深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase59:「言語」

 ディレイが明けた午後1時頃。再度召喚したアルトリアと共に本日挑むのは、昨日も行った『第二層・森林エリア』である。

 とは言えフェイトのように空を飛んで、と言う訳には行かないので、今日は森の中を探索することになるが。

 行き先を選択し、扉の先に出現した転移陣に乗って目的地へ。

 一瞬の浮遊感の後には、昨日と同じ、石柱に囲まれた転移陣のある小さな広場に出た。

 さて、それじゃあ一度上に昇って方角だけ確認してから、ピラミッドらしき建造物へ向かおうかと、アルトリアに声を掛けようとした時だった。

 

「あ、アンタ! 昨日飛んでった人だろ? 無事だったのか!?」

 

 唐突に掛けられた言葉。その声の主へと視線を向けると、こちらに駆け寄ってくる、金属鎧(プレートメイル)を装備した金髪の男性。染めたような不自然さがまるで無い上に、瞳の色は青く、肌も色白。うん、日本人じゃないな。

 まぁ、俺達『第三次召喚者』の出身世界が『地球』になっている以上、他の国の人が居ても可笑しくはないと思っていたけど。……その割には今まで出会った他の『プレイヤー』達が皆日本人だったところから鑑みると、もしかしたらある程度の偏りはあるのかもしれないけど。

 なんてことを考えているうちに、男性は俺達の直ぐ側まで来たところで、俺と共にいるアルトリアに視線を向けて不思議そうな顔をした。

 ……さっきの台詞からすると、昨日この広場に居た2パーティのうちの一人か。

 「貴方は?」と問うと、男性は一度「ああ、済まない」と謝った後、

 

「俺はケビン。昨日アンタと小さい子が、ここに来て直ぐに飛んで行っただろ? その後直ぐにあの“絶叫”が聞こえてきたから、心配してたんだ」

 

 そう言った後、「ところで昨日の子は? まさか……」と訊いてくる男性──ケビン。

 昨日の子、と言うとフェイトのことだろう。俺は「彼女も無事だよ。むしろ俺のほうが危なかったぐらいだ」と言うと、彼はそうか、と安心したように微笑んだ。

 それから少しの間話をしてみて解ったのは、どうやら昨日彼等は、ここに入って直ぐに飛んで行った俺とフェイトに、「空は危ない」と忠告しようとしてくれていたみたいだった。……うん、どうやら俺は、思い込みで周囲の『プレイヤー』の事を見ていたようだ。反省、だな。

 何でも彼が言うには、今までもこのエリアを上空から攻略しようとした、『飛ぶ』系統のスキルを持った『プレイヤー』が何人か居たらしい。

 彼が第二層に到達したのは、今から約5日程前。その間“空”から攻略しようとしたのは、彼が知る限り俺達を除いて7組。けど、その度に必ずあの“絶叫”が聞こえてきて──誰も帰ってこなかったそうだ。

 ……確かに、ズィーレビアの能力──生半可な攻撃を通さない空気の膜と、巨体に似合わない飛翔能力、それに攻撃力を考えれば、そんな結果になるのも仕方が無いと思う。

 そうして一通り事情を聞き終えたところで「とにかく無事で良かったよ。それじゃあ俺は行くな」と話を切り上げるケビン。彼の視線の先には、4人程の『プレイヤー』が森の手前に集まっていた。どうやらあれが彼のパーティメンバーのようだ。

 目的地を訊いてみると、どうやら彼等は大樹を攻略中なのだとか。

 

「巨大すぎて、正直全然進んでない気がするよ」

 

 苦笑いを浮かべてそんな台詞を残しつつ、仲間の方へと歩き去っていく彼に手を振って別れた。

 それから一拍置いて、それじゃあ俺達も行こうかとアルトリアに声を掛けようとしたところで、随分と難しい顔をしていることに気付く。

 

「……何かあった?」

「いえ……今の彼もそうですが、ハヅキ、貴方は今何処の言葉(・・・・・)を話していたのですか?」

 

 どうしたのかと問いかければ、返って来たのはそんな台詞で……どう言うことか解らず困惑する俺に、アルトリアは何かを納得したのか、「ふむ」と小さく頷く。

 

「……どうやら無意識のようですね。今の彼が最初に話し掛けて来た言葉もそうですが、ハヅキ、貴方が話していた言葉は、明らかに日本語……いえ、『地球の言葉』ではなかったと思います。『聖杯』のバックアップが無いとは言え、貴方とパスで繋がっている私にも理解が出来ない言語でしたから」

 

 アルトリアに言われて、今の会話を振り返ってみる。

 名前からしてそうだけど、明らかに日本人ではない容貌。けれど言葉は普通に通じて……てっきり俺は、随分と日本語の達者な人なんだなと思ったけれど、どうやら違ったらしい。となると、思い浮かぶのは一つか。

