深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase40:「成長」

 午後の召喚の際、フェイトの裁判結果が出ているであろうと思って「どうだった?」と訊いてみたところ、「大丈夫だったよ」と嬉しそうな声が返って来た。

 更に続けられた言葉によれば、その後すぐにリンディ提督に今後の予定を訊いてみたところ、恐らく訊かれるのを予想していたのだろう、明確な答えが返って来たとのこと。

 

「大体2週間後ぐらい……現地の日付で12月2日の早朝に『地球』入りするよ」

 

 そしてその日のうちに、なのはの通う私立聖祥大附属小学校へ転入するのだそうだ。

 

「実は、丁度今……召喚されてる間にビデオレターを撮ってて……」

 

 朝早くで申し訳ないけれど、出来ればその日……『地球』に行ったその時に、真っ先に逢いたい。そうなのはにお願いするのだと、フェイトは心から嬉しそうな笑顔で言った。

 そんな彼女を見ていると、本当にフェイトにとって『高町なのは』は特別なんだなと感じる。

 ほんの僅かでいい。俺も彼女にとっての“特別”になれていたら嬉しいのだけど──そんな考えが頭を過ぎり、何を考えているんだかと、自分の思考に苦笑が漏れる。

 と、そんな俺の様子に気付いたのだろうか、フェイトが「どうかした?」と小首を傾げ、それに「何でもないよ」と返す。

 

「フェイトが嬉しそうで、良かったなって思ってさ」

「……うん、ありがとう」

 

 さて、フェイトの嬉しそうな姿をいつまでも眺めていたいのは山々だけど、そろそろ行こうか。

 バリアジャケットを身に纏いながらそう言って促すと、フェイトは照れながらも頷く。

 そんなフェイトの姿に内心和みつつ迷宮へ入った。

 

 

……

 

 

 6階はいつものように地底湖の上を飛んでショートカット。ここ数日は、徐々に速度を上げて戦闘機動を取る練習をしていたりする。次いで7階、8階はマップをこまめに確認しつつ、最短距離を通って進む。

 道中何度かの──そのほとんどは8階だけど──戦闘を繰り返しつつ9階へ下りるための階段の前に着いたところで時間を確認する。

 『マイルーム』を出た直後にも一度見ておいたので、それと照らし合わせてみたところ、ここまでかかった時間は約1時間20分だった。

 

「……帰りの時間も考えると、9階の探索に使えるのは2時間半行くかどうかってところか……ちょっと心もとないな」

 

 9階の探索にしても、進んだ分、階段まで戻る時間を考慮しなければいけないのだ。それを考えると実際に探索に使える時間は、更に半分程度の1時間弱ってところだろう。

 道中の移動をもう少し急げば、恐らく10分程度は短縮できるだろうけど、探索可能時間は大して変わらない。

 ……となると、この階段に着いた時点で一度フェイトを還して、1時間後に再召喚ってところか。幸いにもと言うか、今まで階段の途中で敵に遭遇した事はないし。

 

「確かにそうだけど……やっぱり心配だから、念のため『結界石』は使ってね?」

「ん、了解」

 

 1時間の結界を張れる『結界石』を購入するのに必要な貯蔵魔力量が2,000ポイント、その上位の4時間の結界が張れる『結界魔石』が7,000ポイントなので、ここまでの戦闘量と9階の探索時に戦うであろう敵の量を考えるに、『結界石』ではなく『結界魔石』の方がいいかなぁとも思うけれど。

 5階の転送陣以降、6・7・8階で遭遇する敵は基本的にゾンビやスケルトン系のアンデッドがほとんどだ。それらから出る『闇の魔結石』を分解すると、一個平均、200の魔力量になる。で、この階段まで来るのに手に入った『闇の魔結石』が約40個。……そのほとんどが8階なんだが。

 つまり、9階で手に入るであろう分を除いたとしても、充分『結界魔石』を買うに足る量にはなるのである。

 

「もしくは、思い切って帰りは全部『帰還の巻物(リターンスクロール)』を使う?」

「んー……そうだなぁ……」

 

 『帰還の巻物』は購入に必要な魔力量が高いこともあって、もしもの時の緊急避難用としてしか見てなかったけど……それも手ではあるよなぁとフェイトの提案に思わず唸る。

 

「とりあえず、9階を探索してみた感触を確かめてから決めようか。まず無いとは思うけど、9階に敵が全然出なくて、探索するごとに赤字に……なんてなったら流石に哀しい」

 

 肩を竦めながら言うと、フェイトはクスクスと笑いながら「そうだね」と返してくる。

 階段を下りつつそんな話をしているうちに、9階に辿り着いた。

 階段を下り切ったそこは、他の階と同様に小さなホールのようになっており、左手と右手の方へ通路が伸びているのが見てとれる。

 とりあえずこの階では奇襲はないようで、一度警戒を解いた後もう一度周囲を見回して、特に何も無いことを確認したあと、左側の通路へ足を向けた。……もちろんと言うか、左を選んだ理由は特に無くて何となく、だけど。

