深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase6:「動揺」

 気がついたら、フェイトが帰ってから4時間程経っていた。

 寝過ごしたと思いつつ、顔を洗って目を覚まし、軽く食べてからフェイトを召喚。

 

「葉月、大丈夫?」

 

 4回目ともなれば大分見慣れた魔法陣から姿を現したフェイトは、俺の姿を認めるなりそう訊いてくる。何でも、中々()ばれないから心配したという。

 申し訳なくも有り難く思うと同時に、ふと疑問が浮かんだ。

 

「召喚したときって解るの?」

「うん。何となく、だけど『あ、今喚ばれた』って言うのが、感覚で。……やっぱり同位体──コピーを喚ぶっていう性質上、元となる『私』にも何がしかの干渉は有るんだと思う」

 

 そう推論を述べ、「最初は解らなかったけど、前回辺りからね。慣れてきたのかな?」なんて続けたフェイトに「なるほど」と頷いたところで、彼女からもう一度「それで、大丈夫?」と問われた。

 

「思ったより疲れてたみたいで、寝過ごしただけだよ。心配かけてごめん……あと、ありがとう」

「いいよ。それよりどうする? 今日は休む?」

 

 心配気な表情で訊いてくるフェイトに頭を振って答えた。

 今もう充分に休んだばかりだし、何よりここで妥協してしまうと、これから先も何かあった時、簡単に折れてしまいそうな自分が怖い。

 俺がそう伝えると、彼女は「葉月なら大丈夫だと思うけど」と言ってくれつつも、「じゃあ行こうか」とその姿をバリアジャケットへと変える。

 俺も剣と盾、ポーチを身に着けて出入り口へ。

 

「昨日で様子見もしたし、とりあえず今回は進めるだけ進んでみようと思う」

 

 帰りの事も考えると、2時間で行ける所まで、かな? と続け、今回の方針にフェイトが頷いたのを確認したところで、俺は迷宮へと足を踏み入れた。

 

 

……

 

 

 大ネズミや大ガエル──端末の「インフォメーション」によると、ケイブラットとメイスフロッグと言うらしい──を倒しながら進むことしばし。

 どうやらこの階に出るのはこの2種類だけのようで、他の種類のモンスターに会うこともなく俺達は歩を進める。

 一時間ほど探索を続けたところで、多少の分かれ道や曲がり角はあったが、今まで大して変わらなかった風景の中に違うものを見つけた。すなわち、2階に降りる階段である。

 

「降りてみる?」

「……ああ、まだ時間も半分だしな。けど、ごめん、ちょっと休憩」

「ん。じゃあ5分休んだらにしようか」

 

 フェイトの言葉に頷いて、壁にもたれるように並んで腰を降ろす。

 今回は「進めるだけ進む」と言う方針ではあるが、やはり道中の戦闘をこなすのは俺である。じゃないといつまで経っても俺が強くならないし。

 ……昨日から続けて戦闘は俺がメインであるんだが、正直言えばやはりキツイ。

 だけど、だ。

 昨日迷宮に潜った時は、初の実戦ってこともあって気にする余裕もなかったけど、改めてこうして1時間探索してみて、自身の身体の異常(・・)を思い知る。すなわち、「持久力」である。

 今現在も、確かに疲れはしているが思っていた以上ではないのだ。現に座って少し経った今、呼吸も落ち着いている。

 そう考えると、初めてで精神的な疲労もあった初回はともかく、あれだけ疲労した午前中のフェイトの訓練って……と思わずにはいられない。まぁ、俺が望んだ事だし、これからも望むところなんだけれど。

 それに戦闘に関してもそう。特に自分の動きに関してだけれど、明らかにここに召喚される前の自分よりも動けている。

 剣を振るうときの動作で言えば、『剣士・Lv0』の効果があるのだろうと思うのだが、例えば敵の攻撃を回避するときなんかの動きを見ても、そんな気がするのだ。

 

「葉月、何かあった?」

 

 そんな事を考えていると、不意にフェイトが問い掛けて来た。

 

「え?」

「何だか、難しい顔してたから」

 

 ……ああ、考え事してたのが顔に出てたのか。

 つい「なんでもないよ」と答えそうになったところで、折角だからフェイトの意見も聞いておこうかと思い直し、今しがた考えていた俺の身体の異常(・・)を説明した。

 

「どう思う?」

「ん~…………うん、飽くまで私の推論、でいいなら」

 

 しばし考えた後、そう言ったフェイトに「もちろん」と返すと、彼女は「それじゃあ」と前置きし、

 

「考えられるのは2つ。葉月に元々素質があったっていうのと、この『迷宮』の『システム』……かな」

「システム……【称号】や【スキル】か」

「うん。多分関係してるのは、『剣士・Lv0』……だっけ。剣の扱いに補正がかかるそれじゃないかな」

 

 彼女が言うには、一口に“『ソード』の扱いに若干のボーナス”と言っても、その“扱い”の中には色々な要素が含まれるのではないか、と言うことらしい。

 すなわち、上手く剣を振るうにはそれなりの筋力が必要だろう。敵への踏み込みを初めとした、体捌きも関係してくるだろう。剣を扱い続けるには、持久力だって必要だろう、と言うことだ。

 なるほど、と思う。

 フェイトの説明に納得する俺に、彼女は「最初に言ったけど、私の推測に過ぎないからね」と最後に付け加えた。

 とは言えどこかに答えが載っているわけでもなし、どうあがいても推測の域を出ないのは俺も同じ事。それを踏まえても、フェイトが今言ったことである可能性が高そうだ。

 とりあえず今はそう結論付けたところで、フェイトが立ち上がる。

 

