深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase43:「雷神」

 稲葉 雪は基本的に人見知りである。

 身体を動かすのは嫌いではないが、どちらかと言えばインドア派であり、アニメやゲーム、マンガが好きな、少し内向的な少女であった。

 それゆえに、とでも言えばいいだろうか。この世界に来た当初は、これからどうやって生きて行けばいいのかと打ちひしがれたりもした。

 それもそのはず。彼女には自分がモンスターと戦ったり出来るとは思えなかったし、本来であれば頼みの綱となるべき『ユニークスキル』も、こと“敵を倒す”と言うことに関しては役に立ちそうも無いものだったからだ。

 事実、彼女は召喚されてから丸3日間、一度だけ扉をほんの少し開いて外を見てみただけで、それ以降は一度たりとも『マイルーム』の外には出なかった。

 そんな雪が迷宮へと出られるようになったのは、ひとえに今も同じパーティに居る高塚瑞希のお蔭であろうか。

 この世界に召喚されてから4日目。その日、雪の『マイルーム』の、迷宮へと通じる扉がノックされた。

 初めは気のせいかと思っていた雪だったが、2回、3回とノックされるにいたって、外に誰かが居るということを確信する。

 怖い。

 けれど、この状況を打破するいい機会かもしれない。

 そんな事を思いつつ、思い切って、恐る恐る扉に近付き、そっと開けたそこに居たのが、瑞希であった。

 瑞希が雪に言うには、彼女の『マイルーム』は雪と同じ階の、比較的近くにあると言う。

 瑞希が初日に迷宮を探索してみている際、自分のものではない『マイルーム』の扉を見つけ、他の『プレイヤー』が居ることを知った。

 その時にそっと扉を開き、外を覗いた雪の姿を見たのだという。

 だが、それ以来雪が外に出た形跡は無く、その時の雪の様子から、彼女の事が心配になった瑞希は、今日思い切って訪ねて来たと言うことだった。

 その人見知りする性格もあって、本来であれば初対面の相手とは余り上手く話せない雪ではあるが、この異常な状況と、そんな状況において、見ず知らずの他人である自分のことを気に掛けてくれる瑞希の心遣い、それが通じたのであろうか、雪はすぐに瑞希に心を開き、懐いた。

 そしてそれ以降、雪は瑞希に引っ張られる形で迷宮を探索し、2階では雪の兄である孝太と再会し、3階ではその見た目に反して面倒見が良い仁と、彼と共に行動していた哲也が仲間に加わった。

 アニメ等は好きだけれど、ホラーだけはどうしてもダメな雪にとって、この迷宮に出現する敵は怖いを通り越して苦痛ですらある。

 それでも肉親である兄や、ずっと自分を助けてくれた瑞希を初めとした頼りになるパーティメンバーに支えられて攻略を進める。

 メンバー中の最年長として、リーダーとして皆を引っ張る孝太。主な武器は弓ながらも、徒手空拳での格闘もこなし、遠近に置いて攻撃の中核を成す瑞希。素人とは思えないほどに華麗に双剣を操り、敵を倒していく仁。強力な召喚魔法を使い、ここぞと言う時に敵を殲滅する哲也。そして雪もまた、自身の【ユニークスキル】から派生した『癒し(ヒーリング)』や『浄化(キュア)』でパーティ内のサポート役として成長していった。

 そんな彼女達は、5階においてネームドモンスター『狂い喰らう死者(デッドリー・グール)』エヴェリオを撃破するまでに至り、そしてこの日、ボスが居るとされる10階まで辿り着いたのだった。

 10階に下りた直後に、ちょっとした出会いがあって、自分達が先にボスへと挑むこととなった……なんてことがあったけれど、特に問題になることもなくて。

 順調だった。

 自分達ならば……ここまで困難を乗り越えてきた自分達なら、どんな敵だって倒せる。

 負けるはずなんてない。そう思っていた。

 けれど。

 

 

 孝太を先頭に、彼等がボスフロアへと足を踏み入れたその直後、仁王立ちしていたボスと思わしき黒い鎧の騎士が、地面に突き立てていた大剣を持ち上げ、再び大地に叩きつけるように突き立てる。