 

「……『アーサリア言語』……この世界の言葉、か」

 

 なるほど。この世界に呼び込まれた時に付与された、この世界の言語。これはこの世界の文字を読んだりするだけじゃなく、『プレイヤー』間の意思疎通にも使われるのか。

 しかも使っている本人は、まるで違和感を感じることなく扱えるとは。

 そんな結論に思い至り、アルトリアに説明すると、彼女も「なるほど」と頷く。

 

「確かに同じ世界出身と言えど、言語まで同じとは限りませんから、手段としては有用なのでしょうが……」

「ああ。……恐ろしいよ、まったく」

 

 他所の世界から千人もの人間を召喚するだけではなく、その当事者に自覚させないほどに自然なレベルでこんな処置を施す。しかも今日以前に会った人達……例えば稲葉さん達と話したときは、彼等の言葉をフェイトやアルトリアが理解していたところからみて、俺が理解できる日本語の時は日本語で、と言うような処理がされてるのが解る。……一体どう言う原理になってるんだか。

 

「……しかしこうなってくると、『迷宮の王(ゲームマスター)』とか『プレイヤー』とかの表現も、どこまで合ってるのか疑問になってくるな」

「つまり……『この世界の言葉』が『地球』の言葉に翻訳された際にそういったものに置き換わっているだけで、本来はもっと違う意味の言葉かもしれない、と?」

「ああ。例えば『迷宮の王(ゲームマスター)』じゃなくて『神』、『プレイヤー』じゃなくて『生贄』とか、さ」

 

 どっちかと言うと神と言うより邪神とか魔王とか、そんなイメージだけど。

 そう続けると、アルトリアは何と言っていいのやらと言うような表情を浮かべた。

 

「……ごめん、ちょっと悲観的になりすぎだな。どちらにしろ、俺に出来るのはこの迷宮を攻略して、迷宮の王をぶっとばして、そして元の世界に還るだけだしな」

「……ええ。その意気です、ハヅキ」

 

 気を取り直すように言った俺に、アルトリアが微笑みを浮かべる。

 ……よし、それじゃあまずは、この階層の攻略からだ。

 アルトリアに「一度上に行って、ピラミッドの方角だけ確かめてくる」と告げ、「解りました、気を付けて」と言うアルトリアの言葉を背中に受けつつ上昇する。

 昨日見た限りでは確か、ここ……広場の上空から見て、大樹──ズィーレビアのアナライズ情報に寄れば『霊樹ファビア』だったか──の正反対にあったはず。

 そう思いながら確認するも──

 

「……あれ?」

 

 見つからない。

 どう言う事だと思いつつその場で旋回したところ、『霊樹ファビア』を正面に見て右手側にピラミッドらしき建造物を見つけた。

 つまり、それぞれの位置を線で結べば丁度L字型になる形だ。

 その時点で、流石に留まり続けるのは不味いかと思い地上に降り、アルトリアに見たことを説明する。

 

「どう言うことだと思う?」

「そうですね……考えられるのは2つ。この広場の位置自体が動いているか──」

「『転移陣(ポータル・ゲート)』のある広場が複数有るか、か」

 

 言葉を継ぐように言った俺に、「はい」と頷くアルトリア。

 

「恐らくは、空を飛んだ『プレイヤー』にズィーレビアが襲い掛かるのも、これを隠蔽する目的もあるのかと」

 

 そう述べられた推論には、納得せざるを得ない。

 ピラミッドの高さ自体は然程大きくないのか、ある程度の高さまで上昇しないと位置を把握することは出来ないのだ。その辺の木に登った程度で把握できるのは、あの天を衝こうかと言う大樹のみ。

 そうなると自然と『プレイヤー』の脚は大樹へ向かう。よしんば俺達のように、ズィーレビアから生還できたとしても、空に上ればまたアレに襲われると思えば、飛ぼうと思う奴はまず居ないだろう。

 そうなるとその生還した人間も、前回見たピラミッドの位置を参考に進む。その結果何時まで経ってもピラミッドには辿り着けない、と。

 

「つまり、最初に目に付くあの大樹を攻略して登り、その上からピラミッドの位置を把握して今度はそこを目指す、と」

「ええ。恐らくはそれが“正当なルート”なのでしょう」

「となると……やはり本命はピラミッドか」

 

 推論から出された結論に、アルトリアと頷き合う。

 正直『霊樹ファビア』の方も、どうやって登るのかとか、そこに何があるのかとか、色々と気になるところはあるけれど──あちらは先程のケビン達を初めとして、他の『プレイヤー』も行っていることだろう。ならば俺達はもう一つの方を攻めた方が、より早くこの第二層を攻略できる気がする。

