深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase63:「星光」

 凄まじい絶叫を響かせ、俺達に向けて飛翔してくるマリス・ズィーレビア。それに対して最初の突進の時のように、三方向に分かれて回避する俺達。

 結果としては、俺の後ろを追撃してきた。やはり俺を優先的に狙ってくるらしい。

 俺は飛びながらその場で反転、背面飛行を行いながら、マリス・ズィーレビアに向かってフォトンランサーを連射する。

 結果的に何発かは当たったものの、特に効いた様子はない……って言うか、今まで以上に意にも介していないところをみると、身体を覆う空気の膜もパワーアップしてるのかもしれない。

 そうして背面飛行なんかしていると、やはり普通に飛ぶよりも速度は落ちる。

 徐々に距離を詰めてくるマリス・ズィーレビア。

 そして俺に向けて、双頭の口を大きく開け──

 

「シュートッ!!」

 

 その口を無理矢理閉ざすように、上空から飛来したディバインシューターが、マリス・ズィーレビアの双頭へと着弾した。

 上を見上げると、レイジングハートを構えるなのはの姿。

 

「スパークスマッシャーッ!」

 

 そしてディバインシューターによって攻撃を止められ、ついでに突進の勢いも止められたマリス・ズィーレビアを、横合いから飛来した砲撃が襲う。

 ベストなタイミング……と思ったけれど、ディバインシューターの衝撃を利用するように、マリス・ズィーレビアの身体が僅かに沈み、フェイトの攻撃は奴の身体を掠めるに終わる。

 この隙に直接斬り付けようかと思い、マリス・ズィーレビアの様子を窺ったところで、ソレ(・・)に気付いた。

 掠めただけとは言え、今のフェイトの攻撃は奴の防御を抜いたのだろう、背中の辺りから立ち上るソレ。

 この世界のモンスターは、魔力で出来た存在だ。であるが故に、敵を斬った場合などには、血液ではなく金色の魔力の霧が立ち上る。だけど、今俺の目の前に居るマリス・ズィーレビアは……奴から立ち上る魔力の霧は、黒い色をしていた。

 ただの“黒”じゃない。見ていると、そう、気分が悪くなってくるような、禍々しさを感じる“黒”。

 奴を『アナライズ』した際の説明文が思い出され、一つの単語が思い浮かぶ。

 “悪意”。

 この言葉がこれほどしっくり来るものが他にあろうか。

 

(葉月っ!)

 

 その時、思わず行動が止まってしまった俺を、頭に響いたフェイトの声が叱責する。

 正面には、間近に迫ったマリス・ズィーレビアの巨躯──

 

「うおぉっ!?」

 

 驚いて思わず声を上げてしまったけれど、咄嗟にラウンドシールドを出す事ができ、凄まじい衝撃に襲われはしたけれど、目の前にせまった大きく開けられた口を受け止めることは出来た。

 そのまま飛行のベクトルを上に向け、それとともにラウンドシールドを傾かせて嘴を往なし、マリス・ズィーレビアの身体の上を滑るように奴の正面から脱出する。

 俺のすぐ下を過ぎ去る巨躯。

 

(葉月、大丈夫!?)

(葉月さん、大丈夫ですか!?)

 

 フェイトとなのはから、ほぼ同時に念話で問いかけられた。

 二人に「大丈夫」と返したところで、ぐるりと旋回したマリス・ズィーレビアが、隙を窺うように今度は少しゆっくりとした速度で接近してくる。

 それに対してフォトンランサーで牽制するも、やはり効果は上がらない。

 

「これなら!」

 

 ならばと、ある程度近付いてきたところでかけたリングバインドは、マリス・ズィーレビアの右の翼の中程を拘束した──かに見えたが、奴が軽く羽ばたいただけであっさりと破られる。

 どういうことだと思いつつ、フォトンランサーで牽制しながらもう一度。今度は左の翼の先端近くに掛かった。が、やはり同じように、ばさりと羽ばたいた事によって霧散するリングバインド。

 ……どうやら上手く拘束できていないようだ。考えられるのは、奴の身体を覆う空気の膜か。

 この間にもフェイトのフォトンランサーや、なのはのディバインシューターが命中するが、やはり効果は今一のようだ。無論俺のよりは効いてるっぽいが。

 けどそこでふと、違和感を感じた。何が、とハッキリしたものではないんだけど……もしかしたらと言う思いはある。

 

(この姿になったからか、防御力も上がってるみたいだね)

 