 ズガァン! と、凄まじい轟音が鳴り響いたのを合図とするかのように、黒騎士の背後に巨大な、黒い魔法陣が浮かび上がり、それに呼応するように、広大なホールのいたるところに、小さな黒い魔法陣が浮かび上がった。

 そしてその魔法陣から──いくつもの魔法陣から、次々に現れるアンデッド達。

 ゾンビやラットゾンビ、スケルトンは言うに及ばず、スケルトンスピア、アーチャー、アックス等のスケルトンの派生種。そしてその上位種たるスカルナイト。さらに5階において『エヴェリオ』の配下として出現した、豪奢なドレスに身を包んだ、下半身の代わりに、千切れた腰の辺りから内臓のような触手が幾本も生えたおぞましき貴婦人のアンデッド『這い寄る貴婦人(クローリング・レディ)』。そして孝太たちにとって初めて見る、全身の骨が赤く染まったスケルトンなど……その数は10を過ぎ、50を超えて更に増える。最早どれほどの敵が居るか解らないほどに。

 

「……皆、一旦退こう!」

 

 そのあまりの光景、余りの事態に孝太が退却を促す。

 他の4人もすぐにそれに応じ、唯一の出入り口から外へ出ようとした時だった。

 入る時に最後尾だったため、結果として先頭を走っていた哲也が何かにぶつかったように「ガッ!」と呻き声を上げてその場に尻餅を着いた。

 そのすぐ後ろを走っていた雪は何とか立ち止まり、恐る恐る手を伸ばす。と、そこに触れるのは見えない壁のようなもの。

 

「……結界」

「逃げられねえってか」

 

 ぽつりと呟いた瑞希の声に、仁が舌打ちして「クソッ」と悪態をつく。

 だがすぐに一度大きく深呼吸をすると、気を取り直したか、身体の向きを変えてアンデッドの軍勢へと相対した。

 「だったらやるしかねーよな」と、溜め息を吐きつつ言う仁に対し、並んで立った孝太が「ああ」と頷く。

 

「雪と哲也は後ろに。瑞希、二人を頼むぞ」

「了解」

 

 孝太の言葉に瑞希が端的に応え、そんな年長者達の様子に、雪と哲也もまた覚悟を決めた。

 雪は手に持った杖の石突を、床に突き立てるかのように打ち付け、同時に声高に鍵となる言葉を発する。

 ……このスキル名を言わねばならないのはいつまで経っても慣れないが、それは最早言っても仕方の無い事だと諦めている雪だ。

 

「『聖域(サンクチュアリ)』!!」

 

 杖と大地が奏でる乾いた音が響き渡ると共に、彼女を中心に光が広がり、直径30メートルほどの円形状に光属性の結界が展開される。

 稲葉雪の【ユニークスキル】、『聖域(サンクチュアリ)』。

 術者を中心に光属性の結界を展開し、その中に居る者に能力の強化、体力・魔力の回復増加、自然治癒力の増加等の加護を与え、また侵入した術者に敵対的な者──特に光属性に弱点を持つものに多大な能力低下をもたらす。

 発動中は術者はその場から動くことは出来ないが、その効果ゆえに、特に現在のような対アンデッド戦の拠点防御において、多大な効果を発揮するスキルだ。

 だが。

 如何にアンデッドに特に効果があるスキルと言えど、侵入した敵を完全に無力化できるわけではなく、あくまでその能力を低下させるものである。

 それゆえに、質を量で補うように、雲霞の如く押し寄せてくるアンデッドの群に、孝太たちは徐々に押され始める。

 『聖域』の恩恵もあって未だ大事には至っていないが、それでも厳しい事には変わりない。

 仁と並んで前線に立ち、敵を倒し続ける孝太が内心焦りを感じたとき、後ろから哲也の声が響き渡った。

 

「契約に応じその姿を現せ! 雷鳴轟かせ、裁きの鉄槌を下せ! 吼え猛よ、雷神!! 『召喚(サモン):エレクトリック・ビースト』!!」

 

