アルトリアとの模擬戦を終えたあと、フェイトとはどんな鍛錬をしていたのかと訊かれた。
その質問に今までのことを思い返しつつ、武器を使ったものは少し前までは主に俺が“攻撃を避ける”訓練を。最近は今のアルトリアとのように、模擬戦形式でやっていたと伝えると、アルトリアはなるほど、と頷いた。
「では、私は“剣術”を教えた方が良さそうですね」
そう言って「尤も、今のように実戦形式でと言う形になりますが」と続けるアルトリア。どうやら防御面に関してはとりあえず合格のようだ。
アルトリアに「よろしくお願いします」と言うと、「はい、任せてください」と快く応じてくれる彼女。
フェイトと言いアルトリアと言い、本当にありがたくて、教えてくれる彼女達のためにも、確りと身につけなければと決意を新たにしたところで、それじゃあ早速と、木剣を構えて再度アルトリアと向かい合った。
……とまあ、そんな訳でいつもフェイトとしているように、午前をアルトリアとの鍛錬に使うことにしたのだ。
その後は少し早めに切り上げて昼食を取り、時間の来たアルトリアを送還した。
……ちなみに、昼食は相変わらず『ショップ』から購入する出来合いのもの。
この世界のどこかの店で出された料理であろうそれを食べたアルトリアの反応は、「……美味しいのは確かですが、決定的に足りない物がありますね」と言うものだった。
それは何かと問えば、彼女は「ふむ」と恐らく言葉を吟味しているのか、少し考えたあと、口を開く。
「“温もり”……とでも言えばいいでしょうか。やはり料理は、作り手が食べる相手のことを想って作るものが一番美味しい、そう思います。例え技術的に勝っていたとしても──そこに“心”が無ければ、やはり劣ってしまうものでしょう」
そう言って──彼女の中にある“記憶”を……いや、“思い出”を思い出しているのだろうか、少し寂しそうに微笑んでいた。
◇◆◇
『廃都ルディエント』。
かつて大陸に栄え、大陸を統一するために周辺諸国と戦を繰り返した武力国家、ルディエント王国の首都。
強力無比な騎士団を擁したルディエント王国に対し、周辺諸国は連合を組んでこれに対抗するも、ルディエント王国の勢いを完全に止めることは出来なかったと言う。
中でも『不滅の槍』が率い“最強”と呼ばれた常勝不敗の第一騎士団と、『不動の鉄壁』が率い“最凶”と呼ばれた残虐非道なる第二騎士団は、特に諸国連合に恐れられていた。
だが、そのルディエント王国の勢いも、『剣帝』と呼ばれた当時の国王ガーベランド=ウェスト=ルディエントが、『魔法国家ベルトガーデン』に強襲をかけるために横断しようとした『静寂の砂漠』において非業の死を遂げ、同時にそれに同道していた第一騎士団が壊滅の憂き目に会ったことによって失われる。
絶対的な国王と守護神たる第一騎士団を失い、後を継いで王位に就いたベヘイル=ドルン=ルディエントによって第二騎士団が国を追われたのを皮切りに、ルディエント王国は諸国連合の反撃を受け、滅亡への一途をひた走る事となる。
「……っていう所以のある都市らしい」
ディレイを終え、再召喚したアルトリアに「ところで、これからどうするのですか?」と問われて、今日は迷宮第一層を攻略し終えた『プレイヤー』が交流を図ることが出来るとされる、『廃都ルディエント』とやらに行ってみようかと言う事になった。
そこに関する説明文を端末の『インフォメーション』にて見つけ、読み上げたところで、アルトリアがぽつりと呟いた。
「なるほど。正しく盛者必衰……
その言葉に、どれほどの想いが篭められているのだろうか。それを窺い知ることは出来ないけれど……若干の間を置いて「では、行きましょうか」と声を掛けて来たアルトリアへ首肯する。
『廃都ルディエント』、そして第二層である『森林エリア』に行くには、外に通じる扉の機能から行き先を選択してそこに通じる転移陣を使えばいい。
ってわけで、端末の前から扉の前に移動し、そこに表示された行き先のうち『廃都ルディエント』を選択しようとして──そう言えば、大事な事を言っていなかったと思い至る。
これから向かう場所は“『プレイヤー』が交流を図る事ができる”場所。と言う事は、アルトリアのことを“識っている”人も居るってことで……やはりこれは、事前に言っておかねばいかないだろう。俺のことも含めて、だけど。
動きを止めた俺をいぶかしんだか、「どうしました?」と問いかけてくるアルトリアに向き直り、「言っておかなくちゃいけない、大事な話があった」と告げる。
俺の雰囲気に何かを察したか、アルトリアもまた俺の顔をひたと見つめてきたのを受け、彼女へ説明していく。
