フェイトとなのはの再会シーンはやはりいいもので、出来ればずっと見ていたいところではあるけれど、召喚時間も心許ない。
……と言うのも、『
実際に【ユニークスキル】へ意識を向けて残りの時間を確認してみれば、残りは1時間10分ほどになっている。
そのため少々心苦しいけれど、「邪魔をして悪いんだけど……そろそろ良いかな?」と声を掛けると、二人は弾かれたように離れて、ほぼ同時に俺の方を向いた。
「ごめんね、葉月。やっぱり嬉しくて……」
照れた様子でそう言うフェイトに「気にしなくていいよ。良かったな」と返すと、うんと頷くフェイト。
そしてフェイトは俺の隣に移動すると、なのはに向き直る。
「ええっと……?」
困惑する声を上げるなのはに対し、まずは自己紹介と言うことで、一歩前に出る。
「初めまして『高町なのは』さん。俺は『長月葉月』。いきなりこんなところに呼び出して申し訳ないんだけど……話を聞いてもらえないかな?」
「なのは、久しぶりに逢えたのに、いきなりこんなこと言うのも……って思うけど、私からもお願い。力を貸して欲しいんだ」
俺に続いて発せられたフェイトの言葉で気を取り直したか、なのはが「とりあえず、話を聞かせて」と頷きつつ答えた。
なのはに「ありがとう」と返し、落ち着いて話をするためにソファに座るよう促す。
なのはの前に俺、そして俺の横にフェイトが座ると、先に話していた通り、フェイトが事情を説明するために口を開く。
「始まりは、約一ヶ月前──」
そう前置きして話された事は、まるで嘘のような本当の話。改めて他人の口から語られるそれを聞いて、本当にそう思う。
終わりの見えない、望まぬ冒険譚。
そして俺に召喚されたフェイトが、『家族の元に帰りたい』と言う俺の願いを聞いて、俺が帰るための手助けをしてくれるようになった。
洞窟のような第一層。
時には俺が、初めての戦いや不安、先の見えないこの世界に心折れそうになったりもしたけれど、支えて、支え合って……互いに信頼を深めながら、共に進んできた。
アースラの方では、アルフやクロノ、リンディ提督やエイミィにも事情を話して、協力を仰いだりもした。
『ネームドモンスター』と呼ばれる、周囲の敵よりも遥かに強い固体とも何度も戦って、乗り越えてきた。
そして、第一層の10階を攻略した時に、【ユニークスキル】がレベルアップして、もう一人召喚出来るようになって、それと同時にフェイトを召喚中に限り、なのはを召喚できるようになったこと。
「それが一昨日かな」
今までを振り返りながら、かみ締めるように話し終えたフェイトに対し、なのはは「一つだけいい?」と問いかける。
「どうして一昨日……わたしを召喚できるようになった時に、すぐ喚んでくれなかったの?」
なのはに問われ、フェイトは申し訳無さそうに眉根を下げながら「ごめん」と謝る。
それに対してなのはは「別に責めてるわけじゃないよ」と、少し慌てたように返した。
「私を召喚していられる時間って決まってて、あの時はもう時間がそんなに残ってなかったこともあるけど……私がね、葉月にお願いしたんだ。なのはを召喚するのは、一週間だけ待って欲しいって」
「……一週間……そっか」
フェイトの「一週間」と言う言葉で、フェイトがなぜそう言ったのか理解したのだろう、納得がいったように──少し嬉しそうに微笑むなのは。
そんなのはに、フェイトは「けど」と表情を固くしながら言葉を続ける。
「今日……ううん、ついさっきって言ってもいい、かな。新しく行けるようになった第二層で、『ネームドモンスター』との戦いで葉月が死に掛けたんだ」
「……え?」
「死に掛けた」と言うその言葉に、なのはが俺を見る。
俺は頷いて、「フェイトのお蔭でこうして生きてるよ」と返すと、なのはは神妙な顔つきで、何かを考えながらフェイトに向き直り、続きを促した。
「……傷だらけで意識をうしなった葉月を見て、凄く怖かった。私ね、思ったんだ。なのはが居たらこんなことにならなかったかも……ううん、きっとならなかったって。多分、私も葉月も油断してたんだと思う。今まで順調に来ていたから、これからも大丈夫だって。……忘れちゃいけないことを、忘れちゃってたんだ。私達にとって大事なのは、出来る事を全てやって、全力でここに挑まないといけないんだってことを」
そこでフェイトは言葉を区切り、一度息を吐くと、「だから」と続きを話し出す。
なのははただ黙って、真剣に、フェイトの言葉を聞き続けていた。
「だから、なのはにも力を貸して欲しい。私は葉月を絶対に元の世界に戻してみせるって誓った。なのはにも、それを手伝って欲しいって思う。……なのはが居たら、凄く心強いから」
そう言って微笑むフェイトに、なのはも柔らかな笑みを浮かべて──
「けど……なのはが手伝ってくれるとしたら、伝えないといけないことがあるんだ」
「伝えないといけないこと?」
再び真剣な表情に戻したフェイトの言葉に、鸚鵡返しに問いかけるなのは。
「うん。それはきっと、“こっち”で動くんなら、知っておいた方がいいことで……なのはがどう感じるかは解らないけど、もしかしたら凄く不愉快に思うかもしれなくて……だから、ね、なのは……良く考えて。なのはがどんな結論を出しても、私達はそれを尊重するから」
