深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase67:「空戦」

 稲葉さん達と話をした翌朝、召喚したアルトリアに見た“夢”のことを話すと、彼女は「そうですか」と頷く。

 

「恐らく、ハヅキの【スキル】や令呪によって強まった“繋がり”の影響でしょう」

 

 アルトリアの言葉になるほどと頷くと、なにやらじっと見られていた。

 「どうかした?」と訊いてみるも、アルトリアは「何でもありません」と首を横に振る。

 

「ハヅキ」

「ん?」

「頑張りましょう」

 

 淡く微笑んで言うアルトリア。

 突然どうしたんだと思いつつも、考えて思い浮かぶのは俺が見た“夢”。恐らく俺が彼女達のことを夢見たのと同じように、彼女達もまた俺のことを“夢”としてみたのではないだろうか。

 ……もっとも、俺にそんな夢に見て何かを思うような劇的な過去なんて無いからそれもどうかとは思うが。

 とは言え、直接訊くのも憚られたので、「そうだな」と返すに止めておいた。

 それから午前中はいつものように鍛錬を行い、午後、『第二層・森林エリア』へ入る。

 『転移陣(ポータル・ゲート)』から出た小広場。そこには先客が居た。

 少なくとも見たことは無い5人組み──恐らく1パーティだろう。相手の背格好を観察する間もなく、そのうちの一人がこちらに近付いてきた。

 

「やあ」

 

 一見友好的に見える笑顔を浮かべつつ声を掛けてくる男性。

 明らかに染めていると解る金髪……と言うのも、流石にこの迷宮内では染め直す手段は無いのか、伸びた髪によって頭頂部から少しの辺りが黒くなっているからだ。俗に言うプリン頭と言うやつである。

 パッと見の装備はレザーアーマーにロングソード。剣士系のアタッカーか。

 顔も目も雰囲気も笑っている……ように見えはするのだが、どことなく胸の奥がざわつく嫌な雰囲気を漂わせている。

 とりあえず「こんにちは」と返すと、男は一瞬アルトリアへと視線を走らせた……ように見えた。

 

「実はここに来る『プレイヤー』に伝えることが有ってね」

 

 「伝えること?」と鸚鵡返しに問い返す俺に、男は「ああ」と頷く。

 

「ここに巣食っていた『絶叫の主』っての、知ってるかい? アレが討伐されてね。で、残っていた飛行能力者に偵察させたところ、上からしか見えないように隠された洞窟みたいなのが見つかってよ。『第三層』に続くのはそこだろうってことで、こうして知らせてるってワケさ」

 

 あっちにな、と一方向を指差して言う男に念のためその洞窟以外は何も無かったのか? と訊いてみると、返って来たのは「何も無い」との言葉。

 色々と思うところはあるけれど、とりあえずこの場を離れたく「行ってみるよ」と告げて歩き出す。

 

「おう、ま、ガンバレよ」

 

 そんな男の言葉を背に受けながら森に入り、少し進んだところで一度立ち止まる。

 

「ハヅキ、今のは……」

「まあ、十中八九嘘だろうね」

 

 前に上から見たときに、そんな上から見て解るような洞窟らしきものは無かったし、この森には、あの巨樹以外にピラミッドのような遺跡があることは確認済みである以上、それ以外に何も無いと言う時点で嘘だ。

 そんなことをアルトリアと話していると、転移陣のある広場の方から、「ギャハハハハッ」と聞いているだけで嫌な気分になりそうな笑い声が聞こえてきた。

 

「今のは……先程の男の声ですね?」

「だね。大方俺達がまんまと騙されたと思って笑ってるんじゃないかな」

 

 そう言うと、目に見えてアルトリアは不快そうに表情を歪めながらも心底解らないと言うように「何故あのような嘘を吐く必要があるのでしょうか」と疑問を述べる。

 

「……考えられるとすれば、自分達が先にこの階層をクリアするための妨害。もしくは単なる嫌がらせ。……世の中には、人の邪魔をすることに喜びを感じるような人も居るからね」

 

 少なくとも俺には理解できないけれど。

 とにかく、気持ちは解るが気にしない方がいい。そう告げると、納得し辛いのだろう、むっとした視線を投げかけてくるアルトリア。

 けれど、直ぐに「仕方ありませんね」と頭を振った。

 

「ああ言う輩は、早めに性根を叩き直してやりたいところですが……後にフェイトやナノハに飛び火しては忍びないですし、今回は見逃しましょう」

「ん、ありがとう」

 

 間違いなく不快な気分を味わっているだろうに、フェイト達のことを考えてくれるアルトリアの気持ちがありがたく、礼を言った俺に対して「お気になさらず」と返してくるアルトリア。

 