 そんな考えをアルトリアに告げ、ピラミッドに向かうことで良いよね、とアルトリアに確認して、俺達は森へと足を踏み入れた。

 ……それにしても、仮に広場が複数ある場合だったとしたら、さっきケビンが俺に会えたのって凄い偶然なんじゃないだろうか。

 

 

……

 

 

 鬱蒼とした森を進むこと20分程だろうか。アルトリアの残召喚時間で確認してるから、経過時間は正確なんだけれど、歩き辛い地形と、木ばかりで変わらない光景に、体感的にはもっと経っているように感じる。

 歩きながらアルトリアと決めたが、今度から他の『プレイヤー』に会った際、先程のようにアルトリアに聞き取れない言語での会話になった時には、念話でそのことを教えてもらうことにした。で、俺が会話をしながら、念話でアルトリアに同時通訳しようと言う訳だ。やはり情報は共有していてくれた方が助かるし。

 アルトリアには「同時通訳など出来るのですか?」と訊かれたが、マルチタスクで処理すれば問題ないだろう。これに関しては、後ほどフェイト達にも伝えないとな。

 ……それにしても、こうなってくると、俺にとって他の『プレイヤー』と行動を共にすることは、下手をすればデメリットの方が多くなりそうだ。

 例えば日本語の通じない相手と組んだ場合、その相手からの指示や報告をアルトリア達に伝えるために、マルチタスクの一つを割かなくちゃいけなくなる。

 ……平時ならともかく、特に戦闘中は好ましくない。通訳に気を取られて攻撃を受けました、じゃ本末転倒もいいところだからだ。

 とは言え、こうして他の『プレイヤー』に遭遇するようになった以上、一切関わらずに行くというのは不可能だろう。

 結局のところ大事なのは、関わる相手をしっかりと見極める事か。

 そんな事を考えていると、不意に前を歩いていたアルトリアが足を止める。

 

「……ハヅキ、警戒を」

 

 忠告に頷き、剣を抜いてアルトリアに並ぶ。

 その直後、前方の茂みがガサリと音を立て、5つの小柄な人影が飛び出してきた。

 ソレの背丈は腹から胸に掛けて……1メートルと少しと言ったところか。木の枝をそのまま持ったような、粗末な棍棒にボロボロの腰布。節くれ立った手足、森に同化するような緑色の肌、醜く歪んだ顔に大きく裂けた口。

 俺は何となくその結果を思い浮かべつつも『アナライズ』をし──

 

--

 

名前:ゴブリン

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/亜人/妖精

属性:地

耐性:無

弱点:無

「負の想念を受けて穢れ、墜ちた妖精種が実体を持ち、亜人と化した姿。繁殖力が強く、森、平原、山岳と地形を問わずに集落を作り、ある程度の規模を超えると集団で人里も襲い出す」

 

--

 

 ……予想通りと言うか何と言うか。

 アルトリアに『アナライズ』の結果を告げると、不可視の剣を構えながら「解りました」と一言。

 その声が切っ掛けになった……と言う訳ではないだろうが、「ギギャーッ!」と耳障りな──ズィーレビアよりは遥かにマシだが──声を上げながら、こちらに向けて突進してくるゴブリン達。

 一見武器を持っていないように見えるアルトリアを組し易しと見たか、彼女に3匹向かい、俺には1匹。残り一匹は後ろの方で様子見している。アレがこの集団のリーダーだろうか。

 先に接敵したのは俺の方。

 棍棒を振り上げながらこちらに向かって来ていたゴブリンは、俺の手前3メートル程で跳躍。俺の顔の辺りまで飛び上がる。……凄い跳躍力だなと感心する。けど、それは悪手だろう。

 俺は頭に向けて振り下ろされる棍棒を、半身になって避けつつクリムゾン・エッジを一閃。

 敵を断ち切る感触と共に赤い魔力の残光がゴブリンの身体を通り抜け、後ろにドサリと落ちる音。

 チラっと様子を見れば、既に魔力の霧へと変わって行っている。

 アルトリアの方を窺えば、既に3匹とも片付けたようだ。凄いな。

 残るは1匹と視線を向けると、自分以外の4匹をアッサリと倒されたからか、「ギーッ!」と悲鳴のような声を上げて後ずさりするゴブリン。

 逃げ出しそうだが、それで仲間でも呼ばれては困るので、その前にフォトンランサーを射出。

 案の定背を向けて逃走しようとしたゴブリンに命中し、魔力へと還した。

 ふむ。とりあえずゴブリン相手であれば問題は無さそうだ。

 ゴブリンの残した魔結石を回収しつつアルトリアにも確認するが、やはり問題ないとのこと。

 

「保護色を利用する訳でもありませんでしたから」

 

 確かに。あまり知能は高い方じゃ無さそうだ。

 とは言え、油断はしないように行こう。そう告げると、アルトリアは「ええ、無論です」と満足そうに頷いたのを受け、再び森の奥へと足を向けた。


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