 哲也の頭上に展開された魔法陣が、彼の体内魔力(オド)を呼び水にして空間魔力(マナ)を収集、集束させて形を成す。

 それに伴い魔法陣が強く光を発した瞬間、その上に全身が雷で出来た、虎のような獣が姿を現し、最前線に居る孝太と仁の更に前方、敵の群れの上空に瞬時に移動する。

 次の瞬間、バンッと爆発音にも似た音を響かせ、雷獣がその全身から眼下のアンデッドたちに向けて無数の雷撃を撃ち放った。

 雷撃は多数のアンデッドを消し炭に変え、雷獣がその身に宿した魔力全てを雷撃にして放ち終え、消えるまで続く。

 

「相変わらず威力はスゲーんだけど、アイツのあの前口上は何とかならんのかね?」

 

 中二病め、と若干呆れを含んだような声音で言う仁に対し、孝太は「ははは」と何と答えていいものやら、と乾いた笑いを返した。

 ともあれ、今ので敵の圧力も弱まって、もう少し頑張れば一旦一息つくことが出来る。

 そう孝太達が思った、その時。

 雪はそれに気付いてしまった。

 彼等を半包囲するアンデッドたちの群れの中、整然と並ぶ10体程のスケルトン・アーチャーに。

 狙う先は──自分。

 

「……あ……」

 

 引き絞られる弓に、呆然とした声が漏れた。

 『聖域』の展開に意識を集中していたために気付くのが遅れ、スキルを解除して動くには遅すぎるタイミング。

 その時点でようやく他の皆もそれに気付いたが、時既に遅く放たれる矢。

 ──ああ、わたし、死んじゃうのか。

 そんな思考が頭を過ぎり、思わずぎゅっと眼を瞑った雪のすぐ側を、一陣の風が通り抜けた。

 

 

◇◆◇

 

 

 きっと一筋縄では行かないだろうとは思っていた。けど、まさかこれほどとは。

 稲葉さん達がホールに入ってすぐ、大きな音が聞こえたために顔を向けると、入り口から見える僅かな範囲だけでも、見るだけで嫌になりそうなほどの黒く輝く魔法陣が発生し、そこから大量のアンデッドが出現しているのが見て取れた。

 流石に彼等も不味いと判断したんだろう、こちらに戻って来ようとして──見えない壁にぶつかるようにして立ち止まる。

 ……やっぱり、5階の時のような結界みたいなのがあったか。

 そうしているうちに、どうやら戦う事を選択したのか──この状況で『帰還の巻物(リターンスクロール)』を使わないってことは、持っていないのだろう。……であればそれしか無いとも言うが──敵の方へと向き直った。

 その直後に行使された、白ローブの娘……稲葉妹の【ユニークスキル】と思わしき結界の中で戦う彼等の様子を見て、今のところ大丈夫そうだと軽く一息。

 どうやらあの結界──聞こえた声からするに『聖域(サンクチュアリ)』だったか──は、アンデッドに対してかなりの効果が有るようで、ある一定の範囲に入った敵の動きが眼に見えて低下しているのが解る。

 スキル使用以降彼女が動いていないあたり、恐らく術者はスキル使用時に動く事は出来ないとかの制約は有るんだろうが、それを補って余りある効果だろう。

 こんなことならあの弓の彼女──高塚だったか、彼女に『アローレイン』を覚えているか訊いて、覚えていないのなら『記憶の水晶(メモリークリスタル):『アローレイン』』を渡しておくんだった。

 ……いや、別にもったいぶったとか出し惜しみしたとかじゃなく、単にそこまで頭が回ってなかっただけなんだけどさ。

 それにしても当然と言えば当然なんだけど、俺はフェイト以外の他人が戦っているところを見たのはこれが初めてなもので、そんな彼等の様子を見ていると、不謹慎ながらやはり興味が湧く。