言いたい事は全て言ったと、言葉を止めたフェイトに対して、なのはは──小さくかぶりを振った。
そして、強い意志を湛えた瞳で、フェイトを、そして俺を見つめて言う。
「大丈夫だよ」
きっぱりと言い切ったなのはに、俺もフェイトも虚を突かれて、ほとんど同時に「え?」と声を上げていた。
そんな俺達の様子に、なのははふふっと笑って「えっと……葉月さん、でいいですか?」と訊いてきたので、頷いて返すと、
「フェイトちゃんは葉月さんに“それ”を聞いて、それでも手伝ってるんだよね?」
「え、う、うん」
「だったら、わたしも大丈夫。確かにわたしは今葉月さんに逢ったばかりだけど、フェイトちゃんが信じられる人だって思ってるなら、わたしも信じられるよ」
きっとそれは、嘘偽りも、余計な飾りもない、彼女の心からの言葉なんだろう。だからこそ、彼女の今の言葉は、その一言一言がストレートに心に入り込んでくる。
本当に、有り難くて、嬉しい。
力を貸してくれること……何よりもまず、俺のことを信じてくれることが。もちろんフェイトが居てくれたからって言うのが大きいのは言うまでもないことだけど。
ともあれ、こうまで言ってくれる相手に対して、ちゃんと言うべきことは言わないとな。
「……ありがとう。信じてくれたことも、力を貸してくれることも……本当に、嬉しく思う」
俺は姿勢を正して頭を下げる。
礼を言うことぐらいしかすることが出来ないのは、やはりもどかしくも思うけれど……いつか俺が力に成れる時があったなら、出し惜しみすることなく力になろうと心に決めた。
それから一呼吸置いて、先程フェイトが言った「知っておいた方がいいこと」に関して説明した。
すなわち、俺の出身世界となのはの世界との関係。そして、他の『プレイヤー』に関して、だ。あまり直接的な表現はしないようにしたつもりだけど。
「……つまり、わたし達の世界での出来事が、葉月さんの世界で“お話”になってる……ってこと、ですか?」
確認するように纏めたなのはの言葉に、「おおむねそんな感じかな」と首肯する。
「だから、これから出会う『プレイヤー』の中には、君の事を“知っている”人も居ると思う。もしかしたら、そのことで凄く不愉快な想いをさせてしまうかもしれない。もちろん全員が知っているって訳じゃないし、知っている人と知らない人の比率がどうなのかって言うのも解らないけどね」
「……はい」
「もちろん俺は、なのはが……なのは達がその“お話”に出てくるそのままだなんて思っちゃいない。けど、君達のことを知っている『プレイヤー』の中には、君達にとって不愉快な言動を取る人が居ないとも限らないから」
だから、こうして先に説明させてもらった、そう締めた俺に、なのはは「解りました」と頷く。
「その……今言われたことを全部受け止めるのは、すぐには難しいし、そういう人に出会った時に、自分がどう感じるかは解らないけど……」
きっと、色々な想いや葛藤があるのだろう、複雑な表情でそう言うなのはに対し、フェイトが「なのは」と声を掛けた。
「もちろんそんな、すぐに今葉月が言ったことを受け入れて、何て言わないよ? 正直言うと、私もまだ全部を……告げられた事の何もかもを受け入れてるってわけじゃないんだ」
そう言ってから、チラリと俺の顔を見て「葉月のことを信じてないわけじゃないからね?」とフォローしてくるフェイト。
そんな彼女に「解ってるよ」と返すと、ほっとした表情を浮かべる。
フェイトが俺のことを信頼してくれていることに疑いなんて持たない。けど、それとこれとは話が別なのだろう。俺と彼女の立場が逆だったら、と想像すれば、それぐらい容易に思い至る。
自分にとって衝撃的な事実をフェイトに告げられたとしたら、俺はきっと、フェイトの言うことだから本当だろうと信じても、心情的にそれをすぐに受け入れられるかと言えば、首を横に振るだろうから。
「それでも私は葉月のことを信じてるし、葉月を元の世界に帰したいって想いは変わってない。葉月の力になりたいって、そう思ってる。けど……それはきっと、私が葉月と接してきたからこそ、そう思うことなのかもしれなくて……」
上手く思いを纏められないのか、そこで口ごもってしまったフェイトに対して、なのははクスリと笑い「大丈夫だよ」と、先程と同じようにキッパリと言い放った。
「さっきも言ったけど、フェイトちゃんが信じてるなら、わたしも信じられる。こうやって少しだけど話しただけでも、悪い人じゃないって言うのも解るから。……わたしもフェイトちゃんと同じだよ。葉月さんが言ったことを信じないわけじゃない。けど、受け入れるには時間がかかるかなって、そう思っただけ」
そう言ってニコリと笑ったなのはは、少しだけ間を開けて「それに……」と続け、俺とフェイトの顔を交互に見て、強い想いの篭められた言葉を言い放った。
「わたしに助けを求める人がいて、わたしに助けられる力があるんなら、わたしは力になりたい。目の前で苦しんで、頑張ってて、助けを求める人がいるのに、見て見ぬ振りなんてしたくないよ」
その言葉は、『高町なのは』と言う人物が描いてきた、これから描いていくであろう軌跡を如実に現しているように思えて──これが『高町なのは』か、と思わせる──尊くも気高いその想いが、心に響いた。