深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase47:「現状」

 その後我に返った俺は、とりあえず落ち着いて話をするために、セイバー……じゃなかった、アルトリアと向かい合わせにソファに座る。

 正面に座った彼女を見て、改めて思う……なんで格好が『セイバー・リリィ』なんだよ、と。

 いや、別に不満はない。嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しい。『セイバー』の中では好きなデザインだから。けど、召喚時の普通じゃない現象と言いこれと言い、予想外な事が起こりすぎて正直頭が大混乱だ。

 一度大きく深呼吸をして気持を落ち着け、改めてアルトリアに言うべきことを思い浮かべ……ああそうか、彼女に対してはまずはコレ(・・)か。

 俺は改めて正面に座るアルトリアへと向き直ると──深々と頭を下げた。

 

「……え?」

 

 俺の行動に虚を突かれたか、途惑ったような声を上げるアルトリア。

 顔を上げ、そんな彼女に対して俺の現状を説明する。

 

「まず最初に謝っておきます。……俺の召喚に、『聖杯』のような、貴女の願いをかなえるようなものは関係していません。つまり……俺は貴女に対して提示できる代価がないんです。その上で、あえて言わせてもらいます。……俺に力を貸してください」

 

 一息に言い切った俺の言葉に対して、アルトリアは「ふむ」と一つ唸ると、僅かな間瞑目した後「続きを」と促してきた。

 それを受け、俺は自身の置かれた状況を話していく。

 約一月ほど前、気がつけばこの世界に居て、迷宮を攻略しなければ元の世界に戻れないと突きつけられたこと。

 その際に手に入れた【ユニークスキル】……召喚能力で召喚できるようになったフェイトに助けてもらい、今まで迷宮に挑み続けてきたこと。

 そして昨日、フェイトの協力のお蔭で『第一層』を攻略し終えたところで【ユニークスキル】がレベルアップし、アルトリアを呼べるようになったこと。

 そして今に至る。

 そんなようなことを【ユニークスキル】に関する説明なんかも含めて話し終えたところで、アルトリアは今の話を吟味するようにしばし黙考し、「解りました」と一言発して──ふっと、その表情を緩めた。

 

「一つだけ質問です。……何故最初に、この召喚には『聖杯』は関係ないという事を言ったのですか? 黙っていれば解らなかったかもしれないでしょう?」

「……嫌だったから。俺は……この『召喚能力』で呼び出した相手に、嘘をついたり強要したりしてまで、手伝わせたいとは思わない。そんなことはやりたくもないんです。訳も解らずこの世界に召喚された俺が……そんな俺が、自分の都合で関係ない人に手伝ってもらおうとしているんだから、頼む時は誠心誠意頼むべきだって、そう思うから」

 

 アルトリアの問いに返した俺の答えは、フェイトに対するものと変わりはしない。この考えだけは、決して変えたりしない。

 俺の答えを聞いたアルトリアは、しばしの間俺の顔を真剣な眼差しで見つめ──ふと、優しげな笑みを浮かべ、「良かった」と呟いた。

 

「まずは謝罪を、ハヅキ(・・・)。私は貴方の話を聞く前から、貴方の事情をおおよそ把握していました」

「……え?」

 

 告げられた予想外な言葉に、今度は俺が先程のアルトリアと同じように、途惑った声を上げてしまった。

 そして彼女に名を呼ばれ、気付く。……そう言えば俺、名乗ってない。だと言うのに、なぜ彼女は俺の名を──。

 

「詳しい事を話す前に、一つだけ確認したい事が有るので、申し訳ありませんが一度私を送還してもらえませんか?」

 

 疑問を浮かべる俺を他所に、アルトリアはそう言葉を続けてきた。

 俺としてはその程度は別に問題は無いし、アルトリア自身の俺に対する反応も悪くはない以上、ここで断る理由もない。なので承諾するとアルトリアを送還する。

 彼女の身体を球状魔法陣が包み込み、徐々に色合いを濃くすると共にその姿を完全に隠し、空間に溶けるように消える。

 ……どうやら送還は通常通りに行ったようだ。

 送還してから思ったが、再召喚する時にまたあの変な現象が起きたりしないだろうな。流石にアルトリアを召喚するたびにあの現象が起きるのは勘弁である。

 そんな事を考えながらディレイが終わるのを待ち、20分程経ったところで再びアルトリアを召喚する。

 展開される球状魔法陣。

 つい身構えてしまったけれど、今度は特別なことが起こるでもなく、再び俺の正面のソファの上に、アルトリアが姿を現した。

 彼女は若干何かを考えた後、一度小さく溜め息を吐いてから「お待たせしました」と声を掛けてきた。

 

