「お疲れ様です、ハヅキ。怪我は有りませんか?」
地上に降りた俺の側へ、アルトリアが歩み寄りながら声を掛けて来た。
それに「大丈夫」と返すと、「そうですか」と微笑むアルトリア。
「それにしても、本当に俺が降りる前に戦闘を終わらせちゃう辺り、流石だね」
「いえ、今回は私の乱入で敵が不利を悟ったのか、早々に撤退しましたから。それよりも……むしろ、こうして曲がりなりにも統率の取れた撤退行動に移れる、と言うことが解ったのが重要かと」
アルトリアに言われ、なるほど確かにと納得する。
統率が取れているということは、即ちそれを率いる者が居るということである。つまり……。
「……間違いなく、ネームドモンスターが居るだろうね」
俺の思考を代弁するかのような言葉が、横合いから掛けられた。
地上に居た『プレイヤー』のうちの一人。聞き覚えのある声……と言うか、昨夜も聞いた声に振り返ると、そこに居たのは稲葉さん。いやホント、何だか妙に縁があるなぁ。
上から見えた9人のうち、5人は稲葉さん達で、4人が知らない人。そのうちの一人が、先程俺のところに来た羽の少女だ。
『羽の少女』とは言っても、どうやら出し入れ可能なようで、俺に続いて地上に降りたときには既に消えていた。
稲葉さんに「こんにちは」と声を掛けると、同じように返してきてから「それにしてもビックリしたよ」と苦笑を浮かべる。
「確かに……妙な縁がありますね」
「いや、ビックリしたのはそれもなんだが……」
偶然会えたことかと思ったら、稲葉さんはチラリとアルトリアに視線を送り、
「いきなり上から突っ込んできたからね。流石に予想外だったよ」
──ああ、それは確かにビックリするか。
稲葉さんの言葉に納得する俺に、アルトリアが多少気まずげに苦笑しながら、「流石にもう一度やろうとは思いませんよ」と言ってきて──
「稲葉さん、そちらの二人を紹介してもらえますか?」
その時稲葉さんの後ろに居た、知らない4人のうちの一人……白銀のフルプレートアーマーにロングソードの、金髪の整った顔立ちの男性が歩み出て、そう話しかけてきた。
その側には、3人の少女。
一人は先ほどの羽の少女で、残る二人のうち、一人は胸部鎧に手甲と脚甲を身につけてロングソードを身につけた、剣士風の子。もう一人は
剣士風の子と軽装の子は、それぞれ男性の左右に寄り添うように立ち、その3人のすぐ後ろに、羽の少女が遠慮がちに立っている。
男性へ「ああ、彼は──」と口を開いた稲葉さんに断りを入れ、男性の前に歩み出た。
「始めまして。俺は長月葉月って言います。稲葉さん達とは何かと縁が有って、何度か共闘したりしてるんですよ。で、彼女は俺の仲間で──」
「セイバー、とお呼びください」
「ボクはグレイといいます。よろしく」
俺達の名乗りに対して、男性もペコリと頭を下げて名乗り返してきた。
ついで、彼の仲間と思わしき女の子達も紹介してくれた。羽の少女ハルナ。剣士風の子はアカリ。軽装の子はケイと言うらしい。
と、互いに自己紹介を終えたところで、稲葉さんから「よかったら一緒に行かないか?」と誘いを受けた。
アルトリアとも軽く相談し、特に問題は無いだろうということで、グレイ達が良ければと返事をすると、快く了承されたので、連れ立って森の奥を目指す。
「そう言えば、今日ここに来た直後にこんなことが──」
稲葉さん達が5人。グレイ達が4人に俺とアルトリアの、計11人と言う中々に大所帯で進むことしばし。
ただ黙々と進むだけなのもなんなので、警戒を散らさない程度にぽつぽつと話を振りながら歩くうち、ふとここに入ったばかりに会った人のことを言うと、揃って渋い顔をする他の皆。
何か心当たりでもあるのかと思った矢先、「聞いたことがある」と稲葉さんが漏らした。
「何でも、嘘の情報を渡して自分たちの都合の良い場所へと誘導し、装備やアイテムを強奪する奴等が居るらしい」
稲葉さんの言葉に、グレイが「ボクも聞いたことがあります」と続き、ちらりと周囲に居る女性達へと視線を走らせ、若干言いづらそうに口を開く。
「特に女性は悲惨な目に遭う……らしいですね」
その言い方で、どんな目に遭うかは容易に想像できると言うもの。
アルトリアの様子を伺うと、やはり不快気に眉をひそめていた。
「挙句の果てには、そいつらは『プレイヤー』じゃなく、『プレイヤー』に成りすましたモンスターだって噂まであるぜ」