 そこに飛んでくるフェイトの念話。

 それに同意しつつ、今しがた感じた違和感を告げ、どちらでもいいから少し強めの攻撃で、何とか軽くでいいから手傷を負わせて欲しいと頼むと、なのはから「やってみます」との返事が。

 ならば俺とフェイトは、なのはが攻撃を中てやすいように動こうかと、弾幕を強くする。

 主に狙われる俺が正面からフォトンランサーを撃ち込み、敵から放たれる羽の弾丸や黒い風弾を慎重にやり過ごす。

 そして余りに当たらないことにイラついたか、マリス・ズィーレビアが『ギャアアアアアアア!!』とバインド・ボイスを発しながら、今まで以上に大量の羽をばら撒いた。

 俺はそれを大きく弧を描いて下降して避けると、自身の下方に来た俺に対して、恐らく降下攻撃でもしようというのだろう、一度大きく羽ばたいたマリス・ズィーレビア。そしてその身体が下に沈み──

 

「アークセイバー!!」

 

 その更に上空から、フェイトが魔力刃を放ったのが見えた。そしてその直後に聞こえてきた爆発音。

 恐らくアークセイバーが背中に直撃し、それを爆発させたのだろう。

 魔力刃の爆発に煽られたマリス・ズィーレビアが下降──こちらに墜ちてきながらぐるりと回転し、その直後、上空のフェイトに向かって羽の弾丸を飛ばした。……とは言えそんな苦し紛れの攻撃がフェイトに当たるはずもなく、簡単に躱していたが。

 その頃には俺もマリス・ズィーレビアの下から抜け出し、再び頭側へ。もちろん、奴の視界に入るように移動して、だ。

 対して、体勢を立て直したマリス・ズィーレビアは、今まで以上に怒気を孕んだ叫び声を上げ──

 

「シューーートッ!!」

 

 その直後、マリス・ズィーレビアの背後から飛来した5発のディバインシューター。

 そのうち4発が途中で軌道を変え、上下から2発づつ挟み込むように、そして直進した1発が背後から、マリス・ズィーレビアへと直撃した。

 多分、充分に魔力の篭められた強烈な奴だったんだろう、『ギャアアアアアア!!!』と、ようやく効いたらしい苦悶の声らしき声を上げたマリス・ズィーレビア。

 少し速度を上げて上昇し、上からディバインシューターが命中した箇所を見てみれば、見事に空気の膜の防御をぶち破ったらしく、黒い魔力の霧を背中から立ち上らせていた。この分だと恐らく、腹部と後ろからも同様の光景が見えているはずだ。

 だけどそこで、俺は信じられない……信じたくない光景を見た。

 なのはのディバインシューターが命中し、黒い魔力を立ち上らせていた傷。そこの肉がボコリと一瞬盛り上がり──完全に塞がった。……強力な再生能力かよ。

 呆然としてしまった俺へと、マリス・ズィーレビアの双頭が向く。

 ハッと気付き、慌てて回避行動を取ると、それまで俺が居た場所を黒い風弾が薙ぎ払った。

 

(葉月、なのは、見た?)

(うん……流石に困っちゃうかな)

 

 そこでフェイトからの念話が入り、それに答えるなのはの声。どうやら二人とも今の光景をしっかりと確認したようだ。

 俺も肯定を返したとこで「どうしようか?」と問われ、言葉に詰まってしまった。俺としてもこんな再生能力は予想もしていなかった。

 一度マリス・ズィーレビアから距離を取り、二人と合流する。

 マリス・ズィーレビアは俺達に向けて、羽の弾丸と黒い風弾を主に遠距離攻撃を掛けてきている。恐らくは俺達のほうが飛翔能力が高いからだろうけど、こちらとしても距離さえ取ってしまえば比較的躱しやすい、遠距離攻撃を主体にしてくると、現状では助かったりするのでいいのだが。

 そんな訳で、敵の攻撃を躱しながら、改めてどうしようかと二人と相談する……と言っても、思いつくのは一つしかないんだけど。

 

「……再生しきれないほどのダメージを与える、しかないかな。方法は……フェイトとなのはによる多重砲撃ってところか」

 

 これしかないだろう。

 今の意見に関しては同意なのだろう。互いに顔を見合わせ、うん、と頷きあうフェイトとなのは。問題は、ではいかにしてその攻撃を当てるか、なのだが……

 

「二人で多重攻撃してもらう以上、俺が何とかして隙を作るよ」

 