「そろそろ行こうか?」

 

 それに頷いて俺も立ち上がると、階段を下りて2階へと向かった。

 階段の横幅は通路より若干狭い程度であり、並んで降りるのに支障はない。

 階段を降り切り、フェイトとほぼ同時に2階の通路へと足を踏み入れた、それとほぼ同時に耳に入ったバタバタと言う羽音。そしてそれと共に視界の端に映った黒い影──。

 

「っ避けて!」

 

 不意にフェイトに腕を引かれ、位置のずれた俺の頭の横を通り過ぎる黒い影。

 それに続いて左頬に走る鋭い痛み。

 再度俺達の上方へと移動した影を追って視線を上に向ければ、そこには1匹の20センチほどの大きさの蝙蝠──地球のものとは違い、先端が鋭くなった体長程もある長い尾が生えている──が飛んでいた。

 それにしても、階段を降りきったところに今まで居なかった飛行する敵による奇襲とは……やってくれる。フェイトが居なかったら危なかったな……。

 上でこちらの様子を伺っている蝙蝠を警戒しながらそんな事を考えていた俺の思考は、不意に左の視界の端に移ったそれ(・・)に止められる。

 それ(・・)は、今まで、この迷宮内で何度も見てきたもの。

 傷を追ったモンスター達が例外なく立ち上らせていたもの。

 金色の粒子──『魔力』。

 それが、なぜ。

 俺の左の視界を掠めるように存在するのか。

 まるで、俺の左頬から流れているかのように。

 カタカタと、身体が震える。

 今まで戦ったモンスター達が、それを流す光景が、浮かんでは消える。

 これじゃあ、まるで、俺の身体が──。

 震えが、止められない。

 まるで、俺の身体もまた、『魔力』で構築されているような──。

 嫌な思考が、止まらない。

 心臓の音がうるさい。

 視界が霞──。

 

(──葉月っ!!)

「……っ! はっ……はぁ、はぁ、ぁ……ふぇい、と?」

 

 不意に脳裏に響いたフェイトの声に、飛びかけていた意識が戻る。

 どれぐらい呆然としていたのか、蝙蝠の羽音はすでに無く、目の前には、身長差から見上げるように俺と向き合い、両手を伸ばして俺の両頬を労わるように触れるフェイトの姿。

 

「葉月、見て」

 

 そう言って俺の頬から手を離したフェイトの、右の手のひらには、俺の頬から流れていたらしい俺の血(・・・)が付いていて──。

 

「ぁ……血?」

 

 それは僅かの後に、金の粒子となって大気に溶けて消える。

 今まで倒したモンスター達は、どれも例外なく血を流しては居なかった。斬った剣にも血糊が着く事はなく、モンスター達は直接その身体から金の粒子を立ち上らせていた。

 ……けど、俺は、フェイトが示してくれたように、流した血が「魔力」に変わっている、のか?

 フェイトの顔を見ると、彼女は「大丈夫」と言うように、コクリと頷いた。

 

「あっ……」

 

 まるで、自分の身体が全く別のものになってしまったかのように感じた、言いようの無い恐ろしさ。それから開放された瞬間、安堵からか身体から力が抜け──フェイトが抱き締めるように支えてくれる。

 

「っ……ごめん」

「ううん、いいよ」

 

 離れないと、と思いつつも、腕の中の確かな温もりを離すことを身体が拒否しているかのように動かなくて。

 

「今のは、傷を負った場所が悪かったね。例えば腕とか──視界に入る場所なら冷静に分析できたはずだよ」

 

 フォローするようにそう言って、昨日の別れ際のように、労わるように俺の頭を撫でるフェイト。

 その感触に心が落ち着いていくのが解り、それとともに自分の不甲斐無さに嫌気が差す。

 

「……情けないな、俺。まだ会ってから二日だって言うのに、フェイトに頼りっぱなしだ」

「気にしないで。これから強くなっていけば良いんだから」

 

 思わず漏れ出た弱音に返って来た声は、きっと優しげな表情を浮かべているんだろうと思うような、優しげな声。

 だけど──。

 ……強くなりたい。背中を預けてもらえるように。肩を並べて、戦えるように。

 

 

 

 

※※【スキル】がレベルアップしました!※※

 

『戦場の心得・Lv0』→『戦場の心得・Lv1』

 :パッシブ。戦闘時の錯乱/混乱状態より回復・生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。

 

 

※※新たな【スキル】を獲得しました!※※

 

『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。Unknown。




【プレイヤー名】
 長月 葉月 [Hazuki Nagatsuki]

【称号】
『第三次召喚者』:異世界から召喚された「深遠の迷宮」第三次攻略者。出身世界は「地球」。
『召喚師』:召喚術を使用して戦う者。
『剣士・Lv0』:剣を使用して戦う者。見習い。『ソード』の扱いに若干のボーナス。

【ユニークスキル】
『キャラクター召喚・Lv1』
 :術者の知る創作物のキャラクターを召喚することができる。連続召喚時間は最大3時間。送還後、召喚していた時間と同時間のスキル使用不能時間(ディレイ)が発生する。
  召喚可能キャラクター
  『フェイト・テスタロッサ』

【スキル】
『アーサリア言語』:パッシブ。迷宮の王より付与された初期スキル。この世界の言語を使用することができる。
『戦場の心得・Lv1』:パッシブ。戦闘時の錯乱/混乱状態より回復・生還した。戦闘時に平常心を保つことができる。各種精神系バッドステータスからの回復にボーナス。
『リンカーコア』:パッシブ。先天性。周辺魔力を自身の魔力に変換することができる器官。Unknown。

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