深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase7:「推測」

 精神的に落ち着き、何とかフェイトから離れた──少しだけ、名残惜しく感じてしまったが──後、一度整理してみようと、フェイトと並んで階段に座る。

 最初にもう一度「さっきはありがとう」と言うと、彼女は少し照れたように頬を緩めながら、先ほどと同じように「気にしないで」と一言。

 ちなみに頬の傷は既に治っている。

 事前に買っておいた『マイナーヒールポーション』を少し、刷り込むように塗ってみたところ、「飲めば体力回復、掛ければ傷の治療に使える」と言う説明に違わず出血は止まり、少しの後に傷も塞がったのだ。

 恐らく傷自体浅いものだったからというのもあるんだろうが、改めて「この世界」はファンタジーだなと思う。少なくとも向こう……地球では、これだけ即効性のある傷薬なんて無いだろうし。

 

「……そういえば、さっきフェイトの声が頭の中に響いた気がするんだけど」

「──そっか、念話、届いたんだね」

 

 次いで先程我に返った時のことを訊くと、そんな答えが返ってきた。なるほどね、あれが念話か。

 そしてすぐに「あ」と何かに気付いたように声を上げた。

 

「そうだ、念話が聞こえたって言うことは、葉月にも『リンカーコア』があるってことだから……明日の訓練からは、バリアジャケットを纏う練習もしようか?」

「え?」

「あ、『リンカーコア』って言うのは、簡単に言えば魔法を使うために必要な器官で、バリアジャケットって言うのは、魔力で創った防護服。私が今着ているのもそうなんだけど、対魔力だけじゃなくて対衝撃なんかにも効果があるんだ」

 

 思わぬフェイトの言葉に漏らした俺の声を、疑問の声と受け取ったのだろう、リンカーコアとバリアジャケットについて説明してくれたフェイト。それに対して俺が思うのは、「本当に?」と言うものだった。

 別に彼女の説明が間違っているとか、疑っているってわけじゃない。俺が疑問に思うのは一つだけ──俺が、『魔法』を使えるようになるのか? と言うもの。

 そう思ったところで、ふと、実際に『魔法』が使えるんだとしたら、何か増えてるんじゃないかと思い立ち、自身の『ステータス』を見てみた。

 俺がステータスウィンドウを開いたところで、フェイトも気になったのか「何かある?」と問いかけてきて、

 

「……あ、【スキル】の『戦場の心得』がレベル1になって、『リンカーコア』ってのが増えてるな」

 

 並ぶ項目の中から、変化していたのと増えていたのを見つけ、フェイトに告げ、それぞれの説明を読み上げる。

 

 

『戦場の心得・Lv1』:パッシブ。戦闘時の錯乱/混乱状態より回復・生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。

『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。Unknown。

 

 

「……詳細不明(アンノウン)?」

 

 やっぱり引っ掛かるのはそこだよな。

 小首を傾げるフェイトに、「なんだろうな、これ」と訊くと、彼女はふるふると小さく頭を振る。

 

「解らないけど……葉月が詳しい情報を見る条件を満たしていないのか、それともこの『迷宮』が、『リンカーコア』の事を詳しく知らないのかのどちらかだと思う」

「俺としては、後者の方が嬉しいけどな」

 

 迷宮にとってイレギュラーな事であるならば……俺達にとって手札が増えるってことだ。

 そんな俺の言いたいことを理解してか、フェイトもうん、と頷いた。

 ああ、でも、本当に『リンカーコア』が俺の中にあるんだな……けど、だとしたら──。

 

「葉月、どうしたの?」

 

 先に聞いたフェイトの言葉と、今しがた見たばかりの自分のステータスに思わず考え込んでしまったところ、そう声を掛けられ、視線を向けると、フェイトは小さく笑って「今度は楽しそうな顔してた」と続ける。

 フェイトに言われて、「そうか?」といいつつ何となく自分の顔を触る。……まぁそんなんで自分の表情が解るわけでもないんだが。

 けど「楽しそうな顔」とやらの原因は解ってる。

 

「……魔法を使えるかもって思ったら、なんか嬉しくてさ」

 

 そう言うと、彼女はくすりと微笑んだあと、

 

「けど、魔法の使用を補助してくれるデバイスが有る訳じゃないから、最初は大変だと思う」

「解った。慌てずにじっくり、しっかりやるよ」

 

