深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase41:「検証」

 送還されながら「また明日」と手を振るフェイトを見送って、簡単な夕食──既に夜食と言った方がいいかもしれないけれど──を摂る。

 ちなみに、端末の『ショップ』の『食料品』のカテゴリに、出来合いのものが有ったりする。『ブレイドラビットのシチュー:木漏れ日亭』だとか『エルクアンデュのマリネ:潮騒の港』だとか、大体の姿の予想は付くけど明らかに地球には存在しないであろう生き物だったり、そもそもどんな生き物なのか解らなかったりするので多少の不安があるが、それは今更だろう。なお、料理名の後ろについてるのは恐らく店の名前だと思うのだけど、その店で出されていた料理……ってことなんだろうか。

 最初の頃は材料を購入して自分で作ってみたりしたんだけどな。もともと料理なんてしていなかった俺にとっては、名前から素材の姿が想像できない異世界で、いきなり料理をしようとするのが、そもそも無理があったのだ。

 そんなわけで、途中で出来合いのものが有る事に気付いてからは止めてしまった。その方が早いし美味いし……って感じだ。妥協なのは解ってるけど、コレばっかりは何とも。

 我が家の味の再現どころか、食えはするが正直あまり美味くないような出来のものが続いたところで、自分で作るのは断念した。

 これが迷宮に潜ったり戦ったりしないような、ごく普通の一人暮らしであれば話は別だけれど、現在自分が置かれている状況において、そこまで気力を割く余裕も無い……ってのも正直ある。

 

 ……それはともかく。

 食事を摂りながら、何ともなしにユニークスキルのスキル使用不能時間(ディレイ)を見て、ふと思うことがあった。

 【スキル】『召喚師の極意』によるディレイ減少について、だ。

 今日の探索時に9階への階段前でフェイトと話した際、“1時間で送還した時のディレイ”に対して普通に“1時間”で考えてしまっていたけれど、これに『ディレイ減少効果』は付かないのだろうか、と言うことだ。

 スキルの説明欄に記載されているディレイの減少時間は『1時間00分』であるのだが、仮に適用されるとして、果たして“1時間”ディレイが減少して、ディレイ無しで再召喚が可能なのか、それとも“最大召喚時間を実召喚時間で割った時間”に即した割合で適用されるのか。

 後者は例えて言うならば、フェイトの最大召喚時間が5時間5分に対し、1時間で送還した場合は大雑把に言えば5分の1であるため、減少するディレイも、1時間の5分の1である12分になるのか、と言うことだ。

 今の今まで気にもしていなかったんだけど……この辺りも一度検証しないといけないだろう。

 いっそのこと、明日一日潰すつもりで、その辺ハッキリさせてしまった方がいいのかなぁ。

 ……うん、そうだな。そうしよう。

 折角思いついたのだし、後回しにしないでおこうと決めた。

 

 

……

 

 

 翌日、召喚したフェイトに昨日の考えを伝えると「うん、良いんじゃないかな」と肯定の返事が。

 フェイトのその返事にほっとしつつ、相談して検証する事をピックアップしていく。

 まずは“1時間未満”で送還した場合のディレイ。

 次に“1時間以上、3時間未満”の場合。

 最後に“3時間以上、4時間未満”の場合だ。

 ちなみに“3時間”と言うのを区切りにしているのは、大本の『ユニークスキル』における連続召喚可能時間の最大が3時間だから。

 と言うわけでやることも決まったし、早速……と時間を確認したところ、もう少しで召喚から30分になろうかと言うところだった。

 解りやすい時間だし丁度いいかと思ってフェイトに告げ、彼女が頷いたのを受けて、タイミングを合わせてフェイトを送還。球形魔法陣とともに彼女が消えるのを見届けて、ディレイの時間を確認すると、脳裏に浮かぶ『29.57』のカウント。

