「ギャアアアァァァァァアアアアーーーーーーーーーー!!!」
『
念のために、あの鳴き声には動きを阻害する効果もあることを再度伝えると、なのははうん、と頷いて「気をつけます」と返してくる。
そしてついに、ズィーレビアが動き出した。
羽ばたきとともに加速する巨体。それは直ぐに高速へと至り、俺達へと迫る。
「散開っ!」
俺の掛け声とともにフェイトは左、なのはは右、そして俺は上空へと分かれてズィーレビアの突進を躱す。
バラバラに別れた理由はいくつか。
一つはズィーレビアに対しての多面攻撃のため。そして一番の理由は──
「……やっぱり狙いは俺かっ!」
ズィーレビアが“誰”を狙ってくるかと言う事。その結果は上昇──すなわち俺だった訳だ。
とは言えこれは予想していたこと。フェイトと挑んだ先の戦いにおいても、基本的に俺を狙って来ていたからだ。
俺を狙う理由が、この中で一番弱いからか『プレイヤー』だからかは解らないけど、どちらの理由にしろなのはが入っても変わらないのだから、俺が狙われるのは道理と言うもの。……自分が一番弱いってのは言ってて少し哀しくなるけど。
ともかく、こうなれば俺が出来ることを果たそう。とりあえずは囮だな。
上昇を続けながらチラリと後ろを見れば、ズィーレビアも追従してくる。
その時だ。バサリと羽ばたいたズィーレビアの周囲に、抜け落ちた羽が舞い、留まるのが見えた。
──
次に行ってくるであろう攻撃を予測し、それと同時に撃ち出されて来た羽を
次いで次の攻撃が来る前に身体を起こし、バリアジャケットの保護を弱めて空気抵抗を大きく増して
俺は小さく弧を描くように飛びながら身体を
午前中の打ち合わせの時に、フェイト達に色々と飛び方を教わっておいたのだ。まだぎこちないだろうが、上手く行ってよかった。
そのまま追撃しながらフォトンランサーを連射するも、相変わらずズィーレビアの身体を覆っているであろう空気の膜によって効果は上がらない。その上お返しとばかりに撃ち出されてくる羽の弾丸を躱しながらなため、追い付いて直接剣で斬るって訳にも行かない。
一人ならば手詰まりであろう。だが、俺には心強い仲間が居る。
再度俺がズィーレビアに向けてフォトンランサーを撃つのに合わせるように、奴の右側前方から桜色の魔力弾が数発飛んで来た。
ズィーレビアは僅かに上昇して軌道から身を躱し──その直後、魔力弾が進路を変えてズィーレビアを追撃し、着弾する。
高い誘導性を持つ、なのはの『ディバインシューター』だな。
それによって大きく体勢を崩したズィーレビアに、高速で接近するフェイト。
通り過ぎ様に一閃されたサイズフォームのバルディッシュが、ズィーレビアが纏う空気の膜を切り裂き、フェイトに遅れて続いた俺がクリムゾン・エッジを突き立て──
「『ラウンドシールド』っ!」
フェイトに斬られた衝撃を利用するように、無理矢理に姿勢をこちらに向けたズィーレビアが俺に向けて大きく口を開いているのを見て、凄まじく嫌な予感を覚えた俺は攻撃を中止して、急減速しつつラウンドシールドを前面に創り出す。
その直後、ドンッと言う空気が震える音に続き、凄まじい衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
途中でなんとか姿勢を制御して止まるも、ざっと見たかぎり100メートル近く吹っ飛ばされただろうか。ここが空中で良かったと言うか何と言うか。地上だったらとっくに木にぶち当たってるところだ。
「葉月っ!」
「葉月さん、大丈夫!?」
フェイトとなのはが飛んで来て声を掛けてくる。
「何とか防御できたから平気だよ」と答えると「よかった」と揃って安堵の息を漏らす二人。
「それで、あいつが何をしたか解った?」
こちらの様子を見ているのか、ゆっくりと旋回しながらその場に留まっているズィーレビアを見て二人へ問いかけると、「多分だけど」と頷くフェイト。
「空気の塊を弾丸みたいに飛ばしたんだと思う」
フェイトの言葉になのはも頷き、そこにレイジングハートが「間違いないでしょう」と肯定してきた。
そうなると──と思考が次へ移りそうになった時だ。それまで旋回していたズィーレビアが大きく鳴くと、再度俺達へ向けて飛翔して来る。
奴が俺を狙ってくるのはもう解った。次に考えるべきは、いかにして動きを抑えてこちらの攻撃をあてるかだ……って、それこそ考えるまでも無いか。当初の予定通り、俺が囮を務めればいいだけだ!