 そんな訳で、もう少しだけ近くで様子を見てみようかと、周囲に気を配りながら近付いた時だった。

 聞こえてきた佐々木少年の詠唱と、続いて轟く雷撃音。

 俺が今居る位置からも、雷で出来た虎のような獣が、雷撃を撒き散らして敵を消し炭にし、還って行くのが見えた。

 ……なるほど、あれが彼の『召喚魔法』か。フェイトの『サンダーレイジ』ぐらいの威力は有ったんじゃないだろうか。

 けど、()ぶ時に結構長めの詠唱をしていたのと、消耗が大きそうなのが気になるところ。召喚を終えた佐々木少年の息が荒いのがその証左だろう。

 ……と思ったところで、自分には『リンカーコア』があることを思い出した。

 それを踏まえると、以前に見た『魔法』の記述からするに、あっちの方が普通なのかもしれない。

 うん、まあ、俺にとっては都合がいいので、別に普通じゃなくてもいいのだけど。

 ともかく、今の一撃で彼等のすぐ近くに出現した敵のある程度は倒し終えたようだ。まだまだ後続が居るとは言え、一度態勢を整えるぐらいは出来るだろう。

 そんなことを思いながら、なんとなく視線を巡らせた先にそれを見た。

 第2陣として押し寄せようとしているのか、彼等を半包囲するように展開する──この辺の統制が取れている原因は恐らく『スカルナイト』のせいだろう──スケルトンを中心としたアンデッド達の中に、整然と並んだ10体程のスケルトン・アーチャー。その射線の向く先には、白いローブの少女。

 狙われているだろう稲葉妹も気付いたか、ビクリと身体を震わせるのが見えた。

 

 ──どうする、助けに入るのか?

 ──同じ『プレイヤー』と言えど、今日会ったばかりで、すぐに別れた人を?

 

 似ているわけじゃない。けど、「妹」って聞いて、弥生のことを思い出した。

 だからって訳じゃないけど、助けられるなら助けたい。

 

 そんな自問自答が頭を過ぎる。

 

 ──フェイトとの約束を破って、自ら危険に飛び込んで?

 

 ……考えるまでも無い。

 フェイトは出逢ったばかりの俺のことを、あんなに助けてくれた。今も助けてくれている。

 だと言うのに俺がここで見捨てたら──

 

「それこそフェイトに合わせる顔が無いだろうが……!」

 

 自身の心に気合を入れ、『リンカーコア』から引き出した魔力を全身に巡らせて強化する。

 スケルトン・アーチャーが弓を引き絞るのが解る。

 大丈夫。間に合う。

 だから、速く……迅く!!

 

 動けない稲葉妹の横を駆け抜け──

 

「『ラウンドシールド』!」

 

 掲げた左手の先に盾を生み出すと同時、そこに降り注ぐ矢。

 

「……え?」

 

 庇った後ろから呆然とした声が聞こえ、顔だけを振り向かせて「大丈夫か?」と問いかけると、言葉にならないのかコクコクと頷く稲葉妹。

 ……って言うか、入り口を塞いでいる結界……見えない壁が、侵入する方にも適用されなくて良かった。今更ながらにヒヤリとする。

 ともあれ無事に助けれたことに安堵するとともに、一度意識を【ユニークスキル】へと向ける。……ディレイはあと20分。それまで何とかこの場を持たせないと。

 まずはスケルトン・アーチャーの排除か。全てとは行かなくとも、こちらを狙える範囲に入る奴をある程度は倒さないとな。

 そう決めてクリムゾン・エッジを抜き放ち、とりあえず今しがた稲葉妹に射掛けた10体を倒しに駆け出す。

 途中、稲葉さんと切り結ぶ『スカルナイト』の首を横合いから斬り落としつつ、稲葉さんへ「加勢します」と告げ、次いで高塚へポーチから取り出した『記憶の水晶(メモリークリスタル):『アローレイン』』を「覚えてないなら使え!」と投げ渡す。

 返事を聞いている暇は無いので、そのまま一気にスケルトン・アーチャーへ向かい──後ろから「って、おいアンタ『召喚師』だろ!」って佐々木少年らしき声が聞こえたが──進路にスケルトンが立ち塞がり、足を止められた。

 上段から振り下ろされる斬撃を剣で受け止め、その直後に左から振り下ろされてきた両刃の斧を『ラウンドシールド』で受け止める。

 次いで目の前のスケルトンを蹴り飛ばし、後続を巻き込んで転倒したのを横目に、『ラウンドシールド』で斧を押さえたまま、それを持つスケルトンの頭蓋へ剣を突き刺し破壊する。

 転倒したスケルトン達を迂回するように踏み込みつつ、右から迫るゾンビをバインド。

 その直後に射られた矢を剣と『ラウンドシールド』で防ぎつつ更に前に出たところで、再びスケルトン・アーチャーが矢を番えるのが見えるが、俺とスケルトン・アーチャーの間に割り込んでくるスケルトンとスケルトン・スピア。