 俺の提案に「危ないよ」と心配してくれるなのはに「無茶はしないよ」と約束する。何よりも、この作戦の肝は、奴に狙われるのが俺が主だと言う事だ。つまり、上手く事が運べば、完全に不意打ちで二人の攻撃が通るってこと。

 そのためには、奴に攻撃を仕掛けるのは俺一人に限定し、二人にはしっかりとチャンスをモノにしてもらわなければならない。そんな俺の考えを告げると、なのはは一応納得してくれたのか、頷いてくれた。

 だけど、フェイトは……多分前回のことがあるからだろう。「けど……」と不安そうな表情を浮かべて俺の顔を見てくる。

 

「大丈夫だよ、フェイト。俺だってむざむざ死にに行こうって思ってるわけじゃないし、前回のことを忘れたわけじゃない……忘れられるはずがない。正直怖いって思いもあるよ。でも、今はそれでもやるべき時なんだと思う」

 

 「フェイトに心配掛けるのは悪いなって思うけど」と続けた俺に、フェイトはほんの少しだけ沈黙した後、ううんと頭を振った。

 

「……葉月のこと、信じてる。けど……気をつけてね?」

 

 きっと言いたい事は色々あるだろう。それでも笑って言ってくれたフェイトに「ありがとう」と返して、先程から相変わらず、引っ切り無しにこちらに遠距離攻撃を飛ばしてくるマリス・ズィーレビアへ視線を向けた。

 

「じゃあ、行ってきます」

「頑張って」

「頑張ってください!」

 

 二人に声を掛け、そして激励をもらって。それだけで、敵に正面から立ち向かう恐怖なんてのは、なんでもないことに思えるんだから、我ながら単純なものだ。

 さて、行くか。

 俺はマリス・ズィーレビアの視界から二人の姿が外れるようにと、大きく回りこむように飛行。

 フェイト達と離れたことによって、やはり攻撃の優先度は俺なのだろう、攻撃してくるメインはこちらのようだ。

 ある程度二人から離れたところで、進路を変え、敵に向かって行く。

 正面から迫る羽の弾丸を小刻みな進路変更や回転飛行(バレルロール)で躱しながら、マリス・ズィーレビアへ向けて加速すると、半分ほど距離を詰めたところで、高らかに鳴き声を響かせ、迎え撃つように俺に向けて突っ込んでくるマリス・ズィーレビア。

 彼我の距離は一気に詰まり、交差する瞬間に剣を振りぬくが、胴に纏う空気の膜を浅く薙ぐに終わる。

 小さく旋回して再びマリス・ズィーレビアに向けて進路を取りつつフォトンランサーを連射するも、同じように俺に向けて放っていた羽の弾丸と相殺された。

 再び距離が詰まり、今度はすれ違う事なく肉薄する。

 振りぬかれる右の鉤爪を掻い潜り、下から向かって右にある、羽毛の生えていない方の頭へとフォトンランサーを撃ち込む。だが、それはマリス・ズィーレビアが纏っている空気の層に弾かれてダメージには至らない。

 だけど構わない。俺の今の役目は、俺を狙ってくる性質を利用して、奴の注意を完全に俺に向けさせる事だ。

 そのためには、奴の防御を抜く攻撃力の無い俺が遠くから何とかしようとしたって無理だ。だけど接近戦なら──

 至近距離から撃ち込まれた羽の弾丸をラウンドシールドで逸らし、上から押し潰すように迫る鉤爪を、ぐるりと回り込むように躱す。

 そして躱しざまに脚に向けて、クリムゾン・エッジを一閃……その時ふと、魔法の時とは違う手応えを感じた。

 ……もしかして、これなら。

 考えてみれば俺のフォトンランサーとて、以前クェールベイグの顔にぶち中てた時は、それなりにダメージを与えることが出来たのだ。それを考えると、ただの空気の層を形成しているだけだったら、マリス・ズィーレビアの防御を抜けないはずが無い。けど現実には完全に防がれてしまっているわけで。

 マリス・ズィーレビアが纏う空気の膜は、恐らく魔力を込めた防御フィールドのようなものなのではないか。だからこそ、生半可な攻撃を弾くほどの防御力を持つ。

 そして奴の空気の膜が魔力によるものであるのだったとしたら、俺の持つクリムゾン・エッジは、ゴースト等の非実体系の存在にも効果がある、とされている武器であるが故に、打ち破れるのではいか。