 約30分。フェイトを見送ってから確認するまでの間とかを考えると、ディレイはしっかり30分のようだ。

 若干残念ではあるけれど、まあこれは予想していたことでもある。

 と言うのも、昨日の午前中の召喚時に一度フェイトを還した際、はっきりと確認したわけではないが、ディレイが発生していた気がしたからだ。

 とりあえず、これはこれで曖昧だったのがはっきりしたので良しとしよう。

 それから30分、時間を潰してフェイトを召喚、先ほどの結果を伝える。

 

「そっか……じゃあ次は1時間後……つまり、“最低でもディレイ減少時間より多く召喚しなければいけない”って言う可能性だね。その間に『帰還の巻物(リターンスクロール)』を試しちゃう?」

「うん、そうしようか。試す場所は……『マイルーム』の前でいいか」

 

 フェイトの言葉に同意し、彼女を伴って1階に出る。

 迷宮に出て、部屋の扉の前で『帰還の巻物』を取り出した。フェイトは1メートル程空けて俺の前に立っている。

 巻物って言うんだし──とは言えそんなに長い紙ではなく、目算で30センチ四方程度の長さの紙を軽く巻いているぐらいだと思うが──とりあえず広げればいいのかな。

 そう思いつつ結わえている紐を解き『帰還の巻物』を広げた、その瞬間。俺の足元に魔法陣が現れ、一瞬の間を置いて魔法陣は光を発し──一瞬視界が光に包まれ、次の瞬間俺は『マイルーム』の、外に通じる扉の横にある端末の前に居た。

 周りを見回してもフェイトの姿は無く、迎えに行くかと思った矢先に、頭の中に彼女の声が聞こえてきた。

 

(葉月、大丈夫?)

(うん。部屋の中に移動しただけだよ)

 

 念話に返事をすると、すぐに扉を開けてフェイトが入ってくる。彼女は俺の姿を認めると、ほっとした様子で息を吐いた。

 『マイルーム』へ帰還するためのものだと頭では解っていても、やはりいきなり目の前から消えると心配になったとのこと。

 先ほどの自分を思い浮かべたのか、「心配しすぎだよね」なんて恥ずかしそうに言うフェイトだったけど、立場が逆だったら間違いなく俺も同じように思うだろうし、なにより俺自身は彼女の気持ちが嬉しいと感じているから問題無い。

 そんなことを伝えると、フェイトはふふっと笑って「ありがとう」と言ってきた。……いや、礼を言うのは俺の方だろうに。

 そう言いつつ、改めて「ありがとう」と言うと、今のやり取りが楽しかったのか、クスクスと笑いながら「どういたしまして」と笑顔と一緒に返ってきた。

 

「ところでフェイト、俺の足元に出た魔法陣、見た?」

「見たよ。5階との行き来に使う『転移陣(ポータル・ゲート)』に似てたね」

 

 フェイトの返答に「やっぱりそう見えた?」と返しながら、再度試すために端末を操作し、『闇の魔結石』を50個程分解して『帰還の巻物』を購入。フェイトを伴って、再度『マイルーム』の扉の前に出た。

 

「さっきの感じからすると、これは使用者の足元に、1メートルぐらいの大きさの『転移陣』を創り出す……ってところかな?」

「多分そんな感じだと思う。……と言うことは、私も一緒に転送されるためには、出てくる陣の中に入ってないとダメってことだよね」

 

 左手に持った『帰還の巻物』を示して先程の現象に対する見解を述べた俺に対し、同意したフェイトが俺の側に寄り添って立つ。

 

「じゃあ、開くよ」

「うん、いつでも」

 