 俺が進むのを邪魔するように……いや、事実邪魔しているのだろう、武器を振り回すスケルトン達。

 ……埒が明かない。

 流石に正面から行くのは無理だったかと思いつつ、フォトンスフィアを生成しながら上空へ飛翔する。

 飛び上がった俺の足元を幾本もの矢が通り過ぎるのを尻目に、攻撃を終えた直後のスケルトン・アーチャーへ『フォトンランサー』を連射すると、目標とした10体のうち3体の頭蓋を粉砕して破壊し、4体の腕や背骨の辺りを破壊して無力化に成功した。

 その時感じたゾワリとした悪寒。

 感じた『直感』のままに左に避けると、俺が居た場所を内臓に似た触手が貫いた。

 ……何コレ気持ち悪い。

 思わず漏れそうになる呻き声を抑えつつ、触手を辿って根元を見てみれば、地面に這い蹲る、下半身の無いドレスを着た貴婦人のゾンビのようなアンデッド。

 咄嗟に『アナライズ』をして、一瞬視線を走らせて弱点──他と変わらず頭部なのを確認し、そのまま一気に高度を下げると、その勢いを利用して貴婦人の頭をクリムゾン・エッジで刺し貫く。

 そのまま着地せずに、低空飛行で一度後ろに下がりつつ『フォトンランサー』を連射し、敵の数を削っていく。

 これだけ敵がひしめいていると、適当に撃ってもどれかに当たるのだ。

 その際に聞こえた「アローレイン!」の声に続き、無数の矢がアンデッドの只中に降り注ぐのが見えた。どうやら活用してくれているようだ。

 それからある程度下がったところで着地した俺は、近くで『双剣士』……玉置だったか、彼と切り結んでいたスカーレット・ボーン・ナイトを後ろから斬り倒した。

 

「サンキュ……ってかアンタすげえな。飛べるのかよ」

 

 礼を言ってきた玉置に「まあな」と返したところで、稲葉さんから「一旦下がれ!」と声が掛かった。

 何だと思ったところで、玉置が「多分哲也だ」と言うので、共に後ろ──稲葉さんの居る辺りへ下がる。

 ちなみに稲葉さんは、稲葉妹の近くで彼女を護って戦っていたようだ。

 

「『召喚(サモン):エレクトリック・ビースト』!」

 

 俺と玉置が下がったところで、佐々木少年が召喚魔法を使う……ってか、あの詠唱いらねえのかよ。

 佐々木少年の頭上に展開された魔法陣から現れた、雷で出来た虎のような獣が飛翔し、それが攻撃に移る直前、間隙を縫って例の気持ち悪い触手が伸びてきた。

 思わず「うわっ」と言ってしまいながらも、咄嗟に『ラウンドシールド』で防ぎ、次いで『フォトンランサー』を、触手を放ってきた貴婦人の頭に撃ち込んだところで、頭上の雷獣が雷撃を撒き散らす。

 荒い息を吐きながら「どうだ」とばかりにこちらを見てくる佐々木少年。俺にどうしろと言うのか。なにやら妙な対抗意識を持たれてしまっているようで……とりあえず「すごいな」と言ってやると、「そうだろう!」と返って来た。中々どうして憎めないやつだ。

 その時不意にマントを引かれ、そちらを向くと『弓士』の高塚が居て、

 

「高塚……だったっけ。どうした?」

「『アローレイン』、ありがとう。それと、瑞希でいい」

「どういたしまして。なら俺も葉月でいいよ」

 

 そう返したところ、「解った」と頷く高塚……瑞希。

 そんな彼女に対して、玉置が驚いた表情を浮かべていた。

 

「……瑞希にしては珍しいな、そんなアッサリ信用するなんて」

「手伝ってくれてるし……何より、雪を助けてくれた」

「なるほど。それは確かに」

 

 どうやら稲葉妹は彼等に可愛がられているようだ。……うん、助けられて良かった。

 彼等がそんなやり取りをしている間に、再び敵が迫って来るのが見える。

 「話してるとこ悪いが、また来るぞ」と促して再度臨戦態勢をとり、その時点で一番近くまで来ていた敵のうち、スケルトンの1体をバインドで足止めしつつ、もう1体を剣で相手して、横合いから迫ってきていたゾンビに『フォトンランサー』を撃ち込む。

