂が上げる悲鳴のように。

 立ち塞がるモンスター。

 それを切り伏せ、粒子へ変わるその姿を見届ける。

 もう幾度と無く見た光景。

 死したるものが辿る末路。

 それはきっと、『俺』も例外ではなく。

 流した血が、失った四肢が、朽ちた身体が金の粒子となる光景を幻視して。

 感じる違和感。

 過ぎる不快感。

 視線を落とせば、腕が、足が、身体が、ざらりと崩れて、虚空へ消えて──。

 

「うわぁぁああああああああ!!!!」

 

 叫び声を上げて飛び起きた(・・・・・)

 動悸が激しく、息が荒い。

 腕は……ある。足も、ある。身体も、ある。

 夢……そうだ、夢だ。大丈夫、夢なんだから。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫だ、大丈夫なんだ。

 言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせても……込み上げて来るものが止まらない。流れ落ちるものが止められない。震える身体が止まってくれない。

 “死んだら消える”。

 それを想像してしまったからだろうか。それをそういうものだと認識してしまったからだろうか。

 怖い。

 死ぬのが怖い。戦いが怖い。傷つくのが怖い。……死んだ後に、自分が残らず消えてしまうのが、凄く怖い。

 ……実際に『そうなった』人を見たわけでもないのに、このザマだ。

 

 ──何かあったら、すぐに呼んで。

 

 ふと、フェイトの言葉が頭を過ぎる。

 気がつけば、虚空へ手を突き出していた。まるで、そこに、呼び出そうというかのように。

 ……俺は、何をしているんだ。

 手を引き戻し、抱え込むようにうずくまる。

 今までだって、頼りすぎているというのに、甘えているというのに、これ以上甘えてどうしようって言うのか。

 願ったはずだ、強くなりたいって。助けてくれる彼女の恩に報いるためにも。背中を任せてもらえるように、肩を並べて歩けるように。

 誓ったはずだ、強くなるって。

 俺は弱い。心も、身体も。でも、だからこそ、今、この時を乗り越えられなくて、強くなろうなんておこがましいにも程がある。

 眼を閉じて、瞼の裏に浮かぶのは、今しがた見た夢の内容。

 自分の足が、腕が、身体が金の粒子となって消え行く嫌悪感。

 だけど、その“金色”は俺の脳裏に別のものを思い浮かべさせる。

 倒れそうになった俺を、支えてくれた彼女の色。

 それだけで、とくり、と心の奥底に小さな火が灯るのが解る。

 死んだら消える? だからどうした。だったら死ななければいいだけだ。

 曲げられない想いがある。折れるわけに行かない意志がある。諦めたくない願いがある。だから、下を向くな、前を向け。

 怖くても、震えても、傷ついたとしても、進まなければいけないんだから。進むしかないのだから。進むと決めたんだから。

 だから、今は虚勢でいい。張りぼてで構わない。見かけだけでも強く居よう。

 せめて、心優しい彼女に、もうこれ以上心配をかけないように。


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