俺達から10メートル程離れた路地から姿を現した二人。
こちらに向かって歩いて来る二人に対して、応対のためか稲葉さんが一歩前に出る。
俺の時もそうだったが、やはり稲葉さんが纏め役か。
「ハヅキ、油断はしないように」
その時不意にアルトリアが忠告をくれた。『プレイヤー』の全てが“良い人”であるはずがない。それは前から心に留めておいたことだ。とは言え、こうしてしっかりと注意を促してくれるのは凄く有り難い。
アルトリアに「ありがとう、大丈夫」と答えたところで、件の二人が近くまで寄ってきた。
「とりあえず、これはどう言う状況なんだい? ここは『プレイヤー』間の交流が図れるって書いてあったはずなんだが……」
近付いてきた二人へ稲葉さんが声をかけると、こちらの言葉を吟味するように考えた男性が「ああ」と声を上げ、
「……って、え? えぇ? せ、セイバーリリぃぃぃいい!?」
何かを言うよりも早く、眼鏡の女性の声が響き渡った。
眼鏡の女性はアルトリアを指差し、「えええ? な、何でセイバーが? うそ、ホントに!?」と、なんとも騒がしく驚きを露にし、そんな彼女に対してこちらが何かを言うよりも早く、隣に居た男性が「ウルセエよ」とおもむろに女性の脳天にチョップした。
ズビシッと音がしそうなほどに結構な勢いで入ったけど……痛そうだ。
「いーたーいっ! 何すんのよ、バカッ!」
「バカはテメエだ。いくら何でも初対面の相手に失礼すぎんだろうが。流石にオレでもドン引くぞおい……って言うか、セイバーってなんだよ?」
「……え、知らないの? ……そっか、んまあ仕方ないか。えっとね『Fate』って作品のシリーズに登場するキャラで、強くて、カッコよくて、可愛い“腹ペコ王”」
眼鏡の女性の口から最後のフレーズが飛び出した瞬間、後ろのアルトリアから感じる雰囲気が、若干剣呑なものになった。
気持ちは解るがここで口を出してもきっと碌なことにならないような気がする。
(あー……アルトリア、気持ちは解るけど抑えてくれると助かる)
(……解っています。大丈夫です)
アルトリアに念話で抑えるように言うと、彼女からは不愉快さを滲ませつつも了承の返事が……って言うか念話に関して特に何も言ってないんだけど、しっかりと対応してくれる辺りが流石である。
そうしているうちに、男性の方の口から『プレイヤー』であれば誰しもが納得する結論が出される。
すなわち、
「んで、そこの娘がそのキャラにそっくりと。……そりゃあれだろ、【ユニークスキル】」
「ですよねー……ってなるとやっぱり『変身系』かな? 凄いねー。リアルなのにどう見てもセイバー・リリィにしか見えない上に違和感も何も無いんだもん」
何やらアルトリアが『プレイヤー』だと勝手に納得されてしまった。流石に本物を召喚している、とは想像できないのか。
説明するとまた面倒くさい事になりそうなので、とりあえずそのままにしておこう。あとはこのまま大人しくして、やり過ごしてしまおうか、と思ったところで、稲葉さんがゴホンッと一つ咳払い。
話が脱線していたことに気がついたか、男性の方が稲葉さんに謝ると、改めてこの『廃都ルディエント』の現状を教えてくれた。
彼が言うには、昨日までは敵も出ず、特定のエリアを除いて自由に行き来できる場所だったらしい。
けれど、今日──正確に言えば、「深夜0時を超えて日が変わった瞬間」にエリア間の境界辺りに、目視できるほどの強固な結界が出現し、それと同時にリビングアーマー達が現れだしたのだとか。
「幸いって言えばいいか、『マイルーム』に帰るための『
「とりえあず余裕の有る人達で、結界の解除方法とかを探そうって話になって、今こうして回ってるの」
「そんな訳で、あなた達も何か見つけたら教えてね」と続けた女性に対して、稲葉さんは「ええ、もちろん」と頷いて了承の意を示す。
話はそれで終わり──と去ろうとした二人に対して、今度は稲葉さんが「あ、1ついいかな?」と声を掛けた。
「……今はぐれたパーティメンバーを捜してるんだが、君達は見てないかな?」
「『双剣士』と『召喚師』の二人なんだけど」と続けた稲葉さんのその言葉に対し、男性はこちらをざっと見回してから怪訝な表情を浮かべた。
「パーティメンバーって……けどアンタ等もう一杯じゃねえの?」
「ああ……そこの二人は捜すのを手伝ってくれているだけで、俺達とパーティじゃないんだよ」
俺とアルトリアを指してそう言った稲葉さんに対して、男性は「なるほど」と頷く。そして「そう言えばそこ──」と先程彼等が出てきた路地を指して、
「そこ入ってしばらく行ったところにある広場で、そんなような二人組みに会ったわ。そいつ等もパーティメンバー捜してるって言ってたな」
「そうか! いや、助かったよ、ありがとう。早速行ってみるよ」
どうやらこちらが五人だったために、その二人が捜してるパーティメンバーかも、と言う考えは浮かばなかったそうだ。
二人に礼を言って別れ、彼等が出てきた路地に向かう。
そしてそこに入り──その時点で不意に、それまで黙っていた瑞希がぽつりと「あの二人の名前、訊いてない」と一言。