 その間に玉置がスケルトンの1体に切りかかり、瑞希はあろうことか、近くまで迫ったスケルトンの1体に対して素手で挑んだ。振り下ろされる剣を身体を小さく回すように躱すと、一気に懐に飛び込んで掌打を頭蓋へ打ち込む。その際に彼女の手が淡く白く光っていた気がするが、何かのスキルだろうか。……それにしても徒手空拳までこなすとか。結局その一撃でスケルトンは動きを止めると、すぐにザラリと魔力に還ったし。

 その後、バインドで動きを止めたスケルトンを稲葉さんが倒し、俺が戦っていたスケルトンを倒した時点で、背後から「あ、あの!」と声を掛けられた。

 顔を向けると『聖域』を維持している、稲葉妹が「さ、さっきはありがとうございました」と、ペコリと頭を下げた。

 彼女に「気にしないでいいよ」と返すと、稲葉妹はもう一度「ありがとうございます」と言ったあと、こちらの様子を窺うように、上目遣いに「それで……ですね」と言葉を続ける。

 

「先程から使ってる、あの敵の動きを止めてるのって……その、もしかして、『リングバインド』……ですか?」

 

 なるほど、彼女は“識っている”人か。

 隠しても仕方ないと「そうだよ」と答えると、今度は佐々木少年が「マジかよ」と一言。

 どうやら彼も“識っている”人のようだ。

 他に反応したのは……稲葉さんもか。

 同じく声が聞こえていただろう玉置と瑞希はよく解っていない雰囲気。むしろ瑞希は「雪が初対面の相手とあんなに話してる……」と別のことに驚いていたが。

 

「じゃ、じゃあ、敵の攻撃を受け止めてる魔法陣って……」

「『ラウンドシールド』だね」

 

 稲葉妹の問いに答えつつ、飛んできた矢を実際に『ラウンドシールド』で防ぐ。

 

「なら、遠距離攻撃している魔法は?」

 

 今度は稲葉さんからの問い。それに答える代わりに、自身の前にフォトンスフィアを生成。

 

「『フォトンランサー』……ファイア!!」

 

 目に付くゾンビや貴婦人に連射する。

 

「……すごい、『ミッドチルダ魔法』だ……そういえば、さっき飛んでたし……」

「って、ちょっと待てよ! アンタの【ユニークスキル】って『召喚魔法』じゃないのかよ!?」

 

 稲葉妹に続いて驚いた声を上げる佐々木少年に「『召喚魔法』だぞ」と答えると、「どういうことだ」と返って来た。

 【ユニークスキル】は『召喚魔法』。『ミッドチルダ魔法』は普通に使えるだけ。そう答えると、「なんだよそれ!」と憤る佐々木少年。

 何だといわれても困るんだが。

 

「……ってことは、長月君はその……『『ミッドチルダ魔法』がある世界』の出身なのかい?」

 

 と思ったら、突きこまれたスケルトン・スピアの槍を防ぎつつ、稲葉さんがそう訊いてきた。

 それに「違いますよ」と答えると、

 

「本当は存在していたけど、君が知らなかっただけ……ってことは?」

「まず無いと思います。少なくとも俺はこの魔法が登場する“作品”を知っていますし」

 

 そう答えると、稲葉さんから返ってきたのは「……驚いたな」とのお言葉。

 とりあえずなるべく敵を寄せ付けないようにバインドとフォトンランサーを使いつつ、どう言うことだと訊いてみると、少なくとも【ユニークスキル】に関しては、“この世界”の理に沿った形で発現しているのだとか。

 例えば佐々木少年の『召喚魔法』。彼が元々願ったのは“ファイナルファンタジーに出てくる召喚獣を召喚したい”だったのだが、それが実際に身に付いたものは『喚びし獣の一撃』と言う、この世界に存在する召喚獣のようなものを召喚する魔法なのだと言う。

 それを聞いて、じゃあ俺の【ユニークスキル】はどうなんだよと思う一方で、俺の脳裏に一つの単語が思い浮かんだ。すなわち──

 

「……『特定異世界』」

 

