「もう一度訊く……何者だ?」
再び聞こえてきた問いに我に返り、気を落ち着け、確りと眼前の相手を見据えて相対する。
その時、背後からドサリと音がして、一瞬後ろを伺うとフェイトが倒れ伏していた。……魔力が切れたのか、バリアジャケットは解除されて私服姿に戻っていて……きっともう限界だったんだろう。
駆け寄りたい。そんな思いを押し殺して、目の前の相手へと集中する。
「……俺は……俺の名は、『長月葉月』──彼女に、喚ばれてきた」
もう一度、チラリと後ろを見て言った俺の言葉を聞いて、彼女──シグナムは一瞬眉根を揺らして「……そうか」と小さく呟いた。
彼女が今何を考えているかは解らない、けど、
「今度はこっちが訊きたい……
答えは分かっている。分かっているから……彼女が、彼女達が何故こんなことをしたのかも、“識って”いるから。だから、抑えなくてはいけない。
そう、思っていたのに。
「──そうだ」
「っ!」
響き渡る金属音。次いで、凄まじい衝撃と破砕音と激痛。
その一言を聞いた瞬間──分かっていたはずの答えも、理解していたはずの理由も、何もかもを忘れるぐらいに、頭がカッとなって、斬り掛かっていた。
けれど、振り抜こうとした剣は簡単に止められて、返す刃で一閃されて吹っ飛ばされた。
欄干に亀裂が入る程の勢いで叩き付けられ、衝撃と痛みに息が詰まる。
「どうして……」
どうして、寄りによって“今日”なんだよ。
“こっち”でようやくなのはに会えて、アリサやすずかにも初めて会えて、初めての学校で──フェイトにとって、今日はきっと楽しい記憶に残る日になったのに。
「許せ、とは言わん。だが、我等にも譲れぬ理由がある」
そう言って、俺に向けてその左手にもった“本”を掲げるシグナム。
……識っているさ。彼女達にとって何よりも大切な者が居ることも。そのためなら何だってするって覚悟があることも。
本──闇の書は、シグナムの掌の上でふわりと浮き上がると、ひとりでにページが捲られて行き──白紙のページを俺に向けた。
その間に何とか立ち上がっていた俺だが、胸元に違和感を感じて見れば、ズルリと、俺の身体から抜け出てくる藤色に光る光球。……リンカーコア。
次の瞬間、俺のリンカーコアから闇の書に向けて魔力が流れ出した。
無理矢理に魔力を吸い取られ、凄まじい苦痛が襲ってくる。
……だけど。
「それが……、どうしたああああ!!」
「何っ!?」
彼女達が抱える事情も、魔力を搾り取られる苦痛も、何もかも振り切るように叫び、剣を構え、再び斬り掛かった。
まさか俺が動くとは、動けるとは思わなかったのか、驚いて一瞬反応が遅れたシグナムだけれど……簡単に止められ、再び吹っ飛ばされた。
……一瞬意識が飛んだ……身体がまともに動かない……たった二撃でこれだ。けど、諦めたら、ダメだ。
剣を支えに、身体を起こす。あちこちが痛い……けど、ズィーレビアの自爆を喰らった時より、まだ、マシだ。
「……諦めろ。お前では、私には勝てん」
挙げ句の果てにそんなことを言われてしまったが、ふざけるなと、睨み付けて言ってやる。
……ああ、そうだ。本当に、ふざけるな、だ。
「……二人とも、俺にとって……大切な子達だ……それをここまで傷つけられて……はいそうですかって、引き下がれるか……!」
「──そう、か」
──立ち上がる。
引き下がれないなら、負けられないのなら、立ち上がるしかないのなら、立ち上がってみせる。どんな状態だろうと、何度だって!
前方の気配は動かない。何を思っているのか……俺など、何度立ち上がったところで無駄だと思っているのだろうか。
本当なら、フェイトは、俺が辛い時も、苦しい時も、ずっと、力になってくれてる。なのはも……自分が力になれるならって、見ず知らずの俺ことを、助けてくれてる。だから、お前達の“事情”だって、ちゃんと話せば、二人なら力になってくれる。そう言いたい。
けど──きっと、俺の“言葉”は届かない。当事者じゃない、言うなればただの傍観者でしかない俺には。
だから、せめて示そう。何をしても……どんなことがあっても護りたい人が居るのは、お前達だけじゃないんだって。
彼女たちに想いを伝えられるフェイト達が、次に彼女たちに会ったときに……ほんの少しでいいから、向き合ってくれるように。
……ふと先程よりも身体に掛かる負担が楽になっていることに気付いた。……強制的に魔力を吸い出される苦痛が、かなり弱まっている。
何故と思い目をこらすと、自分の周囲を球状に覆う魔法陣。……うっすらと弱まったり、少しだけ濃くなったりしているこれは、もしかして送還の魔法陣だろうか。時間切れか、はたまた別の要因かは解らないが、恐らく……この送還の魔法陣によって“この世界”との繋がりが弱まったか、魔法陣自体に干渉を阻まれて、闇の書の『
ともかく、これならまだ動ける。少し朦朧とするけれど、まだ、大丈夫。
立ち上がるのに支えにした剣を引き抜き、もう一度構えたところで、いつの間にかシグナムの周囲に、3人ほど増えていることに気付いた。
