「えっと、葉月、これってどう言う状況なのかな?」
俺と稲葉さん達を交互に見比べて、戸惑った声音で問いかけてくるフェイト。そんな彼女にこれまでの経緯を掻い摘んで説明しようとし、
「……って、ちょっと、おい! アンタ! 何だよそれ!」
猛烈な勢いで掛けられた佐々木少年の声に中断される。……って言うか彼は少し口の利き方を考えた方がいいんじゃないだろうか。
そんな考えが表情に出ていたんだろうか、佐々木少年の後ろに立った玉置が、おもむろに佐々木少年の頭に拳を落としてから口を塞ぎ、「悪い」と一言。
それに「いや、いいよ」と返し、状況が解っていないながらもやはり良い気持ちはしないのか、少々むっとしているフェイトを抑えて稲葉さんと稲葉妹に視線を向けるも、空気を読んだか何か言いたそうにしながらも口を噤む2人。
さて、これで話が出来るな、と、あまり時間も無いのでささっと説明してしまうことにする。
フェイトを還したあと、もう一つの階段から彼等が下りてきたこと。彼等が先にこの部屋に入った時に、この大量のアンデッドが召喚されたこと。稲葉妹──白ローブの娘が危ないことに気付いて、助けに飛び込んだこと。で、ディレイが終わるまで粘って、今の状況である、と。
「約束破って、自分から危険に飛び込んでごめん」
そう謝ると、フェイトは「ううん」と首を横に振って、「良かった」と一言。
「良かった……って?」
「……確かに、危険に飛び込んだことは、話を聞くだけでも怖いし、不安もあるよ。だけど葉月が、“誰か”のために行動できる人だったから、嬉しくて」
そう言って微笑むフェイトの視線がくすぐったくも嬉しく、「ありがとう」と返して……ああそうだ、けど、これは言っておかないと。
「フェイト。俺がそう言う行動をとれたのは、間違いなくフェイトのお蔭だよ」
「……え?」
「正直言うと、少しだけ迷ったんだ。けど……フェイトは出逢ったばかりの時でも、俺のことを助けてくれた。それからずっと、側に居て助けてくれてる。それを思ったらさ、ここで俺が彼等を見捨てることなんて出来ないって思ったんだ。だから、フェイトのお蔭」
「……葉月……」
微笑んでこちらを見てくるフェイトと視線が絡み、何故だか自分から逸らすことが出来ずに──フェイトもそうなんだろうか、互いにそのまま見詰め合うような形になってしまってしばし、おもむろに聞こえた「ゴホンッ」と言う咳払いに我に返る。
フェイトと一緒に慌てて視線を向ければ、何とも気まずそうな雰囲気の稲葉さん達が。
「あーっと……良い雰囲気のところ悪いんだが、そろそろ俺のスキルの効果が切れるんだ」
そんな稲葉さんの言葉にフェイトが赤面し、俺もまた自分の顔が熱くなるのが解った。……正直恥ずかしい。
「とにかく現状としては、いくら倒しても召喚されて減らないから、何とか攻勢に移らないとってところなんだよね?」
少し慌てたように──誤魔化すように、と言ってもいいかも知れないけど──確認してきたフェイトに首肯すると、彼女は「解った」と一言。
「ごめん、負担掛ける」
「いいよ。ただ、フォローには回れないかもしれないから……」
「ごめんね」と続けるフェイトに「大丈夫」と返すと、彼女はじっと俺の眼を見て、すぐに「うん」と頷いた。
「フェイトの全力全開、しっかりと眼に焼き付けておく」
「うん、任せて。ね、バルディッシュ」
《Yes sir.》
バルディッシュを構え、俺達の周囲を覆うフィールドが消えるタイミングを見計らうフェイト。
その時、玉置が「なあ」と声を掛けてきた。
「長月……だったよな。アンタ随分その娘を信頼してるみたいだけど……何つーか、どうみても、その……10歳ぐらいだろ? 大丈夫なのか?」