そう言って肩をすくめたのは玉置。
それにしてもモンスターが……ね。無論噂でしかないんだろうけど、そんな噂が出てしまう程に、そいつらの行為が酷いってことなんだろう。
そんな会話をしながら歩いていると、不意にアルトリアの身体を球状魔法陣がうっすらと取り囲んだ。
……そうか、もうそんな時間かと思っていると、突然の事態に驚く稲葉さん達。そう言えば彼等の前でフェイトを召還したことは有っても、送還したことは無かったな。
「大丈夫なのか?」と慌てる稲葉さん達を「大丈夫」と宥め、アルトリアに視線を送る。
「ではハヅキ。人数が多いとはいえ、決して油断しないように」
「ん、解ってる。気をつけるよ」
俺の返事に満足気に頷いたアルトリアは「それでは、また後ほど」と言い残して色濃くした魔法陣とともに消えていく。
俺もまたアルトリアへ「うん、また後で」と返し──そう言えばアルトリアの場合、ここで送還されたらどこに行くんだろうとふと思う。
案外ここに居たりして──なんて思って、試しに「アルトリア、聞こえる?」なんて念話を送ってみたりして……反応は無し。となると、アルトリアの場合は『マイルーム』の方へ戻ってるんだろうか。
……なんてことを考えていると「あ、あれ? え? セイバーさんは?」と、ハルナの戸惑った声で我に返った。
目を白黒させるグレイ達に、彼女は俺の【ユニークスキル】で呼び出して、手伝ってもらっている助っ人みたいなものだと、掻い摘んで説明した。
流石に驚かれたけど……まあ仕方ないだろう。逆の立場だったらきっと俺も驚く。
それから散発的にモンスターと戦いながら、時折方角を確認しつつ森の中を進むこと4時間弱。森を夜の帳が包むころ、俺達はようやく
ピラミッド──エジプトではなく、マヤ文明に見られるような雰囲気の──に似た、巨大な台座のような遺跡を中心に広がる、木々の開けた広場。
広場の外周にはいくつもの篝火が焚かれ、遺跡の周囲を幾重にも囲む、数十匹は──もしかしたら百を超えるかもしれない──居るであろうオークの群れを照らし出す。
そして、ピラミッドの頂上に居座る、一際身体の大きなオーク。
手には木製と思わしき、捻り曲がりつつも華美な装飾の施された大きな杖を持ち、夜の闇と炎の色で解りにくいが、恐らく赤色であろう、染め上げられたマントを羽織り、頭には鳥の羽で彩られた王冠のような兜を被っている。
随分離れた距離であるここからも、そんな情報が読み取れるほどに、そのオークは巨体だった。
周囲の構造物からざっと見るに、身長は恐らく3メートルはあるんじゃないだろうか。もちろん、その分横にも広い。
「恐らく、あれがこのオーク達のリーダーで……」
「第二層を守るボスでしょうね」
一際大きな木の陰から広場の様子を盗み見ながら発せられた、稲葉さんとグレイの言葉に「だろうな」と頷く皆。
次に問題になるのは、この後どうするか、なんだけど……。
採りうる案としては2つ。突撃するか、様子見で待機するか、だ。
30分ほど前、ディレイが明けた直後にアルトリアは召還しているし、目立った怪我も無いので、突撃するとしてもいいと言えばいいけれど……流石に皆疲れているし、一度しっかりと休憩するほうが無難だろうか。
そんなことを考えていると、広場の様子を伺っていたケイが「……アレ、何やってるのかしら?」とつぶやいた。彼女が言うアレとは、ボスらしきオークのことだろう。
俺達が着いた時には既に行われていた動作なのだが、先ほどからずっと、杖を両手で持ち、ゆっくりと上下させながら時折天に向けて細く長く吠えるのだ。そうこれは、まるで──
「……何かの儀式、みたいだ」
正直良い雰囲気は感じないなとぼやく俺に、「ですね」と同意するアルトリア。一方で、佐々木少年が「あれが儀式だとしたら、終わればオークの数が減るんじゃないか?」と意見を述べた。
それを聞いて、稲葉さんとグレイが考え込む。
やはり、一番のネックは疲労だろう。
少しして、考えがまとまったのだろう、顔を上げた稲葉さんが口を開き──
「──……グォォォオオオオーーーーオォォォ……」
『オォッ!』
これまでで一番長く、抑揚をつけたオークボスの声が響き渡り、遺跡を取り囲む、広場に集ったオーク達が唱和する。
「オーク達が殺気立ってますし、何となく嫌な予感がしますね。一度下がりませんか?」
