深遠なる迷宮   作:風鈴@夢幻の残響

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Phase4:「初陣」

 『深遠なる迷宮』第1層・洞窟エリア・1階。

 『マイルーム』の扉を開き外に出たそこは、文字通りの洞窟だった。

 

「部屋から出たら洞窟って……何だか変な感じだね」

「だなぁ……」

 

 扉を出た場所はどこかの通路の途中の様で、道は左右に伸びている。さて、どちらに進もうか……なんて悩んだところで、道標も何もないんだから変わらないか。

 直感に任せて、適当に右へ。

 天井からは鍾乳石が垂れ下がり、水滴の音を響かせる。

 地面は二人が余裕を持って並んで歩ける程度に均されてはいるが、所々に石筍が生え、若干歩きづらい。

 そして、こうして周囲の状況を把握できる程度に明るいのは、どういった原理か、所々の壁や天井が淡く光を発しているからのようだ。明かりの事は全然頭に無かったから、正直有り難い。流石はまだ序盤も序盤ってところだろうか。

 物珍しさも相まってか、警戒しつつもどことなく楽しそうなフェイトと並んで歩くことしばし、突如フェイトが立ち止まり、警戒を強めた。

 

「……気を付けて。何か来る」

 

 フェイトの忠告に従って武器を構える。

 耳を澄ませば、確かに前方の暗がりから、タタタタタッと言う小さな足音らしきものが聞こえてくる。

 足音は徐々に近くなり、そして俺達の前にその足音の主が姿を現した。それは──

 

「……ネズミ?」

「ネズミ……かな?」

「……大きいね」

「でかいな」

 

 各々の武器を構える俺達の前に現れたのは、体長50センチ……尻尾を含めれば1メートルにはなろうかと言う、巨大なネズミ。

 見慣れているものが小さなものなだけに、ここまででかいと怖いを通り越して呆れるな。

 そして俺達が良く知るネズミとの最も大きな違いは、その大きさもさることながら、前脚よりも目に見えて発達している後脚だろうか。

 

「とりあえず、私は手を出さないから頑張ってみて」

 

 そう言うフェイトに頷いて返す。気後れはするが、ここで躊躇っていてはいつまで経っても戦えない。腹をくくれ、俺!

 ネズミは俺がやる気になったと見るや、おもむろにこちらに向かって勢い良く突進し、俺達の手前2メートル程で跳び上がり、その口を開けて噛み付いてきた。

 フェイトは余裕で、俺は慌てて、それぞれ身体を半回転させるようにその攻撃を躱し、ネズミは俺達の間を通り過ぎる。

 

「葉月!」

「っ!」

 

 そのタイミングで掛けられたフェイトの声に従って、刃を立てるように意識しながら、右手に持ったショートソードをネズミに一閃。

 俺達とネズミの位置関係と通路の広さも相まって剣閃はネズミの横腹を軽く傷つけるに終わったが、素人の第一撃目としては及第点じゃなかろうか。相手の攻撃を喰らわずに、こちらの攻撃を当てたのだから。そういうことにしておいてくれ。

 対するネズミは「キィッ」と苦悶の声を上げつつ、斬られた衝撃で地面を数回転がった後、再び立ち上がってこちらを威嚇してくる。

 

「まさかネズミが跳ぶとは思わなかった」

「だね。……あ、葉月、見て。やっぱりただの動物じゃないみたい」

 

 フェイトに言われてネズミをよく見てみれば、なるほど確かに俺が切った傷からは血が流れることはなく、金色の粒子が煙のように立ち上っている。

 と、その時、話しながら観察していた俺達の様子を隙と見て取ったか、ネズミは再度こちらに向かって突進してくる。その動きは先ほどよりも遅く、さっき斬った影響だろうか、なんて思ったその瞬間、その発達した後脚を強く蹴り出して加速し、俺の数歩後ろにて様子を伺っていたフェイトへと狙いを変えた。

 今度は跳ばずに走り続けるネズミは、突如標的を変えられたために反応の遅れた俺を置き去りに、フェイトに向かって勢い良く突進し──ガンッという鈍い音を立てて吹っ飛び、ものすごい勢いで壁に激突する。

 ネズミの軌道とフェイトの残心の構えから察するに、恐らく掬い上げるように振るわれたバルディッシュによって弾き飛ばされたんだろうとは思う。彼女の動きが速過ぎて見えなかったが。

 ネズミに目を向ければ、壁からずるりと地面に落ちると、そのまま動かなくなった。

 その直後、ネズミの身体は傷口から出ていた金色の粒子と同じ物へと変わり、大地にと大気に溶けるように消える。

 後に残ったのは、縦3センチ、横1センチ程度の大きさの、薄黄色の細長い石が一つ。これが『魔結石』ってやつだろうか?