そう言われ、確かに知らない人からみたらそう思うよな、とフェイトと苦笑を浮かべ、改めて玉置へと向き直ると「大丈夫」と頷いた。
「少なくとも、俺はフェイトが居たからここまでこれたし、彼女が居なかったらとっくに死んでたと思う。何より──」
稲葉さんのスキルによるフィールドが消え、それにタイミングを合わせたかのように、スケルトン・アーチャーの矢が降り注ぐ。
けれど、それは、
《Defenser》
バルディッシュによって張られた壁に防がれ、その直後にフェイトは俺達の頭上へと飛び上がた。
「彼女はこの中の誰よりも強いから」
◇◆◇
孝太の【ユニークスキル】『
これは流石に四方から一辺に来すぎだ、と誰もが内心愚痴りながらも、それぞれが武器を構えてアンデッド達の攻撃を防ごうとした時だ。
それに先んじて雪の【ユニークスキル】である『
そしてその瞬間、既に上空に飛んでいたフェイトの足元に魔法陣が広がり、それと共に、葉月たちに殺到していたアンデッドの動きが一斉に静止した。
ロックオンバインドによる目標の固定。次いで振るわれるは──
「サンダーーレーーーイジッ!!」
《Thunder Rage》
轟くは雷神の咆哮。振り下ろされるは裁きの鉄槌。
それは葉月たちに一切の被害を齎すことなく、違うことなく敵のみに降り注ぎ、灰燼へと帰す。
《Blitz Action》
そしてそれを見届ける間もなく、フェイトの姿はまるで瞬間移動の如く掻き消える。
それは、知識として“識っている”孝太や雪、哲也にとっても驚くほどの速度だった。
瞬時に葉月たちから少し離れた辺りに移動したフェイトは、その手にするバルディッシュを薙ぎ払い、2体のスケルトン・アーチャーの頭蓋を纏めて粉砕する。
その直後上空──このホールの天井は6階の地底湖上よりも高く、戦闘機動を行うことも可能だ──へと飛翔。ボスであろう黒騎士の位置を確かめるとともに、眼下にひしめくアンデッド達のうち、スケルトン・アーチャーを選んでフォトンランサーを打ち込んでいく。
その時フェイトの真下から、内臓に似た触手が襲う。
だがそれは、彼女に到達する直前に、バルディッシュによって張られたディフェンサーによって防がれ。フェイトはそれを視界に入れた瞬間に僅かに眉をしかめつつも、その触手を辿り、これを伸ばしてきたモノを特定する。
その時、葉月から念話が入った。
(フェイト、ごめん、伝え忘れてた。その触手を伸ばしてきたのは、地面を這って行動する『
(うん、解った。ありがとう)
葉月に礼を言ったフェイトは、彼の情報に従って、すぐにフォトンランサーを貴婦人の頭部へと撃ち込むと、一瞬できた攻撃の間を縫って、敵の密集地帯に再度サンダーレイジを撃ち放つ。
その後すぐに戦闘機動を維持しつつ一度後ろに下がりながら、バルディッシュをサイズフォームへと変えた。
「アークセイバー!」
バルディッシュが振り抜かれると共に、その先端に展開されていた魔力刃が飛翔する。狙うは葉月たちへと迫るアンデッドの中に居た貴婦人の一体。
なのはの『ディバインシューター』ほどでは無いにしても、ある程度の誘導性を持つ魔力刃は、正確に這い蹲る敵の背中へと突き刺さった。
《Saber explode.》
その直後、貴婦人に刺さった魔力刃は爆発を起こし、周囲に居たアンデッドを巻き込んで爆砕する。
フェイトはその爆発に巻き込まれなかった敵に高速で肉薄すると、サイズフォームのバルディッシュに再度展開した魔力刃で斬り捨て、そのまま葉月たちの前、少し離れた場所に着地し、未だ大量にひしめくアンデッド達へ視線を向けた。
そして行使される、大威力砲撃魔法。
「撃ちぬけ、轟雷!」
《Thunder Smasher》
大気を振るわせる音と共に放たれたそれは、蠢くアンデッド達を薙ぎ払い、灰燼へと化しながら突き進む。