間近に迫ったズィーレビアは俺達の直前で上昇し、幾度か羽ばたくとその周囲に大量の羽を撒き散らす。
再び打ち出される羽の弾丸。
今度はフェイト達もある程度警戒しているのか、広範囲にばら撒かれたために何とか躱しきれる。飛んでくる羽を避けながらそう思ったところで、先程も聞いたドンッと言う空気が震える音。
咄嗟に身体を捻った俺の眼前を、見えない“何か”が通り過ぎた。
何とか避けることが出来たけれど、僅かに掠めたせいで姿勢が崩れ、制御するのに一瞬意識を取られる。
その直後、再び聞こえた音。
不味いと思うも、今度は躱せなさそうだ。
覚悟を決めて『ラウンドシールド』で受け止め──
「レイジングハート、お願い!」
《Protection》
「いくよ、バルディッシュ!」
《Thunder Rage》
俺とズィーレビアの間に割り込んだなのはが、防御魔法によってズィーレビアの攻撃を受け止めてくれたのと同時に、その攻撃の隙を突いてズィーレビアの上空へと回り込んだフェイトが、『サンダーレイジ』を放つ。
ここで単体のズィーレビアに対して、範囲魔法であるサンダーレイジを選んだ理由は、おおよそであるが察せられる。一つは回避されるのを極力避けるため。そしてもう一つは、サンダーレイジは雷撃の前にロックオンバインドで敵の動きを封じる。すなわち、それだけ敵の動きを阻害出来ると言うことで。
「なのは!」
「うん!」
《Restrict Lock》
フェイトに呼ばれ、なのはが返事をした直後に発動した拘束魔法。それは見事にズィーレビアの巨体を中空へと縫い止めた。
その間に「葉月は大丈夫だった?」とフェイトから念話が来て、それに「なのはのお蔭で無傷だよ」と返して──ああそうだと、目の前で俺に背を向け、ズィーレビアに相対している彼女へ「なのは、ありがとう。お蔭で攻撃を喰らわなかった」と声を掛けた。
チラリとこちらを振り向き、「どういたしまして」と笑って答えるなのは。
再びズィーレビアへ向いたなのはは、「行きますっ!」とレイジングハートをズィーレビアへ向けて構え、同時になのはの持つレイジングハートの先端ユニットが、二股の槍のように──否、砲身へと変化すると、その先端ユニットの根元から、魔力で出来た三枚の羽が創生される。
「ディバイーーン……」
砲身の先端に、なのはの半身程もある魔力の固まりが集束され、その魔力の前方と、レイジングハートの先端ユニットの前部と根元、そして最後部を環状魔法陣が取り巻いた。
「バスターーーーッ!!」
《Divine Buster》
そして撃ち放たれた砲撃魔法。
流石は砲撃特化とでも言おうか。フェイトのサンダースマッシャーも何度見ても凄いと思うけれど、なのはのコレは、何と言うか……凄まじい。
魔力の奔流は、動きを封じられたズィーレビアを容易く呑み込み空の彼方へと消えてゆく。
「……すごいな」
もうそれしか出てこない。
それに何と言っても生で見る本物の『ディバインバスター』だ。『なのは』の代名詞とも言える魔法の一つであるだけに、感動もひとしおである。
言葉足らずと言うか、上手く表現出来なかったけれど、きっと俺が本気で凄いと思ってることは通じたんだろう、振り向いたなのははえへへと照れたように笑いながら「ありがとうございます」と返してきた。
……こうした笑顔や仕草は、年相応の女の子なんだけどなぁ。とても今のような砲撃を放つようには見えないのに。
そうしている間にフェイトが戻ってきて「やったね」と笑いかけてくる。ちなみに事前に決めておいたのは、奴の狙いが俺であった場合、俺が囮を務めて隙を作り、動きを止めてから全力攻撃って言う簡単なものだ。
だと言うのに二人のあの流れるような一連の連携。息が合っていると言うのを通り越し、以心伝心って感じだ。
それを伝えると、二人は顔を見合わせてから同時にふふっと嬉しそうに笑った。
そんな二人をずっと見ていたいところだけど。
「さて……それじゃあ最後まで油断せず行こうか」
声を掛け、改めてズィーレビアを見る。
全身から魔力の霧を漂わせ、明らかに弱った様子になりながらも、辛うじて生きているズィーレビア。前回はここで不用意に突っ込んで、手痛い反撃を受けた。今度はそんなヘマはしない。
