なのはが協力してくれると言うことで話が一段落した後、残りの時間は30分程度だった。
雑談に興じてもよかったけれど、この際だから必要な事を話してしまおうと、彼女が加わることによって変わるであろう、今後の戦術面……戦闘における役割分担や、それぞれ……って言うよりも、俺が出来ることをなのはに教えて時間を終えた。
ちなみに今回の召喚時には、なのはは彼女のデバイスである『レイジングハート』を、部屋の机の上に置いていて手放していたために持ってこれていなかったようだ。
そのため、今回のディレイが終わる時間を勘案しても、午後10時ぐらいにはもう一度召喚出来そうだと言うことで、レイジングハートを俺に紹介する意味も含め、本日中にもう一度召喚することになった。とは言え、時間も時間なのですぐに還すよ、とは言ったけれど。
二人はそれに少し残念そうな表情を浮かべつつも、大人しく頷いていた。
実際、夜に召喚した際は俺とレイジングハートの挨拶から始まって──先になのはが事情を説明していたらしく、終始穏やかな会話に終わったが──1時間もしないうちに二人を送還した。
その間俺は、ほとんどフェイトとなのはの会話を聞いていただけだったりするが。
「久しぶりにフェイトちゃんと逢えて、いっぱい話せて嬉しかった」
「私もだよ、なのは」
そう言って笑い合う二人の姿を見られただけでも、充分良かったと思うから良いんだけどな。
そして翌日。
俺は召喚したアルトリアに──正座させられていた。
目の前には、腰に片手を当て、半眼で俺を見るアルトリア。その表情と雰囲気から察せられる彼女の感情は、「怒」である。
事の起こりは昨日のフェイトの台詞。すなわち「葉月が死に掛けた」。
それが気になっていたアルトリアは、召喚後に俺に尋ねてきたのだ。
「昨日、フェイト……でしたか、彼女がハヅキが死に掛けたと言っていましたが……そうなった経緯をお聞きしても?」
断ったり誤魔化したり出来るような雰囲気でもなかったので、大人しくズィーレビアとの戦闘の経緯を、順を追って説明したところ、彼女はこう言った。「そこに座りなさい」と。
「……さてハヅキ……私が何に怒っているか、解りますか?」
思った以上に静かな声音で──それが逆に怖いのだけど──問いかけてくるアルトリア。
無論、彼女が何に怒っているかなんてのは、考えるまでもなく解る。
「……死に掛けたこと……って言うよりも、“なぜそうなったか”だろ?」
答えた俺に、アルトリアは「その通りですが……」と大きな溜め息を吐きつつ言う。
「その様子ですと、貴方自身も解っているようですね?」
アルトリアの問いに「ああ」と首肯すると、彼女は俺の顔を見つめてくる。
その視線の中には、既に先程までの怒りの感情は見受けられない。
「──ハヅキ。貴方がこの『迷宮』を攻略しなければいけない以上、戦いは私達に任せて前線に立つなとは言いません。前に出て戦う以上、怪我をするなとも言いません。ですが──油断や慢心はいけません。油断すれば、いかな英雄と言えど死すこともあります。慢心すれば、いかな王とて敗北は必定でしょう」
そこで言葉を切ったアルトリアは、膝を着き、視線の高さを合わせて「ハヅキ」と俺の名を呼ぶ。静かに、穏やかな声音で。
「貴方に何かあれば、悲しむ者が居る。それを忘れないでください」
アルトリアに言われ、脳裏に浮かぶのはフェイトの泣き顔。
「……ん。昨日で充分に思い知ったよ」
俺の言葉に、「フェイトのことだけではありません」と、アルトリアは小さく首を横に振る。
「私も、同じですから」
照れたように頬を染め、若干視線を外して紡がれたのは、そんな言葉で──
この先きっと、どんなに準備をしても、どんなに慎重になったとしても、無茶をしなければ……無理を通さなければいけない時が来るだろう。それでも絶対に、命を捨てるような真似はすまいと、心に刻み付けた。
…
……
…
「ところでハヅキ」
ようやく正座から解放され、ソファに座りなおして痺れた足を慣らしていた俺に、向かいに座ったアルトリアが再度声を掛けて来た。
何? と続きを促すと、「フェイトのことなのですが……」と、真剣な、そして少しだけ険しい表情で言うアルトリア。
……フェイトがどうかしたのだろうか?