サンダースマッシャーが黒騎士に届こうかと言うところで消失したあとには、フェイトから黒騎士までの間に、一直線に道が出来ていた。
されどその穿たれた道も、すぐに周囲のアンデッドが、そして黒騎士の背後に展開されている巨大な黒い魔法陣から、次々と追加のアンデッド達が召喚されて埋められてしまう。
それを見たフェイトは、この状況を突破するには、それこそこのホール全体に散らばる敵を一網打尽にする必要があると結論付けた。
普通に考えれば無茶にも程がある条件。けれど、彼女には一つだけ、それを行い得る手段があった。
けれど、それを行うには少しだけ時間が掛かる。
ざっと周囲を見回したフェイトは、幸いにもと言うべきか、一連の自分の猛攻によって、葉月たちへと迫る敵の勢いはかなり弱まっていると判断。
すぐにフェイトは一旦大きく後ろに下がると、葉月の側へと駆け寄った。
「葉月、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「少しの間、私のことを護ってもらえる?」
問いと言う形を取っていても、フェイトには確信があった。きっと、葉月なら二つ返事で頷いてくれると。
そして葉月はその期待に応え、「もちろん」と強く頷くと、フェイトがそう言った理由も、この後どうするのかも訊くことなく、彼女に背を向けて前に立ち、敵に相対した。
何も言わずとも、自分のことを心から信じてくれる。そんな葉月の想いと信頼が嬉しく、フェイトはその背に「ありがとう」と告げると、魔法を発動させるために意識を集中させようと、瞳を閉じた。
フェイトの足元に、彼女の魔力光である金色に輝く魔法陣が広がる。
「アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」
フェイトの口から呪が紡がれるにつれ、彼女の足元に広がった魔法陣がその輝きを強くしていく。
篭められた魔力は雷光を発し、魔法陣は紫電を帯びて雷鳴を纏う。
濃密なる魔力は大気を震わせ、そして其は臨界に至る。
「──ファランクス」
瞳を開けたフェイトの口から、静かにただ一言だけが発せられた、その瞬間──フェイトを中心として、葉月たちが陣取り戦っていた、出入り口のある方の壁一面に広がるように、フォトンスフィアが展開された。
その数は、優に100を超える。
「バルディッシュ、広域斉射で殲滅するよ……いける?」
《Yes sir.》
「葉月、下がって!」
頼もしい相棒の返事を聞いて、ふっと笑みを漏らしたフェイトは、魔法を展開している間、飛来する矢を防ぎ、迫る敵を斬り伏せて、約束通りに自分を護ってくれていた背中へと声を掛けた。
それを受け、葉月と、彼に促されて孝太たちがフォトンスフィアの後ろへと退避したその瞬間──
《Photon Lancer Phalanx Shift》
「ファイアーーー!!!」
眼前に群がる全ての障害を薙ぎ払うべく、槍弾の嵐が吹き荒れた。
◇◆◇
「…………すごい」
ぽつりと呟くように漏らされた瑞希の声は、この場に居る全員の心の声を的確に表しているであろうと思われた。
現に玉置や稲葉さんはうんうんと頷いて、稲葉妹や佐々木少年は呆然とした様子でその光景を眺めている。
そんな彼等の様子に、別に俺自身が言われた訳じゃないんだけど、何となくこう優越感を感じてしまったりして。
そうしている間にも、展開された大量のフォトンスフィアから射出される莫大な量のフォトンランサーが、ホールにひしめいていたアンデッドの軍勢を撃ち、穿ち、貫き、薙ぎ払っていく。
きっかり4秒間。
フォトンスフィアからのフォトンランサーの射出が止まり、俺達の視界の先から
──正に圧巻。