 それから約30分程歩いてみて解ったが、この階は7階以前と同じような構造──自然の洞窟の雰囲気に近い感じ、とでも言えばいいだろうか──になっているようだ。

 その間に行った戦闘は3度。戦闘時間を考えると、かなりエンカウント率が高いことになるんだが……今回が偶々だったと願わずには居られない。

 それはそれとして。

 遭遇した敵の種類は、既存の敵ではゾンビにスケルトン、スケルトンアーチャーとスピア。そして初めて見たものとして、7階に出たウェアラットがゾンビ化した『ラットゾンビ』。

 思わず「また安直な名前を……」と言ってしまったところ、フェイトも苦笑気味に同意していた。まあこう言うのは、解りやすい名前をつけるのが一番なのかもしれないが。

 そしてもう一種類。

 通路を歩いていると、前方の暗がりからガシャリと硬質の金属音が聞こえてきた。

 フェイトと顔を見合わせ、互いに武器を構えて警戒したところに現れたのは、5体のスケルトン系モンスター。

 最前列中央にスケルトン、その左右にスケルトンスピアが並び、中列にスケルトンアーチャー。そして最後尾には、ロングソードにカイトシールド、ハーフプレートとでも言えばいいだろうか、チェインメイルの上から胴鎧にガントレット、グリーブ等で要所を補強した鎧で身を固めた、重装備のスケルトンがいた。

 

(葉月、お願い)

 

 フェイトに促され、距離的には有効射程であろうその重装備のスケルトンへ『アナライズ』を使用する。

 

 

---

 

名前:スカルナイト

カテゴリ:魔造生物(モンスター)/アンデッド

属性:闇

耐性:闇

弱点:光・火/頭部

「ロングソードにカイトシールド、ハーフプレートで身を固めたスケルトンの騎士。スケルトンの中位種であり、称号:『部隊長』、スキル:『指揮補正・Lv1』を持ち、率いる下位スケルトン種の能力を強化する」

 

---

 

 

 目の前に現れたウィンドウを流し見て──カランと何かが落ちる音がしたのでチラリと見れば、半ばから両断された矢が。

 俺の前にウィンドウが現れた際に、その隙を突いて射られたスケルトンアーチャーの矢だろう。そしてそれをフェイトが防いだ、と。

 まあ、俺としてもフェイトが居るから安心して『アナライズ』を使ったので問題無しである。

 とりあえず内容を把握した俺は、敵を警戒しつつその内容を念話でフェイトに伝える。こう言う時は本当にマルチタスクって便利だと思う。

 

(能力強化持ち……とは言え、実際にどのぐらい変わるのかは戦ってみないと解らない、か)

(だね。何にせよ、油断だけはしないように、強敵に当たるつもりでいこう)

(了解)

 

 そんなやり取りをしつつ敵パーティに向かって一歩踏み出した瞬間、それを引き金にするように向こうの前衛が進み出てくる。

 今までであれば、連携も何も無く突っ込んでくるだけであったスケルトン達は、まるでよく訓練された兵士のように、3体が武器を構えて並んだままこちらに向かって来た。

 これも恐らくスカルナイトの能力強化の恩恵だろうか。

 とは言えこうして整然と進んでくるのであれば方法は幾らでもある。

 フェイトと一瞬視線を交わし、すぐに彼女の視線が中列で弓を引くスケルトンアーチャーに移ったところで、俺はフェイトの前に出て、中央のスケルトンへ向けて駆け出した。

 その間にリンカーコアから引き出した魔力を持って魔法の術式を構築。向かって右のスケルトン・スピアにリングバインドを掛けつつ、振り下ろされるスケルトンの剣に合わせてクリムゾン・エッジを振り抜き、弾く。

 次いで左から突き込まれたもう一体のスケルトン・スピアの槍を、左手の先に生み出したラウンドシールドで受け流したところで、俺のすぐ後ろに着いて駆けて来たフェイトが俺を追い抜いた。

 

《Defencer》

 

 聞こえてきたバルディッシュの声と、カランと地面に矢が落ちる音。その間にフェイトがスケルトン・アーチャーに肉薄するのを視界の端に収めつつ、剣と槍を捌いていく。

 こうして打ち合ってみると解るが、確かにスカルナイトが居ない時のスケルトン種よりも武器の扱いが巧みな気がする。とは言え、俺でも何とかなる感じではあるので、しっかりと対処すれば問題は無さそうだ。

 そう分析しつつ、横薙ぎに振るわれたスケルトンの剣と、それに合わせて突き出されたスケルトン・スピアの槍を、上に飛んで躱した。

 9階の天井は8階と同程度──4~5メートルぐらいはあるため、戦闘中にこうして敵の上空(・・)へ回避行動を取ることぐらいはできる。

 俺はスケルトンの真上で反転、直ぐに地上に着地してスケルトンの背後を取ると、武器を空振りしてたたらを踏んでいたスケルトンの、隙だらけの頭蓋へ剣を突き立て破壊する。

 次いで同じく空振ったために体勢を崩していたスケルトン・スピアの頚部へ一閃。頭蓋骨が地面に落ちて乾いた音を立て、それと同時に魔力の粒子へ変わるのを横目にみつつ、バインドから逃れられずにもがくもう1体のスケルトン・スピアに向けてフォトンランサーを射出。撃ち抜いた。