アルトリアの雰囲気に内心若干緊張しつつ、「フェイトがどうかした?」と訊いてみる。
「……私の時代であればともかく、貴方の相手には少々幼すぎるのではないでしょうか」
「……は?」
何の話だ。
つまりどう言うことだと疑問を呈する俺に、アルトリアは不思議そうな表情を浮かべる。
「どうもこうも……ハヅキとフェイトは恋仲で、その……恋人同士ではないのですか?」
「……は?」
再び疑問の声を上げた俺に、アルトリアは「違うのですか?」と小首をかしげる。
「いや、そんな話になったことは無いけど」
「……え?」
俺の答えに、今度はアルトリアが疑問の声を上げた。
見詰め合う俺達。
しばし視線を交わした後、俺が恍けてるわけでも誤魔化してるわけでもないと判断したのか、ふぅと小さく息を吐くアルトリア。
「ハヅキ……一つ言っておきますが、昨日の二人の様子を見れば、余程の朴念仁でもない限りは私と同じように考えると思いますが」
「そんなこと言われても」
実際フェイトに「付き合ってくれ」とか「彼女になってくれ」とか言ったことは無いのだから仕方が無い。
……って言うか、確かにフェイトは実年齢より大人びてるし可愛いけどまだ9歳だ。一体俺を何だと思っているのか。
何て考えつつも、改めて最近の自分の、フェイトに対する言動を思い返して……やめよう。
俺は少しの間目を閉じて、“実際にそうなった場合”を想像して──
「……まぁ、俺にしろフェイトにしろ、それが異性に対するものとしてかどうかはともかく、確かに俺はフェイトのことは好きだし、彼女が俺に好意を持ってくれてることも解ってる……けど、そういった関係にはならないよ」
言い切った俺に対して、アルトリアは「理由を訊いても?」と返して来た。
「……怖いからね」
「それは……“いつか来る別れ”が、ですか?」
アルトリアが口にした、“いつか来る別れ”。それは俺にとって、確実に来る事が確定しているものだ。
俺の目的が“帰ること”である以上、避けようの無いことで、最初から覚悟していること。だからアルトリアに首を横に振って答え──
「……いや、あながちそれも関係していると言えるか」
もしもこの先、想いを確かめ合って、深めていって、俺にとってフェイト・テスタロッサと言う存在が、何者にも代えられないものになって……そのまま行けば、確実に別れなければ行けないことが解っていたら、俺は。
「きっと俺は……この迷宮を攻略したくなくなってしまうから」
「俺は弱いからね」と苦笑交じりに言った俺に対して、アルトリアは言葉に窮したかのように、どこか困ったような曖昧な笑みを浮かべて「そうですか」と言った。
しばしの沈黙。
少しだけ気まずいような、ぎこちない空気が流れ──気を取り直して今日の予定でも、と口を開きかけたところで、アルトリアが「ハヅキ」と俺の名を呼ぶ。
「先程は、慢心はいけないと言いましたが……己を過小評価しすぎるのも良くありません」
「……アルトリア?」
一体何を急に? と疑問を浮かべる俺に、先程とは違って、慈しむような、優しげな笑みを浮かべた。
「貴方は決して弱くない。私はそう信じています」
だから、まだ見ぬ未来を恐れて立ち止まるなと言われたようで──「ありがとう」と返して、彼女の信頼に応えられるように強くならなければと、心に誓う。
「……って、今の会話の流れじゃ、俺にフェイトと恋人同士になれって言ってることになるな」
さっきは俺には幼すぎるって言ってたのに……なんて言ったら、「茶化さないでください」と怒られた。ごめんなさい。
この後は、気を取り直して今日の予定をアルトリアと立てた。
ちなみに今日も──アルトリアは初めてだが──『森林エリア』の方へと向かうつもりだ。『廃都ルディエント』の方も気になると言えば気になるが、『プレイヤー』間の交流と言う点を鑑みれば、あちらは恐らく他の『プレイヤー』が攻略するであろうからだ。
向かう先と、探索に使う時間等を確認した後は、2時間ほどを剣の鍛錬に使う。彼女から吸収できるものはしっかりと吸収して、力にして行こう。
◇◆◇
時間は少しだけ遡る。
『アースラ』に置いて割り当てられている部屋でアルフと過ごしていたフェイトは、不意に流入してきた“向こう”での記憶に、思わず「え? ええっ!?」と声を上げてしまった。
「ど、どうしたんだい、フェイト?」
「あ、ごめん。なんでもないよ。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
驚かせちゃってごめんねと心配するアルフを宥め、今一度流入してきた記憶を思い出し──けど、思わず声をあげちゃっても仕方ないよねと自分を納得させる。
新しいエリアに行った。
いきなりネームドモンスターと戦った。
葉月が死に掛けた。
決意を新たにした。
膝枕した。
なのはと再会した。
……たった一日どころか数時間の間なのに波乱万丈である。
記憶が流入した直後は、どこか他者のものを眺めているような感じがするのだが、こうして反芻することによって、確かに自身が経験したと言う認識をもつことが出来るのだが──思い出せば思い出すにつれ、嬉しさがこみ上げてくる。
つい「ふふっ」と笑みを零したフェイトに、アルフが「フェイト?」と顔を覗きこんできた。
フェイトは一度チラリと時計を確認し、アルフに「夕食の時に話すね」と、嬉しそうに言う。
なのはに逢ったと報告したら、みんな驚くだろうかと、想いを馳せながら。
ちなみに、膝枕の事を言うつもりは無い。だって恥ずかしいし……などとこの時は思っていたのだけど、結局は、つい膝に掛かった葉月の重みだとかあの時の心情だとか色々なものを思い出して、赤くなった顔をエイミィに指摘され、洗いざらい話すことになるのだが。