 それを考えると、結界破壊やバリア破壊なんかの付随効果がある攻撃だったら、同じことが出来るかもしれないな。……と思ったところで、そういえば『ズィーレビア』の時は、フェイトのサイズスラッシュ──サイズフォームでの斬撃──でも空気の膜を切り裂いて攻撃出来ていたなと思い至った。

 ……となると、物理的な斬撃じゃない、魔力刃とかの攻撃だったらいいのかもしれない。

 ともかく、そうやって空気の膜を破壊できれば、バインドで縛る事も可能かもしれない。

 そう考え、幾度目かの羽の弾丸を避けたところでクリムゾン・エッジを振るい、左の翼を斬りつける。

 感じる確かな手応え。次はバインドを──そう思うも、奴が翼を大きく羽ばたかせたために狙いが外れ、バインドの魔法は対象を失って中空に霧散する。

 もう一度、と思ったところで、鉤爪が迫ってきたのが見えて慌てて避けるが、その直後ふわりと舞った羽が視界に入り──マズイッ!

 咄嗟に前方にラウンドシールドを張ったのとほぼ同時に、羽が爆裂して衝撃が襲う。

 爆風に吹っ飛ばされた俺に向かってマリス・ズィーレビアが口を開けた。

 俺は吹っ飛ばされた勢いを利用するように加速し、小さく螺旋を描くように旋回して下降すると、今しがた俺が居た場所を黒い風弾が薙いだ。

 ……危ね。

 どうも慣れない空中戦ってこともあるだろうけど、俺の魔法の精度じゃ、適当な部分を何処でもいいからバインドするならともかく、戦いながら特定の箇所を狙って行うのは難度が高すぎるか。

 なら何とか別の方法で隙を作ろう。幸いにして敵の注意は俺に集中しているようで、あとはタイミング次第と言ったところでもあるし。

 俺は再びマリス・ズィーレビアへと接近して剣を振るいつつ、敵の様子を探る。

 こうしてギリギリの接近戦を演じてみて見えてきたのだが、奴の攻撃方法には幾つかの特徴がある。

 まず、下側から迫ったら、ほぼ間違いなく鉤爪での攻撃をしてくる。鉤爪で攻撃は、引っ掻きと掴みだ。

 上の方から行った場合は、羽の弾丸と双頭による噛み付き。羽の弾丸に関しては、あまり身体の近くでは爆裂させてはこない。とは言え先程の件もあるし、絶対ではないけど。

 そして正面から行ったら、噛み付きと羽の弾丸、そして黒い風弾。

 奴は黒い風弾を撃つ際、かならず口中で一度溜めなければいけないようなのだ。そして撃つ時は必ず両方の頭を使用する。すなわち──この風弾を撃って来る時こそがチャンス。

 それを結論付けた俺は、思考に裂いていたマルチタスクを念話に使い、フェイトとなのはへ考えを告げる。

 

(解った。こっちはいつでも行けるよ)

(わたしも大丈夫。葉月さんも気をつけて)

 

 二人からの了承の返事を受け、マリス・ズィーレビアの顔面に向けてフォトンランサーを放って牽制しつつ、一度少し離れる。

 ふぅ、と一つ息を吐き──よし、行くぞ!

 マリス・ズィーレビアへ向けて正面から加速。撃って来るのは──羽の弾丸。これじゃない!

 軽く右に進路をずらして迫る羽の弾丸を避け、フォトンランサーで牽制。一度高度を下げて下から詰め、振るわれた鉤爪をラウンドシールドで受け流して、左脚を切り払う。

 付けた傷は浅くすぐに癒えてしまうが、意識をこちらに向けられれば問題ない。

 再度振るわれた鉤爪を縫うように躱し、胴体に斬り付けながら上昇。至近から羽の弾丸を撃たれるが、自身の身体に当てないように気を取られているからだろうか、別に脅威でもなんでもない。

 そのまま顔の前まで行き、噛み付いてきた頭を少し下がってやり過ごし、剣を振るって空気の膜を切り裂く。

 そこにフォトンランサーをぶち込むと、フォトンランサーは羽毛の生えていない頭の嘴に直撃した。……やっぱりネックはあの空気の膜だったか。

 どうやら今のは奴の怒りを買ったらしい。凄まじい声で鳴き喚き、バインド・ボイスを響かせる。そして俺に向けて両の口を大きく開いた。

 ──来たっ!