「早速ですが、結論から言いましょう。貴方に協力するに(やぶさ)かではありません。……協力せざるを得ない、とも言えますが、少なくとも私の心情的には、協力すること自体に否はないと言っておきましょう」

 

 手伝ってくれると言ってくれたことに安堵を覚えつつも、彼女の言い回しに何と無く引っ掛かりを覚え、恐らくそれが表情に出てしまったのだろう、アルトリアは微苦笑を浮かべ、「そうですね……」と呟く。

 

「まずは──私の現状から説明しましょうか」

 

 そしてそう前置きされて語られた彼女の言葉は、色々と予想外続きの今回の彼女の召喚の中でも、最も予想外なものだった。

 すなわち──

 

「どうやら“私”は、“あちらの世界”から完全に切り捨てられて、貴方に括られてしまったようです」

「……は? ……え、何だって?」

 

 思わず耳を疑って聞き返してしまうぐらいには。

 一方でアルトリアは俺の反応も織り込み済みだったのか、特に気にした様子もなく、言葉を続ける。

 

「先程送還されたとき、私が“何処”に居たか解りますか?」

 

 問われて考える。

 フェイトのことを踏まえれば、“彼女の世界”にこちらでの記憶や経験がフィードバックされる……と考えるのが普通だろう。けど、今しがた言われた言葉のことを考えると、そんな単純な事じゃないんだろうとも思う。

 そう、そうだ。彼女はさっき何と言った? ……“あっちの世界から切り捨てられ”て“俺に括られている”だ。つまり、彼女は、

 

「解ったようですね」

 

 声を荒げるでもなく、静かに言われた一言に、思わず身体がビクリと震える。

 俺、は、

 

「先程送還され、再び召喚されるまでの間……私は“此処”に居ました。とは言え完全な霊体化とでも言えばいいのでしょうか。ハヅキにすら見えず、声も聞こえないようでしたが」

 

 その言葉に、一瞬目の前が真っ暗になった。

 つまり、俺は……彼女を自分が置かれているのと同じ状況に追いやってしまったのか。

 ズシリと、心が重くなるのを感じた。

 思わず俯きそうになる顔を上げて、アルトリアの次の言葉を待つ。

 そして再び語られるアルトリアの言葉は──

 

「ですがハヅキ、貴方が気に病む必要はありません。貴方が自らそれを望んだ訳ではないのは解っていますし、それに──」

「それでも、俺のせいでアルトリアから“帰る場所”を奪ってしまった……んだよ、な」

 

 俺を責めるわけでもなく、それどころか声音を少しだけ柔らかくし、こちらを気遣ってくれるように言われた言葉だったけど、俺の口からはそんな気遣いを無為にしてしまうようなものしか零れ出なくて。

 だけどアルトリアは、そんな俺に対して「いえ」と静かに首を振る。

 

「そもそもそれが違うのです、ハヅキ。……“私”には元より“帰る場所”はありません」

 

 そして続けられた、僅かに寂しさを滲ませたその声音に、俺は口にする言葉を失った。疑問も、否定も。

 そしてアルトリアは再び言葉を紡ぐ。「断片的にではありますが、私には複数の世界の“私”の記憶があります」と。

 彼女が言うには、恐らく“『アルトリア』を召喚する”と言う『この世界』からの干渉を、『向こうの世界』が拒絶した。

 そのため『アルトリア』と言う存在を直接引っ張って来ることが出来なかった『この世界』は、『向こうの世界』とそれに並列する平行世界から、『向こうの世界』に影響を与えないように、少しずつ、『アルトリア』と言う人物の要素を掻き集め、創り上げたのだと言う。

 そう、それこそ、様々な世界の、様々な自分から。

 だからこそのその姿で彼女は現れた。

 騎士王(アーサー)としての一側面だけではなく、それも含めた全て……姫騎士(アルトリア)としての姿で。

 飽くまで予想にすぎないけれど、恐らくは間違っていないだろうと……間違っていないと感じるのだと、アルトリアは俺に告げた。

 