「よし、それじゃあもう少し進んだところで上に出ようか」

 

 アルトリアを促して森の奥へと歩を進める……とは言え、それほど奥に行くわけではなく10分程で足を止めたが。

 周囲に敵の気配が無い事を確認して、この辺で良いか、と言う俺に対して、「解りました」と答えつつ鎧を解除するアルトリア。

 

「じゃあ、捕まって」

「はい。よろしくお願いします」

 

 そんな返事とともに、彼女の白く細い両腕が俺の首に回される。ちなみにアルトリアが鎧を身につけたままだと、このときに彼女のガントレットが首に当たって痛いのである。

 自然と互いの距離も近くなり、それに比例して俺の心拍数も上がっていくのは仕方が無いことだろう。アルトリアのような美人さんと密着するようなシチュエーションなんて普通は無いんだし。

 ……なんて何時までもぼーっとしているわけにも行かないので、俺もバリアジャケットのガントレットを外して、アルトリアの背中と膝裏へと腕を回して横抱きに抱き上げる。

 そして「行くよ」と声を掛け、彼女が頷くのを見てから上空へと飛び上がった。

 しばらくの間上昇し続け、途中で念のため下の様子を探ってみるも、やはりと言うか先程の男が言っていたような洞窟の姿は見当たらない。

 それなりの高さまで昇り、遠くに例の遺跡の姿が確認できたところで、そちらの方へと進路を向けた。

 

 

……

 

 

「ハヅキ、あれを」

 

 遺跡に向かって飛ぶこと30分程度だろうか。アルトリアを抱えているのでそれほどスピードを出しているわけではないが、それでも転移陣がある広場から遺跡までの道程の、半分程度まで来たところでアルトリアに声を掛けられた。

 彼女が指したのは、前方右斜め下方の森の上辺り。そこに10羽ほどだろうか、鳥が集っているのが見えた。

 この森で鳥型というと、俺に思い当たるのは『クライング・バード』か。そうなると、恐らくはあそこで『プレイヤー』が戦っているのだろう。

 「どうしますか?」とアルトリアに問われ、少し考える。

 このまま真っ直ぐ進めば、恐らく関わる事無く通り過ぎることは出来るだろう。けど……何となく、胸の奥がざわつく感じがして、引っ掛かる。

 

「……様子を見たい。良い?」

「はい、もちろん」

 

 アルトリアの了解を取り、進路を鳥が集っている方へと向ける。

 近付くにつれ、集っていた鳥が『クライング・バード』であること、そしてそこが、他と比べて木々の密度が低くなっていることが解り、そしてそこにはやはりと言うか、複数の『プレイヤー』の姿と、その『プレイヤー』を取り囲むように森の中に散見される、多数のオークらしき姿。

 数えてみたところ、『プレイヤー』の数は9人。そしてその中に、見知った姿を見つけていた。

 

「……何と言いますか、ハヅキは彼等と妙な縁がありますね」

 

 苦笑を浮かべて言うアルトリアに、俺もまた「まったくだ」と苦笑い。

 そうしているうちに、オークたちが『プレイヤー』達へ向けて攻撃を開始したようだ。

 

「加勢しますか?」

「そうだね。彼等なら、『余計な手出しはするな』みたいなことは言わないだろうし」

「解りました。では、ある程度下がったところで放してくれて構いません」

 

 アルトリアの提案に「ああ」と頷きつつ、彼等に向けて高度を下げていく。

 ある程度まで下がったところで、クライング・バード達が俺達に気付いたらしく、3羽程がこちらに向かってきたところで、アルトリアが「この辺りで問題ありません」と告げてきた。

 

「解った。俺も鳥を倒したらすぐ下に向かうから……って言っても、アルトリアならその前に片付けちゃうかな?」

「フフッ、そうできるように頑張りましょう。ではハヅキ、御武運を」

 

 小さく笑みを零し、言葉と共に俺の腕の中から飛び降りたアルトリアは、空中に居る間に鎧を纏い、落下中の擦れ違い様に2羽のクライング・バードを斬り捨てる。

 そして地上に近付き、生えている樹の頂上付近に差し掛かった時だ。

 ドンッと言う魔力の弾ける音とともに樹が大きくしなって揺れ、一瞬にして『プレイヤー』達の方へ向けて猛加速するアルトリア。

 樹の幹を足場にして魔力放出で跳んだのだろう。

 その光景を見ているうちに、残った1羽のクライング・バードが突進を掛けて来たので身体をそらすように躱し、通り過ぎて背面を曝したところにフォトンランサーを射出。上手く命中したフォトンランサーは、クライング・バードを魔力へと還す。