 フェイトとなのはに念話を飛ばし、俺はマリス・ズィーレビアの正面に立ってラウンドシールドを展開。無論、受け止めようなんて思わないし、受け止められるなんて思ってもいない。俺の目的は別にあるから。

 

「葉月!」

「葉月さん、離れて!」

 

 フェイトとなのはの声が聞こえ、俺は垂直に急上昇しつつ、マリス・ズィーレビアへバインドを掛ける。すぐに破られてもいい。ほんの僅かでも動きを邪魔出来れば。

 そして視線を後ろに向ければ、先程まで俺が立っていた場所から少し離れたところに並んで立つ、フェイトとなのは。二人の足元には、それぞれの魔力光に輝く魔法陣。

 そう、先程の俺の目的は、敵の隙を作ることと、敵の正面に立って、俺の身体で二人を隠すこと。

 そして俺が離れた事によって、発射寸前だった黒い風弾のターゲットは、自然と二人に移り──

 

「ディバインバスタァーッ!!」

《Divine Buster》

「サンダースマッシャーッ!!」

《Thunder Smasher》

 

 なのはとフェイト。両者によって同時に放たれた砲撃魔法は、桜色と金色が合わさった奔流となり、マリス・ズィーレビアが放った黒い風弾を正面から打ち消して突き進み、その巨体を呑み込んだ。

 二人のもとへと戻る俺を余波による魔力を含んだ風が打ち付け、その威力が思い知らされる。まったくもって凄まじく、そして羨ましい。俺もそんな威力のある攻撃が欲しいよ。

 だが。

 魔力の奔流が治まったそこには、全身から黒い魔力を立ち上らせながらも健在なマリス・ズィーレビア。

 けれど流石に直ぐには機敏に動けないらしい。こちらを警戒しつつもその場にホバリングして、俺達を威嚇している。

 

「……今のでも駄目!?」

 

 こうしている間にも、フェイトのサンダースマッシャーとなのはのディバインバスターによって負わされた、マリス・ズィーレビアの全身の傷が急速に癒えて行くのが解る。

 

「つまり……奴を倒すには、あの防御をものともしない威力でぶち抜いて、再生させる間もなく倒すしかない……ってことか。そうなると……適任者は一人だな」

 

 俺の言葉に同意して頷いたフェイトとともに、なのはの顔を見る。

 なのはは俺とフェイトの顔を交互に見てから、意を決したようにうん、と頷き、「やってみます」と返してきた。

 一瞬、『令呪』による魔力供給で威力の底上げを、なんて思ったけれど、試しもしていないのにぶっつけ本番でやっても、二人がその突如供給された魔力を上手く扱えるかどうかが解らないかと断念した。こんなことなら一度しっかり試しておくんだった。

 

「ただ、そうなると完全に動きを止める必要があるかな」

 

 どうしても溜めの時間が必要だからと言うなのは。彼女の攻撃スタイル上、それは当然だ。

 

「もちろん。その役は俺とフェイトがする」

「うん、任せて。けどある程度拘束できたらなのはにもやってもらった方が良いと思う」

 

 「なのはのレストリクトロックは頑丈だから」と続けたフェイトに、なるほどと頷く俺。

 どう? と視線を向けると、なのはは「うん、解ったよ」と了承を返してきて──あれ? と首を傾げた。

 

「どうしたの、なのは?」

「んーっと、今なら簡単にバインド出来ないかなって」

「確かにそうかも……試してみる?」

 

 なのはの言葉に頷いたフェイトが、俺の顔を見て問いかけてくる。

 確かに二人の攻撃で弱った今ならいけるかもしれない。……試してみるか。

 フェイトにじゃあ頼むよと言おうとした、その時だった。

 

『ギャアアアァァアアアアアアーーーーッ!!!』

 

 響き渡る大絶叫。

 そして俺達が見ている前で、マリス・ズィーレビアの体躯がボゴンッと更に一回り大きくなる。

 

「……まさか、大ダメージから回復したらパワーアップするとか?」

「これは流石に……想定外かな」

 

 嘘でしょ、と言うような声音のなのはとフェイト。

 『ズィーレビア』から『マリス・ズィーレビア』になったことがその予兆だと言われたら、そうなのかと言えなくも無いが、正直俺も二人の気持に賛同である。

 

「これはますます、一気に倒す必要があるみたいだな」

 

 正直言えば、「もう知らん」と投げ出したい気分だ。

 そしてマリス・ズィーレビアは、その翼を大きく羽ばたかせ、こちらに向けて突っ込んで来た……って、おい!

