俺の前には今、アルトリアが立っている。正眼に木剣を構えて。
……と言うのも、先程互いに自分が出来る事を教えあった──と言ってもほとんど俺が出来る事についてって感じだったが──後、アルトリアが「では、実際にどれほど動けるか見てみましょうか」と言ったからだ。
俺としてもその提案に否は無い……と言うか、むしろこちらからお願いしたいぐらい。
何と言っても彼女は『剣の英霊・セイバー』たり得る存在。片手剣をメインウェポンにしている俺にとっては、これほど教えを請うに最適な相手も居ないだろう。何より──フェイトに鍛えられた自分がどこまで通じるのかも知りたい。
そんなわけで、俺は今普段フェイトとの鍛錬時に使用している『マイルーム』の前……迷宮の第一層、一階の通路でアルトリアと木剣を構えて向かい合っている、と言う訳だ。
まずは剣のみ。次いで魔法もありの2連戦である。
ちなみに、洞窟エリアに出た際のアルトリアの台詞も、「部屋から出たら洞窟とは……不思議な感じがしますね」と言う、俺やフェイトと似たようなものであったので、思わず吹き出してしまった。
そんな俺に彼女は当然と言うか、「どうかしましたか?」と疑問を浮かべたのだけど、それに返した「思うことは皆一緒なんだなって思って」と言う俺の言葉に、アルトリアも「そうですか」とクスリと笑みを浮かべていた。
それはそれとして。
「それでは、まずは好きに打ち込んできてください」
俺も木剣を構えたところでアルトリアがそう言ってきた。
それを受け、じゃあ遠慮なく胸を貸してもらおうかと、踏み込むために足に力を入れようとしたその時、ふと
俺は今まで、戦闘に関してフェイトに教えを受けてきた。
つまり、これから行われる俺の腕試しは、フェイトとの鍛錬の現時点における集大成とも言えることで……ようするに、ここで俺が無様な姿を晒せば、フェイトの評価をも下げる可能性があるってことだ。
いや、別にアルトリアがそんな浅はかな決め付けをするとは思えないけれど、それでも心象が悪くなることはあるだろう。「今まで何をやっていたのか」と。
……正直それはいただけない。
俺の未熟で俺の評価が低くなるのは仕方ないことだけれど、それによってフェイトが過小評価されてしまう可能性があるのならば話は別。仕方ないなんて言ってられない。
「打ち込んできてください」と言う言葉の通り、アルトリアは俺が動くのを待ってくれている。
ならばと、俺は一度瞳を閉じ、深呼吸をして集中を高める。
気合を入れろ。
「何か思うところでもあるのでしょうが……良い気迫です」
瞳を開けたところで聞こえてきたアルトリアの言葉に、答えることなく今一度剣を構える。
そう、今彼女に返すのは言葉じゃない。行動で示すのみ。
さあ──行くぞ!
強く踏み込み、一気にアルトリアの元へと駆け出す。
肉薄する俺に対して、タイミングを合わせてアルトリアが木剣を袈裟懸けに振り下ろしてくる。
俺から見て左上から右下へと通り抜ける剣閃を、左前方へ姿勢を低く、潜り抜けるように躱し、剣を振り下ろした直後の彼女へと、左からの横薙ぎに剣を振るう。
けれどそれは、いつの間に戻したのか、左下から回すように振られた木剣に弾かれた。
返す刃で再度打ち下ろされる木剣。
それを直前のアルトリアの焼き増しのように、下から掬い上げるように剣を振り上げて受けると、そのまま上げた剣を袈裟懸けに一閃するも、それは軽く身体を捻るように躱される。
追撃を掛けようとしたところで横薙ぎに切り払われて、避けるために一度後ろに下がって距離を取った。
……ほんの僅かの攻防。だけどそれだけでも良く解る、俺と彼女の実力の差。
恐らく動きに無駄がないのだろう。一手一手が彼女の方が早く、その上俺の攻撃は完全に見切られている。ついでに言うと多分手加減されてるだろう……って、これは当たり前か。俺の実力を見ようとしているのに、瞬殺したんじゃ意味が無いだろうし。
だからと言って怯んではいられない。
フッと息を吐き、足を前へ。
アルトリアとの距離を詰め──それに合わせてゴゥッと音を立て、先程よりも速く、右から迫る横薙ぎの斬撃。それを咄嗟に剣を立てて防ぎ、そのまま刃に沿って滑らすように斬り払うも、返す刃に防がれる。
ならばと刃を回して逆袈裟の斬り上げを繰り出すも、アルトリアが上段からの斬り下ろしを繰り出し、木製の刃がぶつかり合って鈍い音を立てる。
次いで振るった左からの横薙ぎの斬り払いは、半ば出始めで刃を合わせて防がれた。
もう一度、と思ったところで、今度は攻撃を出す前に繰り出される、アルトリアの剣。
胸の辺りへ放たれた突きを、咄嗟に身体を捻って躱し、そのまま流れるように横薙ぎに変化する剣閃を、身体と木剣の間に剣を挟んで受け止める。
……姿勢が悪い。
体勢が崩れたところに袈裟懸けの一撃。
それを半ば地面に身体を投げ出すように躱し、地面を削るように斬り上げられた剣を、地面を転がるように避け、飛び退くように起き上がると、一度距離を取った。
「……ハァッ……ハァッ……ふぅ……」
荒くなった息を整え、やはり俺じゃ彼女には届かないか。けど、まだまだ……と思ったところで、アルトリアが「ふむ」と一つ頷いた。
「……何か?」
「いえ……思った以上に動けているな、と」
そう言ったアルトリアは、切っ先を後ろへ流すように構えを取る。
その瞬間──鮮烈な気配が叩きつけられ、肌が粟立つのが感じられた。
「……っ」
呑まれるな……っ!