「……そう──」
周囲の様子からグレイが提案し、稲葉さんが同意しかけた時だった。
オーク達の一部──俺達から見て右手の方がざわめき立ち、森の中からオークボスには及ばないものの、周囲のオークより一回り大きな、体格の良いオークが現れた。両肩にそれぞれ、
「あ、あれって」
「多分、人……子供? 『プレイヤー』っぽいね」
稲葉妹の戸惑った声に、眼が良いのだろう、ケイが凝らすように見つめた後、答える。
まるで恐怖心を煽るかのように、殊更にゆっくりと進む、二人を担いだオークと、それに呼応するように騒ぎ、喚き、吼え立てるオーク達。
断続的に響き渡る、煽るようなオーク達の声に混ざり──
「──……だ……やだああ!」
「──……たす……助け……!」
救いを求める声が、響いた。
それを聞いた瞬間に、覚悟は決まった。
知らず握り締めていた手を開き、改めて剣の柄をしっかりと掴む。
「……みんな、ごめん」
「まさか……助けに行く気?」
最後まで言う前に問いかけてきたアカリに「ああ」と頷いて返す。
と、今度はグレイが「ですが……」と声を上げた。
「流石に多勢に無勢過ぎます。下手をすれば……死にますよ?」
確かにそうかもしれない。けど、それでも──“俺”は、逃げちゃいけないんだ。
なのはが言ってくれた言葉を、思い出す。嬉しかった、眩しかったあの言葉は、一言一句を違えることなく思い出せる。
「……俺にはさ、
──わたしに助けを求める人がいて、わたしに助けられる力があるんなら、わたしは力になりたい。目の前で苦しんで、頑張ってて、助けを求める人がいるのに、見て見ぬ振りなんてしたくないよ。
あの時掛けてくれたなのはの言葉を口にした俺に、視線が集中しているのが感じられた。
だから俺は、この場に居る皆の顔をしっかりと見直して、告げる。
「俺も同じだよ。俺の前に助けを求める人が居て、俺には戦う力があるのに、見て見ぬ振りなんてしたくない。彼女達に助けられて、今も、今までも力になってもらって、俺はここにいる。その俺が、ここで逃げ出す真似なんてしたら、それこそ合わせる顔が無い。俺は、皆に誇れる俺で在りたいんだ」
だから、例え厳しくとも、あの子達を助けに行く。
一度想いを口にすれば、しっかりと、意思は固まった。
隣へ視線を向けると、アルトリアがコクリと、力強く頷く。
「ハヅキ──私は、貴方を誇りに思います。安心してください。私が必ず、道を切り開きます」
「ああ、頼りにしてる」
心強いアルトリアの台詞に、自然と笑みが浮かぶ。
さあ、行こうかとアルトリアと並んで足を踏み出したところで、俺達の後ろに続く気配。
振り返れば、そこに居たのは稲葉妹で。
「わ、私も行きます!」
少し声を震わせながらも、毅然と言い放った彼女に対し、稲葉さんが「雪っ!?」と驚いた声を上げる。
そんな稲葉さんに対し彼女が返した言葉は、思ってもみない……けど、嬉しく思えるものだった。
「……ねえお兄ちゃん。私も葉月さんと同じ気持ちだよ。私はあの時……一層のボスの部屋で、葉月さんに助けてもらった。今までも、お兄ちゃんや瑞希さん、仁さんや哲也くんに助けてもらってる。だから、今度は私の番。皆に助けてもらった私が、今度はあの子達を助けるの。そうしたらきっと……次は、あの子たちが誰かを助けてくれると思うから」
真摯な言葉は、時に強く心を打つ。
稲葉さんは大きく息を吐くと、玉置や瑞希、佐々木少年と顔を見合わせてから一つ頷き、稲葉妹の横に立つと、ぽんと優しく頭を撫でた。
「別に俺も見捨てようなんて思ってないさ。……まあ、雪の成長を見られたのは、嬉しいけどな」
「まあそんなワケで、俺達も手伝うからヨロシク」
苦笑交じりに言った稲葉さんに続き、口調は軽いながらも雰囲気は真剣に、玉置が言い──
「ボク達を忘れて欲しくは無いですね」
グレイが肩を竦めながら、稲葉さんに並んだ。
……なんだ、結局皆か。そう言うと、返ってきたのは「当然」の一言。
「ボク達は、あっち──ボスらしきオークへ向かいます。そうすれば、恐らく子供を担いだ方への注意は逸れるでしょう」
「解った。なら俺達は、道を拓くことに集中する。二人の救出は、長月君とセイバーに任せる」
グレイと稲葉さんの提案に「了解」と首肯する。
さあ、いい加減もう時間が惜しい──「行こうか」と声を掛け、広場へ向けて駆け出した。