 慌てて回避する俺達。思わず「もう回復したのかよ」と言ってしまっても仕方が無いと思う。

 

(流石に遠距離での撃ち合いはこりたのかな?)

(そうかも)

 

 今の回避の際にバラけてしまったのだろう、聞こえてきたのは念話だった。

 軽く見回してみると、比較的近くにフェイト。マリス・ズィーレビアを挟んで反対側になのはの姿。

 なのはが離れてるのは、恐らく後の攻撃のために、なるべく敵から狙われないようにってところだろうか。ならば、俺達は俺達の仕事をしないとな。

 

「フェイトは、俺が奴の守りを破るから、その箇所をバインドで拘束してくれ」

「わ、私もやるよ!」

 

 フェイトの近くに移動して今からの行動を提案した俺に、「葉月にばかり危険な真似はさせたくない」と言い募ってくるフェイト。俺はそれに頭を振って返した。

 再び──なのはの方ではなく、こちらに──突進してきたマリス・ズィーレビアをやり過ごし、すれ違い様にフォトンランサーを射出。だけど、上手く当たってくれたはずのそれは、大して効果を上げた様子は無い。それを見るに、恐らくあの空気の膜は既に再構築しているのだろう。

 正直言って、動き回るやつ相手に、斬った箇所を正確にバインドする……なんてのは俺には難しい。けど、フェイトなら出来るだろう。

 それに、フェイトがしっかり拘束してくれるって信じてるから、俺も思い切って戦える。……俺に出来る事なんて、そう大したことは無い。だからこそ、出来る事をしっかりとやりたいんだ。そう告げると、フェイトは渋々ながらも頷いてくれた。

 

「ならせめて、葉月の援護をしてもいいよね?」

「もちろん、助かるよ」

 

 フェイトにはバインドをお願いする……とは言っても、そこに至るまでの道中に援護してくれる分には問題ない……って言うか、今フェイトに答えたように非常に助かる。

 そう答えた俺に対して、フェイトは「うん、頑張ろう」と頷いてきた。

 そして俺達は、再度突進してきたマリス・ズィーレビアを躱したところで、一拍置いてから追撃するように飛翔する。

 

「……行くぞっ」

 

 俺達が接近しようと向かい出したからか、一転して俺達に向かって羽の弾丸や黒い風弾を放ち出したマリス・ズィーレビア。俺が先に立ち、少し離れてフェイトが続きながら、放たれる黒い風弾をやり過ごし、羽の弾丸を掻い潜りながら、奴に向けて加速する。

 密度を増す攻撃を避け、ラウンドシールドで往なしつつ接近。避け切れそうになかった攻撃は、横合いから飛来したフェイトのフォトンランサーが撃ち落としてくれた。やっぱり頼りになる。

 再度放たれた黒い風弾を身体を捻って避け、それを放ったことによって一瞬動きの止まったマリス・ズィーレビアのすぐ側を通り抜けつつ、クリムゾン・エッジを一閃。赤い魔力を帯びた刃は、マリス・ズィーレビアが纏う分厚い空気の層を切り裂き、霧散させて奴の右足に浅い傷を付ける。

 大したダメージではない。けど、そもそも目的は傷を与えることじゃないから問題ない。

 

「ロック!」

 

 フェイトが右手を突き出して言葉を発すると同時、マリス・ズィーレビアの右足を金色のキューブ状の魔力が拘束する。

 俺は降下から急停止して、急上昇へと反転。バリアジャケットでも殺しきれなかった重圧が襲い掛かるけど、それを堪えて無視して速度を上げる。

 マリス・ズィーレビアは、バインドされていない左足を俺に対してバタつかせてくるが、阻害された動きのそれなどに当たる道理は無い。拘束されている右足側から回り込みつつ、右の翼を一閃。羽と共に黒い魔力が飛び散るのを視界に納めつつ、そのまま通り過ぎるように上昇してそれから離れ、直ぐに飛び散った羽に向かってフォトンランサーを放つと、流石に奴自身がそう言う属性を持たせない限りは、あの爆裂する羽にはならないのだろう、フォトンランサーが命中した羽は爆発することなく消滅した。

 そして俺が斬り込んだことによって薄れた防御を突き、フェイトのバインドがマリス・ズィーレビアの右の翼を拘束する。斬った傷自体はすでに修復されているようだが。

 次は左の翼だ。

 俺は上昇から急停止、直ぐに急下降して左の翼を通り過ぎ様に斬り払う。

 だが、その瞬間にマリス・ズィーレビアが大きく鳴き、間近で発せられたバインド・ボイスによって動きが鈍ったところを、奴の左足が襲ってきた。

 右半身が拘束されているために自由には動けないからか、体勢が崩れた今でも何とか躱せる……そう思った直後、今しがた斬ったことによって舞った羽が爆裂する。

 俺が羽を警戒していると見るや、直ぐに対処してきやがった……!

