深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase56:「再会」

 どうやら再び眠ってしまっていたようで、気が付くと先程から更に1時間が経過していた。

 ごめん、と謝る俺に、フェイトはクスリと笑いつつ「気にしないで」と返してくる。

 

「それだけ消耗していたって事なんだし、謝る必要なんて無いよ」

 

 そう言ってくれるフェイトに感謝しつつ起き上がり、「脚、大丈夫?」と問いかけると、「全然平気だよ」との返事が。

 

「けど、ほんとありがとう、フェイト。色々と楽になった」

 

 心も身体もね、と続けた俺に対して、フェイトは「それなら良かった」と微笑んで、すぐにその表情を引き締める。

 

「あのね、葉月。葉月が眠っている間にずっと考えてたんだけど……」

 

 次いで発せられたフェイトのそんな言葉に、俺もまた姿勢を正してフェイトに向かい合い、聞く体勢を整える。

 

「それで、考えてたことって?」

「うん……『連鎖召喚(チェイン・サモン)』のこと。ねえ葉月。なのはを()んで、手伝ってもらおうか?」

 

 先を促した俺に対して告げられたのは、そんな思いも掛けない言葉だった。

 フェイトは「さっきの戦いを振り返ってみたら、なのはが居たらきっとズィーレビアを倒すことが出来たよ」と続ける。

 そう言えば【称号】を確認して無かったけれど、フェイトがそう言うってことはズィーレビアはまだ生きていて、恐らくは逃げられたんだろう。……いや、フェイトも俺のことがあったから、追撃を掛けることなんて出来なかったんだろうけど。

 とは言え、それは。

 俺がなのはを召喚していないのは、フェイトとなのはの約束を果たさせたいからだ。

 確かに今なのはを喚んだとしても、それで二人が向こうで逢えなくなると言う訳ではない。むしろ二人が再会するのが早くなるだけなんだけど……けど、それは何か違うんだと思ってしまう自分が居て。

 ……何て言えばいいんだろうか。そう、二人がした“再会の約束”は、ただ逢えばいいって言うんじゃなく……約束をして、その“約束の日”に至るまでの日々もまた、実際に逢う日と同じぐらい大切なものなんじゃないかって、そう思って──

 言葉を詰まらせた俺に対して、フェイトは申し訳無さそうな表情を浮かべた。

 

「私から頼んだのに、ごめんね? ただ、思い出したんだ」

 

 そう言ったフェイトは、手を胸に当てて瞳を閉じる。

 

「まだ全然日が経ってないのに……葉月と一緒に過ごす日々が楽しくて、嬉しくて、いつの間にか頭の隅に追いやられちゃってた。あの時誓ったはずなのに。……葉月を助けるために、打てる手は全部打つんだって。全力で、葉月のことを元の世界に帰すんだって」

 

 『打てる手は全部打つ』。フェイトのその言葉を聞いて、記憶に浮かぶのは、進んできた第一層のこと。

 第一層では、焦って先走ってしまう事もあったけど……少なくとも、フェイトに諭されたあの時からは、慎重に慎重を重ねて、その時出来る最大限で挑んできたつもりだ。

 じゃあ、今は?

 そう自問した時に浮かぶ答えは……“否”だった。

 今にして思えば、ここに来た時もそうだけれど、“新しい場所”と言うことで浮ついた所も有ったと思う。特に、慎重さが足りなかった。だからこそ、今回こんな怪我をしてしまったんだし。

 何よりも、万全を期し、出来る事を全て行って挑むのであれば、今フェイトが言ったようになのはを召喚して手伝ってもらうのが一番なのだろうから。

 けどそれと同時に、やはりどうしても躊躇ってしまう自分も居るのも確かで……

 

「だから、ね、葉月。葉月は自分のことを最優先に考えて」

 

 そう言って微笑むフェイト。そんな彼女に、俺の口からは「違うよ」と否定の言葉が出ていた。

 

「……確かに、今回『連鎖召喚』を行うのを伸ばしていた切っ掛けは、フェイトの頼みだった。けどさ、それはあくまで切っ掛けであって、フェイトに無理矢理止められてたわけじゃない。俺自身の意志で、そうすることを選んだんだ。俺の我侭でもあったんだよ」

「……我侭?」

「ああ。フェイトとなのはには、ちゃんとした再会をして欲しいって、俺自身がそう思って、そういう行動を取ったんだ。それで少しでも喜ぶフェイトの顔が見たいって、そう思ったんだよ」

 

 それに何よりも……俺はフェイトに与えてもらってばかりだから、こんな小さなことだけれど、少しでもフェイトに何かを返せたらって、そう思った。

 だから、『連鎖召喚』でなのはを喚んで居なかった一番の理由は、俺の我侭に過ぎないんだ。

 

「だから俺は、自分のことを考えて行動して、その結果が今日なんだよ」

 

 そう続けた俺に、フェイトはむぅ、と表情を厳しくする。

 ……納得してないんだろうなぁ……って言うか、顔に「納得できない」って書いてあるな。

 

「……じゃあ、言い方を変えるよ。葉月はもっと、“自分が帰ること”を優先して考えて」

 

 ほらやっぱり。

 とは言え、フェイトは俺を気遣って言ってくれてるんだし、俺もその想いは凄く嬉しく思う。

 ……意地を張っても仕方が無い、か。

 「解ったよ」と答えると、フェイトは直ぐに顔を綻ばせて「うん」と頷いた。

 ……まったく、俺としてはフェイトにこそ、もっと自分のことを考えて欲しいんだけど。こうしていつも助けてもらってる俺が言うことじゃないんだろうけどさ。

 そんな風に思った時だ。まるで俺の考えを見透かしているかのように、フェイトが「大丈夫だよ」と言った。

 