「あ」
「……そう言えばそうだね」
稲葉さんと稲葉妹が声を漏らしたところで、路地に入る時点で先頭に立ち、俺の直ぐ前を歩いていたアルトリアが「ハヅキは、解っていて訊いていないようでしたが」と言ってきた。
「最初に言うべき時にアレだったからね」と、アルトリアを見た際の眼鏡の女性の反応を思い出しつつ言うと、皆も同じことを思い浮かべたか、「ああ……」と苦笑いを浮かべた。
「実際のところ、セイバーのことも『プレイヤー』だと勝手に勘違いしていたようだし、わざわざ訂正することもないかな、と」
相手の名前を訊くということは、すなわちこちらも名乗る必要がある。そうなると、アルトリアのことを何と紹介したものか、と言う事になるわけで。いや、『セイバー』で通るならそれで良いんだけどさ。
別に無理にアルトリアのことを隠す必要は無いんだけど、わざわざ大っぴらに広める必要もない、と言うことだ。
そんなことを話しながら進むことしばし、道の先から聞こえてくる音があった。
ここに来た直後に聞こえたのと同じ音、すなわち──
「……剣戟音ですね」
ぽつりと言われたアルトリアの言葉。それに続いて聞こえて来たのは、耳を震わせる雷撃音。
聞き覚えがある……と言うか、昨日聞いたばかりのその音が耳に入った瞬間、頷き合って駆け出す稲葉さん達。
彼等に追従して駆けながら、アルトリアが「ハヅキ、今のは?」と訊いてきた。
「多分、稲葉さん達の仲間の一人の【ユニークスキル】だと思う」
「雷で出来た獣を召喚して、雷撃を降らせるんだよ」と説明し、アルトリアが「なるほど」と頷いたところで路地を抜け、視界が開けた先にあった光景は、5体ほどのリビングアーマーに囲まれた玉置と佐々木少年の姿。
彼等の周囲には魔力の粒子が揺らめいているところから、やはり先程の雷撃音は佐々木少年の召喚魔法で、それによっていくらかのリビングアーマーを倒したのだろう。
「仁! 今行く!」
「コウかっ! 助かったぜ、加勢してくれ!」
路地から飛び出した稲葉さんが声を上げ、それによって俺達に気付いた玉置が返事を返したところで、そのすぐ後ろで膝に手をつき、荒い息を吐いていた佐々木少年が顔を上げ──アルトリアの姿を見て「え?」と固まった。
その隙を突いて、佐々木少年に斬りかかるリビングアーマーの1体。
「っておい、ボサッとすんな!」
それを玉置が受け止めて防ぎ、それと同時に俺達も動いていた。
「稲葉さん達は二人の所へ! セイバー!」
「了解しました」
皆へ行動を促しつつ、玉置が鍔迫り合うリビングアーマーにフォトンランサーを1発当ててバランスを崩しつつ、剣を抜いて他の敵へ向かう。
手近に居た1体をバインドで足止めしつつ、その近くに居たもう1体と剣を交わして引きつける。
その間にアルトリアが残りの2体に向かって抑え込んだところで、崩れた包囲を突破して稲葉さんと稲葉妹が玉置達のもとへ向かうのを視界に捉えた。
そこに斬りかかって来るリビングアーマー。
袈裟懸けに振り下ろされる剣にクリムゾン・エッジを合わせて受けるも、敵の膂力の強さに若干押されてしまったところで、そこに追撃を掛けてくるリビングアーマー。
横薙ぎに振るわれた剣を『ラウンドシールド』で受けると、肩からぶつかるように体当たりを仕掛けてきた。
咄嗟に後ろに下がるも、今ので集中が解かれたか、もう1体を縛っていたバインドが解除されてしまったようで──2体同時か……なんて思ったところで、バインドで縛っていた方のリビングアーマーと俺との間に、瑞希が飛び込んで来た。
「手伝う」
「助かる……けど無理はするなよ? 最低でもセイバーが敵を倒すまで足止め出来ればいいから」
「ん」
軽く言葉を交わし、ほぼ同時に互いに対峙する敵へと挑みかかった。
俺の接近に合わせて突き出されて剣を半歩右にずれることで躱し、更に踏み込んで一気に肉薄するも、それに対して先程と同じように、体当たりを仕掛けてくるリビングアーマー。
その体当たりを、自身の眼前に『ラウンドシールド』を展開して受け止め、襲い来る質量と衝撃で下がりそうになるのを堪えたところで、リビングアーマーが俺に向けて剣を振り下ろしてきた。
その斬撃を展開している『ラウンドシールド』でそのまま受け止め、威力を削いだ直後に『ラウンドシールド』を解除して躱す。剣を振り抜いたことによって出来た隙を突き、狙うは首筋。
相手は動く鎧であり、かつ“核”がそこには無い以上、頭部を失ったところで痛手にはならない。とは言え、流石にバランスぐらいは崩せるだろう。
狙い通りにリビングアーマーの首筋──鎧の継ぎ目を薙ぎ払い、頭部を斬り飛ばしたことによって、案の定よろめいて大きな隙を曝してくれた。
幾度かコレと戦って見て解ったのは、『アナライズ』による情報の通り、魔力によって強化されているらしいこいつの鎧が、物理攻撃に対して圧倒的に耐性を持っていることだろうか。その一方で魔力による攻撃に対してはそれほどでもないようであり──左手に生み出した『スプラッシュエッジ』を、胸部、心臓の辺りに叩き込む!