 しっかりと釘を刺してくれるフェイトに首肯すると、彼女は「うん」と一つ頷いた。

 そして「そういえば、ちゃんと紹介してなかったね」と、自身の持つ武器を示すフェイト。

 

「この子が私のデバイス、『バルディッシュ』。頼りになる相棒だよ」

《nice to meet you.》

 

 フェイトの紹介に続いて聞こえた声に、知識では知っていても、やはり「武器が喋る」と言うのを実際に体験する……というか話しかけられるのは不思議な感じがするな、と思いつつ、「よろしく」と返したところで、話は本題……と言うか、先ほどの「現象」に移る。

 

「それで、“これ”なんだけど」

 

 そう言いつつ、俺は自分の人差し指の腹を剣で小さく切り、血を滲ませた。

 フェイトも俺が何を見せようとしているのか察しているのか、何も言わずに俺の行動を見ている。

 しばしの後、俺の指から出てきた血は金の粒子となって虚空に流れ、消えていく。

 その光景に、一瞬先ほどの恐怖感が過ぎり、動悸が早くなるのを感じて──不意に空いていた左手を握られる感触に隣を見れば、「大丈夫?」と言いたげな表情のフェイト。

 ……しっかりしろ、俺。これ以上彼女にこんな顔させられないだろう。

 そう言い聞かせ、フェイトには「大丈夫だよ」と言ってから握られていた手を離して、昨日から撫でられてばかりという状況が続いているし、お返しにとくしゃりと彼女の頭を撫でる。

 そしてもう一度指を──金の粒子に変わる血を見せてから、『マイナーヒールポーション』を掛けて血を止めた。

 

「“これ”から俺が考えられる事は二つ。これの『行き着く先』と、『迷宮の王(ゲームマスター)の目的』かな」

 

 そこで一度言葉を止めて、視線を再びフェイトに向けると、彼女は続きを促すようにこくりと頷く。

 

「『行き着く先』はまぁ、言うまでも無いよな。“死”んだら、俺の……『プレイヤー』の肉体は、魔力となって消える。そしてそれが恐らく、『迷宮の王の目的』の一つなんだと思う」

「つまり、『プレイヤー』を召喚して迷宮に挑ませるのは、最終的に『プレイヤー』を魔力として吸収するためってことだね」

 

 皆まで言わずとも俺の言わんとすることを理解してくれるのは、流石と言うか何と言うか。

 

「ああ。そう考えるとこの迷宮に、最初の階から強いモンスターが出てこない理由も解る。……簡単に言ってしまえば、『そのまま』よりも『育てた』プレイヤーの方が多く魔力になるんだろうな。まぁ、『迷宮の王』がなぜ魔力を集めるのかとかは解らないけど」

「うん。単純に考えるなら、『強い力』を欲しているから、なんだろうけど……その場合も、なぜ力を欲するのかっていう理由が解らないし」

 

 そこまで言ったところで、フェイトは「ねえ葉月」と、俺の顔をじっと見つめてくる。

 その余りにも真剣な表情に、俺は居住まいを正して彼女の次の言葉を待った。

 

「『迷宮の王』の目的の一つが『プレイヤー』を魔力にすることだったら、今は良くても、この先きっと辛い戦いが待ってると思う。それでも──葉月は先を目指すの?」

 

 フェイトの問いに一度目を閉じて、考える。

 思い出されるのは先に感じた得も知れぬ恐怖感と──家族の顔、温もり。そして──隣にいる、少女の顔。

 ……そうだ。迷う必要なんて、ない。

 

「当然だよ。今俺に示されてる帰る方法がそれしかないんだったら──俺は絶対に最奥まで行って、『迷宮の王』をぶっとばして帰ってみせるさ。……俺を強くして喰らうのが目的だってんなら、『迷宮の王』の予想以上に強くなってやる」

 

 きっと心配してくれている家族のためにも、隣に居る、俺を助けてくれている彼女のためにも。

 そんな決意を乗せて答えると、フェイトは一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに、楽しそうに微笑みを浮かべた。

 

「……うん。葉月、これからもよろしく」

《Please leave it to us.》

 

 そして告げられた、フェイトとバルディッシュの言葉が嬉しくて、自分が自然と笑みを浮かべているのを自覚する。

 

「ああ、俺の方こそ──よろしく、二人とも」

 

 本当に、俺は人に恵まれていると、心から思う。


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