ゴスロリっぽい感じの赤い服の少女と、緑色のロングスカートの女性、青色の武道着で犬耳の男性。……ヴィータとシャマル、ザフィーラ、か。
気を抜くと遠くなりそうな意識と、周囲を覆う球状魔法陣に阻まれつつも様子を伺っていると、シグナムがシャマルに何事かを耳打ちし、シャマルが「いいの?」と疑問らしき言葉をシグナムへ返した。そしてシャマルはこちらに向けて手を伸ばし──ふわりと周囲を何かが取り巻いたかと思った矢先、球状魔法陣に弾かれるように霧散する。
「レジスト!? ……いえ、そもそも魔法が届かなかったって感じかしら?」
驚いた表情を浮かべたシャマルは、「後ろの3人には効いたみたいだし」と言葉を続ける。
……後ろの
先程までボロボロだったフェイトに、なのはとアルフにも傷一つ無いようで……先程のシャマルが行ったのは、回復魔法だったのか。
結果に少しだけほっとしつつ再度シグナムへ意識を向けると、彼女はこちらを一瞥したあと、「行くぞ」と周囲へ声を掛けると、背を向けて歩き去って行く。……何故、と思ったところで、そもそも彼女たちの目的は「『闇の書』のページを埋めること」であったことを思い出した。言うなればもうここに留まる理由は無いのだろう。
──彼女たちの姿が消え、少しの時間を置いたところで、ようやく息を吐いた。……と、気が抜けたからか、一瞬クラリとた瞬間、周囲を覆う球状魔法陣の色合いが若干濃くなったことに気付く。
……コレが出たタイミングとその前後の状況を思い出し、そうか、と思い至る。恐らく、今俺が完全に意識を失ったら、
とりあえずフェイト達をこんなところに放置するわけにはいかない。リンカーコアからは結構な量の魔力を奪われて、コア自体も収縮しているのを感じるけれど、残った魔力を掻き集めて身体強化に回してフェイトとなのは、アルフを抱き上げる。
周囲を見回し、離れたところにベンチを見つけた。何とかそこまで運び、フェイトとなのはを座らせてフェイトの横にアルフを置いて、2人の間に俺も崩れるように座り込む。
流石に辛い。
戦闘とそのダメージ、心身に受けた疲労、魔力の消耗……なんかもう色んなものが、座ったのを切っ掛けに一気に吹き出してきた。
……どれぐらいの時間が経っただろうか。誰かが駆け寄ってくる足音で、朦朧とした意識を何とか起こして視線を向ける。
もう随分と周囲の魔法陣の色合いは濃くなって、今一判別しづらいけれど……明るい緑色の髪を後ろで結んだ、綺麗な人。
「──トさん、なの──!」
多分、フェイト達の名前を呼んだんだろう……ああ、多分、この人が……。
「リンディ提督……です、か?」
フェイトが気がついて、もしも訊かれたら、伝えてください。葉月は大丈夫だって。
そう言った──ちゃんと言葉に出来たと思うんだけど──ところで、流石に限界を迎えたんだろう、急速に意識が遠くなり、途切れた。
◇◆◇
街中に現れた隔離結界。
それが消失した後も、そこに居るはずのフェイトと連絡が取れず、リンディ・ハラオウンは急ぎ現場に向かった。
そこで彼女が見つけたのは、ベンチの背にもたれるように座り、意識を失ったなのはとフェイト、フェイトの横で意識を失っている仔犬モードのアルフ。そして、なのはとフェイトの間にある、金色に発光する球状の魔法陣と、その中にある人影だった。
「フェイトさん、なのはさん!」
2人の名を呼びながら駆け寄り、直ぐ側まで来たところで、魔法陣の中の人影が判別できた。
年の頃は17、8歳ぐらいだろう青年。バリアジャケットと思わしき服を着ているけれど、随分とボロボロで、身体も傷だらけな上に、意識も不明瞭なようだ。
一瞬警戒したが、恐らくなのは達をここまで運んだのは彼なのだろうと当たりを付け──何よりも、傷だらけの人を放って置けるはずもなく、声を掛ける。
「大丈夫!? しっかりしなさい!」
「……リンディ提督……です、か?」
けれど、返ってきた返事は思いも掛けぬ、自身の名を問うもので──
「フェイトが……気が……たら、伝えて……さい。葉月は、だいじょう……ぶだって」
絞り出すように続けられた言葉に、目を見開く。
その直後、青年を取り巻く魔法陣は一層その色を濃くし、完全に青年の姿を覆い隠し──カシャンとガラスが割れるように砕けて、中の青年ごとその姿を消した。
「……そう……彼が……」
──『長月葉月』。
疑っていた訳ではない。けれど──
……だとすれば、彼が負っていたケガは、フェイト達のために負ったものなのだろう。フェイトの話を聞いた限りの“彼”の性格から察するならば、間違いなく。そう判断したリンディは、今の彼の状態を思い出し、せめて、彼のケガだけでも治してあげたかったと唇を噛む。
彼が普段のフェイトのような状態でこちらに来ているのならば、まだ良いだろう。けれど、もし、“彼自身”がこちらに来ていたのだとしたら……危ないかもしれない。
どうか、無事で居て欲しい。フェイトとなのはのためにも。
気を失ったフェイト達を救助する手配をしながらも、リンディはそう祈り──他に何も出来ない現状に、僅かな悔しさを滲ませた。