すなわち、自分の出身は『地球』の『日本』であるけれど、アルトリアが知るそれとは違うものであること。
俺が居た世界では、アルトリア達のことが“物語”になっていると言う事。
そしてこれから行く場所で出会うであろう他の『プレイヤー』の中には、俺と同じような知識を持つ人が居るであろうということ。
「俺が今言ったことってのは、“ブリテンの王であった君”の話を描いた『アーサー王伝説』と言う意味じゃなくて……」
「冬木によって行われた『第四次聖杯戦争』や『第五次聖杯戦争』を描いたもの、ですね?」
俺の言葉を遮り、アルトリアが「解っています」と口を開いた。
一方で言われた俺の方が、今のアルトリアの言葉を理解するのに若干の間を要するものとなってしまい、俺の口からだせたのは「……え?」と言うなんとも呆けたもので。
アルトリアはそんな俺の様子に苦笑を浮かべる。
「私の中には“複数の世界の私”の記憶がある、と言うのは話しましたよね? その中には今ハヅキが言ったような、『冬木で行われた聖杯戦争のことを知っている者』と共闘したことがあると言うのもあるのです。確か……『転生者』と言いましたか。恐らく彼等の前世……とでも言えばいいのでしょうか。私たちの世界の前に居た世界と言うのが、ハヅキの世界やそれに近いものであった、と言うことなのでしょう」
そしてアルトリアの口から出てきたのは、そんな意外性に溢れる言葉だった。
……いやまあ確かに、色んな“平行世界”の彼女の記憶が有るとはいえ、まさかそんなことが……と思ったところで、俺の現状もそう大してかわらないのかと言う事に気がついて、思わず苦笑が漏れた。
「ですからハヅキ、私のことは気になさらずに」
俺にそう言ったアルトリアは、何か思いついたか、「……そうですね」と再度口を開き、
「他の者の私に対する認識が冬木におけるものであるのでしたら……他者が居る時は私のことは『セイバー』と呼ぶ方が良いかもしれませんね」
その方が通りが良いでしょう、と言うアルトリアに「解った」と返すと、アルトリアは改めて「では、行きましょうか」と促してくる。
それに頷き、扉に表示された文字の中から『廃都ルディエント』を選択し──その下に更に文字が表示された。
「何と書いてあるのですか?」
その様子を見ていたアルトリアから質問が飛んでくる。
『第二街区・南西エリア』。
俺がその文字を読み上げると、アルトリアは「ふむ」と考え、
「どうやら複数のエリアに別れているようですね」
「みたいだな。……一体どんな意味があるのやら」
一応考えては見るけれど、どちらにしろ行ってみないことには始まらない。そう結論付け、扉を開く。
扉の先に出現していた、転移陣のある小部屋。その中に入り陣の前に立ったところで、アルトリアに声を掛けられた。
「ハヅキ、これから向かう場所が『プレイヤー』の集う場所だとは言え、決して油断はしないように」
注意を促してくれたアルトリアに「ありがとう、気をつけるよ」と返事をし、自分の状態を確認する。
防具は既にバリアジャケット。武器や魔法はいつでも使えるように、心構えはしておく。……よし。
「行こう」
「はい」
言葉を掛け合い転移陣に乗った俺達を、陣が発する光が包み込む──
◇◆◇
転移した先は、どこかの朽ちた民家のような場所だった。
がらんとした部屋。打ち壊され、朽ち果てた家具らしきものの残骸。有るのはそれだけ。
アルトリアと顔を見合わせ、目に付いた外に通じるであろう、半ば壊れた木製のドアに並んで近付いたところで、聞こえてきた音があった。
鉄と鉄を打ち合わせるような、硬質な音。
横目でアルトリアを見ると、彼女は表情を険しくしており、
「……剣戟音ですね」
ぽつりと、聞こえてきた音の正体を口にする。
『プレイヤー』同士で争っているのだろうか。
そんな考えが過ぎるが、どちらにしろ外に出て様子を見なければどうしようもない、とドアに手を掛け、少しだけ開いて外の様子を窺った。
僅かな範囲から見える分には特に何も無い。よし、と覚悟を決め、思い切ってドアを開く。
ギギッと軋んだ音を立ててドアが開き、眼に飛び込んできた光景は、鉛色に光るフルプレートの鎧と切り結ぶ、見覚えのある人物だった。そう、正確に言うならば昨日会った人物って言えばいいだろうか。
「……稲葉さん?」
思わず漏らしてしまった俺の呟きが耳に届いたのか、それとも気配を感じたか。
こちらに一瞬視線を送ってきた稲葉さんが、その表情を驚いたものへ変えて──その隙をフルプレートの人物は逃さなかった。
ガンッと重い音を立て、稲葉さんが構えた盾にタックルをぶちかましたフルプレート。
その勢いに押されてバランスを崩した稲葉さんに、振りかぶられる長剣。
──まずい!