その金の煙舞う中、最奥にてその異物を見つけたのはその時だった。
一際うずたかく積み重なった、スケルトンやゾンビの山。それらが還る魔力によって、その場所の空気すら揺らめこうかと言うほどの量。
次の瞬間、それが
「……召喚した配下のアンデッドを盾にしやがったのかよ」
呻くように玉置が言う。
なるほど。フェイト……俺達が居る位置と黒騎士が居る位置まではかなりの距離がある。そのため、フォトンランサーが邪魔なアンデッドを蹴散らし、黒騎士へ攻撃が届くようになるまでのタイムラグを利用して、盾にしたのか。
その時、再び黒騎士の背後の巨大な黒い召喚陣が光を放つ。
「チッ、またか!」
稲葉さんが声を荒げ、彼等が動き出そうとした、それよりも早く。フェイトは追撃の手を打っていた。
掲げられたフェイトの右手。
そこに集まっていく、フォトンランサーを撃ち終えた後のフォトンスフィア。それは集う側から一つになり、フェイトの手の中で一本の長大な雷槍と化す。
「スパーク──」
投擲されたそれは正に雷の如き速度で飛翔し、それでも僅かに反応し、身体を逸らした黒騎士の右肩辺りに突き刺さり、
「──エンド」
その瞬間、雷撃を伴う反応爆発を起こす──!
吹き荒れる爆風は俺達の元へも届き、巻き起こされた余波は、黒騎士の周囲の地面を、壁を、電撃を伴う膨大なエネルギーを持って抉り取り、黒騎士の背後にあった巨大な魔法陣すらも巻き込んで、打ち消していく。
そして、爆煙と粉塵が晴れた時、そこには遠めにも解るほどに満身創痍な敵の姿が。
直撃を喰らったからだろう、ここから見ても明らかに右腕──右半身、と言った方がいいかもしれないほど──を吹き飛ばされ、地面に膝を着いている。
「……なあ、アレ、頭が無いように見えるんだけど……」
そんな佐々木少年の言葉に良く見てみれば、確かにあるべき場所に頭部が無いように見える。
頭の無い騎士。
そんなアンデッドは、俺は一つしか知らない。
「……『
デュラハンは、自身の頭部を小脇に抱えた姿で現れる、騎士のアンデッドだったはず。
弱点はその脇に抱えた頭部で、その他の部分を幾ら狙っても倒すことはできないのだとか。
なるほど。この第一層に出現するアンデッドの弱点が全て『頭部』なのは、アレの眷属として召喚されるからなのか。
……追撃を掛けるなら今か。
5階で遭遇した『
ならば、あのデュラハンもそのうち回復してしまうかもしれない。
フェイトへ視線を向けると、流石に今の一連の猛攻は消耗も激しかったのだろう、荒い息を吐きながらもコクリと頷く。
どうやら考えることは同じらしい。
じゃあすぐに……と行きたいところだけど、その前にやってみるかと思い、フェイトへと駆け寄って彼女の手を取った。
「は、葉月?」
「ごめん、少しだけいいかな?」
フェイトが戸惑い気味に、それでも「うん」と頷いたのを確認して、瞳を閉じて自身の内へと意識を向ける。
繋がれた手を橋渡しに、俺とフェイトの『リンカーコア』が繋がるようなイメージを持って。
『リンカーコア』から引き出した魔力を、フェイトへと──
「……『ディバイドエナジー』」
行使すべきイメージを明確にすべきキーワードを口にした瞬間、俺の中からフェイトへと、魔力が移動していくのが感じられる。
「……あ……」
驚いたようなフェイトの声。
眼を明けて彼女を見ると、微笑むフェイトと眼が合った。
「……どう? 上手くいったかな?」
「うん、大丈夫。ちゃんと受け取ったよ」
そう言って「ありがとう」と続けたフェイトに「どういたしまして」と返して、視線を奥へ──デュラハンへと向ける。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
声を掛け合い、並んで同時に駆け出す。
さあ、大詰めだ──。