リビングアーマーの鎧と魔力刃がぶつかりあって火花を散らし、鎧の護りを突破した魔力刃が、貫けないまでも胸部鎧を大きく凹ませた。……やっぱりこっちの方が効果的か。
ザリザリと地面を削って後退したリビングアーマーの、その鎧の陥没した部分へ向け、フォトンランサーで追撃を掛ける。
1発目は剣で防がれるも、それによってその剣を弾き飛ばし、次いで射出した2発目のフォトンランサーが、リビングアーマーの胸部へ突き刺さった。
どうやら今ので“核”も破壊できたらしい。リビングアーマーが魔力の粒子に変わったのを確認し、瑞希の方へ加勢しようと振り向いたところで──
「そちらも終わったようですね」
その瑞希を伴ったアルトリアに声を掛けられた。どうやら俺が戦っている間に、彼女は2体を下した上に瑞希が戦っていた奴も倒してしまったらしい。いやはや。
後は稲葉さん達の1体だけか、と思ったが、様子を見るにどうやら向こうももう終わりそうだ。実際、「行こう」と促して彼等のもとへ向かい、合流する頃には戦闘も終わりを迎えた。
今回の戦闘でもそうだし、今までやってきた中でもそうなのだけれど、フェイトやアルトリアが居てくれる以上、必ずしも自分たちで敵を倒す必要が無いと言う事実は、精神的に余裕を生んでいると思う。
もちろん、油断するとか敵を軽く見て掛かるとかじゃない。精神的な余裕は思考に幅を持たせ、結果として戦い方に柔軟さを生み出すことが出来る、そんな感じだろうか。
フェイトにしろアルトリアにしろ、彼女達に頼らず、全てを自分一人でこなせるのならば、何の問題もないのだろう。
けど、俺はそんなに強くは無くて、助けられてばかりで。彼女達に頼ることが多々あるけれど……だからこそ、頼りきりにはしないし、してはいけないと言う想いだけは、決して無くしてはいけないと思うが。
ちなみに合流した際、案の定と言えばいいだろうか、佐々木少年には「フェイトの次はセイバーかよ! 何だよそれ!」と盛大に驚かれてしまったが。何だよと言われても困る。
ともあれこれで何とか一段落が着いたので、先程会った二人から仕入れた情報を玉置と佐々木少年に伝えたところで、アルトリアに「これからどうしますか?」と問われた。
先の情報に寄れば、今現在『廃都ルディエント』にて起こっている現象──エリアの分断と敵の出現──に関しては、一朝一夕に解決出来るようなものでは無さそうである。であるならば、俺としては今まで通りの方針で行きたい。
すなわち、安全第一。
「ってわけで、とりあえず帰路の確保かな?」
最悪
「帰り道に関しては人事じゃないしな。良かったら一緒に捜そうか?」
「二人が居た方が心強いってのもあるけど」と苦笑交じりに続けた稲葉さんに、俺としても全然問題ないので「そうですね、是非」と返した。
……結果としては割りとすぐに、ここから少し離れたところにあった、別の小さな広場にて『マイルーム』への転移陣は見つかったのだが。
今日の探索を踏まえて考えるに、しばらくはこっち──『廃都ルディエント』──は置いておいてもいいかもしれないな。今日会った二人のように、動いている『プレイヤー』も居るようだし。
何にせよ、明日『森林エリア』を探索してみてからの判断か。
そう結論付け、その後は稲葉さん達と連絡先──『マイルーム』にある端末のID番号──を交換し、帰路に着いた。