そう思って駆け出しながら、半ば反射的に声を上げていた。
「セイバー!」
「了解しました」
皆まで言う必要は無い、と言う勢いで駆け出したアルトリア。
彼女が手にするのは不可視の剣。刀身に幾重にも風を纏わせ、屈折率を変えることによってその姿を見えなくする『
……ってか、我ながらよく、今咄嗟に「セイバー」って呼んだななんて思いつつ、俺はアルトリアを援護すべく、剣を振りかぶったフルプレートへバインドを掛けて、その剣が振り下ろされるのを防ぐ。
その隙に稲葉さんが後ろへ下がって体勢を整え──彼の脇を駆け抜けたアルトリアは、その手にする不可視の刃を振り抜いた。
ガァンッと、およそ剣と鎧がぶつかったとは思えないような音を立て、吹っ飛んで近くの壁にぶち当たったフルプレート。恐らく相当な衝撃だったのだろう、その拍子にフルフェイスの兜が弾けるように脱げ──
「……なっ……空洞!?」
稲葉さんの驚愕する声が聞こえた。
……アレは『プレイヤー』じゃなくモンスターだったのか。
俺は稲葉さんに駆け寄り「大丈夫ですか?」と問いかけつつ、起き上がろうともがくフルプレートへと『アナライズ』を使う。
--
名前:リビングアーマー
カテゴリ:
属性:無
耐性:物理
弱点:雷/核
「自立行動する鎧。魔力の篭められた核によって動くゴーレムの一種である。動き自体は俊敏ではないが、魔力付与されているために通常の鎧よりも防御性能が向上しており、その頑丈さと休むことなく戦い続ける継戦能力から、拠点防衛等に用いられる事が多い」
--
やっぱりか。
俺はそれをアルトリアに伝えると、彼女は「解りました。どこかにある“核”を潰すのが早いのですね」と頷く。
問題は何処にその“核”があるかだけど……恐らくは身体から離れた頭には無いだろう。ってことは……。
恐らく、アルトリアも同じ結論に達したか、チラリと吹き飛んだ兜を一瞥してから、直ぐに本体へと視線を移すと剣を構える……って言っても彼女の剣は見えないから、構える動作をしているって感じだけれど。
その間に俺は稲葉さんへと視線を向け──物凄く驚いた表情でアルトリアを見ていた。
「稲葉さん?」
声を掛けると、ギギッとぎこちない動作で俺を見て、「あ、ああ。うん、だ、大丈夫」と余り大丈夫じゃない様子で頷く稲葉さん。
……気持ちは解るが、思いっきり動揺してるなぁ。
「えっと、な、長月君。彼女は……
「ええ。あの『セイバー』ですよ。第一層をクリアしたからか【ユニークスキル】がレベルアップしまして」
「……そうか……いや、驚いた」
なんて話をしている間に、アルトリアの剣がリビングアーマーの胴鎧──人で言えば心臓の辺りか──を刺し貫き、どうやらそこに“核”があったらしく、リビングアーマーが魔力の霧へと変わって行った。
俺の側へ戻ってきたアルトリアへ「お疲れ様。ありがとう」と労い、「いえ、礼を言うようなことではありません」と返してきたアルトリアが俺の後ろに立ったところで、改めて稲葉さんへと向き直る。
さて……それじゃあ情報交換と行きましょうかね。