「集められた“私”の要素を納めるための肉体と言う型。それを創るための魔力は、貴方からもたらされたものでしょう? その際に、魔力に載せてハヅキの経験や記憶のようなものも流れ込んで来たのでしょう」

 

 名乗る前から俺の名を知っていたり、俺の事情をある程度把握していたという先程の言葉はそこからくるらしい。

 何となくそれだけじゃないような気もしたけれど……いや、ただの気のせいだろう。

 そしてアルトリアは、更に言葉を続ける。

 

「今の私を構成する“私”の要素……記憶の多くは、いずれ消え行く“願い”や“想い”、“意志”と言ったものです。……例えば、それまで抱いていた願いを諦めたときのその“願い”。戦いを終え、還る際に消え行く“想い”。そう言った、そのままであれば消えて無くなってしまっていたもの。……解りますか、ハヅキ? 言うなれば貴方は、消え去るはずだったそれらを、再び“私”にしてくれた恩人でもあるのです」

 

 だから、私が貴方を恨むようなことはありませんし、貴方が気に病む必要もありません。そう続けたアルトリアは、静かに俺を見つめて微笑んだ。

 ……きっとそれは、彼女の気遣いなのだろう。

 確かに今彼女が言ったようなこともあるのだろう。だけど、それだけじゃない。先程の説明によるならば、それこそ『平和に暮らしている彼女』や、『穏やかに消え行くはずの彼女』と言った要素すらある可能性は高いのだから。

 何よりも、きっと彼女自身が、自分の現状の何もかもを全て受け入れていると言うわけじゃないだろうと思う。

 今の彼女の中には、『アルトリア』の“願い”を求める彼女も居れば、その“願い”に何がしかの答えを出した彼女も居て、その自己矛盾とも言える状態に、折り合いを付けるのは大変なことだろうと思うから。

 けど、それでも──例えそれしか道がないのだとしても──俺のことを助けてくれると言ってくれる彼女に俺に出来るのは、彼女の気遣いを無為にすることじゃない。ならば、今俺が彼女に言える言葉……一つしかないか。

 

「アルトリア」

「はい」

「……ありがとう。これからよろしくお願いします」

 

 改めてしっかりと頭を下げる。

 

「……────」

 

 その時ふと彼女が何か言った気がして顔を上げるも、アルトリアは「何でもありません」とかぶりを振った。

 

「こちらこそよろしくお願いします、ハヅキ」

 

 そう言って「それと口調はもっと砕けて構いません」と続けたアルトリアは、

 

「これから末永い付き合いになるのですから」

 

 そんな言葉と共に淡く微笑を浮かべる。

 その言葉と仕草が別の意味(・・・・)に感じられてしまい、一気に自分の顔が熱くなるのが感じられて──不意に脳裏にフェイトの顔が浮かんで、何がと言うわけじゃないんだけど、思わずごめんと頭の中で謝ったりして。

 若干挙動不審になってしまったであろう俺の様子に、アルトリアは「どうかしましたか?」と問いかけてくるが、それには何とか「何でもない」と返すことが出来たのだけれど、アルトリアは、「そうですか」と言いながらも可笑しそうにくすりと笑う。

 それにしても、と思う。何故彼女はこんなにも、俺に友好的なのだろうか、と。

 ……いや、友好的と言うのは少し違うか。そう何て言えばいいだろうか。言うなれば──まるで、気心の知れた相手と話しているような──

 そんな風に思ってしまうのは、やはり先程……俺が頭を下げた時に聞こえた気がする言葉のせいだろうか。それと同時に、バカなことをと思う自分もいるのだけれど。

 そんな折に、アルトリアが「さて」と声を上げた。

 

「それでは、今後の詳細を詰めていきましょうか。戦場を共にする者として、互いに知らなければいけないこともあるでしょうから」

 

 それからしばらくの間、そんなアルトリアの声を皮切りに、俺達は互いの情報を共有し合うために話し合った。

 けれど、その間もずっと、俺の頭の中では先程聞こえた気がした言葉が、頭の中に残り続けていた。きっと俺の聞き間違いだと思いながらも──それでも、ずっと。

 

 

 ──……本当に、どの世界でも貴方は変わりませんね、ハヅキ。


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