「やっぱり私としても、1日でも早くなのはに逢えるのは、嬉しいから」

「……そっか。それなら良かった」

 

 俺のことを気遣っている……と言うだけじゃない。本当にそう思っているのだと言うのが窺い知れるような、嬉しそうな笑みをうかべるフェイトに、俺も自然と笑っていた。

 まあいい。フェイトにはまた改めて、必ず恩を返そう。今日の分も含めて、絶対だ。

 

 

……

 

 

 フェイトに対する決意も新たにしたところで、フェイトの残召喚時間が2時間半程度になっていたし、正直時間も惜しいと言うことで──いや、大半の原因は俺が気を失ってたからなんだけど──『帰還の巻物(リターンスクロール)』を使って『マイルーム』に戻ってきた。

 ちなみに経過したはずの時間と残りの召喚時間との計算が合わないので、もしかしてと思いつつ『ステータス』を確認してみると、案の定と言うか、フェイトの召喚可能時間が30分ほど延びていた。

 一緒に『不屈の心』とか言う【スキル】も取得していたので、合わせてフェイトに報告すると、

 

不屈の心(レイジング・ハート)……」

 

 と呟いた後、クスリと小さく笑みを零す。

 

「どうした?」

「ううん……前にアルフに葉月のことを話した時に、『なのはみたい』って言ってたなって思い出して」

 

 それはまた過大評価と言うか何と言うか。

 ちなみにアルフに俺のことを何て話したのか訊いたけど、「私が葉月を見て、葉月の言葉を聞いて、葉月と接した、有りのままを話しただけだよ」としか教えてくれなかった。

 

 それはともかく。

 『マイルーム』に戻り、バリアジャケットを解除してから、早速なのはを召喚するための『連鎖召喚』に取り掛かる。

 ……とは言え、やり方自体は例の如く、知識として頭に入っているし、難しいものでもない。必要なのは心構えのみと言ったところか。

 フェイトも居るし、なのはの性格から見てもきっと協力してくれるだろう。……とは言えやはり、初めて逢う相手──それも向こうにとってはいきなり見知らぬ相手に呼び出されるのだ──と言うのは緊張する。

 一度深呼吸して、思考をクリアにして気持ちを落ち着かせる。

 隣に立ったフェイトに右手を差し出し──「何?」と小首を傾げて訊かれたところで、全然さっぱり説明していなかった事に思い至った。

 

「ごめん、言い忘れてた。『連鎖召喚』をする時は、召喚したい人に対応した相手に触れてないとダメみたいなんだ」

 

 そして一言、唱えればいい。

 そう説明すると、フェイトはすぐに「うん、解った」と頷き、差し出していた俺の右手に、左手を重ねてきた。

 触れられた手は温かく、軽く眼を瞑れば、重なった手を通じてフェイトの存在を強く感じられる。

 重ねられた手が握られて、眼を開けて隣を見れば、ニコリと微笑んで、コクリと頷くフェイト。

 ……よし、やるか。

 空いた左手を前方へと翳し──たところで、フェイトが「そうだ、葉月」と声を掛けて来た。

 

「なに?」

「なのはを呼び出したら、私に話をさせてもらえないかな?」

 

 そう言って「お願い」と続けるフェイト。もちろん、俺に否は無い。こんな形での再会になってしまったとは言え、話したいこともいっぱいあるだろうし。

 「もちろん良いよ」と返した俺に、「ありがとう」と礼を言ってくるフェイト。

 そんな彼女へ「気にしないで」と返して──それじゃあ改めて、俺は鍵となる言の葉を口にする。

 

「『連鎖召喚(チェイン):高町なのは』!」

 

 次の瞬間、掲げた左手の先──俺達の前方の空間に出現する、人一人が入るぐらいの大きさの球状魔法陣。

 「私を喚ぶ時も、いつもこんな感じなの?」と訊いてくるフェイトに「そうだよ」と返したところで、球状魔法陣がガラスのように砕けた。

 その中から現れたのは、茶色の髪を黒く細いリボンでツインテールにして、白いセーターに赤色のチェックのミニスカートの、フェイトと同じぐらいの背丈の少女。

 

「……ふぇ?」

 

 スキルに間違いは無いだろう、とは思いつつも、目の前で途惑った声を上げる彼女が、間違いなく『高町なのは』であることを確認しようとフェイトに視線を向けると、涙に潤む瞳で少女を見つめるフェイトが居た。

 フェイトの様子を見れば、疑う余地も無いことが思い知らされる。

 だから、そっとフェイトの手を離して、その背中を軽くぽん、と押してやった。

 

「……なのは……」

「…………え……?」

 

 呟かれた声に、なのはの視線がフェイトに移り、先程よりもより深い戸惑いの篭められた声を漏らす。

 けれど、それは、

 

「なのは……」

「……フェイト、ちゃん? え、でも……フェイトちゃん……本当に、フェイトちゃん……なんだよね?」

「うんっ! うん、うん……そうだよ、なのは。逢いたかった」

 

 フェイトのその言葉を合図にしたように、なのはの顔に浮かんでいた戸惑いは歓喜へ変わる。

 

「なのはぁ!」

「フェイトちゃん!」

 

 そして、ほとんど同時に、弾かれたように飛び出して抱き合う二人の姿は、ただ喜びに満ち溢れていた。


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