 背中を襲う衝撃。迫り来る鉤爪。

 咄嗟に身体を回して鉤爪をやり過ごそうとするが、躱し切れずに左肩を裂かれる感触と、次いで襲い来る激痛。

 ……けど、こんなものっ!

 元より無傷で終えられるなんて思ってはいない。幸いにもやられたのは左肩。右手に持つ剣を取り落とすようなことにはなっていない。痛みを堪え、裂かれた勢いのままに身体を回転させて、マリス・ズィーレビアの左足を薙ぎ払う。

 その間にフェイトが左の翼をバインドしたらしく、俺が斬った部分が金色のキューブに拘束されているのが見えた。

 ならば後は──

 

「『バインド』!」

 

 痛みで集中が切れないように声に出して魔法を行使し、マリス・ズィーレビアの左足をリングバインドで拘束する。

 これだけ動きを止めていれば、いくら俺のバインドとて成功するさ。

 丁度頃合でもあったのだろう、なのはのレストリクトロックが発動し、マリス・ズィーレビアの胴体を拘束し、それと同時に、最初にフェイトが拘束した右足と、それに続いて右の翼のライトニングバインドが破られたのが見えた。ギリギリのタイミングだったようだ。

 とは言え、なのはのレストリクトロックはそう簡単には破れないらしい。ならば、これでいけるはず。

 俺は急いでマリス・ズィーレビアから離れ──ついでにもう一度右足を斬り、拘束しておいたが──途中でフェイトと合流してなのはの元へと下がる。

 

「葉月、肩大丈夫?」

 

 途中でフェイトがそう心配してくれつつ、フィジカルヒールで癒してくれた。

 彼女に「ありがとう、大丈夫だよ」と返したところで、なのはが待機していた場所へ着く。

 

「なのは!」

 

 俺とフェイトが同時になのはの名を呼び、準備が整ったことを伝え、なのはが大きく頷いた次の瞬間、彼女の足元に、彼女の魔力光である桜色の魔法陣が展開された。

 レイジングハートの形状はカノンモードへ。それをマリス・ズィーレビアへと構えると同時に、レイジングハートの声が響き渡る。

 

《Starlight Breaker》

 

 なのはの眼前に生み出された小さな魔力球。それの周囲を大きな環状魔法陣が取り巻き、その環状魔法陣が乱回転した直後、周囲に漂う魔力の残滓を掻き集め、集束し──魔力球は瞬時に数倍、否、十数倍へと膨れ上がる。

 周囲の魔力が光の尾を引いて流れ集うその光景は、正にその名の通り流星(スターライト)のようで──そして、雲ひとつ無い青空に、眩い星の煌きが生まれた。

 中空に縫いとめられたマリス・ズィーレビアは、拘束から逃れようともがくも、なのはとフェイト、ついでに俺のバインドによって厳重に締め付けられたその身体は動く事は叶わず。

 それでもなお抵抗しようと、その禍々しき双頭を、星の煌きを生み出した少女へ向けて大きく口を開いた。

 その口中へと黒い風が集うのが、この離れた位置からも解る。それほどまでに、今までの比ではない力を貯めるマリス・ズィーレビア。

 ここから離れれば簡単に避けられるであろう。けど、魔法のプロセスに入っているなのはは動く事は出来ないし、何より今更だ。ここで逃げてどうするというのか。それに──俺は“彼女達”を信じている。

 そうしているうちにも、なのはの前に生み出された星の輝きは、ドクンッと脈動するように鳴動し、大気に漂う魔力の残滓を掻き集め、集束し、その大きさを増してゆく。

 対してそれに脅威を感じているのだろう、『ギャアアアアアァァアアアァアアッッ!!!!』と今までの比ではない声を上げ、マリス・ズィーレビアはその口中に溜めた黒い風を解き放った。

 ゴゥッと周囲の空間を震わせ、俺達に──なのはに迫る、今まで撃ってきたものとは一線を画す黒い風の轟弾。けれど。

 

「ハァッ!!」

《Multi Defenser》

 