 次いで視線を下方へ向けると、乱戦の始まった地上よりはこちらの方がいいとでも思われたのだろう、残ったクライング・バード達が、向かってきていた。その数は……8羽か。

 敵に向かって加速しつつ、擦れ違い様に剣を一閃。1羽の片羽を切り裂いて地上へ落とす。

 その隙を突いて横合いから突進してきた2羽を身体を捻るように避け、背面飛行しつつフォトンランサーで牽制……のつもりだったのだが、運良く1羽に命中した。

 次いで背後から感じた気配に、咄嗟に進行方向を上方へと向けると、背中の真下を通り過ぎていく1羽。

 そのまま頭を基点に身体を縦に回して反転、下降しつつ、今しがた突進を躱した奴へ、後ろからフォトンランサーを撃ち込むも今度は外れる。

 と、今度は左右から挟みこむように突進してくる2羽のクライング・バード。

 左からの突進をラウンドシールドで受けつつ、右から来たのには剣を合わせて迎撃する。

 そこに前方から突っ込んでくる1羽と、背後からも羽ばたき音。

 連携の取れた連続攻撃だな、なんて若干感心しつつ、重力に任せて下降すると、俺の真上で4羽のクライング・バードが交差した。

 とは言え、軌道修正が間に合わなかったのだろう、動きの鈍ったところに合わせてバインドをかけると、1羽がリングに拘束される。

 それにフォトンランサーを撃ち込み、残り5羽。3羽は俺の真上から其々に飛び退って距離を空け、残り2羽は──

 

「くっ!」

 

 背中にドンッと言う衝撃と共に走る鈍い痛み。

 咄嗟に前方へ加速しながら背後を窺えば、俺が今居た場所のすぐ側にいる1羽と、猛スピードで通り過ぎていくもう1羽。どうやら背中に嘴か爪の攻撃でも食らったらしい。

 継続的な痛みや濡れた感覚が無いところから、裂けたりはしていないようなので大丈夫だろう。

 とは言え、流石に数が多いと厄介だな。負ける気はしないけど。……何てことを思えるのも、ズィーレビアと戦ったばかりだからだろうか。アレに比べればって感じだ。油断や慢心はしないけどさ。

 そんな事を考えつつ方向転換してクライング・バード達と向かい合ったところで、5羽同時に突っ込んできた。

 落ち着いて、生成した3つのフォトンスフィアから連続でフォトンランサーを射出し、躱しきれずに掠った1羽を動きが止まった隙にバインドで拘束し、とりあえず放置。

 その間に迫ってきていた4羽に対して剣を振って牽制したところで、下方から翼を羽ばたかせる音が聞こえてきた。

 新手か?

 挟撃されないよう位置を確認しようとし──

 

「風よ、切り裂け! 『エア・カッター』!」

 

 聞こえてきたのは予想だにしない『人の声』と、直後クライング・バードの1羽を撃墜する、風の刃と思わしき攻撃だった。

 続いて俺の側に現れたのは、白い翼を羽ばたかせる、同じく白いローブ姿で短杖(ワンド)を持った、肩口辺りで切りそろえられた黒髪の女の子。恐らく下に居た『プレイヤー』のうちの一人か。

 年のころは14、5歳ぐらいだろうか。多分。いや、雰囲気的にはそんな感じなんだけど、何と言うかちんまいのだ。全体的に。

 背丈とか、多分俺の肩口ぐらい……フェイトより少し大きいぐらいじゃなかろうか。

 ちんまい女の子は飛ぶのに慣れていないのか、バランスを取り辛そうにホバリングしながら、「て、手伝います!」と緊張気味に言ってきたんだけど……。

 

「空中戦の経験は?」

 

 こちらの人数が増えたにも関わらず、諦めることなく向かってこようとするクライング・バードをフォトンランサーで牽制しつつ問いかけると、「ああ、ありません!」と返って来た。緊張しまくりっぽいけど大丈夫かなこの子。

 まあ、とりあえず1羽抑えてもらえばいいか。

 

「じゃあ1羽頼む。けど無理しないで」

「が、頑張りましゅ!」

 

 噛んだ。

 お約束のような噛みっぷりに思わず吹き出しそうになりながら、クライング・バードへ向けて加速した。

 ……結論から言えば、抑えるどころかしっかり1羽仕留めてくれた。若干予想外だなんて思ったのは……言わないお約束か。

 で、こちらの戦力が増えて相手の戦力が減り、戦力差が無くなった以上はもう苦戦することもなく、残る2羽とバインドで拘束した1羽も直ぐに倒せた。

 一方でアルトリアの方も、どうやら本当に俺が降りる前に下の戦闘を終わらせたようで……きっとMVPはアルトリアだろうななんて思いつつ、合流するために助っ人の少女と共に地上へ向かった。


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