 それを拾って腰に付けたポーチへ放り込みつつフェイトに視線を送れば、彼女は少し複雑そうな表情で。

 

「えっと……ごめんなさい。思わず手が出ちゃった」

 

 ……いや今の様子ならまず有り得ないと思うけど、間違って無駄にフェイトが怪我するより良いから構わないんだけどね。

 

 

……

 

 

 それからしばらくの間、余り遠くへ行かないように気をつけながら周囲の探索をし、その間も何度か、先ほどの巨大ネズミや、蛙をそのまま大きくしたような巨大蛙なんかと戦闘を行った。

 蛙は舌の先端が鈍器のように硬くなっており、ソレを伸ばして攻撃して来た。咄嗟に構えた盾に当たって事なきを得たが、防いだ腕がしばらく痺れていたほどの衝撃であり、幾度かのネズミ戦に多少慣れて、油断したところの一撃だっただけに内心冷や汗ものだった。

 フェイトには「油断大敵だね」と注意されたのは言うまでもない。ごめんなさい。

 今までの探索で解った事。ネズミや蛙……モンスターと呼ぶけれど、モンスターを斬った時に出た金色の粒子は恐らく『魔力』だと思われる。

 というのも、余り手傷を負わせずに倒した方が、後に残る魔結石の大きさが大きかったからだ。

 モンスターを倒した後、その死体が残らず消えるのは、モンスターが『魔力』によって創られた存在であるからだろう。

 「創られた存在」と俺が口にしたときにフェイトが一瞬表情を歪めたのは……彼女の生い立ちによるものか。とは言え俺がそれに何か言う訳にも行かないけど。

 そしてその仮説を裏付ける決定的な現象が、今俺達の前で起こっていた。

 洞窟の壁や天井の所々が光を発している、と言うのは先に述べた通りなわけなのだが、その中でも、一際強い光を発する部分を見つけた。

 まるで脈動するように強くなったり弱くなったりを繰り返す光。

 そしてソレは起こった。

 今までで一番光が強くなった後、ボコリッとその部分の壁が盛り上がり、まるで壁から生える用に大ネズミが“生まれた”のだ。

 今まで曲がりになりにも「動物」の姿をしているこいつらを殺すことに抵抗感はあったのだけど……いや、今も無いとは言わないけど、それが一気に減ったように思えるほどに異常な光景だった。

 

「うわぁ……」

 

 その光景に思わず漏らした俺の声に、フェイトがその気持ちは解ると言う様に苦笑を浮かべる。

 つまり、今まで明かり要らずで便利だなーなんて思っていた、この壁や天井の光っている部分は、モンスターが生まれるための“魔力溜り”だったわけだ。現にネズミが生まれた後の壁はもう光っていない。

 生まれたてのネズミは既に今まで遭遇したネズミと同じような大きさであり、それが当然の行動といわんばかりに、俺達に向かって襲い掛かってくる。

 出現の仕方はアレだったが、その行動自体は今まで遭遇したネズミと変わらない。

 俺はフェイトより一歩前に出ると、跳びかかって来たネズミを盾を使って防ぎつつ、ショートソードを一閃。それなりに大きく斬られ、地面に落ちたところで後ろに飛び退るネズミ。

 それを追って前に踏み出し、その踏み出した足に反応したか、噛み付こうとしてきたネズミを、思わず「うおっ」なんて我ながら情けない声をあげつつ回り込むように避け、振り向きざまにその背に剣を突き立てる。

 冷静に相手の動きをよく見られれば、これぐらいなら何とかできる。不恰好だがそれはそのうち、様になるさ。多分。

 

「うん、大分動きが良くなったね。……そういえば、時間はどうかな?」

 

 ネズミが薄黄色の『魔結石』に化し、それをポーチに入れたところでフェイトが声を掛けて来た。

 意識をちらりと【スキル】へ向ければ、脳裏に浮かぶ彼女の残りの召喚時間は既に1時間を切っている。

 

「あと45分ってところかな。そろそろ戻ろうか」

「うん」

 

 元々『マイルーム』から離れすぎないようにしていた事もあり、それから15分程歩いたところで『マイルーム』に帰り着いた。

 僅か一日しか居なかったというのに、「帰ってきた」と言う感覚を覚えるのは、やはりここが安全である、と言う認識があるからなのか。

 中に入った途端、一気に襲ってくる疲労感。

 剣と盾、それとポーチを外して倒れこむようにソファに座ったところで、大きくため息が出た。

 そんな俺の様子に、バリアジャケットを解除して、最初に会った時の黒いワンピース姿になったフェイトが俺の正面のソファに座り、

 

「葉月、お疲れ様」

 

 微笑と共に言われたその一言で頑張ってよかったと思ってしまう。我ながら現金だな、まったく。


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