自身の心に喝を入れ、いつでも対処できるように構えを取る。
「では──次はこちらから行きます」
その言葉の直後、アルトリアが俺に向けて駆けて来る。
彼女が互いの射程圏に入った瞬間、ほぼ同時に振るわれる木剣。
アルトリアは下方からの斬り上げ気味の横薙ぎ。俺は上段からの振り下ろし。
リーチの差から俺の方が先に届こうかと言う瞬間、彼女の剣の軌跡が俺の剣を受けるように変化し、ぶつかり合う。
剣が弾かれる勢いを利用し、再度袈裟懸けの斬り下ろしを振るうも、俺の脇に抜けるアルトリアを捉えきれずに、彼女の
後ろに感じる気配。
振り向き様に木剣を身体の前に構えると、そこにぶつかるアルトリアの木剣。
間髪入れずに振るわれた上段からの振り下ろしを身体を捻って躱し、お返しにと繰り出した右薙ぎを、屈むように躱される。
そのままアルトリアが俺の足元を斬り払うのが見え、咄嗟に跳んで躱し──
「しまっ──」
誘われた、と理解した瞬間、腹部を狙った薙ぎ払いが迫るのが見え、咄嗟に木剣を立てるように挟んだは良いものの、思い切り吹っ飛ばされて地面を転がった。
直ぐに起き上がろうとしたところで、眼前に突きつけられた剣先。
「終わりですね」
「……参りました。……はぁ」
結局、躱すのに精一杯で、一発も当てることが出来なかったな。
地面に仰向けに転がりながらそんな事を考えていると、隣に立ったアルトリアが「大丈夫ですか?」と言いながら手を差し伸べてきた。
「ありがとう、大丈夫」と答えながら、その手を取って起き上がる。
「結局最後までこっちの攻撃は当たらなかったなと思ってさ」
「それを言うのなら私もですよ、ハヅキ。有効打といえるものは入りませんでしたから」
「お互い様です」とクスリと笑うアルトリア。
……って、気を使わせてどうするよ。
気を取り直し、今度は魔法有りでもう一戦。……結果としては当然と言うか、俺の負けである。一戦目よりは持ったと思うけど、今度はキレイにスパンと一発入れられて負けた。
経緯としては、最初の時のように接近戦主体で戦いを挑み、ここぞと言うところで温存しておいたバインドを掛け、その隙に一撃をと思っていたのだけど……いや、まさか彼女の対魔力の高さと、魔力放出を利用して力ずくでアッサリ破られるとは思わなかった。
なまじ一瞬動きを止めただけに、バインドを破られて動揺した所を一気呵成に攻められて……って感じだ。
「作戦としては良かったのですが……せめて、それが失敗に終わった時のことも考えておくべきでしたね」
とはアルトリアがくれた総評である。
それを受け、改めてアルトリアに向き直って「それで、及第点かな?」と問うと、アルトリアは俺との模擬戦を思い返すようにしばし考えると、「ええ」と頷いた。
「それどころか、先程も言いましたが想像以上でした」
そう言ったアルトリアは、俺の顔を正面から見つめる。
その表情を先程までの凛としたものから、包み込むような優しげなものへと変えて──柔らかく、微笑みを浮かべて。
「先程部屋で貴方が教えてくれた【称号】などの恩恵もあるのでしょうが……それでも、実際に自分の動きとして身につけるために、短い期間に随分と鍛錬を積んだのですね」
その言葉は、
「貴方を鍛えたのは『フェイト』……と言いましたか。 ……良い師を持ちましたね、ハヅキ」
染み入るように、心に落ちた。
今までやってきたことが──フェイトと、一緒にずっと頑張ってきた、そのことが認められた。それが、凄く嬉しかった。