 つい口に出た声に、稲葉さんが「それは?」と聞いて来る。

 

「スキル『ミッドチルダ魔法』の説明なんかに含まれてる単語です。多分、これが関係してるんだとは思いますけど」

 

 そう答えたところで、斬りかかって来たスカーレット・ボーン・ナイトの大剣を『ラウンドシールド』で受け止めた直後、その赤い骨の頚椎を、横合いから振り抜かれた玉置の剣が斬り落とした。

 

「興味津々なのは良いんだけどよ、コウ。何か手を打たないといい加減ジリ貧だぜ?」

「そうだな、スマン。今はこんなこと話している場合じゃないか」

 

 玉置に注意されて謝る稲葉さん。うん俺も反省だ、もっと敵に集中しないと。

 確かにこの『聖域』の効果は凄まじく、この中で戦っていれば、早々やられるってことは無さそうだ。だけど、どうやら敵を倒しても倒してもあの黒騎士が召喚しているようで、一向に減る様子が無い。

 どこかで攻勢にでないと、玉置の言うようにジリ貧で全滅だろう。

 意識を【ユニークスキル】へ向ける。

 気が付けばディレイはもう終わりそうだった。ならば──

 

「打とうか、その“手”を」

「え?」

「稲葉さん、5分……いや、3分で良いんですが、時間を稼げますか?」

 

 訊いてみたところ、「それぐらいで良いのなら」と言う返事とともに、少し離れたところで戦っていた玉置と瑞希が慌てて駆け寄ってきた。

 ……どうしたんだ?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、稲葉さんは苦笑を浮かべつつ「俺の【ユニークスキル】だよ」と言い、その手の中の盾を構えた。

 

「『絶対防御(フォートレス)』!」

 

 高らかに宣言されたそのスキル名(キーワード)を鍵として、稲葉さんの【ユニークスキル】が発現する。

 彼を中心に、直径10メートルぐらいの大きさだろうか、ドーム状のエネルギーフィールドのようなものが発生し、俺達を包み込む。

 「これは?」と訊いたところ、帰ってきたのは「物理攻撃を通さないフィールドを発生させるスキルだよ。雪が狙われた時は、距離が遠くて使えなかったけどな」との答え。

 その後改めて「妹を助けてくれてありがとう」と言ってきた稲葉さんへ、「別に気にしないでください」と返す。

 

「雪、今のうちに『聖域』の時間をリセット」

「うん」

 

 恐らくもう慣れたものなのだろう、稲葉さんに促されるのとほぼ同じくして、稲葉妹が『聖域』を解除した。

 それを見届けたあと、稲葉さんは俺に向き直って「俺のスキルは5分程度は持つから、今のうちに」と言ってくる。

 こんな状況で()ぶのは、見世物にしてしまうようで嫌なんだけど……そうも言ってられない。いきなりこんな乱戦の中に放り込むのも含めて、あとでちゃんと謝らないとな。

 俺はディレイが終わっていることを確認し、彼等の輪から少し離れて、手を伸ばし、

 

「ああそうだ、佐々木君。実は俺の『召喚魔法』も、今喚べるのは“雷神”なんだよ」

 

 ふと最初の佐々木少年の前口上を思い出し、奇遇だな、と言ってやると、玉置がぶふっと噴出した。

 さあ──

 

「『召喚(サモン):フェイト・テスタロッサ』!!」

 

 伸ばした手の先に発生した、人ひとりが丸ごと入る大きさの球状魔法陣。

 俺の言葉に“何を言ったのか解らない”と言うような表情を浮かべる3人と、そんな3人の様子を不思議そうな顔で見る2人を尻目に、球状魔法陣が砕け、中からバリアジャケット姿のフェイトが現れる。

 どうやら迷宮内に召喚するからってことで、タイミングを合わせて既にバリアジャケットになっていてくれたようだ。

 

「葉月、待ってた……え?」

 

 状況が解らずに途惑った声を上げるフェイトと、

 

「……は?」

「……ええぇ!?」

「はああああ!?」

 

 彼女を“識っている”3人の驚きに満ちた声を聞きながら、フェイトはともかく、予想はしてたがあっちは説明が大変そうだと内心嘆息せざるを得ない俺であった。


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