 それでは、と左手に持った『帰還の巻物』の留め紐の結び目を解く。

 巻物を開いたところ、先程と同じように俺達の足元に1メートル程の魔法陣が出現し、一拍置いて光を発した。

 その時ふと、フェイトの立ち位置が若干魔法陣からはみ出してしまっているのに気付き、咄嗟に引き寄せた。

 「きゃっ」と小さく驚いた声を上げたフェイトだったけど、直ぐに理由に気付いたようで、逆に彼女の方から一歩距離を詰めてくる。

 その時点で魔法陣の光は臨界に達し、一瞬視界が光に包まれ、次の瞬間には俺達は『マイルーム』の端末の前に立っていた。……どうやら今度はちゃんとフェイトも転移できたようだ。

 「上手く行ったね」と微笑むフェイトに首肯して返し、安堵の息を吐く。これでどうやってもフェイトが一緒に戻ってこられないなら、緊急用としても使い物にならなくなるところだった。

 とりあえず、これで『帰還の巻物』に関してはいいかな。

 そう結論付け、再度端末を操作し、忘れないうちに『帰還の巻物』を用意しておく。

 これで帰って来ることにする上で最も注意しなければいけないのは、この“用意し忘れ”だろう。

 時間ギリギリまで迷宮の奥で探索して、いざ帰還と言う時に肝心の物が無かった……なんてことになったら目も当てられないからだ。

 

「それじゃあ次は……時間までいつも通り?」

 

 一連の端末の操作を終えた時点でフェイトが声を掛けてきて、壁に立てかけてある木剣を指す。

 俺はそれに同意すると、フェイトを伴って三度部屋の前へと出た。

 ……それから30分程、軽くフェイトとの模擬戦を終えたところで召喚から1時間が経過。部屋の中に戻り、息を整え、フェイトに告げて送還する。

 召喚していた時間は1時間10分。さて、どうかな、と思いつつ意識を『ユニークスキル』へ向けてディレイを確認すると、「69.53」の表示。

 ……つい「ハァ」と溜め息を吐いてしまった。どうやらディレイ減少効果は、『ユニークスキル』そのもののディレイには影響しないようだ。

 次の“3時間以上、4時間未満”のときの結果にもよるけど、恐らくは延長された分の召喚時間のみにかかる効果なんだろう。

 “ディレイ減少時間よりもディレイの時間が長いこと”が条件だったら良かったんだけど……そんなに甘い話は無い、か。

 「まあ仕方ないか」と独り言ち、とりあえず再召喚のために時間を潰すことにした。

 

 

 それから1時間と10分後、再びフェイトを召喚し、結果を告げる。

 次は3時間以上と言うことで、先にフェイトと一緒に簡単な昼食を摂ったのだが、その際に彼女が何か考え込んでいる様子だったので「どうした?」と訊いてみるも、返ってきたのは「何でもないよ」との返事。

 実際それほど深刻な雰囲気ではないようなので、とりあえず気にしないことにして終わらせたが。

 その後は時間まで、いつもの午前中の鍛錬と同じような内容をこなした。すなわち先程のフェイトとの模擬戦の続きと、魔法の練習だ。とは言え時間的にどちらもそれなりに、ではあるが。で、3時間を20分ほど越えたところで送還。

 結果としては、ディレイのカウントは「180.00」……すなわち3時間であり、これによって『ディレイ減少効果』は『召喚時間延長効果』のディレイにのみ掛かることが解ったわけだ。

 今回で言えば、『ユニークスキル』固有のディレイ時間である3時間を越えた分の20分だけが『ディレイ減少』の効果を受けて無くなり、本来であれば3時間20分のディレイが3時間になった、と。

 そのディレイを終えてフェイトを召喚し、結果を告げると「そっか……」と残念そうに呟くフェイト。

 

「けど、これでよく解って無かったことがハッキリしたんだし、良しとしようか」

 

 そう言ってから、気持を切り替えるように「それじゃあ、これからどうする?」と問い掛けて来たのを受けて、現在の時刻を確認すれば、18時40分頃。探索に出ようと思えば出られる時間である。

 

「……そうだな、迷宮に行こうか。……良い?」

「うん、もちろん」

 