 残るはスカルナイト──と思いつつ視線を向ければ、そこには既にフェイトの姿しかなくて。

 

「……もう倒してたか。流石」

「普通のスケルトン種よりは強かったけど、前に5階で戦ったスカーレット・ボーン・ナイト……だっけ、あの赤いのよりは弱かったかな」

 

 なるほど、と頷く俺に、「葉月も大丈夫だったみたいだね」と言いつつ安堵の笑みを浮かべるフェイト。

 戦う事にも大分なれたとは言え、こうして心配してくれるのはありがたいものだと思う。

 「“飛べる”ことで戦い方の幅も広がったみたいだし」と続けたフェイトは、倒した敵の魔結石を差し出してきた。それを受け取ったところで、フェイトが何となく嬉しそうなのに気付く。

 「何かあった?」と問うと、「ん?」と顔に疑問を浮かべて小首をかしげるフェイト。

 

「いや、何か嬉しそうだったから」

「あ……うん。ふふっ、葉月がどんどん強くなってくのが見られるのが、何だか楽しくて」

 

 そう言って、本当に楽しそうに、嬉しそうに、クスクスと笑うフェイト。

 一方で俺は、そう真っ直ぐに言われてしまうと流石に照れるというか、なんと言うか。思わずコホンッと咳払いを一つして、「とにかく」と話題を切り替える。

 

「この階でも無理をしなければ問題はないかな」

「そうだね。あとはいつも通り、油断せずにやっていこう」

「ん、解ってる」

 

 それでもやっぱり楽しそうな雰囲気のフェイトの言葉に同意を返し、再び探索へ戻った。

 

 

 

「何と言うか……見事にアンデッドだらけだな」

「流石にある程度は慣れてきたとは言え、やっぱり頻繁に遭いたくない……かな」

 

 それから更に約30分。9階の探索を開始してから1時間程度が経ったところで5度目の戦闘を終え、魔力に還っていくラットゾンビを見送りつつぼやいた俺に対して、俺の隣に立ちつつ周囲を警戒していたフェイトがそう言った。

 「特にゾンビ系が……今更だけどね」と続けたフェイトに、確かにと同意を返す。何度遭遇しても、あの見た目はキツイのだ。そこまで臭う程に腐ってはいないのか、それともモンスター化したときにそうなっているのかは解らないが、腐敗臭も確かにするが、単体では何とか我慢できる程度ではある。とは言えキツイことには変わりないのだけど。

 実際、フェイトもゾンビに対しては、遠距離攻撃を多用している気がする。俺の場合もフォトンランサーを使えるようになってからは、ゾンビに対してはついそちらを使ってしまうし。

 それはともかく。

 一度『フィールド・アナライズ』を使用して現在の進行具合を確認するも、やはり1時間程度では然程進んでいない。特にこの階は、他の階に比べて──8階は除いてだけど──敵との遭遇率が高い気がするので尚更だ。

 

「下りる前に話してたことなんだけど、これだけ戦闘があるんだったら『帰還の巻物』の方で行ってみようかと思う」

 

 8階に上る階段に戻りつつそう切り出すと、フェイトは「うん」と首肯した。

 と、そこでふと何かを思いついたのか「そういえば」と声を上げ、

 

「どちらにしろ、一度『帰還の巻物』を使ってみて、どう言う風に『マイルーム』に戻るのか試してみないとね」

 

 そう言われれば確かに。

 これで『帰還の巻物』を使ったところ、俺だけが戻ってフェイトが取り残された……なんてことになったら目も当てられない。

 ……て言うか、“もしものために”と思って買ったのに、その辺の事を考慮し忘れていたら意味がないじゃないか。

 

「じゃあ、明日の午前中の鍛錬時に、1階辺りで試してみよう」

 

 「気付いてくれてありがとう」と礼を言うと、フェイトは「私も今まで気付かなかったから」と首を振り、「それに、私にも関係することなんだから、お礼なんていいよ」と続けた。

 フェイトはそう言うけれど、俺が気付けないことをちゃんと気付いて教えてくれるのは凄く助かるし有り難いのだ。確かにフェイトにも関係することだけど、それはそれ、と言うやつだ。

 そう言うと、フェイトは「ありがとう」と微笑んだ。……礼を言ったつもりが逆に言われてしまったとか。

 一瞬「なんだかなあ」と思うが、むぅ、と唸る俺の姿が琴線に触れたか、楽しげに笑うフェイト。そんな彼女の姿を見て、「まあいいか」と気持ちを切り替え、帰路についた。


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