 なのはとマリス・ズィーレビアの前に割り込んだフェイトが伸ばした手の先に、巨大な5層の魔法陣が生み出された。

 恐らくはシールド系の魔法か。

 その予想通りフェイトが生み出した魔法陣は、マリス・ズィーレビアが放った黒い風弾に2層まで破壊されながらも、3層目の魔法陣で見事に受け止めていた。

 なのはが生み出した星の輝きは、今しがた破壊されたばかりのフェイトの魔法の残滓すら掻き集め、集束する。

 

「これで、決めてみせるっ! 全力全開、スターライト……」

 

 そしてなのはが振り上げたレイジングハートを、マリス・ズィーレビアへ向けて振り下ろした瞬間──

 

「ブレイカァーーーーーーッ!!!」

 

 “世界”が震撼した。

 

 

 

 

※※新たな【称号】を獲得しました!※※

 

『討伐者・終わり無き絶叫』:ネームドモンスター『終わり無き絶叫《エンドレス・スクリーム》』マリス・ズィーレビアを討伐した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 現在、『第一層』を攻略し終えた『プレイヤー』のほとんどは、リビングアーマーの群れに占領された『廃都ルディエント』の攻略を行っている。その一方で、『第二層・森林エリア』の攻略に向かっている『プレイヤー』も皆無ではなく、3、4パーティ程が攻略を進めている状況ではあった。

 その日『第二層・森林エリア』を攻略していたパーティは、2つ。1つは森の中を大樹──『霊樹ファビア』──に向けて進んでいる途中であり、もう一つはこれから『霊樹ファビア』に入ろうかというところであった。

 その彼等は、昼頃に忌まわしい声を聞いた。

 彼等にとって、貴重とも言える飛翔能力を持った『プレイヤー』を、幾人も屠った忌まわしき絶叫。

 それを耳にした瞬間、2パーティ10人全員が、「また貴重な飛翔能力者が」と思ったと言う。

 だが、彼等はその日、信じられない光景を見た。

 一度ならず幾度も鳴り響く絶叫。

 今までと違うそれに不審に思った者が空を見上げた──『霊樹ファビア』の周囲は比較的開けているため、見上げれば空の様子をみることが出来た──その時、空を一条の薄紅色の光線が走ったのだ。

 明らかに『絶叫の主』のものではない、攻撃と思わしき閃光。

 その直後に響き渡った、それまでの比ではない、この世全ての悪意を詰め込んだかのような、身の毛もよだつ大絶叫。

 それからも、幾度も響き渡る絶叫と、幾度も空を走る閃光。

 二転三転する空の様子に混乱する『プレイヤー』達。彼等に解ったのは、誰かが『絶叫の主』に挑み、そして善戦しているのだろうと言うこと。

 そして彼等は──見上げても木々によって、狭い範囲しか空を窺えない、森の中の『プレイヤー』達ですら──青空の中に輝く“星”を見る。

 それは、悪意を穿つ星落の一撃。絶望を吹き飛ばす、不屈の一撃(レイジングハート)

 そして爆発と閃光、膨大な魔力を孕んだ暴風の余波が治まったその空に、二度と絶叫が響き渡ることは無かった。

 誰もが悟った。“誰か”が、あの忌まわしい『絶叫の主』を打ち倒したのだと。

 ちなみに、その光景を見ていた──否、体感した『プレイヤー』たちは、後に口を揃えてこう言ったという。

 

『あの“星”が落ちたとき、この世の終わりかと思った』

 

 

◇◆◇

 

 

 ──ォォォォォオオオオオオォォォォォ……

 

 その時それを感じたソレ(・・)は、暗く深き奥底にて、苦悶の声を上げた。

 それは、“此処”に有ってはならない力。

 それは、“己”に抗し得る力。

 それは、“己”を脅かす力。

 決してそれを“贄”が持たぬよう、細心の注意を払っていたはずであった。

 ならば、なぜ。

 なぜ、そのような力が“此処”にあるのか。

 その原因に、ソレ(・・)は容易く思い至る。

 当然だ。間違いなく、その原因は、“己”を“此処”に封じ込めたものであろうからだ。

 

 あともう少しだというのに。

 この度の“贄”を喰らい尽くせば、“此処”から出られるであろうと言うのに。

 

 忌まわしく、憎らしい“力”を感じ、苦悶の声を上げるソレ(・・)は、

 

 ──ォォォォォオオオオオオォォォ……!!

 

 忌まわしく、憎らしい“敵”に向け、怨嗟の声を深奥に響かせる──。


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