 フェイトの同意を得られたので、9階の探索に行くことにする。やはり進められる時には進めておきたいからな。

 念のため所持品のチェックをし、怠りが無い事を確認してからバリアジャケットに換装し、フェイトと共に迷宮へ向かった。

 その後の9階の探索は、引き返す時間を考慮する必要がなくなった分、昨日の倍以上の範囲を行うことが出来た。

 ……まあ、9階から実際に『帰還の巻物』で帰って来る時は流石に緊張したが。

 いや、いくら試してみているとは言え、失敗しても直ぐに合流できる1階で使うのと、現状において自分達が行ける最奥で使うのでは、やはり勝手が違うんだよ。

 その辺はフェイトも一緒なのか、転移の際の立ち位置が、心なしか午前中の実験の時よりも俺に近かった気がする。

 ……何はともあれ、明日からもこの調子で行こうと思う。

 

 

◇◆◇

 

 

「あの、リンディ提督……ちょっといいですか?」

 

 リンディの元へフェイトが訪ねて来たのは、その日の業務が終わったのとほぼ同時だった。恐らくタイミング的に見て、終わるのを見計らっていたと言った方がいいだろうか。

 無論リンディが断るはずも無く、「もちろんよ」と言ってフェイトを部屋へ通すと、二人分のお茶を淹れて向かい合って座る。

 

「それで、何かあった?」

「実は、えっと……お願いが……」

 

 優しげな声音でリンディに促されたフェイトは、彼女の元へ訪れた理由を語る。

 フェイトの“お願い”を聞くリンディは、最初は驚いた様子で、次いで嬉しそうな、そして楽しそうな笑みを浮かべて「もちろん、良いわよ」と二つ返事で同意を返した。

 

「それはやっぱり、『葉月さん』のため?」

 

 やはりどこか楽しそうにそう問いかけたリンディに対し、問われたフェイトは恥ずかしげに俯いて、小さくコクリと頷く。

 そんなフェイトの様子に、リンディは嬉しそうな──そしてどこかほっとした雰囲気の笑みを浮かべ、「良かった」と呟いた。

 そのリンディの声が聞こえたのだろう、フェイトは「え?」と顔に疑問符を浮かべて首をかしげる。

 

「フェイトさんが、こうやって楽しそうにしていられて。……『葉月さん』には感謝しないといけないわね。お蔭でこうして色々なフェイトさんを見られるんですもの」

 

 そんなことをリンディに言われ、フェイトは一瞬驚いた様子を見せ──すぐに「はい」と嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。

 フェイトにとっても、今の自分自身の姿はある意味驚きであるからだ。少なくとも半年ほど前の自分からは想像も出来ないだろう。

 なのはに救われて、初めての友達になってくれて。心を許し合って。リンディ提督たちに優しくしてもらって、暖かく支えてもらって。

 そして、葉月に出逢った。

 葉月のことを想うと、トクリと心が跳ねる。

 リンディ提督達や、そしてなのはのことを想うと、心が温かくなって、幸せな気持になるのは同じだけれど、それでもやっぱりどこか違う、不思議な感覚。

 その感覚の事を明確に言葉にするのは、まだ躊躇われるけれど──。

 

 誰かを想い、柔らかく微笑む。そんなフェイトの様子を優しげな眼差しでしばしの間見守っていたリンディは、軽くパンッと手を打って、「それじゃあ」とフェイトに声を掛けた。

 

「早速明日からやりましょうか? たくさん練習して、『葉月さん』に美味しいもの、食べさせてあげられるようにならないと、ね?」

 

 そんなリンディの言葉に、フェイトは「はいっ」と大きく頷いた。

 今自分が過ごしている、笑顔の絶えること無い、幸せな時間。

 そんな時間を今すぐに葉月に取り戻させてあげることは出来ないけれど、せめて自分がその一助を担えればと、心に想いながら──。


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