フェイトも同じ気持ちなのだろう、一歩前に進み出て「私が」と声を掛けて来た。
「解った、お願い」と頷くと、ズィーレビアへ向けてバルディッシュを構えるフェイト。
「サンダースマッ……」
彼女の足元に金色の魔法陣が展開され、止めの一撃となる魔法が放たれ──
「アアアアアギャアアアアガヤアアアアアアアアアア!!!!」
「何!?」
「うっ……くっ……」
突如、聞いたことの無い鳴き声──否、最早叫び声と言っていい声を上げたズィーレビア。それに伴って、身体の動きが猛烈に重くなる。恐らく今まで散々使ってきていたバインド・ボイスの強力版と言ったところなのだろう、それによってフェイトの魔法は不発に終わってしまったようだ。
その直後、遠目に見ても異常とも思える変化がズィーレビアに起きた。
ボゴンッと言う音が聞こえてきそうな程に、急激に身体が一回り以上膨れ上がる。
ゴギンッと言う音は、骨格が変化する音か。首の根元の辺りが肉腫のように盛り上がり、膨れ上がった挙句に、羽毛の生えていないもう一つの頭が創りあげられる。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!』
二つの口から同時に発せられた絶叫は今までの比ではなく、耳を塞ぎたくなるのを堪えるのに一苦労な程だった。
そして変化したズィーレビアは、俺達に向けてその口を揃えて開けて──ゾワリと、凄まじく嫌な感覚が背筋を這う。
「っ! 避けろっ!」
自身の『直感』に従って咄嗟に叫びつつ、今一事態を把握仕切れていなかった様子の、隣に居たなのはの腕を掴んで引っ張りながらその場を離れる。
フェイトも俺の声に反応して、なのはの反対側の腕を掴んで俺と一緒に引っ張ってその場を離れた、その直後。
ソレまで俺達が居た場所を、“黒い風”としか形容できない塊が通り過ぎた。……アレに当たっていたらどうなるのか。想像出来ないし、試してみたいとも思わないが。
「え、な、何?」
「解らない、けど、多分……パワーアップした」
困惑した声を上げるなのはに、フェイトが端的に予想を述べる。
なのはが困惑するのも仕方ないと思う。まさかこの期に及んで変化するなんて思わないし、俺やフェイトが咄嗟に動けたのも、散々この迷宮で戦ってきた積み重ねがあったからだろうし。
「葉月、情報取れる?」
「……やってみる」
フェイトに問われて、この距離ならいけるだろうかと思いつつ『アナライズ』を使用する。
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名前:『
カテゴリ:
属性:風
耐性:風・水
弱点:火
「『霊樹ファビア』が着けた負のエネルギーを排出するための実を、傷を癒すために再び食したズィーレビアが、更に異常進化した姿。悪意に浸り、悪意に染まり、悪意を内包し、悪意を振り撒く双頭の魔鳥は、『■■■■■』の意のままに、終わり無き絶叫を高らかに謳い上げる」
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表示されたのは、形容しがたい気持ち悪さを感じさせる内容だった。
特にこの、パワーアップする前の状態にも出て来た『■■■■■』ってところに、凄く感じる。きっとこれが、何もかもの元凶なのだと思う程に。
こうしている間にも次々と打ち込まれる、黒い風弾と羽の弾丸を躱しながら、フェイトとなのはに読み取れた内容を告げる。
最初の攻撃を避けたときにそれなりに距離を取ったから、この位置に居ればあいつの攻撃を躱し続けることは可能だろう。けど──
「こうなった以上、アレを放っておくわけには行かない。ここで何としても倒さないと駄目な気がする。頼む、力を貸してくれ」
そもそも、パワーアップさせてしまったのは俺達のせいなようだし、と続けると、二人はもちろんと真剣な表情を浮かべて頷いてくれた。
まったく……どうやら俺は本当に一筋縄で行かない運命に有るようだ。……なんて嘆いても仕方が無いか。
「行くぞ!」
「うんっ!」
「はいっ!」
二人に声を掛け、俺達は禍々しさを増したズィーレビアへと立ち向かう。